カテゴリから探す

涙に込められた真実とは──2018年全米オープン決勝戦、大坂なおみの偉業を実況した鍋島アナの思い

涙に込められた真実とは──2018年全米オープン決勝戦、大坂なおみの偉業を実況した鍋島アナの思い

鍋島昭茂アナウンサー スポーツ部早川敬プロデューサー

2018年9月、二十歳の日本人女子テニスプレーヤー・大坂なおみが成し遂げた偉業は、瞬く間に世界中を駆け巡った。その渦中にいながら、誰よりも冷静に状況を把握し、伝えるべき情報を取捨選択していかなければならない“実況アナウンサー”という仕事。このたび、全米を含めテニスを担当するWOWOWの早川プロデューサーと2003年よりWOWOWのスポーツ実況を担当している鍋島昭茂アナウンサーの対談が実現。鍋島氏が常に心がけるのは「フィフティ・フィフティであること」。それはまさに、WOWOWのスポーツ中継における大切なスタンスでもあった──。

「ようやく終わる」という安堵感からの涙

──まずはじめに、2018年9月開催の全米オープンで、大坂なおみ選手が日本人初となるグランドスラムシングルス優勝を果たした試合についてお聞きしたいのですが。naomigetty1903kiss.jpg

早川 僕はそのときすでに帰国していたので、現地では決勝戦を観ていないんです(笑)。だからもうここは鍋島さんに、あの感動的な実況について伺っていただければと。SNSやネットニュースでも話題になっていましたからね。

──「実況アナも感極まり涙」とネットニュースで取り上げられていましたね。

鍋島 ははは(笑)。それだけの反響があったというのは、すごく驚きましたね。僕のなかでは泣いている感覚がなかったのですが、日本で自分の実況を何度か聞き直したら、やっぱり泣いていますね(笑)。_MG_2692.jpg

早川 ええ、はっきりと(笑)。

──その涙は、どういった思いで出てきたのでしょう?

鍋島 いま思い返すと、「日本人プレーヤーが初めてグランドスラムのシングルスを制したから」ではなく、「ようやくこの試合が終わる」という安堵感から出た涙だったような気がします。

──安堵感ですか?

鍋島 あのときの客席からのブーイングって、放送で聞こえたものよりももっとずっと大きくて。そんななかで、二十歳の女の子がひとりで健気に戦っている。しかもそれはグランドスラムの決勝戦という大舞台なんです。彼女はなにも悪くなくて、ひたすらボールを打ち返しているだけなのに、大きなブーイングが起こる...。naomi1909out.png                                                     

そういったことから早く解放してあげたかったんですね。「勝っても負けてもいいから、とにかくこの雰囲気から彼女を解放してほしい」と思っていたので、「もうすぐこれが終わるんだ」という安堵感から出たものだったんでしょうね。

──その健気に戦っている女の子が、たまたま日本人プレーヤーだった。

鍋島 そういうことです。あの若さであの雰囲気のなかで、ひたすら健気にボールを打ち返している大坂さんの姿に、本当に胸を打たれてしまって。モニター画面に「チャンピオンシップポイント」という文字が出たときに、耐えられなくなりましたね。「あと1ポイントを取ったら、これが終わるのか。あと1ポイントで彼女はラクになるんだ」と思ったら......隣にいた解説の伊達公子さんが、「がんばれ」って僕の腕を叩くんですよ。それはすごく覚えています。

──現地はそれだけ異様な雰囲気だったのですね。

鍋島 そうですね。あのブーイングって、審判に対するものだと現地では思っていましたが、「もしかすると、セレナ・ウィリアムズに対してかもしれない」と、いまは思うんです。naomiserena1903.jpg

早川 あ~、それは僕も思いました。

鍋島 グランドスラムの決勝戦で、若い選手を相手に、何度も何度もクレームをつけるセレナに「何をやっているんだ」と。そういう意味合いが大きかったのかな? といまは思いますが、あのときはもう本当に......氷が張っている湖の上を歩いているような、異様な雰囲気の試合でしたから。それでも試合を壊さずに、とにかく大坂選手の偉業をしっかりと伝えようという使命感だけでしたね。

──ちなみに早川さんは、決勝戦のときはどちらで何をされていたのでしょう?

早川 僕は辰巳の放送センターで、ずーっと"活躍枠"という臨時放送枠のための調整や再編集をやっていました(笑)。大坂選手が優勝したら「すぐに特番を組もう」という話になったので、準決勝から数えて10日間くらい、ほぼずっと辰巳で編集作業をやっていましたね。大変でしたが、なかなか経験できない仕事ではあったので、「グランドスラムを優勝するって、すごいことなんだな。日本のこんな片隅にも影響が出てくるんだ」って思いました(笑)。_MG_2686.jpg

──スタッフのみなさんも興奮したのでは?

早川 大坂選手が勝った瞬間、辰巳で見守っていたスタッフたちの高揚感はやっぱりすごかったですね。「わー、なおみちゃん勝っちゃった!」って。naomigettybanzai1903.jpg

鍋島 本当に強かったですからね。ちなみに、あの試合の審判は表彰式が始まる前にいなくなっていたんです。本来ならば、グランドスラム決勝の審判は表彰されるんですが、セレナとのああいったやり取り(※)があって、すごい雰囲気の試合になってしまったので、自ら静かにコートを去って行ったんですね。それが放送席から見えて...。

※ 決勝戦の第2セットで、カルロス・ラモス主審はセレナがコーチの指示を受けていたとして警告を与える。さらにセレナは、ラケットをコートに叩きつけ壊した行為で1ポイントのペナルティーを科されたうえ、ラモス氏に対する暴言で1ゲームを失った。

早川 あ、見えたんですね。

鍋島 そうなんです。そのことについて、「どこで言おうかな?」と思っていましたが、まずはなによりも大坂選手を讃えるべきだったので、言うタイミングがなかった。

早川 そこはたしかに、入れるのは難しいかもしれないですね。当然、大坂選手を讃えるところですもんね。

鍋島 あの場面では言えなかったですね。自分が発する言葉によって、誰かを傷つけてもいけないし、間違ってもいけないと......そんななか、なおみちゃんがバナナを食べているわけですよ。

早川 ははは!

鍋島 試合が終わった直後に、泣きべそをかきながらバナナを食べてるっていう(笑)。「この子はすごいな」と思いましたね。もう本当に、あの試合に関しては話が尽きないですよね。naomigetty1903hyousyou.jpg

錦織圭の決勝進出が決まった瞬間、放送ブースにやってきたレジェンドたち

──そもそも、鍋島さんがスポーツ実況を務めるようになったのは、何がきっかけだったのでしょうか?

鍋島 1988年に山陽放送に入社したのがアナウンサーとしてのスタートなんですが、僕の上に男性の先輩が10年間いなかったんですね。ですから、必然的にスポーツ実況が自分にまわってきて。ただ、山陽放送時代は野球の実況をベースにやっていたので、テニスの実況はやったことがありませんでした。その後、FMヨコハマさんでお仕事しているなかで、GAORAスポーツのプロデューサーさんから「テニスの実況はできますか?」とお声がけいただく機会があって......1999年ですね。そこからテニス実況のお仕事がスタートして、2003年からWOWOWさんでも実況をさせていただいています。

──アナウンサーと実況のお仕事って、全然違いますよね?

鍋島 ええ、全然違いますね。でも実は、アナウンサーに必要な要素って、実況に全部入っているんです。解説者に対するインタビュー能力や状況描写力、それから声の体力など。「実況こそがアナウンサーなのかな?」と思った瞬間があって、それからは切り離して考えることがなくなりました。スポーツ実況を「アナウンサーの仕事のなかの特殊なもの」と考えるのではなく、「スポーツ実況=アナウンサー」だと。なので、スポーツ実況をやっているかぎりは、自分も「鍋島アナ」って言われるのだなあと思ったんです。nabeshima2.jpg

──テニスをはじめとして、バレーボール、ラクロス、バトミントン、野球、ソフトボールなど、多くのスポーツの実況を手がけてこられた鍋島さんですが、「テニス実況ならでは」と感じるところはどこでしょう?

鍋島 まず、その日の第一試合と決勝戦以外は始まる時間がわからないということと、試合時間が読めないことですよね。途中棄権があったら10分ぐらいで終わってしまう試合もあれば、6時間かかる試合もある。そういう意味で、いちばん読めないスポーツとも言えるので、3セット先取の試合の前は前夜から水分調整をします。もちろん、アルコールも厳禁です(笑)。

──テニスというスポーツの魅力はどこにあると思いますか?

鍋島 人間性が出ますよね。表情ひとつとっても、その人の人となりがわかるスポーツだと思うので。コートの横にある収音マイクロフォンが拾う独り言とかによっても、人柄がすごく伝わってきますから。僕は、試合中に荒れてしまう選手こそ、なんだか可愛くなってしまうんです(笑)。「まだまだこの選手は伸びしろがあるんだなあ」って思って。

──先ほどお話しいただいた大坂選手の全米オープン決勝以外で、特に印象に残った試合や出来事などはありますか?

鍋島 2014年の全米オープン準決勝、錦織対ジョコビッチの試合です。ナンバーワン選手であるジョコビッチに錦織選手が勝って決勝へ進みましたが、決勝進出が決まったその瞬間に、「圭に直接『おめでとう』を言いたいけれど、まずは日本の放送局のあなたたちを祝福したい」と、WOWOWの実況ブースのなかにジョン・マッケンローさんやセレナのコーチであるパトリック・モラトグルーさんたちが入ってきたんです。

僕らからすると、とても声などかけられないようなマッケンローさんがわざわざ来てくださって、僕らがまだヘッドセットをつけている状況のなか、「握手したい」と待っていてくださった。「錦織選手がいま目の前で成し遂げたことって、それだけ大きなものなんだ」と実感しましたし、すごく嬉しいサプライズでしたね。nisikoriafuro1909.jpg

大坂&錦織はもちろん、世代間対決にも注目してほしい全豪オープン

──いまや「テニス中継=WOWOW」という印象がありますが、そもそもWOWOWがテニス中継に注力し始めたのはいつ頃だったのでしょうか?

鍋島 グランドスラムの中継を始めたのは1992年からですよね。

早川 そうですね。そこから扱う試合を増やしていって、2008年のウィンブルドンでグランドスラムをコンプリートしました。その後、徐々に頭角を現していた錦織選手が、2014年に一気に花開いたので、そこから放送本数や企画本数が増えていった感じでしょうか。

──WOWOWならではのスポーツ中継の在り方や、こだわっている点はどこでしょう?

鍋島 やっぱりテニスの最高峰って、オリンピックではなくグランドスラムなんですよね。ですから、1992年からグランドスラムを地道に放送してきたことが、「WOWOW=テニス」という認識につながるのかなと思います。

早川 グランドスラムを中継するために、現地で大体5、60人の人間が動いています。その規模って、地上波でいうとオリンピックやワールドカップのレベルくらいなのではと思います。それを毎年4回やっている。まあ、それは僕らの自負でしかないのかもしれませんが、現地で見聞きしたことや、行われていることを「いかに臨場感を持って正確に伝えられるか」というのを念頭にやっている感じですね。

それに、各ジャンルとも、そのスポーツが好きな人間が集まって作っているので、そのあたりの愛みたいなものが伝わればいいなと思っています。もちろん、押しつけがましくならないように、自己満足にならないように、客観的な目でも見つつ、情報を送り出していければと思います。_MG_2695.jpg

──お二人ともそれぞれ、好きな大会はありますか?

早川 僕はまだ全豪には行ったことがないので、ほかの3つのなかで言うとウィンブルドンでしたね。普段は曇りのことが多いそうですが、2018年はすごく晴れていたんです。会場に行くまでのシャトルバスから見える街並みもキレイですし、2週間の大会のためにあつらえられた会場もやっぱりキレイで感動しましたね。でも、それぞれの大会で雰囲気がまったく違うので、どれがっていうのは難しいかなあ...。

鍋島 そうなんです。ざっくり分けると、全仏オープンとウィンブルドンは格式なんですね。多少のドレスコードがあって、年配の方も多い。一方、全豪と全米は解放的です。Tシャツ一枚で観戦していたり、コートサイドで軽く声を出していても選手が許してくれるような雰囲気があったり。

「個人的にどれが好きか」と聞かれると難しいですが、僕は全仏かなあ。会場が4つのなかでいちばん狭いので、満遍なく回れるということと、初夏に開催されるというところでしょうか。あの時期のパリは本当にいい季節なのでね。それに、クレイコートということもあって、ラリーをじっくり楽しめるのもいいですよね。ただやっぱり、4大会それぞれにいいところがあるので、どれっていうのは難しいです。

早川 各大会とも「あ、あそこがあんなことを始めたから、うちもやろう」みたいな感じなんですよね。特に全豪オープンは新しいものをどんどん取り入れている印象です。ライブもあれば、アトラクションなんかもあって(笑)。ao.jpg

WOWOWでは1月14日(月・祝)開幕の全豪オープンテニスを生中継でお届け!

鍋島 そうですね。全豪はグランドスラムのひとつとして認められなかった時代が結構長くて。だからこそ、いちばん広義的というか、オープンなイメージがあります。

──そんな全豪オープンが1月14日から始まります。ズバリ見どころは?

早川 やっぱり大坂なおみ選手ですね。僕は全豪も優勝するんじゃないかと思っていて。できることならもう一度、セレナと決勝を戦ってもらえないかなあと(笑)。1年かけて復活した錦織選手にも期待です。29歳になって、選手としても円熟味を帯びてきたので、優勝のチャンスは十分あると思います。aokey.jpg

それから、男子はズベレフ、チチパス、シャポバロフ、デミノーといった若手も出てきているので、彼らの戦いも楽しみですね。

鍋島 世代間対決ですよね。フェデラー、ナダル、ジョコビッチのBIG3と、ズベレフを中心としたネクストジェネレーションたちの戦いが男子の見どころだと思います。2018年のウィンブルドン以降、ジョコビッチは3回しか負けていませんが、その負けた相手というのがズベレフ、チチパス、ハチャノフと、みんな22歳以下なんです。なので、今回も世代間対決には注目したいですね。

zberefgetty1903.jpg若手筆頭株のアレクサンダー・ズベレフ

女子はここ数年ずっと群雄割拠で、128ドローにさえ入っていたら決勝まで行けるチャンスは誰にでもあるんじゃないかという雰囲気なんです。でも僕もやっぱりもう一度、セレナ対大坂は観たいですね(笑)。

早川 セレナはあと1回優勝すると、グランドスラムのシングルス優勝記録が史上最多タイになるんですよね?

鍋島 そうですね。マーガレット・コートさんの24回に並びます。

早川 なので、セレナにとってもドラマチックな大会になる可能性がありますね。

鍋島 全豪ってここ数年、いつも決勝戦がドラマチックな展開になるんです。2017年は、フェデラー対ナダルの"伝説の26本ラリー"がありましたし、2018年は女子のほうでハレプとウォズニアッキという、世界ランク1位はとっているのに、なかなかグランドスラムの優勝に届かなかった二人の対決になりました。二人とも3回目のグランドスラム決勝戦で、ウォズニアッキが勝ちましたが、その後ハレプもすぐに全仏を制したのでね。今回もどんなドラマチックな展開になるのか、乞うご期待ですね。

コートに立つ選手をリスペクトし、つねに公平な目線で伝える

──WOWOWのM-25旗印では「偏愛」をキーワードとしていますが、お二人がお仕事をするうえでのこだわりは何でしょう?

早川 僕らが放送したものを観てくださった方が、どういった感情でもいいので、なにかしら心を動かしてくれたらいいなあと思います。そこが"こだわり"と言えるのかもしれませんが、「そのために、何をするのが正解なのか」というのは明確には言えないところではありますよね。もう、試行錯誤していくしかない。

それに僕はテニス班に入ってまだ半年なので、正直なところ、まだジャンルに対する偏愛というのは薄いのかもしれません。それでもテニスというものをどんどん好きになっている状況のなか、「こういう切り取り方をして伝えたら、観ている方の心は動くかなあ?」と常に考えていて、それこそが現段階での自分なりのこだわりなんじゃないかと思います。

鍋島 実況アナウンサーとして私がとにかく心がけているのは、「フィフティ・フィフティであること」です。錦織選手の試合であろうが、大坂選手の試合であろうが、いつもと同じ思いでその場に居ることですね。nabeshima3.jpg

ひとつ、すごく嬉しかったことがあって......4年前の錦織くんの準決勝のときも、この間の大坂さんの決勝のときも、放送ブースに上がる前にWOWOWのスタッフさんから「いつも通りの鍋島さんの実況でお願いします」と言われたんです。それぞれ別の方からですよ!

早川 いやもう、本当にその通りですよね。

鍋島 日本の盛り上がりを考えたら、どうしても錦織くんや大坂さんのほうに偏ってしまうはずなんですが、「そうではない」と。「相手の選手についても、しっかりと伝えてください」と言われたことが嬉しかったですね。

コートに立つ選手をリスペクトして、フィフティ・フィフティで伝える。それって実はすごく難しいことなんですが、WOWOWさんに僕のスタイルを理解していただいて、お仕事させていただけているのは幸せなことですよね。

──それこそが、WOWOWのスポーツ実況のスタンスなんでしょうね。

早川 そうですね。

鍋島 WOWOWがスポーツ中継を長年やっているなかで、ずっと通してきているスタンスだと思います。別の方から同じことを言われたというのが、まさにその表れですよね。

_MG_2718.jpg

取材・文/とみたまい 撮影/祭貴義道  制作/iD inc.
写真:1、3、4、5、6、8、9、10枚目Getty Images/写真7枚目:AP/アフロ

おすすめ記事