2018.06.16

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その男、パトリック・アンダーソン。~車いすバスケ界のMJが日本にやってきた~

その男、パトリック・アンダーソン。~車いすバスケ界のMJが日本にやってきた~

10歳のときに交通事故に遭い、両膝下を切断。車いすバスケットボールを始め、1997年に代表入りを果たすと、パラリンピックで母国を3度の金メダルへと導いた世界最高のプレーヤー パトリック・アンダーソン。6月9日車いすバスケ界のMJ~マイケル・ジョーダンとも称される彼が、カナダ代表を率いて日本代表と激闘を繰り広げた。以下は、実際のプレーやインタビューを通じ、そんな彼の素顔に迫ったスポーツライターによる観戦記である。

ガシャン、という音がコートに鳴り響く。コート上の選手たちは喉が枯れんばかりに味方に指示を出し続ける。

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車いすバスケットボールを実際に初めて見るひとの多くが、その激しさに驚く。健常者による通常のバスケットボールとはまた違う魅力をそこに見ることができる。

この車いすバスケットボール界の頂点に立つ男が、パトリック・アンダーソンだ。武蔵の森総合スポーツプラザで行われた三菱電機ワールドチャレンジカップ2018。6月9日の対日本戦後、彼に話を聞いた。

車いすバスケットボールのマイケル・ジョーダン

2000年シドニー、2004年アテネ、2012年ロンドンと、3度のパラリンピック金メダル獲得など、過去20年以上にわたって数々の実績と栄誉を築いてきた。
人は彼を「車いすバスケットボールのマイケル・ジョーダン」と異名する。

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競技を問わず、多くの実績を残してきたトップの選手というのは得てして静かだ。38歳のアンダーソンも激しく言葉で檄を飛ばすというよりは、自らのプレーで味方を牽引するというところのほうが強いように感じられる。

「自分はどちらかというと静かな人間だし、一人で時間を過ごすことも多いんだ」。

実際、アンダーソンが言葉よりもプレーで存在感で示す選手であることは、試合を見ていてわかった。

その身体の大きさが際立つ。大きいが、身体はよく引き締まり、まさしくアスリートの肉体だ。例え観客席の上のほうから観戦したとしても、彼がコートのどこにいるかはすぐにわかるはずだ。オーラ、という陳腐な表現はしたくない。ただ「威風堂々」という形容が合う。静かだが、しかしそれでいて味方に安心感をもたらす大きな山のような存在だ。

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プレイの真髄をひもとく

無論、アンダーソンを「ジョーダン」にしているのは体躯の良さだけではない。

巧みなドリブル技術、パスの正確さ、シューティング。すべての技術を兼備している。Youtubeなどの動画でも紹介されているが、片方の車輪を浮かせてより高さを出して相手のショットをブロックに行くといったアクロバティックとも言える、至高の技も持っている。

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上記の日本戦。ホームの声援を受けた日本チームは、激しいディフェンスからの速攻で出だしの主導権を握る。だがカナダは、3分すぎにアンダーソンが難なくミドルショットを決め、チームに落ち着きを与える。身体をやや後方に反らせながらのそれは相手ディフェンダーにとってはブロックのしにくい、フェイダウェイのようだ。

言葉で鼓舞するわけではないが、背中で言葉を投げかける。試合の出だしはアグレッシブに行くというアンダーソン。味方に失敗を恐れずに攻めのプレーをすることを意識付けるためにそうするのだという。

数分後、アンダーソンは3PTショットを2本立て続けに沈める。味方選手がアンダーソンにつくディフェンダーをブロックする、いわゆるスクリーンを作ってくれる瞬間を的確に見極めてから放つショットは、鋭くしかし美しい放物線を描いてネットを揺らした。

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車いすに乗ってのシュートは、当然ながら通常のバスケットボールのそれとは勝手が違う。だが、アンダーソンのシューティングフォームとフォロースルーは、健常者によるそれに近い。シュートだけではないが、あらゆる技が一級品であるアンダーソン。そこに至るまでにどれだけの年月と努力をかけたのだろうか。

NBAからの影響

NBAも見た。カナダに生まれ育ったアンダーソンにとってもっとも身近なNBAスターのひとりは、スティーブ・ナッシュだった。フェニックス・サンズ等で活躍し、同軍で2度のMVPに輝いたことのあるカナダ出身のポイントガードをはじめ、世界最高峰の技術を持つNBAの選手たちはアンダーソンにとってバスケットボールの技術を習得するための手本だった。

バスケットボールを上達させる上で「50パーセントはNBAから、残りの50パーセントは先輩車いすバスケットボール選手からインスピレーションを得た」と話した。前者の技術は時としてどうあがいてもできないこともあったが、それでも、難易度の高いものに挑戦すること自体が彼を車いすバスケットボールとして高みに引き上げた。

言葉よりも背中で牽引する、静かな山のような存在だと書いた。しかしそれは、アンダーソンのプレーに気持ちが入っていないことを意味しない。むしろ、攻守双方で激しくコートを行き来する姿は、むしろ彼のゲームへの執着心を表していると言えるだろう。

味方が長い距離のショットを放つその瞬間、外から勢いよく車いすを走らせゴール下へリバウンドを捕りに行く様もまた印象的だった。

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彼の大きな存在感、圧倒的なフィジカリティとすべてがトップレベルの技術。アンダーソンを見ていると、個人的にはジョーダンというよりもむしろ、レブロン・ジェームズ(クリーブランド・キャバリアーズ)と表現するほうがより的を得ているのではないかとも思った。ジョーダンの華麗さというよりも、現在のNBAで頂点に君臨するレブロンの力強さが際立つように思えたからだ。

「自分は厳密にいえばジョーダンのような純然たるスコアラーではないし、シュートとパスの両方ができるレブロンのスタイルにむしろ近いのかもしれない」。
アンダーソンも認める。

「だけど僕はマイケルを取るよ」。彼は、笑いながらそう言った。

2度の引退、そして東京2020へ

異名が何であれ、アンダーソンが車いすバスケットボール界の頂にいることに相違はない。アンダーソンは北京パラリンピック後と、ロンドンパラリンピック後に第一線から身を引いている。2016年のリオパラリンピック、彼抜きのカナダ代表は12チーム中11位に沈んだ。そしてその後、アンダーソンは再び代表に復帰。2020年、東京大会では母国を再び頂点に導く気概でいる。

カナダのためだけではない。車いすバスケットボールのトップ選手として、競技の人気や普及向上や、後進の選手にインスピレーションを送る役割が自らにあることも理解している。

ただし、当然ながら、永遠に頂点に居続けるわけではない。いつかは山を降りるときがアンダーソンにも来る。今はまだハイレベルでプレーできているから競技にとどまっているが、音楽の道(妻・アンナとThe Lay Awakesというアコースティックバンドで音楽活動にも勤しでいる)など車いすバスケットボール以外で人生に愉しむべき道もある。

「日本は今現在、特別なチームを持っていると思うよ」。25得点、10リバウンド、6アシスト(タイ)と試合で最高の数字を挙げたアンダーソン。自身もカナダチームも疲労から後半に失速したが、勝利した相手を素直にそう讃えた。

2020年東京パラリンピックでの金メダル奪還ではあるものの、その道は容易ではない。

次のパラリンピックでは41歳となっている。年齢や衰えを跳ね返し、車いすのジョーダンは自身とチームに栄光をもたらすことができるだろうか。


いかがでしたでしょうか?日本代表には惜しくも敗れましたが、パトリック・アンダーソン選手は世界最高のプレイヤーの座はまだまだ安泰!とばかりに八面六臂の大活躍でした。10月25日より開始となるパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」シーズン3に、そんなパトリック・アンダーソン選手が登場いたします!登場いたします!さらに、放送前の10月16日には、「車いすバスケ金メダリスト来日!WHO I AMフォーラム」と題して、パトリック選手を迎えたベントを開催します。2020東京大会の主役の一人といえるスーパースターがイベントではどんなトークを繰り広げるのか、その素顔を番組がどう紐解いていくのか、乞ご期待下さい!

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<WHOIAM番組情報>
◆「IPC & WOWOW パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM」(シーズン3全8回)
10月25日(木)スタート!

◆IPC & WOWOW パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ 「WHO I AM」(シーズン1 全8回)
 IPC & WOWOW パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ 「WHO I AM」(シーズン2 全8回)
全16作をWOWOWメンバーズオンデマンドにて無料配信中
選手のプロフィール、番組情報は ⇒ 公式サイト wowow.bs/whoiam