トラディショナルな枠のなかで新しさや遊びを探求し、違ったカタチへと変化させていく──WOWOW×ミュージカルを作り上げてきたプロデューサーが目指すこととは
制作部 金山麻衣子プロデューサー
今年もWOWOWではトニー賞の授賞式を生中継! WOWOW×ミュージカルの顔ともいうべき井上芳雄がナビゲーターを務め、スペシャル・ゲストに堂本光一を迎える『生中継! 第73回トニー賞授賞式』。2014年から本番組を担当し、WOWOW×ミュージカルのジャンルを牽引してきた金山麻衣子プロデューサーが目指すのは「見たことのないもの」、「ひとつの決まったジャンルや枠のなかで、その枠をどんどん踏み越えながら新しいカタチへと変化していくもの」。
井上芳雄がトニー賞の魅力を披露する番宣や、福田雄一によるミュージカルコメディ『トライベッカ』、『グリーン&ブラックス』など、金山が手掛けてきた番組にはたしかに彼女が目指すものがあった──そんな金山の原点は意外にも、過去にWOWOWで放送されたとあるCMにあるという。
大学でのミュージカルサークルの経験が、偶然にも仕事に役立つことになった
──はじめに、WOWOWに入社したきっかけを教えてください。
2015年に放送されていたWOWOWのCMで、明石家さんまさんと福山雅治さんが共演されていたものがあって、それを見たときに「面白いな」と思ったんですね。CMの作り方もそうですが、いままで見たことのない組み合わせや演出にすごく驚いて。あと、私は野田秀樹さんのファンで、『野田地図(NODA・MAP)』(野田秀樹が主宰する演劇プロデュース集団)の舞台を放送しているのはWOWOWだけだというイメージもありました。
さらに、前職で鷲尾さん(鷲尾賀代/現WOWOWロサンゼルス駐在事務所代表)と知り合って......いまでも彼女は私のなかで、WOWOWいち規格外な(笑)プロデューサーという印象なんですけど。枠にはまらないし、彼女の辞書に不可能という文字は無い。そういう人をそれまで近くで見たことがなかったので、「こういう感じで仕事ができたらいいな」と思ったのがきっかけですね。
──それでWOWOWの中途採用を受けた?
そうですね。「受けて落ちるかもしれないけれど、受けてみよう」と。夢を夢のままにしないというか......夢を実現するためには、できるところからやっていくしかないと思うタイプなので、「とにかく受けよう」と思いました。
──その結果、中途採用に合格して。最初はどのようなお仕事を担当しましたか?
前職がCSN1ムービーチャンネル(現ムービープラス)だったので、その流れで映画のほうに行くのかなと思っていたんですけど、最初は編成制作局の音楽部という部署に配属されました。当時の私は音楽のことが本当にわかっていなくて、1から勉強するという感じでした。当然、番組を作るということについては、ジャンルが何であろうが基本的にそれまでやってきたことをベースにできますが、音楽については......最初、ギターとベースの違いもわからなくて(笑)。そこから始まって、ひたすら勉強していきましたね。
音楽部では基本的に、コンサートの放送権の許諾をもらう交渉をして、交渉が成立したらライブの見せ方・撮り方を企画して、収録して、編集し、ライブ番組を放送するというプロセスが仕事になるんですが、音楽部のプロデューサーはおもに最初の交渉とスタッフのキャスティングが9割。いいスタッフを集めることができれば、ほぼいいライブ番組になるという構造でしたね。
──音楽についてわからないところから始まって、精通しているスタッフたちと仕事していくのは大変だったのではないでしょうか?
大変でしたが......とはいえ、「音楽に詳しくなることが、音楽部のプロデューサーとして正しいわけでもないんじゃないかな?」とも思っていました。音楽にすごく詳しい先輩たちはたくさんいるわけですから、自分は自分の視点で伝えていくことが重要なんじゃないかと思って。映画が好きで、映画畑から来た自分でも聞きたいと思うものをお客様に届けていきたい、という目線で仕事をしていました。音楽部で教わったことや人との出会いは、いまの部署でもすごく役立っていて、大事な経験だったと思いますね。
──それから制作局制作部に異動して、ミュージカルのジャンルをずっと担当されていますが、もともとミュージカルに興味があったのでしょうか?
制作部に入って、突然ミュージカルを担当することになったんですが......実は私、大学の4年間ミュージカルサークルに入っていたんですよ。でもそのことをすっかり忘れていて(笑)。自分すら忘れていたので、当然誰にも言ってなかったんですが、トニー賞の放送権が獲得できたということで担当プロデューサーを「やってみる?」って言われたときに、「あれ? そういえば?」と思い出したんですね。
ミュージカルを自分たちで公演するサークルだったので、当時はミュージカルや舞台をたくさん観ていて。私は演者ではなくスタッフをやっていて、脚本を書いて演出したりしていたので、そういったことが急に戻ってきたというか、「あのときの経験が、いま役立つんだ!」みたいな、怖いくらいピタッとハマったんですね。この巡り合せはすごく面白いなあと思いました。
WOWOWとしては6年目のトニー賞。毎年「前年とは違うこと」を意識
──2014年(第68回)からWOWOWではトニー賞の授賞式を生中継で放送していますが、当初、ミュージカルをあまり知らない視聴者の方に対しての魅力の伝え方など、工夫されたところはありますか?
初年度からその問題はすごく意識していて。「どれだけ世の中の人に気づいてもらえるか」ということですよね。演劇やミュージカルの楽しさを伝えるためにも......最初にお話しした、さんまさんと福山さんのCMじゃないですが、これまで誰もやったことがない手法を選んでいこうと思いました。
「第72回トニー賞授賞式」より/Getty Images
各部署にミュージカル好きがいたので、みんなで集まって、ミュージカルの魅力について話し合ったんですね。と同時に、ミュージカルって食わず嫌いされたり、敷居が高く感じる方たちもいらっしゃるので、「何がマイナスイメージになっているんだろう?」ということも話したところ......「急に歌って踊りだすことがオカシイ」と(笑)。「じゃあ、そこを逆手にとってみたらいいんじゃないか?」ということで企画を進めました。
──具体的にはどのようなものになったのでしょう?
いまではWOWOWのミュージカルジャンルには欠かせない井上芳雄さんですが、最初の出会いがまさにその年だったんですね。井上さんの歌は素晴らしくて......いやもう、めっちゃ感動するんですよ(笑)。そんな井上さんがいきなり歌いだす番宣を作ったら面白いんじゃないかということで、スポットを作ったんです。それが短期間で広まって、みなさんに覚えていただけて。
井上芳雄さん
というのも、メロディは誰もが知っているミュージカル楽曲だったんです。その替え歌で、「トニー賞というのはその年のブロードウェイで上演された作品のキャストやスタッフの功績を称えるものであって、勝敗を決める賞じゃないんだよ」ということを、作詞家の方が上手に歌詞に盛り込んでくださったんですね。それを井上さんがあの美しい歌声で歌ったので、見た人は「あれはなに? あの人は誰?」となったわけです。
やっぱり原点にあったのは......全然違う手法ですけど、さんまさんと福山さんのCMかもしれません。授賞式の生放送当日に向けて、人が目を引くような新しいものをプロモーションで提示する。それでみなさんに気づいていただくというのが、初年度の一番最初の挑戦でした。思った以上に驚いていただけましたし、シンプルに歌の良さが届いて、いろんな方に受け入れられたという実感がありましたね。
──以降、トニー賞の授賞式と関連番組が毎年放送されていますが、作り方に変化はありますか?
もう6年目になりますが、やっぱり自分自身、同じことをやるのは面白くないと思っていて「去年やったこととは違うことに挑戦しよう」というのは毎年意識しています。もちろん、トニー賞の中身が一番大事ですが、WOWOWとしてそれをどう伝えるかという部分は毎年変えていきたい。「今年は何をやってくれるかな?」と視聴者の方が楽しみにしてくださるようなものを作れたらいいなと思っています。
トニー賞自体、有名なエンターテイナーを司会に立てて、その人自らが歌ってパフォーマンスするアワードですから、そこにオマージュを捧げて、井上さんが毎年歌を歌うという演出の基本はあるんですが......そこから全体的な演出をどうやっていこうかというのは毎年いろんな挑戦をしていますね。
井上芳雄×堂本光一。ジャンルを牽引する二人による化学反応に期待
──今年も番組ナビゲーターは井上さん。そして、スペシャル・ゲストとして堂本光一さんが登場します。すでに関連番組も始まっていますが(※取材は5月中旬)、井上さんと堂本さんが共演することで起きる化学変化はどういったところでしょう?
まず前提として、昨年お二人はミュージカル『ナイツ・テイルー騎士物語ー』で初共演されていまして、その関係性があったなかでの今回の共演ですから、すでに培われた信頼関係をすごく感じました。それに、ふたつの才能が拮抗している感じが見ていてたまらなく面白いというか......。
お二人はそれぞれにジャンルを牽引して来られて、そのトップにずっと立っている。とても孤高なんですよね。そのお二人がライバルとしてバチバチと火花を散らす感じではなく、お互いにしかわからない喜びや苦しさを共有しあっている感じがあるので、そんなお二人を見ていると「この出会いによって、また新しいことが始まるんじゃないか。いままで突破できなかったことを、突破することができるんじゃないか」という気がしています。
......と、堅苦しい感じで言いましたが、とにかくお二人が仲良しなんです(笑)。ニューヨークのロケでもとても自然体で、「二人で居られることが嬉しい」という雰囲気がすごく伝わってくる。でももう、話すことといったらほとんどお芝居や舞台の話で、「真面目か!」っていうぐらい(笑)。堂本さんはクリエイターとしてモノ作りが本当に好きで、井上さんはミュージカルが本当に好きなんだなって、彼らの話を聞いていて思いましたね。
──6月10日(月)放送の『生中継!第73回トニー賞授賞式』ですが、今年のトニー賞の見どころは?
司会者のジェームズ・コーデンですね。まあ~、この人は本当に面白いです(笑)。面白いというか、おちゃめな魅力があって。CBSの『レイト・レイトショー』というトークショー番組を持っているんですが、そのなかの「カープール・カラオケ」コーナーをぜひ観ていただきたい!(笑)歌って、踊れて、面白い。観たら誰もが好きになると思います。そんなコーデンが、どんな面白いステージをやってくれるんだろう? と、いまから楽しみですね。
司会者のジェームズ・コーデン(c)courtesy of CBS
──初めてトニー賞を見る方にオススメの鑑賞ポイントは?
その年にブロードウェイでやっている人気の演目のほぼ全部を、ダイジェストで見ることができるところですね。ニューヨークでしか観ることができないエンターテインメントを、「この日だけちょっとずつ、全部観られます」というのがポイントです(笑)。で、絶対にブロードウェイのことが気になる。
番組を観てブロードウェイを気になって、一度でいいからニューヨークでブロードウェイの舞台を体験していただきたい、という思いが最終的にはあって......ミュージカルと一口に言っても、派手なものからメッセージ性の強いものまで色々あるので、そういったいろんなミュージカルが一堂に会すトニー賞で、好きなものを見つけていただけると嬉しいですね。人生が変わるほどに感動するものとの出会いが絶対にあると思いますから。
今年は『トッツィー』や『ビートルジュース』といった、映画から舞台になっているものがあったりするので、映画ファンの方にも「あの映画がミュージカルになるんだ!」と興味を持っていただけるんじゃないかと思います。
出会いで紡がれてきた縁を大切に、"見たことのないもの"を作りたい
──金山さんはStarS(井上芳雄&浦井健治&山崎育三郎)と福田雄一監督によるミュージカルコメディ『トライベッカ』(2016年)や、現在放送中の福田さん×井上さんによるミュージカルコメディ『グリーン&ブラックス』なども手掛けられています。ミュージカルを題材にしているものの、かなり異色な内容とした狙いはどこにあるのでしょうか?
ミュージカルや演劇がものすごく好きな方たちだけでなく、それ以外の方たちにも届くようなものにしたいという思いがあります。トニー賞を2年くらいやったときに、井上芳雄さんと「ミュージカル界を拡大していくためにも、もっともっと面白いことをやりたいですね」というお話をしていて、そこで出てきたのが福田雄一さんのお名前で。当時は「え?あの『勇者ヨシヒコ』シリーズの福田さんが、ですか?」と(笑)、実際にお会いしてみたら、すごくミュージカルがお好きだということで意気投合して、「じゃあもうこれは、ミュージカルコント番組を作りましょう!」と。
福田雄一さん
そうすることで、ミュージカルや演劇のファンの方たちと、それ以外の方たちにも届くんじゃないかと......もちろん、見たことがないもの、本来混ざらないもの同士が混ざるということで副作用も起きますが、福田監督の世界観とミュージカルがかけ算されたときの面白さというのは『トライベッカ』と『グリーン&ブラックス』でチャレンジし続けているところですね。
──WOWOWだからこそできる企画のような気がします。
普通は誰もやらないと思いますねえ(笑)。『トライベッカ』のときに出演していただいたStarSはWOWOWと親和性のある方たちだったのだと思います。井上さんも浦井さんも山崎さんも、舞台の世界のトップスターで、出演するステージのチケットが即完してしまうような方たちなんです。でも、そこに行かないと会えない。「ほかで観ることができない」というのが重要なんですね。
「チケット代を払って観に行く舞台でしか会えない」というのと「有料放送のWOWOWに加入して観ていただく」のって、ちょっと近いところがあって。福田さんもそこを面白いと感じたようです。地上波でドラマを作っている福田さんが、有料放送でミュージカル俳優さんたちと番組を作るという構造はしっくりくるというか、WOWOWらしさを出せるところなんじゃないかと思いました。
──『グリーン&ブラックス』は3年目ということですが。
レギュラー番組としては長いですよね。『グリーン&ブラックス』は、お客さまからも、社内からも応援していただいている感じがすごくありますね。
ミュージカルというジャンルにWOWOWが関わって、このジャンルを一緒に育てていく感覚を一緒に持ってもらっている気がしています。そういった思いに応えるべく、番組を作る私たちもいまあるところに安住してはいけない、いつも自分たちを更新していかないといけないと思っています。
──WOWOW×ミュージカルで新たにやっていきたいことなどはありますか?
トニー賞の番組をやったことで井上芳雄さんと出会い、井上さんと出会ったことで福田雄一監督に出会い、福田さんと出会って一緒に番組を作ることで、多くのミュージカル俳優さんに出会うことができたんですね。この出会いのひろがりって本当に大きくて。
普通たとえば、舞台の世界では、井上芳雄さんと城田優さんが同じ舞台に立つことってないんです。というのも、それぞれがトップスターだから数か月の拘束になる舞台では実現することは難しい。でも、テレビ番組である『グリーン&ブラックス』はそれができる。しかもWOWOWは「加入者や視聴者の方たちに楽しんでいただく」だけのために企画を追求できる。ですから今後も「『グリーン&ブラックス』だからこの共演が実現した、この企画が実現した」といったようなことを意識してやっていきたいですね。
それに、これらの出会いから新しい企画も......まだ構想中なので、どこまで実現できるかわかりませんが、できれば番組という形態を飛び越えていきたいと思っています。昨年、一夜限りのイベント『グリーン&ブラックス 公開ゲネプロ』を開催しましたが、一つのステージに集まることは不可能といっていいトップスターの方たちが十数名集まったんですね。それってほかでは見られないと思うので、そういった"見たことのないもの"をお届けできるといいなと思っています。
──"見たことのないもの"は、金山さんのなかで最も重要なポイントなのですね。
そうですね。まずは自分自身が面白くないと、仕事をやっている意味がないと思うので。番組を作るときに、自分が見たことがあったり、やったことがあるものは想像がついちゃうんですね。だからこそ、誰も想像がつかないようなことを自分も見たいし、視聴者の方にもお届けしたいという気持ちがすごくあります。
話が脱線してしまいますが、今『ゲーム・オブ・スローンズ』っていうアメリカのTVドラマにめっちゃハマっていて(笑)。ドラマの概念を塗り替えちゃうような......「こうなるでしょ?」、「こういう展開をみなさん期待してるでしょ?」っていうのが全部裏切られていくんです。たぶん私はそういった「ある種の枠のなかで、違うものを見せていく」ことが、震えるほど好きなんでしょうね(笑)。
そういう意味で、WOWOWでもある種の枠を利用しながら新しいものを届けていくべきだと思っているので、つねにそこを目指していますね......全部できているかはわかりませんが、毎回そうでありたいと思います。要するに飽きっぽいんだと思いますが、それは自分のいいところでもあるかもしれません(笑)。
──ちなみに、多くのミュージカル俳優さんたちとお仕事をされるなかで、気をつけているところや意識しているところはどこでしょうか?
ひとつには、スタッフのキャスティングですね。ミュージカルに詳しいというのも必要かもしれませんが、それは勉強すれば身につくものなので。技術的なクオリティは当たり前として、キャストとの相性や、キャストのいい面を出せるようにどれだけ導いていけるかというのがスタッフを選ぶときに重視するポイントです。そのためには、私自身がキャストの性格を熟知する必要があるんですが......本当に、スタッフの選択を間違えると自分が一番大変になりますからね。
──WOWOWのM-25旗印では「偏愛」をキーワードとしていますが、金山さんの「偏愛」や「こだわり」はどこにあるでしょうか?
私はあんまり「このジャンルが好き」といった、ジャンルに対する偏愛やこだわりはなくて。映画や小説などもそうかもしれませんが、歴史のなかで繰り返されながらも、進化を遂げていくものが好きというか。先ほどの話と被りますが、ひとつの決まったジャンルや枠のなかで、その枠をどんどん踏み外しながら新しいカタチへと変化していくものが好きなんですね。
基本的に、元ネタがあるものが好きなんです。元ネタをどういうふうに遊びながら、新しいものに塗り替えていくかということに興味があるし、共感するんですね。そういう意味でWOWOWという会社に対しても、昔から「トラディショナルなことをやっているけれど、そこには必ず新しさや遊びがある」というイメージを持っていたので、いまでもつねにそれはWOWOWに求めていますし、自分もそういったものを作りたいし、視聴者の方にも楽しんでいただきたい部分だと思っています。それができた瞬間が本当に大好きなので、そこにこだわっている気がします。
取材・文/とみたまい 撮影/祭貴義道 制作/iD inc.