2025.06.26

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100分ノンストップ! 「ドラマW 三谷幸喜『おい、太宰』」のカメラマンがワンシーンワンカット撮影の全貌を語る!

カメラマン 山本英夫

100分ノンストップ! 「ドラマW 三谷幸喜『おい、太宰』」のカメラマンがワンシーンワンカット撮影の全貌を語る!

6月29日(日)にWOWOWにて放送・配信する、”完全ワンシーンワンカットドラマ”、「おい、太宰」。
このドラマでは、100分間もの間一度もカメラを止めずに、ドラマ全体を1回の長回しで撮影されている。
通常の映画やドラマでは、一つのシーンを複数のショット(カット)に分けて撮影し、編集でつなぎ合わせているため、今回はまったく異なった撮影手法となっている。
この”完全ワンシーンワンカットドラマ”は、いったいどのように撮影されたのか…?
今回が第3弾のドラマとなるが、第1弾の時から、脚本・監督の三谷幸喜氏と二人三脚で作品を生み出し続けてきたカメラマン・山本英夫氏に「100分間カメラを回し続ける」という過酷な撮影に何度も挑み続けるこだわりや、ワンシーンワンカットドラマへの熱い想いについて話を伺った。

2506_features_oidazai_sub01_w810.jpg「ドラマW 三谷幸喜『おい、太宰』」6月29日(日)午後10:00放送・配信!

"海"が舞台の第3弾は、過去最大級のハードな撮影に

──WOWOWでの完全ワンシーンワンカットドラマは約12年ぶりですが、今回制作のお話を聞かれた時の感想を教えてください。

第2弾の「大空港2013」から10年以上たっているので、年齢的にも体力的にも大丈夫だろうかという不安が最初は大きかったですね。ただ、この10年で機材がかなり進化し軽量化もされているので、何とかなるかも...とも思っていたのですが、そのメリットは現場の足場の悪さによってすっかり相殺されてしまいました(笑)。結果的に、これまでで一番過酷な撮影でした。

2506_features_oidazai_sub02_w810.jpg山本英夫カメラマン

──足場が悪い"海"というシチュエーションを提案されたのは、山本さんご自身だと伺いましたが?

三谷(幸喜)さんと、「また完全ワンシーンワンカットドラマをやりたいね。次はどんな場所で撮ろう?」と話していた時、「第1弾の『short cut』は"山"、第2弾の『大空港2013』は"空"だったので、次は"海"じゃないですか?」と軽い気持ちで言ったんです。三谷さんも「海の中から出てくるシーンから始めよう!」なんて冗談を言い出して盛り上がったんですが、まさか本当に"海"で撮ることになるとは思っていませんでした。

2506_features_oidazai_sub03_w810.jpg第1弾「三谷幸喜『short cut』」(左)と第2弾「ドラマW 三谷幸喜『大空港2013』」(右)

──三谷監督の作品には何度も参加されていますが、山本さんから見て三谷監督が書かれる脚本の魅力はどこにあると思われますか?

セリフの面白さが群を抜いていますね。三谷さんは演出家でもあるので、セリフを重ねるごとに俳優たちのキャラクターが自然に形作られていく構成が秀逸なんです。セリフを読んでいるだけで、その俳優さんが動き出す画が脳裏に浮かび上がってくる。今回の「おい、太宰」も、とにかくキャラクターが生き生きとしていて、脚本を読んで「これはめちゃくちゃ面白い!」と興奮し、即行で三谷さんにメールしたのを覚えています。

──撮影はどのようなスケジュールで行なったのですか?

スタジオでのリハーサルが8日間、現場でのリハーサルが3日間、本番撮影が6日間というスケジュールでした。スタジオと現場では条件がまったく違いますし、現場でのリハーサルも十分ではなく、ぶっつけ本番で撮影に入った印象です。本番撮影後、毎回撮った映像を見ながらキャストとスタッフで反省会を開くんですが、そこで意見を出し合い日々アップデートしていきました。ちなみに、放送に使われたのは最後の撮影日、6日目に撮った映像になります。

──第3弾となる「おい、太宰」と、第1弾「short cut」・第2弾「大空港2013」との最大の違いは何でしょうか?

先ほども言いましたが、やはり"海"という自然環境故の足場の悪さですね。「short cut」も自然の中での撮影でしたが、"山"には一応道がありましたから。しかし、今回の"海"には洞窟以外には道がない。浜辺の砂の上で足を踏ん張ろうとすると軸がブレるし、岩を踏めばよろけるし、足場が本当に悪くて...。映像がガクンとなっている箇所があったとしたら、それは僕の足が岩に乗った瞬間です(笑)。
足場の条件も毎日異なり、一度たりとも同じ場所を歩くことがないので、「ここに足を置いて...」と一歩一歩の動きを想定できないのもネックでした。移動距離も過去最長で、過酷度はもちろん過去最高でした(苦笑)。

2506_features_oidazai_sub04_w810.jpg太宰治役の松山ケンイチ(左)と小室健作役の田中圭(右)

──足場の悪さも含め、現場で大変だったエピソードはありますか?

初日にカメラを水没させました...(笑)。海に入って撮ろうとしたら、思いのほか水深があって不覚にも転んでしまったんです。水没したカメラをドライヤーで乾かしてみたんですが、もちろんそんなことで復活するはずがなく...。海に入らずに撮るプランに変更しましたが、結果的にそのプランの方がいい画が撮れたのは良かったです。
ほかには、撮影中に規制をくぐり抜けてごみ収集車が現場に入ってきて、映り込んでしまったことがありました。撮り直すかどうか瞬時に判断するのはとても難しく、潮の満ち引きを計算してベストな撮影時間を算出していたこともあり、「後処理で消せるかな...? やはり撮り直すべきかな...?」と悩みましたが、結局撮り直す選択をしました。後にも先にも、撮り直したのはこの時とカメラが水没した時だけです。
ちなみに、俳優さんのNGによる撮り直しは一切ありません!舞台出身の三谷さんがキャスティングした俳優さんは、多少のイレギュラーが起こっても自分自身でフォローできる方ばかり。第1弾、第2弾でも俳優さんのNGでカメラが止まることはなかったです。

2506_features_oidazai_sub05_w810.jpg矢部トミ子役の小池栄子(右)

台本の丸暗記は大前提。
ワンシーンワンカット撮影ならではの創意工夫が随所に!

──俳優の動きも毎回変わる中で、どのようにカメラワークを決めていかれたのでしょうか?

通常のドラマでは、撮影のために台本を丸々覚えるなんてことはしませんが、ワンシーンワンカットでは一度カメラを回し始めたら途中で台本を見ることができないので、セリフの一つ一つすべてを頭に入れています。撮影にかかる時間は短いかもしれませんが、準備には通常のドラマの何倍もの時間がかかります。
それでも、俳優さんの次の動きが一瞬飛んでしまって慌てた場面もありました。今回は同じ洞窟を行ったり来たりしますし、セット転換のない浜辺が主な舞台なので余計に混乱しましたね。とはいえ、カメラが先行して動くシーンも多く、俳優さんの動きを読み取りながら必死で対応しました。

──三谷監督から、事前に撮影についてのリクエストはありましたか?

本番後の反省会で「こういう場合はこうしましょう」といったコメントをもらうことはありましたが、事前に「こう撮ってほしい」と指示されることはありませんでしたね。お芝居の本質を捉え、キャラクターにしっかりフォーカスを当てながら、見る人に面白いと思ってもらえる映像を撮る。信頼して任せていただいているので、その点は肝に銘じて臨みました。俳優さんの動きやお芝居のテンションに合わせてアクセントをつけながらベストを探りました。

──今回の撮影でこだわったポイントを教えてください。

タイムスリップものなので、現在と過去のトーンの違いをうまく出せるよう、後処理のカラーグレーディング(映像の色彩を調整し作品を演出する技術)も含めて工夫しました。
撮影中に最もこだわったのは、松山ケンイチさん演じる太宰治の見せ方ですね。この作品では、太宰の存在感を際立たせる必要があると思ったので、太宰を中心にしたカメラワークを心掛けました。健作(田中圭)とトミ子(小池栄子)の掛け合いのシーンでも、フレーム内のどこかに太宰を捉え、見る人に太宰を印象付ける構図を意識しました。

2506_features_oidazai_sub06_w810.jpg小室美代子役の宮澤エマ(左)

──山本さんが俳優の皆さんに、事前にお願いしたことはありますか?

それはありません。大抵は、俳優さんから「こうしましょうか?」と提案があります。本作に限らず、カメラマンである僕から俳優さんに指示を出すことはまずありませんね。こちらの注文で俳優さんを縛りたくないので。より面白い映像を撮るためには、俳優さんの動きに合わせるのが一番だと考えています。

──ワンシーンワンカット撮影では、機材も通常と異なりますか?

そうですね。やはり軽い方がいいので、通常のドラマではメインではなくサブとして使うタイプのカメラを使っています。とは言うものの、さまざまな角度からモニタリングできるよう、向きを変えたモニターをいくつも付けるなどオリジナルでカスタマイズを加えたので、せっかく軽いカメラを選んだのに結局重くなってしまいました(笑)。
また、ワンシーンワンカットでは防振機能はもちろんのこと、2時間近くの連続撮影になるので熱暴走(カメラが過熱し正常に動作しなくなる状態)を抑える熱制御機能の性能も重要になります。映像の深み、取り回しのしやすさ、防振や熱制御機能などのバランスを考えながら総合的に評価する必要があるので、カメラの選定にはかなりの時間をかけました。

2506_features_oidazai_sub07_w810.jpgオリジナルでカスタマイズを加えた撮影カメラ

──ブレを抑えるためのテクニックもあるのでしょうか?

実際に撮影する様子を見ていた人は、「カメラ、相当揺れているけれど大丈夫!?」と心配だったと思いますが(笑)、カメラには防振機能もありますし、見る人にブレを感じさせない撮影テクニックも駆使しました。
人間の視覚は、頭の上の空間の揺れを一番感じ取りやすいんですよ。ですので、揺れが大きくなりそうな時は、俳優さんの頭がフレームの上の縁(天)ギリギリにならないよう、フレームの上の縁(天)の空間を広めに取るようにしています。ほかにも、経験から生み出した細かいテクニックを挙げたらきりがないですね。

──ドローンを使用した撮影も行なったそうですね?

はい。オープニングの映像をどう撮ろうか考えていた時、空から始まるイメージが浮かんだんです。タイトルバックにピッタリだな、と。クレーンを使うことも考えましたが高さが足りないので、今回はドローンを使ってみることにしました。撮影用のカメラをドローンに引っかけるための装置は、寸法などを計算して特注で作りました。シネマカメラそのものを載せたドローンでドラマを撮るのは、私だけでなくドローンチームのメンバーにとっても初めての試みでしたが、無事成功して良かったです。

──屋外でのワンシーンワンカット撮影、音声の面でも苦労されたのではないでしょうか?

音声に関しては、今回は基本的にピンマイクで撮っていますが、ピンマイクをどこに隠すか、それ一つ取っても非常に難しい問題でした。ピンマイクの位置次第で音質がまったく変わってきますから。ピンマイクの音声を無線で送信するに当たっては、電波が届きにくいエリアをカバーするために、何カ所も中継地点を設けていました。非常に難しい仕事だったと思いますが、音声チームの仕事ぶりは実にみごとでした。

──ほかにも、さまざまなスタッフとの連携も重要だったのでは?

もちろんです。通常のドラマ撮影なら、監督、助監督、撮影助手、照明といったスタッフが近くにいて、いろいろなことをサポートしてくれます。しかし、ワンシーンワンカットでは映像に映り込まないようにスタッフが離れた所に隠れているので、やはり連携を取るのが難しかったですね。リハーサルで俳優さんの移動のタイミングをできる限り確認しておき、本番では離れた場所から演出部に合図を出してもらったり、ドローンの上昇や下降のタイミングは無線で指示を出したりしました。
ちなみに、今回の撮影では照明を入れていません。当初は照明もスタッフィングしていましたが、オールロケだし、カメラに映り込まないようにしなければならないしで、三谷さんと相談して照明はなしでいくことに決めました。

──編集(仕上げ)にもワンシーンワンカットドラマならではの工夫はありましたか?

ワンシーンワンカットですから切ったりつないだりといった編集は不要でしたが、先にも触れたとおり現代と過去の映像のトーンを変えるためのカラーグレーディングには工夫を凝らしました。見る人の感じ方次第なので正解はありませんが、100点満点を目指して最適解を探ったので、作り手側としては合格ラインに達したと考えています。
それと、タイムスリップ先の浜辺のシーンでは、CGで建物や船など不要なものを消しています。CG部の負担は相当なものでしたが、AIの高度化によりCG技術が進化した今だからこそ実現できた部分もあると思います。これが5年前なら、こうはいかなかったでしょう。

リアルタイムで紡がれる究極の臨場感と俳優陣の熱演に注目を!

──ワンシーンワンカット撮影には、キャストをはじめスタッフ全員のチームワークが不可欠だったと思いますが、現場の雰囲気はいかがでしたか?

非常に良い雰囲気でしたね。ワンシーンワンカットで撮影していると、徐々に言葉にしなくてもお互いの空気感が伝わって、自然に一体感が生まれてくるんです。俳優さんたちはこちらの動きや意図を察して動いてくださいますし、こちらも俳優さんたちの芝居を肌で感じながらカメラを回していました。撮影すればするほど一体感が生まれてくるので、この一体感がワンシーンワンカットドラマの中毒性ですね。

──山本さんから見た俳優の皆さんの演技はいかがでしたか?

主演の田中圭さんは、一番動いていたので当然ですがとにかく汗をかいていましたね。メイク直しもできないですし、お芝居の中でしか汗を拭けないので、映っているのはすべて本物の汗です。時間の経過に伴う、圭さんの汗のかき方の変化も見ものだと思います。小池栄子さんも、分刻みで疲れていくのがレンズ越しに伝わってきましたが(笑)、「さすが、小池栄子!」と言いたくなるような爆笑シーンも印象的でしたね。宮澤エマさんの演技は、動きがトリッキーなので追うのが大変でしたが、ご本人から「撮りながら笑ってました?」と指摘されたくらい、僕も笑いながら撮影していました。
梶原善さんはおひとりで何役も演じているので、本当に大変そうでしたね。リハーサルでは、着替えがまったく間に合わなかったんですよ。それでも善さんご自身とスタッフの努力で、本番では早着替えも大成功。CGを使っているんじゃないかと思えるほどうまくいきました。
一方で、本作のキーパーソン、太宰役の松山ケンイチさんの細やかな芝居も心に残っています。彼の静かな表情の変化も、本作の見どころになっているんじゃないでしょうか。

2506_features_oidazai_sub08_w810.jpgひとりで何役も演じた梶原善(右)

──山本さんが思うワンシーンワンカットドラマの一番の魅力とは何でしょうか?

やはりリアルタイム感ですね。見る人が物語の中に没入して、カメラの存在を忘れてしまうくらいがベストだと思っています。見終わった後に「あれ!? これってワンカットだったの?」と初めて気付いてもらえるのが理想ですね。フレームを意識することなく、むしろフレームの外にいる俳優さんの息遣いまで感じられるような、そんなドキドキする臨場感を味わえるのがワンシーンワンカットの醍醐味(だいごみ)だと思います。
その面白さを知っているからこそ、撮り終えた直後は「もう二度とやりたくない」と思っても、しばらくするとまたやりたくなるんですよね(笑)。もっとこうすれば良かった、ああすれば良かったと思う点も多く、もしまた機会があればより完成度の高いワンシーンワンカットドラマを撮りたいですね。

──最後に、視聴者の皆さまへのメッセージをお願いします!

セリフ劇としての面白さはもちろんのこと、俳優さんたちのすばらしい演技や、ワンシーンワンカットならではの緊張感や臨場感をぜひ楽しんでいただければと思います。そして見終わった後に、このドラマがどのように作られたのか、少しでも思いをはせていただけたらうれしいです。

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<プロフィール>
撮影:山本英夫
横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)を4期生として卒業後、撮影助手を経てカメラマンに。フリーランスとして数多くの映画やドラマの撮影に携わる。『THE 有頂天ホテル』('05)、『ザ・マジックアワー』('08)、『ステキな金縛り』('10)、『清須会議』('13)、『ギャラクシー街道』('15)、『記憶にございません!』('19)など、多くの三谷幸喜監督作品に参加。同じく三谷監督による、カメラを一度も止めない完全ワンシーンワンカットドラマの第1弾「三谷幸喜『short cut』」、第2弾「ドラマW 三谷幸喜『大空港2013』」の撮影も担当。

取材・文=柳田留美

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