信頼で紡いだステージ。髙橋真梨子を支え続ける「裏方」たちの対話
株式会社ザ・ミュージックス 代表取締役 園田正強氏株式会社WOWOW 音楽事業部 プロデューサー 松井菜穂

ボーカリストとして所属したペドロ&カプリシャスから53年、ソロデビューから47年。「for you...」「桃色吐息」「ごめんね…」など数々の名曲で人々の心を打ち、日本人アーティストとして唯一、米国カーネギーホールの大ホールで3度の公演を果たした髙橋真梨子。2024年10月から2025年5月まで開催された「最後の全国コンサートツアー」のアンコールツアー『髙橋真梨子 concert FINAL 2024-2025 EPILOGUE』をもって一つの節目を迎えた彼女の集大成を、WOWOWが3カ月にわたる特集として独占放送・配信する。
そのステージの裏側には、長年彼女を支えてきた事務所社長・園田正強氏(株式会社ザ・ミュージックス)と、ライブ番組をともに作り上げてきたWOWOW音楽事業部プロデューサー/ディレクター・松井菜穂による、揺るぎない信頼関係があった。そんな「アーティスト×事務所×放送局」の三位一体の協力体制は、どのように築かれてきたのか。番組制作における丁寧な対話、コロナ禍での挑戦、そして「信頼」を軸としたエンターテインメントの形とは? その舞台裏に迫った。
『髙橋真梨子 concert FINAL 2024-2025 EPILOGUE』メインビジュアル(資料画像)
初期のころから感じた熱意。率直な対話が生んだ制作の一体感
── 髙橋真梨子さんとWOWOWの継続的な取り組みに、松井さんは途中から前任者の業務を引き継ぐ形で加わられたそうですね。その経緯について、改めてお聞かせいただけますか?
松井 私がWOWOWに転職したタイミングで、真梨子さんの担当だった前任者が産休に入ることになり、業務を引き継ぎました。真梨子さんのお名前はもちろん存じ上げていましたが、当時はまだコンサートも拝見したことがなく、「自分に務まるのだろうか」と緊張しながら事務所に伺ったのを覚えています。けれど、皆さん本当に温かく迎えてくださり、気付けばもう10年が経ちました。
WOWOW音楽事業部の松井菜穂
── 園田さんは、その時の松井さんの印象を覚えていますか?
園田 もちろん。歴代の担当の方々をとても信頼していたので、「どんな人が来るんだろう?」と少し不安もありましたが、松井さんからは真梨子への強い想いや情熱を感じましたね。本人を前にして言うのも少し照れくさいですが(笑)。
例えば、一つの企画について、「こうしましょう」「ここはこうしたい」と積極的に意見を交わしてくれて、「一緒に作っている」という実感が初期のころからあったんです。番組制作でここまで密にコミュニケーションを重ねたのは、彼女が初めてかもしれません。
株式会社ザ・ミュージックス代表取締役の園田正強氏
松井 ありがとうございます。園田社長には以前、「君は物腰は柔らかいのに、言ってることは結構強く、はっきりしている」と言われたことがあり、自覚がなかったので驚いたことがあります(笑)。大切にしたい相手だからこそ、「こうすればもっと良くなるのでは」と思ったときは、率直に意見を出すようにしています。それをきちんと受け止めてくださる園田社長の懐の深さがあるからこそできることではありますが。
── 松井さんは、髙橋真梨子さんと実際に関わるようになってから、その魅力をどのように感じるようになりましたか?
松井 真梨子さんやヘンリーバンド(髙橋真梨子の夫でありプロデューサーでもあるヘンリー広瀬を中心としたサポートバンド)の皆さんは私の両親と同じ世代ですが、初めてコンサートを観たとき、年齢をまったく感じさせないほど攻めているステージで、衝撃を受けました。歌声は言うまでもなく、演奏も圧倒的。CDで聴くのとはまた違って、ライブそのものが視覚的にも完成されたエンターテインメントだと実感しましたね。
しかも、園田社長が手掛けるステージ演出には、毎回必ず新しい仕掛けがあって、決してマンネリにならない新鮮な驚きがあります。その瞬間を記録として残して、WOWOWの放送・配信を通して幅広い世代の方々に届けていくことにも、大きな意味があると感じています。
髙橋真梨子の素顔を引き出した、コロナ禍の無観客ライブ
── 園田さんは髙橋さんのコンサートを長年プロデュースし、ノウハウも確立されています。松井さんのように、さまざまな提案を持ちかけてくる方とのお仕事は、率直に言ってどのように感じるのでしょうか。
園田 いや、非常に助かっています。基本的に制作者サイドというのは、自分のやりたいことを貫きたがる。その一方で不安もあるんですよ。よく分かっているつもりでも、あまりに距離が近くて、俯瞰で見ることができなくなるというか。「これで大丈夫かな?」「伝わっているだろうか」という気持ちが常にあるから、いろんなことを率直に言ってもらえるほうがありがたいんです。
松井 光栄です。今回の3カ月特集の番組制作でも、「どういう切り口がいいと思う?」とご相談いただいたんですよ。私自身、ファッションが好きなのですが、真梨子さんはステージ衣装も本当に美しくて、毎回何度もお着替えされるのも見どころの一つだと思っていて。そこで、「衣装を軸に構成するコーナーはどうですか?」とご提案したところ、「おお、松井っぽいね。それでいこう」と言ってくださったんです。こういうふうに自然な会話の中から企画の種が生まれていくのは、とてもありがたく、うれしいことですね。
園田 「今回はこんなことをやってみたい」「こういう演出はどうだろう?」という話は常に重ねてきましたが、特に印象に残っているのは、やはりスタジオライブでの座談会です。
松井 コロナ禍で行なった無観客ライブですね?
コロナ禍で開催された無観客ライブ「髙橋真梨子 STUDIO LIVE 2020"THE FIRST"」(撮影:田中聖太郎)
園田 そう。通常の放送なら過去のコンサートを編集してオンエアすると思うのですが、「せっかくWOWOWでやるなら、新たに撮り下ろしたい」という話になり、無観客のスタジオライブに挑戦したんです。しかも、「バンドの皆さんとの座談会もやろう」と。
正直、「身内同士の話なんて誰が喜ぶんだろう?」と思っていたのですが(笑)、松井さんが「ぜひやりましょう」と後押ししてくれて、やってみたら予想以上に面白かった。完全に松井さんの発案で、今でも印象に残っています。
松井 真梨子さんはカメラがあまりお好きではなく、コンサートの収録時にも「カメラが近くにいるのがやだ」とよくおっしゃっていたので、座談会も大丈夫かな......と不安だったんですが、良い意味で予想を裏切ってくださり、笑顔もたくさん見られました。
園田 5分も持てば上出来だろうと思っていたのですが、結局20分くらい話し続けていましたよね。事務所のスタッフも、「真梨子さんがあんなにリラックスしているなんて」と驚いていました。
「髙橋真梨子 STUDIO LIVE 2020"THE FIRST"」で放送された座談会の様子(撮影:田中聖太郎)
「無国籍インターナショナル」が導く独自の演出世界
── 園田さんは、コンサート自体の演出にも非常に強いこだわりをお持ちだそうですが、どのような想いで臨んでいらっしゃいますか?
園田 まず、真梨子のコンサートには一貫した基本コンセプトがあり、僕はそれを「無国籍インターナショナル」と呼んでいるんです。舞台は日本でもなければ、アメリカでもヨーロッパでもない。「ここは一体どこなんだろう?」と感じさせるような空間をつくるのが狙いです。
例えば、ステージに巨大な石像が登場することがありますよね? あれも、あえていうならアメリカのイメージ。特に、ミシシッピ川中流域のラストベルトや穀倉地帯。色で言えば、ちょっと黄緑っぽい感じ。そういう世界観の中でこそ、真梨子は一番輝くんですよ。
2015年に開催されたコンサートツアー『Mariko Takahashi Concert vol.39 ClaChic』(撮影:田中聖太郎)
2020年に開催されたコンサートツアー『Mariko Takahashi Concert vol.44 our Days -Last Date-』(撮影:田中聖太郎)
── なるほど。
園田 歌詞は日本語で、むしろ歌謡曲っぽくてもいい。でも、サウンドには欧米の雰囲気をまとわせる。その組み合わせをベースにしつつ、スケール感と優しさを加える。観てくださる方に「人生っていいな」と思っていただけるような、そんな演出を目指しています。
思えばペドロ&カプリシャスのころから、作詞家の阿久悠さんにも「無国籍で、訳の分からない世界にしてほしい」ってお願いしていましたね。「ジョニィ」や「マリー」「五番街」といった言葉をちりばめ、観る人に「それ誰?」「どこ?」と思ってもらえるような(笑)。
真梨子がデビューした当時はいろんな洋楽がはやっていて、英語の意味は分からなくても、みんなノリノリで踊っていた。でも、どこか物足りなさも感じていたんですよ。日本語の歌なら意味が伝わって、心に染みる。そして、「昨日、髙橋真梨子のコンサートに行ってきたの」って、ちょっと誇らしげに言えるような、「おしゃれで洗練された」空間をつくることがすごく大事なんです。
極端に言えば、「歌は歌謡曲、でも飾りつけは欧米」。そんな世界観を構築することで、より多くの人に聴いてもらおうと試行錯誤を重ねてきました。
── 今では髙橋さんの揺るぎない代表曲である「for you... 」も、ライブの中で育っていったと伺いました。
園田 もともとは「あなたが欲しい」というタイトルで東京音楽祭に出すために作った曲で、同名の曲がすでにあったため「for you... 」に変更しました。最初の録音はイメージと違っていたので、急遽アレンジャーを若草恵さんに変えて再録したんです。ストリングスなどを加え、かなりの制作費をかけたのですが、レコード会社の編成会議で「地味だ」「歌いにくい」と却下されてしまって。それでも譲れず、押し通してリリースしました。
当時の売り上げは3万枚ほどでしたが、コンサートで歌い続けたことで曲が育ち、この曲を収録したベストアルバムは150万枚以上のヒットになりました。
── 信念を持って育て続けたことで、結果的に多くの人に愛される曲になったのですね。
園田 大事なのは、100人の賛成じゃなくて、たったひとりの「狂信的な確信」。誰になんと言われようと、譲れないものってあるじゃないですか。そこに妥協の余地はないんです。いや、私だけではありません。あれだけ周りから反対されても、スタッフたちは本当に一生懸命頑張ってくれました。また、カラオケや「NHKのど自慢」などで歌われ続けたことも大きな後押しになったと思います。
「立体的」に伝える髙橋真梨子の魅力
── そんな髙橋さんの世界観をWOWOWで放送するに当たり、松井さんはどのような点にこだわりましたか?
松井 大前提として、コンサートそのものが本当にすばらしいので、それをそのままお届けするだけで十分に魅力は伝わると思っています。ただ、「コンサート映像をそのままただ放送・配信する」「コンテンツ数を集める」だけなら、他の放送局や配信サービスでもできると思うんです。でも、長年かけて築いてきた関係性を軸に、愛を込めながら「アーティストの可能性を広げる」ことは、WOWOWだからこそ実現できることだと考えていて。例えば、園田社長のお話をはじめ、真梨子さんを支えるメンバーやスタッフの方々にお話を伺うのもその一つで、特番の中にそうしたインタビューを盛り込むことで、より立体的に真梨子さんの魅力が伝えられるのではないかと考えています 。
2016年に開催されたコンサートツアー『Mariko Takahashi Concert vol.40 2016 infini』(撮影:田中聖太郎)
2019年に開催されたコンサートツアー『Mariko Takahashi Concert vol.43 MariCovers』(撮影:田中聖太郎)
── 今回、特番という形で番組を3本制作するに当たり、松井さんご自身はどのような想いで臨まれましたか?
松井 まず、7月にはコンサートの模様を、1曲もカットせずに丸ごと放送し、その上で、8月と9月には、インタビューを中心とした特番と、これまでのコンサート映像を振り返る特番を放送します。
2025年5月に開催された『髙橋真梨子 concert FINAL 2024-2025 EPILOGUE』東京国際フォーラム公演(撮影:田中聖太郎)
『髙橋真梨子 concert FINAL 2024-2025 EPILOGUE』東京国際フォーラム公演(撮影:田中聖太郎)
松井 先日、真梨子さんとヘンリーさんのインタビューも収録させていただきました。インタビュアーはラジオDJのサッシャさんです。番組内でどこまで使えるかはまだ分かりませんが、とても印象的なやりとりがあって。
── それは、どんなやりとりだったのですか?
松井 サッシャさんが「全国ツアーは一区切りを迎え、今までは来年のスケジュールが決まっている日々でしたが、『スケジュールが入ってない今後』にやってみたいことはありますか?」と真梨子さんに尋ねたところ、少しも迷うことなく「何もない」とおっしゃって。その言葉がすごく心に響いたんですよね。
何かの犠牲の上にコンサート活動があったわけではなく、本当に好きで続けていらっしゃったんだな、というのが分かるシンプルながらとても強い言葉で、いちファンとしてはこんなにうれしいことはないな、と。
体力的な理由から、もう全国を回るのは難しいとおっしゃっていましたが、あの「何もない」というひと言には、迷いのなさやすがすがしさが感じられて、初めて真梨子さんの「本音」に触れたような気がして、とても新鮮でした。
園田 コロナ禍の期間があったのが良かったのか悪かったのか、彼女、むしろ今はとても元気なんですよ。声もしっかり出ていますしね。ツアーという形で全国を動き回るのはもう現実的に難しいと思いますが、これからも「歌う機会」はまだあるかもしれませんね。その時はまたお願いします(笑)。
松井 そうですね、またスタジオライブと座談会を組み合わせたような番組をやってみたいです。
「実体験に勝る学びなし」若手制作者へのエールと提言
── 長年さまざまな制作に携わってこられたお2人から、若い制作者たちに伝えたいことがあれば教えてください。
園田 自分の30歳前後のころを振り返って考えてみると、今の若手スタッフはちょっと「勉強が足りない」と感じることが多いですね。
もちろん、ここでいう「勉強」は机に向かうことではありません。例えば「海の色」一つとっても、地中海とアメリカの海、日本の湘南や千葉の海では、全部、色が違うんです。映像で見るだけじゃ分からないし、誰かの話を聞いたところで実感は得られない。やっぱり自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じて、初めて本物になる。そういう「実体験」に勝る学びはないんですよ。
── おっしゃる通りだと思います。
園田 もちろん、いろいろと吸収していく中で、「これは自分には合わないな」と感じることもありました。でも、そこにも必ず何か発見がある。成功することもあれば、失敗して初めて気付くこともある。僕のような凡庸な人間は、とにかく現場を見て、感じて、引き出しを増やしていくしかない。それが何よりも大きな財産になるんです。
そういう意味でも、若い人たちにはどんな形であれ、自分の目標に向かって努力を惜しまないでほしい。学び続ける姿勢や探究心を持ち続けてほしい。楽な道ばかり選んだり、「逆張り」だけで勝負しようとしたりするのは、ちょっと違うんじゃないかなと思いますね。
松井 今って、なんでもすぐに検索すれば情報が手に入る時代じゃないですか。でもやっぱり、自分の足で動いたり、自分のお金を使ったりして得た経験には、代えがたい価値があると思うんです。
例えば私の場合、差し入れに持っていくお菓子はいろんなお店を回って、「これはおいしい!」と自分が感じたものを選ぶようにしているんです。時間もお金もかかりますが、その「たどり着くまでの時間」も楽しくて。ネットでの検索だけに頼らず、回り道をしたり、自分で探して見つけたりする面白さって、やっぱりあるんですよね。そういう遠回りの楽しさを、今の若い人たちにもぜひ味わってほしいなと思います。
【プロフィール】
園田正強(株式会社ザ・ミュージックス 代表取締役)
髙橋真梨子のマネジメント、音楽制作、コンサート制作を行なうことを主として、1991年にザ・ミュージックスを設立。事務所社長として、コンサートプロデューサーとして、髙橋真梨子の活動を長年にわたり支え続けている。
松井菜穂(WOWOW音楽事業部 プロデューサー/ディレクター)
2015年WOWOW入社。その後すぐに髙橋真梨子関連の番組制作に携わり始める。ほかにも、大橋トリオ、米米CLUB、斉藤和義、東方神起、西川貴教、B'z、槇原敬之(50音順)など、数々のアーティストの番組制作を手掛ける。
取材・文/黒田隆憲 撮影/北原千恵美
【関連情報】
髙橋真梨子 concert FINAL 2024-2025 EPILOGUE
7月27日(日)午後4:00~ WOWOW ライブで放送/WOWOW オンデマンドで配信
髙橋真梨子のラストツアー「EPILOGUE」より、ツアー最終公演となる5 月8 日の東京国際フォーラム公演を放送。圧巻の歌声で締めくくる感動のフィナーレをお届けします。
髙橋真梨子 concert Supreme Selection
8月29日(金)午後10:15~ WOWOW ライブで放送/WOWOW オンデマンドで配信
髙橋真梨子のコンサートから名演を厳選した特別番組。感動と奇跡に満ちた名シーンの数々をテーマ別に振り返る、ファン必見のスペシャルプログラムをお届けします。
髙橋真梨子 Interview Special
9月放送・配信予定
髙橋真梨子本人へのインタビューを軸に、さまざまな角度から厳選した人物に取材を敢行。シンガー・髙橋真梨子の音楽、ステージ、人生を浮き彫りにするスペシャル番組。
※各番組の放送・配信終了後~2週間アーカイブ配信あり