2025.11.07

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豪華アーティストが一夜限りの特別なセッションを披露。「JAZZ NOT ONLY JAZZ」ができるまで JAZZ NOT ONLY JAZZ Ⅱ対談・前編

石若駿 × WOWOW事業局プロダクション事業部チーフプロデューサー 前田裕介

豪華アーティストが一夜限りの特別なセッションを披露。「JAZZ NOT ONLY JAZZ」ができるまで JAZZ NOT ONLY JAZZ Ⅱ対談・前編

ドラマーの石若駿率いる次世代の実力派バンドが豪華アーティストと一夜限りのスペシャルセッションを行なうライブイベント「JAZZ NOT ONLY JAZZ」。NHKホールでの初開催となった2024年は、上原ひろみをはじめとした多彩なラインナップと上質な内容が話題を呼び、大成功を収めた。今年2025年の9月に開催された「JAZZ NOT ONLY JAZZ Ⅱ」は、会場を東京国際フォーラム ホールAに拡大し、椎名林檎や岡村靖幸といった日本人アーティストに加え、海外からグラミー賞受賞アーティストであるロバート・グラスパーも参加。昨年以上に濃密な一夜となり、11月16日(日)にWOWOWでの放送と配信が決定している。現在の日本のジャズシーンの豊かさを伝える画期的なイベントはどのようにして生まれたのか。石若とWOWOW事業局プロダクション事業部チーフプロデューサー・前田裕介による対談で、その裏側に迫った。

前田が石若に感じたプロデューサーとしての可能性

――まずは前田さんが「JAZZ NOT ONLY JAZZ」の企画を思いついた経緯から話していただけますか?

前田 私自身は事業部で「FUJI & SUN」というキャンプフェスを担当していて、それをきっかけにフィッシュマンズにもご出演いただいた「WIND PARADE」というイベントを立ち上げたりもしました。石若さんとの関係で言うと、以前音楽部にいたときにくるりの番組を担当して、日本武道館での公演を収録して放送用の番組にしたこともあるんですけど、途中からドラムが石若さんになって、そこからくるりのライブサウンドのアレンジが結構変わった印象を持ったんです。セッションをして、石若さんがアレンジの方向をくるりに提案したりもしてるんですか?

2511_features_jazz_zenpen_sub02_w810.jpgWOWOW事業局プロダクション事業部チーフプロデューサー 前田裕介

石若 いや、僕もくるりのことはずっと好きで、いろんな時代のくるりのアルバムや楽曲を聴いてきたんですけど、僕が入る前のくるりの音楽のやり方は、「このドラマーさんだったら、こうゆうセットリスト」みたいな感じで、そのとき作った音楽に対して、サポートを決めていくやり方が多かった気がするんです。でも僕はもともとファンだからいろんな曲を知ってたし、ジャズ的な出身っていうのもあって、「できる曲が増えた」みたいなことは言ってもらって、だから変わったように感じるのかもしれない。

2511_features_jazz_zenpen_sub03_w810.jpg石若駿

前田 石若さんはちょっとクエストラブ(アメリカのヒップホップ・グループ、ザ・ルーツのドラマー)っぽいなと思うんです。クエストラブはドラマーでありながら、プロデューサー目線で、「これはポリスっぽい感じ、これはモータウンっぽい感じ」みたいなイメージに合うサウンド作りも作り上げることができる人で、石若さんにも同じような可能性を感じたんですよね。存在を知ったのはくるりがきっかけでしたが、そこから石若さんがいろんなところに登場し始めて、メンバーでもあるCRCK/LCKSのサウンドも素晴らしいし、KID FRESINOさんや中村佳穂さんのライブにも出てきて、「ヤバいドラマーだな」というのはずっと思っていました。そこから思いついたのが「JAZZ NOT ONLY JAZZ」の企画で、ソウルクエリアンズ(ネオソウルやヒップホップを軸に、1990年代後半から2000年代初頭に活動した音楽集団。ザ・ルーツ、ディアンジェロ、エリカ・バドゥなどの名作を生んだ)じゃないけど、石若さんをはじめとした次世代の音楽集団がいて、古い曲も新しい曲も彼らを媒介にして生まれ変わる、みたいなことがやれたら面白いと思ったんです。

――石若さんは最初にその企画を聞いて、どんな印象でしたか?

石若 今言っていただいたようなことをすごく嬉しく思って、自分がやるべきことなのかもなと思いました。ドラマーという役割はいろんな音楽に入ることができるというか、いろんな音楽に関わるドラマーがいれば、音楽の幅もどんどん広がっていく。僕はそういうことに貢献したいし、もともと未知のものに向かっていくことが好きだったので、そこで起きる渦(うず)みたいなものにはすごく可能性があるんじゃないかと思いました。

出演者のイメージはロバート・グラスパーの『Black Radio』

――バンドのメンバーや豪華なゲストについてはどのように決めていったのでしょうか?

前田 自分の書いた企画書で「石若さんがバンマス(バンドマスター)」というイメージはすでにあったんですけど、バンドメンバーに関してはまだ分からない状態で。どうやって選んだんですか?

石若 僕がやってるSMTKというバンドのサウンドは、日本のジャズの中でも、バンドシーンの中でも、すごく異色だと思うんですね。そのバンドのメンバーと、アーティストやシンガーのみなさんがコラボをしたときに、ただのサポーティブな演奏ではなくなる。そこが面白いポイントだなと想像したので、まずSMTKのメンバーを軸に考えました。

――ベースのマーティ・ホロベックさん、ギターの細井徳太郎さん、サックスの松丸契さんがSMTKのメンバーですね。

2511_features_jazz_zenpen_sub04b_w810.jpgマーティ・ホロベック(ベース)(Photo by Yoshiharu Ota)

2511_features_jazz_zenpen_sub05b_w810.jpg細井徳太郎(ギター) (Photo by Yoshiharu Ota)

2511_features_jazz_zenpen_sub06b_w810.jpg松丸契(サックス)(Photo by Yoshiharu Ota)

石若 マーティは自分のプロジェクトで石橋英子さんと山本達久さんとのトリオがあったり、僕と井上銘くんとやったり、ジャズもポップスもやるので、一番自分の気持ちが伝わる存在です。徳ちゃんも自分でシンガーソングライターをやりつつ、日本のディープなジャズシーンにもいるし、契も契で自分のソロをやりつつ、すごく独特な活動をしてる。で、ホーン(管楽器)は絶対2本あった方がいいなと思ったときに、トランペットの(山田)丈造は僕の小学校時代からの幼なじみで、寺久保エレナや馬場智章と一緒のビッグバンド出身なんですけど、丈造も板橋文夫さんのオーケストラで活動してたり、そういうディープなジャズの出身。ギターの(西田)修大は僕のSongbookっていうプロジェクトでもずっと一緒なので、僕の歌に対する考え方をすごく理解してくれてる人。渡辺翔太くんもマーティと同様に、ジャズの世界で生きていながらも、ポップスのサポートもガンガンやっていて、彼のピアノのプレイでハイレベルに音楽を押し進めていると思います。翔太くんとは自分が高校1年生のときに初共演して、翔太くんのトリオにも参加してアルバムが3枚出ています。そういう布陣ですね。

2511_features_jazz_zenpen_sub07_w810.jpg山田丈造(トランペット)(Photo by Yoshiharu Ota)

2511_features_jazz_zenpen_sub08b_w810.jpg西田修大(ギター)(Photo by Yoshiharu Ota)

2511_features_jazz_zenpen_sub09_w810.jpg渡辺翔太(ピアノ)(Photo by Yoshiharu Ota)

前田 ゲストに関しては最初に田島貴男さんや中村佳穂さん、ハナレグミといった名前を挙げていて、永積(タカシ)さんはまだ叶ってないんですけど、いつか出てもらいたいし、佳穂さんは去年は無理だったんですけど、今年出てもらえました。歌の力がありつつ、ソングライターとしても素晴らしい大橋トリオさんや堀込泰行さんもいれば、田島さんや岡村靖幸さんみたいなライブの熱量が凄まじいパフォーマンスお化けもいる(笑)。これは完全にリスナー目線で、こういう人たちが石若さんたちと出会ったら素敵だろうなっていう人を提案させてもらいました。

2511_features_jazz_zenpen_sub10_w810.jpg田島貴男 昨年の「JAZZ NOT ONLY JAZZ」にて(Photo by Maho Korogi)

2511_features_jazz_zenpen_sub11b_w810.jpg中村佳穂(Photo by Yoshiharu Ota)

2511_features_jazz_zenpen_sub12_w810.jpg昨年の「JAZZ NOT ONLY JAZZ」に出演した大橋トリオ(Photo by Maho Korogi)

2511_features_jazz_zenpen_sub13_w810.jpg堀込泰行 昨年の「JAZZ NOT ONLY JAZZ」にて(Photo by Maho Korogi)

2511_features_jazz_zenpen_sub14_w810.jpg岡村靖幸(Photo by Yoshiharu Ota)

――まず前田さんの提案があり、それを石若さんと相談しながら決めていったわけですね。

前田 コミュニケーションは常に取っていますし、石若さんと共演して変なことにならないっていうのは、自分なりに想像はしてるんですけど...大丈夫ですか?(笑)。

石若 大丈夫です(笑)。

前田 『Black Radio』(2012年にロバート・グラスパーが発表したグラミー受賞作。多数のゲストを迎えてジャズの概念を拡張し、その後シリーズ化されている)に近いイメージというか、グラスパーさんもエリカ・バドゥとかスヌープ・ドッグとか、ノラ(・ジョーンズ)みたいなベテランの人とやったり、タイ・ダラー・サインやルーペ・フィアスコのような次の世代とやったり、いろんな音楽の媒介になることによって、評価されてるじゃないですか。だから、そういう人たちを集めることで化学反応が起きてほしいし、本当は『Black Radio』みたいな音源を出せたら最高だなと思ってるんですよね。

――石若さんは1回目のラインナップに対してどんな印象を持っていますか?

石若 この間劇場版を見て、当たり前ですけど、初回っていうのは本当に一回しかないことで、ゲストのシンガーのみなさんからもすごく気合いを感じましたし、自分の歌う曲を歌って、そのバトンを次の人に渡していくのが見えたというか、そういう結束力みたいなのが去年はすごくあって。みんなそれぞれの曲をやってるけど、1個のショーとしてまとまりがある。気持ちの向かう方向が一緒で面白いなと思いました。

予想ができないからこそ面白い。コラボから生まれる未知の景色

――「JAZZ NOT ONLY JAZZ」を開催するに当たって、特に大変だったのはどんな部分ですか?

石若 バンドメンバーのサウンドを想像しながら、「このフレーズはホーンにお願いしよう」みたいな作戦を立てるんですけど、その物量が単純に多いので、その曲たちとずっと向き合うのは大変ではありました。でも実際に音を出すと、やっぱりみんなジャズの人たちなので、その場で浮かぶアイデアが豊富なんですよ。そこに対しては信頼があるし、想像できないことが楽しさだったりもするので、選択肢が多いから大変ではあっても、結局音を出せば自然と決まっていったように思います。

――前田さんが大変だったのはやはりブッキングですか?

前田 ブッキングに関しては意外とスムーズでした。「石若さんとやってみたい」というアーティストの方がすごく多いんです。大橋さんも去年のMCで「いつか一緒にやりたいと思ってた」とおっしゃってましたし、田島さんも下の世代をしっかりチェックされていて、石若さんとのセッションにとても前向きでした。なので、みなさん「石若さんとやりたい」ということをモチベーションにしてくださって、それはすごく助かりました。上原ひろみさんにしても、最初は出てくれないかなと思ったけど、今の日本のジャズシーンのことをいろいろ意識した上で、「石若さんやマーティ、西田さんのいるこのバンドの子たちとやってみたい」と思って、引き受けてくれたのかもしれません。そのことが象徴するように、やっぱり石若さんがいることによって、ブッキングもすごくうまくいったなと思います。

――昨年の公演はハイライトの連続でしたが、「JAZZ NOT ONLY JAZZ Ⅱ」へも出演したアイナ・ジ・エンドさんの「私の真心」は特に印象的でした。

2511_features_jazz_zenpen_sub15_w810.jpg唯一昨年に続いての出演となるアイナ・ジ・エンド(Photo by Yoshiharu Ota)

石若 劇場版で改めて客観的に見れたんですけど、本当に感動を呼ぶ歌だなと思いました。「すごい!」というより、心は落ち着いているのに、なぜか目頭が熱くなる、そういうものを感じましたね。素晴らしいなと思います。あの曲の語り部なのか、主人公なのか、いろんなバランスがあると思うんですけど、曲の世界の登場人物に憑依して、キャラクターになってて、それがすごいですよね。

――演奏しているときはどんな気持ちになりましたか?

石若 どんなアーティストでもそうですけど、やっぱりアーティストから放たれるパワーに僕たちも影響されます。

前田 普段は演奏に集中されているけど、映画ならリスナーとしてゆっくり楽しめるからいいですよね。

石若 それはよかったですね。ただ、MCでしゃべりすぎだなと思いましたけど(笑)。

前田 そんなことは全然ないです!

――そして、やはり上原ひろみさんとの共演は昨年のクライマックスだったかと思います。

石若 ひろみさんは本当にすごい人だなと思います。楽器の扱いや技術はもちろんのこと、空間を操る人というか、本当に「世界のhiromiさん」だと思いました。また機会があったらぜひご一緒してみたいです。

2511_features_jazz_zenpen_sub16_w810.jpg上原ひろみ 昨年の「JAZZ NOT ONLY JAZZ」にて(Photo by Maho Korogi)

――事前の打ち合わせやリハーサルはどの程度行ったのでしょうか?

石若 すごくストイックなリハをしました。僕らはひろみさんの曲を初めて演奏するので、譜面に書かれていることの奥というか、「その音符をどういうふうに感じるか」とか「タイムの流れをどう作るか」みたいな調整を、短時間でストイックに、「もう一回、もう一回」って、たくさんリハをしました。その体験ができたこともすごくよかったです。

――上原ひろみさんとの共演はまさに「JAZZ NOT ONLY JAZZ」だからこそ実現できたことだったかと思います。

石若 本当にプレッシャーでしたけどね(笑)。

前田 大変なことをやっていただいてありがとうございます。でも石若さんはそのプレッシャーを感じさせないから、それもすごいなと思いますね。

――規模感的にも内容的にも間違いなくプレッシャーはあったかと思いますが、それでもやってみようと思えたのは、前田さんとの信頼関係も重要だったように思います。

石若 ミュージシャンだけの考え方だと、選択肢を具体的に決め込んじゃいがちだと思うんです。「この人は合うけど、この人は合わない」って、音楽的な考えが先に行っちゃうけど。でも前田さんがいれば、そういうものを一回打破したところからスタートできる。それがさっきから何度も言ってる「予想のつかないこと」につながっていくし、僕はやっぱりそこで初めて生まれる景色が面白いなと思うんですよね。

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JAZZ NOT ONLY JAZZ Ⅱ対談・後編につづく

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<WOWOW番組情報>
JAZZ NOT ONLY JAZZ Ⅱ 
2025年11月16日(日)午後9:30 放送・配信
※放送・配信終了後~WOWOWオンデマンドにて1カ月のアーカイブ配信あり
収録日:2025年9月18日/東京 東京国際フォーラム ホールA
番組サイト:https://www.wowow.co.jp/music/jnoj/

取材・文:金子厚武/撮影:中川容邦