2023.07.03

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肌感覚で知る視聴者の興味、関心をただ、ひたすらに突き詰めていきたい

脚本家 井上由美子 × WOWOWコンテンツ制作局 クリエイティブオフィサー 青木泰憲

肌感覚で知る視聴者の興味、関心をただ、ひたすらに突き詰めていきたい

人を操りたい欲望こそが、もっとも罪深い──政界に潜む黒幕、その存在の力と意志の源に迫る「連続ドラマW フィクサー」。7月9日(毎週日曜午後10時放送・配信)から始まる待望のSeason2を前に、本作を手がけた脚本家・井上由美子氏とプロデューサー・青木泰憲が、Season1を振り返りつつ3Seasonにわたる本作に懸ける想いを語る。

世の中に、人の心の中にある裏表。それを象徴する存在を主人公に

──政界の陰に存在するとされる謎の人物に光を当てる「連続ドラマW フィクサー」。どのようにして立ち上がったのでしょうか。

青木 この企画は、コロナ禍が始まったばかりの頃、井上さんにお会いしてオリジナル作品を、しかもシリーズものとしてお願いしたいとお話ししたところから始まりました。
連続ドラマWは、井上さんに書いていただいた2008年の『パンドラ』を皮切りに15年間続けてきましたが、オリジナル作品でシリーズ化したものは、今まで1本もないんです。

パンドラⅡキービジュアル
「連続ドラマW パンドラⅡ 飢餓列島」WOWOWオンデマンドで配信中

井上 そうだったんですか。

青木 すでに原作があってファンがついている作品に比べ、ゼロからの発信であるオリジナル作品で視聴者を取り込むのは、やはり困難なことですから。でも、いつか挑戦したかったし、その際にはやはり井上さんのお力をお借りしたいと思っていました。

井上 当初は男性主人公にしようということだけで、政界を舞台にすることは決まっていませんでしたよね。刑事や医師、弁護士といった王道の職業ものも考えましたが、青木さんと話していく中で「まだやっていないことをやろうよ」と。

青木 フィクサーという存在に、井上さんが以前から興味をお持ちだったこともあり。

井上 古くはリンカーン大統領の暗殺に黒幕がいたとか、J.F.ケネディのときもそうだったとか、フィクサーって都市伝説のようにその存在が語られてきたじゃないですか。でも、ドラマの脇役として出すとどうしても嘘っぽくなってしまうので、いっそ主人公がフィクサーというのは面白いんじゃないか?と考えました。

井上由美子 取材時の様子
脚本家・井上由美子氏

ちょうど世の中的にも震災があったり経済不安があったり、さらにはコロナの感染拡大が起こったりして、それに対応する政治への関心が今までにないほど高まり、自分たちのいる世界や見ているものの裏には何かがあるんじゃないのかという陰謀論めいたものを一般の人が普通に抱く時代になりました。一方で、S N Sが個人の生活に深く入り込み、どんな人にも表と裏があり、演じ分けながら生きている世の中でもあります。そうした中で、人や世の中の二面性を司る存在を軸に展開する物語を書いてみたいと思いました。

豪華すぎるキャスティングは「フィクサー」からの贈り物?

──「私でお役に立てることはありますか?」とほほ笑みさえ浮かべる主人公の設楽拳一役は、唐沢寿明さん。これまでのフィクサー像を覆す紳士性をたたえ、Season1終了時点でもまったく本心が読めない人物です。

井上 金と権力を得るために暗躍する人物、というのがフィクサーのイメージですよね。その紋切り型をちょっと裏切りたかったことと、シリーズの中で、たとえばSeason1なら現職総理の事故を企てた人物は誰なのかというミステリーと同時に、主人公がどういう人間で何を考え、どこへ行こうとしているのかというのを、もう一つのミステリーとして並走させたかった。そのため、若干謎めいた人物設定になっています。

唐沢寿明演じるフィクサー

唐沢寿明演じる主人公の設楽拳一

青木 唐沢さんといえば、井上さんが書かれた「白い巨塔」(2003年、フジテレビ系列)の主人公の財前五郎役が印象的でしたが、今回はまっとうな正義感を持たない人物にしたいと思っていました。

井上 唐沢さんはバラエティ番組に出れば冗談もおっしゃるけれど、実は非常に努力家であったり、役作りで体を鍛えておられたりと、なかなか本音の読めないところがある(笑)。彼の魅力でもある、その〝分からなさ〟をお借りした部分もありますね。

青木 設楽の前に立ち塞がるのが、西田敏行さん扮する伝説的フィクサー・本郷吾一。西田さんのWOWOWのドラマへの出演は本シリーズが初で、僕自身もご一緒するのは初めてです。だからとても新鮮なキャスティングですし、「白い巨塔」で義理の親子役を演じプライベートでも親交のある唐沢さんとどんなお芝居をなさるのかと、大きな期待を持っていました。実際、ものすごい存在感でしたね。

井上 本当に。貫禄があるのに、そこに絶妙な軽みや味があって......。Season1を拝見して、本当に現在過去未来、代わりのいない存在なのだなと実感しました。

本郷吾一を演じる西田敏行

本郷吾一を演じる西田敏行

青木 西田さんと絶妙な掛け合いを見せる副総理・須崎一郎役の小林薫さん、設楽に常に付き従う秘書兼運転手、丸岡慎之介役の要潤さん、Season1のキーパーソンとなる総理首席秘書官・中埜弘輝役の藤木直人さんほか、皆さん、本当に熱のこもったお芝居をしてくださいました。

井上 町田啓太さん演じる政治部記者・渡辺達哉とバディを組む捜査一課の刑事・板倉晃司役の小泉孝太郎さんも、少しヨレッとしたアウトローな感じが新鮮でした。それぞれのお芝居の勘所を押さえた西浦正記監督の演出も的確で、皆さんの個性が際立っていたと思います。

左:刑事役の小泉孝太郎、右:政治部記者役の町田啓太

左:刑事役の小泉孝太郎、右:政治部記者役の町田啓太

とにかく、キャスティングが素晴らしいし、スタッフも実力のある方ばかりなので、私としては「演じがいのある脚本になっているだろうか」「スタッフが力を発揮できるだけの内容になっているのか」と、けっこうなプレッシャーを感じつつ(笑)。
逆に言えば、それが執筆の楽しみにもなっていました。本当に、青木さんからの大きすぎるギフトでしたね。

青木 これが自分の最後の作品になってもいいというつもりでキャスティングしましたので。

井上 フフフ。つまりは、青木さんご自身がフィクサーなんですよ。

井上由美子 取材時の様子

政治は、もっと近づいて知るべきもの。ハードルを下げるのがエンタメの役割

青木 Season2へつなげるためには、Season1の最終回がカギだと思っていました。とくに、ある人物が大胆なアクションを披露するのですが、脚本をいただいたときに、「井上さん、すごいことを考えるなぁ」と驚かされましたね。しかもその場面には、主人公がいないという(笑)。

井上 普通なら、ないですよね。
青木 この場面を、きちんと熱量を持ったシーンとして成立させなければと思って......。きっと放送を見た唐沢さんも驚かれたんじゃないかと思います。いずれにしても、Season2、3と続いていくことが前提だからできた冒険です。

井上 あの場面は、WOWOWでなければ書かなかったと思います。ドラマというのは、主人公という存在がいて、それを皆が盛り立て、その人の歩く道を照らすように作っていくものですが、WOWOWのドラマの場合は、主人公だけでなく、そのほかの人々も生き生きと輝く瞬間を書くことができる。1枚の絵画でいうと、中心だけでなく、隅々まで細密に描かれている絵を目指すようなイメージです。

──Season1の終盤、設楽と協力関係にある報道番組のキャスター・沢村玲子(内田有紀・演)が「いま私たちが政治に無関心になれば、日本という国の未来はどうなるのでしょうか」と視聴者に訴えかけたのも、強く心に響きました。

井上 私自身には、政治の闇を告発したいといった意図はまったくありません。それはジャーナリストやメディアの仕事で、エンターテインメントにできることは、政治を舞台にした物語を楽しんでいただく中で「政治ってこういう仕組みだったんだ」「政治家はこうした背景を抱えているのか」ということをお伝えし、関心を向けてもらうこと。政治は遠いものではなく、ちゃんと近づいて知るべきものであること、そのハードルを下げる役割を担えればと思って書きました。

青木 政治の世界を舞台にしたドラマは確かに少なく、もしかしたら地上波で視聴率を取るのは難しいのかもしれません。でも、WOWOWの視聴者の方々は大人が大多数で、むしろ僕より政治に詳しい方々が多いだろうなと思っています。ですから、僕としてはWOWOWを視聴する方々が何を面白がって、どうしたら満足してくださるのか、それだけを見据え、確信を持って作るしかない。とくに、連続ドラマWを作り始めてからの15年間で触れ合ってきた視聴者の方々のリアクションは、肌感覚で分かっている部分があるので、そこは大事にしています。

井上 海外の配信各社が参入してきてからこのかた、ドラマの見方はすごく変わったと感じますね。10年ほど前までは、話題になっているから見る、皆が見ているから見るという時代でしたが、今はまだ誰も話題にしていないもの、自分だけが見つけた作品を求める方向にも振れているようで......。でも、それって実はWOWOWが15年前からやっていることで、時代を先取りしていたんですよね。ですから、余計なことを考えず、WOWOWにはぜひ物語の面白さを追求していってほしい。それができるメディアだと信じています。

設楽の心の奥底を追いながら「人間の力」を感じてもらえたら

──7月9日から始まるSeason2。Season1では謎のままだった部分は、果たして明らかになるのか......。見どころをお聞かせください。

青木 Season1は現職総理の事故を軸に展開しましたが、2では次期都知事選に絡んだ冤罪事件で新聞記者・渡辺が逮捕、起訴されるところから始まります。東京都知事役に石黒賢さん、渡辺を追及する検事役に江口のりこさんほか新しいキャストも参加し、設楽が選任した渡辺の弁護士役では、唐沢さんと「愛という名のもとに」(1992年、フジテレビ系列)以来31年ぶりの共演となる鈴木保奈美さんが登場します。

右:弁護士を演じる鈴木保奈美

右:弁護士を演じる鈴木保奈美

井上 設楽の本心も......少しは明らかになりますか、ね(笑)。
設楽との過去の関係を感じさせる渡辺の母・響子(斉藤由貴・演)の存在にも注目です。
1は総理の事故、2は冤罪で、Season3ではまた違った題材を扱っていますが、ステージを変えながら物語を深めていけるのも、シリーズならではの面白さですね。いつどんなときにも物事の裏側を担っていくのが設楽ですが、彼の生き方とその謎を追っていく中で、人間というのは意外にバカだな、というか......。

青木 バカだなというと?(笑)

井上 いや、正しい存在なんてどこにもいないんじゃないかと。でも、愚かだからこそ何かを目指して努力したりできるのかもしれない。そんなことを、視聴者の方に感じてもらえたらうれしいですね。
重い題材を扱っているドラマではありますが、その中で人間の力のようなものを感じ、見る方に前向きになっていただけたらと思っています。

青木 そうですね。Season1が満足のいく形に仕上がったので、あとはそこで投げかけたことが2、3に生かされていくのを楽しみに。1を見てくださった方の期待を裏切ることはないでしょうし、2から見始めた方にも普通に楽しんでいただけて、また1から見たいと思える内容になっていると思います。

取材・文/大谷道子  撮影/中川容邦

フィクサー2 キービジュアル

WOWOW連続ドラマW『フィクサー』Season2

2023年7月9日より放送開始(全5話)
Season1はWOWOWオンデマンドで全話配信中

連続ドラマW フィクサー|オリジナルドラマ|WOWOWオンライン