2024.03.01

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イヤミスを"反面教師"にして現実を生きてほしい。「坂の上の赤い屋根」の原作者・真梨幸子×ドラマプロデューサー対談

イヤミスを

3月3日(日)から放送・配信される、衝撃のダーク・ミステリー、「連続ドラマW 坂の上の赤い屋根」。
本作の原作者・真梨幸子氏と、WOWOWのドラマプロデューサー村松亜樹の対談をお届けし、 「イヤミス」というエンターテインメントを通じたその先に、作り手として伝えたいメッセージとはいったい何なのかに迫ります。


 

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「連続ドラマW 坂の上の赤い屋根」3月3日(日)後10:00スタート

ドラマ化の条件は「原作より面白く」。人の数だけ作られる真実への警鐘

―まずは原作との出会いについて教えてください。

村松「以前から真梨さんの新刊が出るたび読んでいます。WOWOWで2015年に連続ドラマ化させていただいた『5人のジュンコ』は、WOWOWに中途入社する前でしたが、自分もいつかこうしたドラマを手掛けてみたいと思っていました。独身のキャリアウーマンたちの心の闇を描いた『女ともだち』(2012年/講談社刊)や、AV女優の連続不審死の謎を追う『アルテーミスの采配』(2018年/幻冬舎刊)など、好きな作品はたくさんありますが、真梨さんの作品の深い世界を、愛読者の方々にも満足のいくよう企画を立てるのはなかなか難しかったです」

真梨「そうですよね。映像で表現しにくい部分もたくさんありますし」

村松「『坂の上の赤い屋根』を初めて読んだとき、これまでの作品と何かが違うと感じました。元ホストの男とその男に洗脳された女子高生が両親を殺害する事件を元に小説を世に出そうとする編集者・橋本涼と新人小説家・小椋沙奈が事件の真相を追う形で進んでいきますが、まず思ったのは、『主人公は誰なんだろう?』ということ。涼が主人公だと思って読む人もいれば、沙奈の目線で読む人もいるでしょうし、さらには、死刑囚となった大渕秀行と獄中結婚した法廷画家の礼子を主人公だと思う人もいるかもしれません。真梨さんは、あえて明示されていないんですよね?」

真梨「そうですね。これは私の執筆スタイルによるものだと思うのですが、小説を書く際、最初にメインの登場人物の性別と生年月日、家族構成、どこに住んでいて今はどこにいるのかといったことを一覧表にします。そうすると、物語を作ろうとしなくても、人物の方から私に『私はこういう性格の人間なんだよ』と語りかけてきて。いわゆるモブキャラ(背景にいる脇役)までもが、時には主張を始めます。『私に名前をちょうだい』『自分はこういう人間なんだ』『言いたいことがあるんだ、聞いてくれ』と。私はわりと公平な人間なので、それもちゃんと聞いて拾っていくと話がどんどん転がっていくので、後はそれをハンドリングしていくだけ。だから登場人物個々の視点が自然と立ってくるのかもしれません」

        
2402_features_akaiyane_sub01b.jpg真梨幸子氏

―今回のドラマは、編集者の橋本涼を主人公としてストーリーが展開します。

真梨「村松さんからそう打診されたとき、『全然、問題ないですよ』とお答えしました。橋本は、原作での設定はポッチャリめのイケてないキャラクターなのですが、今回演じられるのは桐谷健太さん。こじらせたイケメンという設定なのでしょうが、撮影現場で実際のお姿を拝見して役が成り立っていることが逆に新鮮で(笑)」

村松「それはよかったです! 桐谷さんはこの役のために実は7、8キロ増量してくださったんです」


           
2402_features_akaiyane_sub02.jpg(左から)橋本涼役の桐谷健太、小椋沙奈役の倉科カナ

真梨「ああ、やっぱりそうだったんですか。大渕を演じた橋本良亮さんも、アイドルでいる普段とはイメージが違っていて、すごく精悍でした」

      2402_features_akaiyane_sub03.jpg大渕役の橋本良亮

村松「橋本さんは獄中にいる死刑囚役ということで、13キロも減量してくださったんです! 撮影が進むにつれて、大渕の孤独な生い立ちやサイコパスを感じさせる純粋さと狂気という二面性が橋本さんの瞳の奥に宿り、休憩中も声をかけるのが少し怖くなる瞬間もあるくらい、原作から飛び出てきたまさに"大渕"そのものでした。メインキャストの方々は全員、心の闇を抱えていたり二面性がある難しい役。ですので、それぞれ原作で描かれている人物像をベースに話し合い、内面と外見の役作りを徹底してくださいました」

真梨「俳優さんってすごいですね。小説家は作品によって体型を変えたりしないし、それに比べたら楽だなと思います(笑)。私は、完結した作品の映像化については『煮るなり焼くなり、ご自由にどうぞ』というスタンスなので、基本はすべてお任せです。ただ、登場人物がもれなくひどい目に遭うので、俳優さんの負担にならないようお願いしています。後は、原作よりも面白くしてくださいということもお願いしていますね」

村松「これが、一番プレッシャーでして(笑)。真梨さんのご期待と、読者の方が持つ原作のイメージを傷つけず、逆にそれを超えていく...。そのためには、徹底して原作を尊重すること、そしてキャラクターを作り込むことしかないなと思いました。まずは、原作を踏まえて『ここはこういう理解、解釈でいいでしょうか』という擦り合わせを出版社の編集者の方を交えて入念に行ない、ご了承をいただいてから脚本を作っていきました。キャスティングは全話一通りの脚本が仕上がってから進めまして、それぞれの俳優さんには細かく書き込んだ人物設定をお渡しして、打ち合わせを重ねたりもして。監督とも綿密に相談しながら撮影しました。原作を超えることは映像の作り手である私たちにとってとても難しいことですが、『超えたい』という想いでやらない限り、ご期待に添うものは作れないなとも覚悟して挑みました」

―完成した第1話をご覧になっての感想は?

真梨「怪演のバトルがすさまじかったです! 冒頭、刑務所にいる大渕が黙々と腕立て伏せをしている場面からすでに引き込まれましたが、男性陣だけでなく、沙奈役の倉科カナさんも熱演でしたし、礼子を演じた蓮佛美沙子さんは、あれだけ美しい方なのに怪しい雰囲気を醸されていて。第1話の終わりに登場する斉藤由貴さんは大渕のかつての愛人である市川聖子役ですが、もともと持っている美貌に陰影を加えて、すごみのある人物に仕上げてくださいました。一視聴者としても大興奮しましたし、個人的にうれしかったのは、ホスト時代の大渕に入れ込み過ぎたことで落ちぶれた聖子が、ドラッグストアの試供品を使ってメイクをしていく場面。実際に街で目撃したことがあったので、いつかネタにしようと思っていたのですが、それをみごとに再現してくださって...。本当にありがとうございます!」


         
2402_features_akaiyane_sub04.jpg聖子役の斉藤由貴

村松「喜んでいただけてよかったです! 真梨さんが以前、『真実は人の数だけある』とおっしゃっていたことがずっと心に残っていました。それぞれのキャラクターの中にある二面性をどう映像で見せるか、なかなか答えは見つかりませんでしたが、答えは一つじゃなくていいのかな、とも。何が答えで真実なのか、視聴者の方々に考えていただいたり、真実が作られる怖さを作品を通じて体感していただくことこそが、制作する意味のようにも思いました。『真実は人の数だけ生まれてしまう』という警鐘とも言えるメッセージを大事にしていくと、ドラマで描いていい部分とそうでない部分が自然と見えてきたような気がしました。最終話が一番難しかったのですが、結果一番意味深くなっていると思いますので、どうぞ最後までご期待いただければと思います」

格差の最たるものは、家庭内格差。ドラマで起こることは、決して絵空事じゃない

―原作の小説には"高低差ミステリー"というキャッチフレーズがつけられていますが、その意味するところを、あらためて教えてください

真梨「坂の多い東京の街を散歩しているとき、ふと『高低差っていうのは、格差なんだな』と感じたことが、この作品を書くきっかけでした。低地と高台では、そもそも土地の値段が違いますし、そこから見える景色や街の雰囲気も違う。格差は人が置かれた環境そのものに起因するのかもしれないと興味を持ち、そこから社会的格差や、誰もが人生で最初に感じる、際たるものである家庭内での格差に関心が広がっていきました。こうしたさまざまな格差をテーマにしたいと思い、小説の連載を始めるときに自分で『次は高低差ミステリーでいきます』と宣言したんです。書いてみて思ったのですが、社会的な『格差』は、誰もが生きていく中でどこかで折り合いをつけていくものですが、家庭内のそれって、もしかしたら一番残酷なのでは、と。この作品の礼子のように、『弟と私ではどうしてこんなに違うの?』みたいなことは、いつまでも心に棘として刺さっていたりするので」

村松「殺人事件の50%以上が親族間で起こっていると言われていますが、確かに、家族という一番小さい社会のコミュニティとも言える近い存在だからこそ、負の感情を抱いてしまう。その点でも、『坂の上の赤い屋根』は現代性のあるテーマをはらんだ奥行きのある作品だと思いました」

―この作品でその犠牲になっているのはやはり礼子でしょうか。自立できない彼女は、エリートの弟に差をつけられ、親からも腫れ物のように扱われています

真梨「実は、小説を書いているときに私に一番訴えかけてきた人物は、礼子なんです。登場させた際は、単純に獄中の大渕が動かせるコマの1つといったモブ的な存在だったのですが、途中からすごく主張を始めてきて...。原作の一章丸ごと彼女が主人公になったりと、作品ジャックまでされてしまった。結果、書いていて一番共感できる人物だと思えるようになりました」

村松「登場人物が主張してくるって、すごい面白いですね! 私も礼子にはすごく感情移入しました。イラストレーターで法廷画家をやっている彼女は、一見好きなことを仕事にしているようだけれども、いろいろな鬱屈を抱えている。好きなことを追いかけること、現実社会でもクリエイティブの世界で生きていくのってやっぱり難しいことだと思いました」

          
2402_features_akaiyane_sub05.jpg 大渕礼子役の蓮佛美沙子(左)

真梨「そうですよね。彼女は出会った人を間違えてしまっただけで、真っ当な相手に巡り合っていれば、案外うまく生きていけたんじゃないかと思います」

村松「視聴者の方々にも、きっと礼子に共感してくださる方もいらっしゃるのではないでしょうか。そして、"イヤミス"というエンターテインメント作品でありながら、ここまで考えさせられる真梨さんの作品力って、やっぱり強いですね。現実と地続きの部分をドラマでもきちんと生かして、お届けしたいなと思いました」

"イヤミス"に込めたメッセージとは―。

―そもそも、"イヤミス"というジャンルに作品を位置付けられることを、真梨さんはどのように感じていらっしゃいますか。

真梨「私が小説家としてデビューした頃には、"イヤミス"というジャンルはありませんでした。他局で映像化された『殺人鬼フジコの衝動』(2011年/徳間書店刊)が文庫になった際もまだそういったジャンルは存在しなくて、出版社の方たちからも『真梨さんの小説は、売るのがすごく難しい』とずっと言われ続けていました」

村松「そうだったんですね。それは意外でした」

真梨「そのうち、そうしたタイプの小説がヒットするようになって、評論家がイヤミスという名前をつけたんじゃないかと推測しています。ジャンルが確立されたことで、より多くの読者の方に届けられるようになったので私にとっては非常にラッキーでした。一方で、小説や小説家をカテゴライズすることには賛否両論があって、特定のジャンルに縛られるのが嫌だという方も中にはいらっしゃると思います。でも私はまったく苦じゃなかったですね。もちろん作品によって多少のカラーの違いはありますが、私が書く小説は、どんな人情話でも間違いなく"イヤミス"。もともと子どもの頃からワイドショーや母が話す噂話が大好きでしたし、今も検索サイトのトップニュースからXのトレンド、匿名掲示板、アフタヌーンティーのママ友の会話に裁判の傍聴と、ありとあらゆる情報を趣味で摂取していますから(笑)。相性が良かったんだと思います」

村松「それでも、ただ単にスリリングだとか、読んでイヤな気持ちになるだけではなく、読みながら『自分の中にこういう自分がいるかもしれない』と恐怖を感じたり、『ひょっとしたらこの人は、こうすれば救えたんじゃないか』と考えさせられる。それはきっと真梨さんの中に、イヤミスの先に伝えたいことがあるからなんじゃないかと思っていて。例えば、とてつもなく悪い人物がいて、正義の誰かがそれを成敗する話はストレートで作りやすい。でも、ダークな色合いの作品から『こうはならないでね』というメッセージを込めて作るのは、さらに高度で難しいことだと思うんです」

真梨「確かに私の作品では『こうなっちゃいけないよ』という反面教師を提示して、その人物が起こす、ありとあらゆるひどいことを小説の中で体験する...。ある種の"お化け屋敷"だと思うんですよ」

村松「お化け屋敷とは?」

真梨「お化け屋敷の中でどんなに怖い目に遭っても、必ず出口はあって、外に出れば暖かい日の光を浴びることができる。その感覚と同じように私の小説を読んで、自分のことじゃなくてよかったな、明日からもっと頑張ろう、という風になっていただければと。だから、実は非常にポジティブなメッセージを込めているつもりなんです」

村松「読者の方にはきっと届いていると思います! 映像化する上でも、いたずらに残酷な描写をしたいわけではないので、どこをどこまで表現するのか、センシティブに向き合っています。でも、たとえつらい出来事が起こったとしても、『これに近いことが、実際に世の中で起こっているんですよ』と私は言いたいですし、自分がその当事者になる可能性があるということから目を背けず、強く生きてもらいたい...と。本当に難しいですが、そこに挑戦しがいがあるとも思っています」

老若男女、現実を生きるすべての人に届けたいメッセージを込めて

―イヤミスの読者、視聴者の方々にはどんな属性の方が多いのでしょうか? また、ドラマ化された『坂の上の赤い屋根』を、あらためてどんな方に届けたいと思いますか

真梨「『5人のジュンコ』がそうであったように、私の作品の登場人物には女性、それも中高年の女性が多いので、読者もそういった層の方が多いのかと思いきや、実は10代、20代の若い方も多いんですよ」

村松「そうなんですよね。真梨さんのファンの年齢層は幅が広いように思います」

真梨「これも想定外だったんですが、昭和時代が舞台になっている作品でも、若い女性たちが『共感します』と感想を寄せてくださるんです。虐待などの親子関係の問題や学校でのいじめなどは昔も今も続いていますし、まだまだ生きづらいんだな、世の中って令和になってもあまり変わっていないんだなと考えさせられますね」

村松「ドラマももちろん、女性はたくさん見てくださると思うんですが、この作品を一緒に作っている男性のスタッフも『共感できる何気ないせりふもあったり、すごく引き込まれるストーリーだ』と言ってくれています。第2話以降に涼がある人物から、サラリーマンの傲慢さについてズバリ指摘されるシーンがあるのですが、ここは原作で真梨さんが書かれた言葉を、そのまま忠実に使わせていただきました」

「あなたが今、自分のお金のように使っているその大半は、会社の経費よね。ここまで来たタクシー代、ここの支払い...(中略)今のあなたは自分の年収以上の生活をしている。これに慣れちゃうと、会社という後ろ盾がなくなった時、地獄を見るわよ」

真梨「確かに、あ、そのまま使ってくださってる! って思いました」

村松「真梨さんの原作にあるせりふってすごいリアリティがあって、登場人物たちが放つ真梨さんからの警鐘にも感じるせりふはそのまま使わせていただきました。同じくサラリーマンである自分にも、涼のせりふはすごく刺さりましたので(笑)。そうしたリアルな部分もしっかり描かれているので、男性にもきっと震え上がっていただけるのではないかと期待しています」

取材・文=大谷道子 撮影=中川容邦

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【真梨幸子プロフィール】
1964(昭和39)年、宮崎県出身。多摩芸術学園映画科卒。2005(平成17)年、『孤虫症』でメフィスト賞を受賞しデビュー。2011年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーに。ほかの著書に『女ともだち』『私が失敗した理由は』『初恋さがし』『一九六一 東京ハウス』などがあり、『5人のジュンコ』は2015年に連続ドラマWとしてWOWOWでドラマ化されている。

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