2018.11.09

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技術職から異例の転身。『遠藤憲一と宮藤官九郎の勉強させていただきます』とシンクロする、プロデューサーとしての謙虚な在り方

制作局ドラマ制作部プロデューサー 堤口敬太

技術職から異例の転身。『遠藤憲一と宮藤官九郎の勉強させていただきます』とシンクロする、プロデューサーとしての謙虚な在り方

「ドラマを作りたい」という思いひとつで技術職からプロデューサーへと転身した堤口敬太。謙虚な姿勢でプロデューサー業に取り組んできた彼が今回挑んだのは、WOWOW初となる深夜放送のオリジナルドラマ『遠藤憲一と宮藤官九郎の勉強させていただきます』。実験的な脚本に、名だたる俳優陣の本気の演技──今作でも“勉強させてもらったこと”がたくさんあったようだ。

次も観たくなるようなドラマを作るためには、脚本が一番大切

──2009年に技術職の新卒採用で入社されたとのことですが、理由や経緯について教えてください。

そもそも僕は「ドラマを作る仕事をしたい」と思っていて、ちょうど就職活動をしているときに、青木(泰憲)プロデューサーの『連続ドラマW パンドラ』(2008年)がスタートしたんです。それがすごく面白くて、「WOWOWって、こういうドラマを作ってるんだ!」と興味を持ちました。

それで「まずは自分がやりたいことができる環境に行かないといけない」と思い、入社試験を受けて、技術職として採用されたという経緯です。

──「技術職」とは、実際にどんなことをされていたのでしょう?

辰巳にWOWOWの放送センターがあるんですが、そこで設備に関わる仕事をしていました。番組を放送するためのシステムを運用する送出技術部(※当時)という部署で、設備の構築やメンテナンス保守、監視などをやっていました。

──そんななかでも、最初に目指した「ドラマを作りたい」というのは常に頭にありましたか?

ありました!3chフルハイビジョン放送の設備更新に携わるなど学ぶこともたくさんありましたし、いろんな経験をさせていただきました。それに加えて、WOWOWの制作技術って、各アーティストが「WOWOWのカメラチームに撮ってほしい」と求めてくるような魅力的なチームなので、WOWOWの技術にいるのだから、そこに触れてみたいというのもありましたね。

一方で、僕が新卒で入社したときに岡野(真紀子)プロデューサーも中途採用で入ってきたので、事あるごとに話を聞いたりしているなかで「やっぱりドラマをやりたい」という思いもずっとありました。

──そういった思いもあり、2013年の7月に技術部からドラマ制作部へと異動されたということですが、最初はどのようなポジションだったのでしょう?

アシスタントプロデューサーとして、いろんな方の下に付きました。最初は高嶋(知美)プロデューサーのもとで『かなたの子』(2013年)をやらせていただいて、その次は松永(綾)プロデューサー、それから岡野プロデューサーに付いたのち、青木プロデューサーの下で『株価暴落』(2014年)をやりました。

当時はそうやっていろんな人に付くのが珍しかったんです。

──プロデューサーによって仕事のスタイルが違うと思うので、いろんなケースを学べたのは...。

大きいと思います。でも、なにが正解かというのはわからないですよね。1回付くだけだと見えてこないものもあるかもしれないから、1年ぐらい(数作品)同じプロデューサーに付いて、仕事のやり方を吸収するというのも重要なことかもしれないし......どっちがいいかはわかりませんが、脚本打ちや編集、現場での動き、トラブルが起きたときの対処の仕方などはみなさん全然違うので、いろんなケースを学べたのは大きかったかなと思います。

──いろんなプロデューサーに付いたのち、プロデューサーとして初めてクレジットされた作品は何でしたか?

黒木瞳さんが主演の『スケープゴート』(2015年)でしたね。青木プロデューサーのアシスタントに付いた後、「プロデューサーをやってみろ」と言ってくださって青木プロデューサーの企画を一緒にやらせていただきました。初めてひとりでやったのは、玉山鉄二さんが主演の『誤断』(2015年)です。

──以降、『賢者の愛』(2016年)、『ヒトヤノトゲ ~獄の棘~』(2017年)、『稲垣家の喪主』(2017年)、『不発弾 ~ブラックマネーを操る男~』(2018年)などを手がけてきた堤口さんですが、WOWOWの自社制作ドラマを作る際、特に意識しているところはどこでしょう?

やっぱり「本がすべて」だと思います。もちろん監督の演出や編集で大きく変わったりもしますが、「ドラマの設計図となる脚本を、どれだけ緻密に面白く作れるか」がとても大事だと思うので、脚本づくりには一番力を入れていますね。

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(左上から)『賢者の愛』、『ヒトヤノトゲ ~獄の棘~』、『稲垣家の喪主』、『不発弾 ~ブラックマネーを操る男~』

──「面白く作れるか」の「面白さ」とは?

連続ドラマって結局のところ、「次が観たくなるかどうか」が一番大事だと思うので、まずは「最初の10分で、観ている人を引き込めるかどうか」が重要で、「次はどうなるんだろう?」と思ってもらえるような展開や登場人物のキャラクターを作っていくことでしょうか。それが「面白さ」につながるんだと思います。

名俳優たちが、宮藤官九郎の"ぶっ飛んだ"脚本を全力で演じきる!

──11月12日から放送開始のオリジナルドラマ『遠藤憲一と宮藤官九郎の勉強させていただきます』ですが、本作品の企画に行き着いた経緯を教えてください。

宮藤さんが「自分が作った脚本とはいえ、役者の演技力によって出来上がったものって全然変わってくるから、やっぱり役者さんってすごいよね」という話になって。「その役作りが観られるようなものがあったら面白いね」ということで、企画が立ち上がりました。

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──前半は遠藤さんと他の役者さんによるサスペンスドラマの撮影現場で、撮影が滞りなく終わりますが、内容に問題があることがわかり、撮り直しをすることになります。ところが共演者はすでに帰ってしまい、急きょ近くにいた名俳優たちに遠藤さん自らオファーをして出演していただくという、驚きの構成となっています。

当初はドラマを想定していなくて、バラエティに近い企画ではあったので、テイク1をやった後に「この役者が演じた場合」としてテイク2をやるという構成だったんですね。でも、ドラマ枠でやるんだから、ドラマとして見せないといけない。「じゃあどうするか?」ということで、「撮影現場でトラブルが起こって、近くにいた俳優さんにオファーする」という真ん中の枠を設けました。遠藤さんもゲストの方も皆さん、ご本人役で登場されるので、モキュメンタリーのような面白さがある作品になっていると思います。

──テイク2は、宮藤さんがそれぞれのキャストに合わせて脚本を書いた"当て書き"ということですが、まるでご本人たちが即興でお芝居されているのかな? と思うくらい、テイク1と世界観が違いすぎてビックリしました(笑)。

そうですね(笑)。テイク2も宮藤さんにガッツリ書いていただいているんですが、視聴者の方が「ん? これ台本あるの? 筋ナシでやってるの?」って、わからないように見えたら面白いなと思いまして。

役者のみなさんには宮藤さんが崩したテイク2のぶっ飛んだ脚本を、全力で演じきっていただいている感じですね。

──とても実験的な作品になっているので、脚本だけでは想像がつかなかったところもあったと思います。

実際に撮影してみないとどうなるかわからなくて......「本の時点でぶっ飛んでるので、失敗すると「さぶっ!」ってなるんです。でも、最初に収録した小栗旬さんが、ふざけることなく本気であの"かまってちゃん"的な後輩を演じたときに、宮藤さん始めみんなが「あ、これってこういう作品なんだ!」って、成立したカタチが見えたんですよね。やっぱり小栗さんはすごいなあって思いました。

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──それこそが「勉強させていただきます」ですね(笑)。

本当に(笑)。小栗さんが全力で演じてくださったので、「これでいけるんだ」と思いましたね。

──これだけの"名俳優"が出演されていますが、みなさん撮影の前には相当不安になられていたようで...。

台本の時点で笑いのレベルが相当高いところにあるのに、それを超えていかなきゃいけないっていうのは、かなりのプレッシャーだったと思います。なおかつ、「ほぼ一発撮りでいきたい」という監督の方針もあって、カメラを6台ぐらい回してるんです。その緊張感はやっぱり大きかったようで、小栗さんもアフタートークで「寝れなかった」とおっしゃっていましたし、高畑淳子さんも「私こんなのやったことない!」って、相当怖がっていらっしゃいました。仲里依紗さん、加藤諒さん、野村周平さん、水野美紀さん、高嶋政伸さん、桃井かおりさん、みなさんもそうでしたが、本番の演技はやはりすごかったです。

──撮影現場で一番大変だったことは何でしょう?

遠藤さんってゲラ(笑い上戸)なので、それが今回一番大変でした(笑)。みなさんのお芝居が本当に面白いので、僕も笑いをこらえるのが大変でしたが、遠藤さんは目の前にいるのですごく大変だったと思います。遠藤さんの会話がないときは、大体耐えていると思って観てください(笑)。

でも本当に、これだけの俳優さんが集まってくださったのは、宮藤さんの脚本であり、「遠藤さんが相手役だから」というのも大きかったと思います。皆さん、遠藤さんと共演されたことがあるんですよね。「遠藤さんとなら」という安心感があるんだと思います。それは本当にすごいことだと思いましたね。宮藤さんも「遠藤さんならどんな脚本でも受けて入れてやってくれるんじゃないか」と脚本を書かれていました。

──たくさん見どころが出てきましたが、WOWOWに加入されている方に『遠藤憲一と宮藤官九郎の勉強させていただきます』をどのように観ていただきたいですか?

「WOWOWのドラマだと思って観なくていいですよ」とお伝えしたいです(笑)。WOWOWのドラマって、少しでも見逃すと置いていかれちゃったりするんですが、これは軽いタッチの作品ですから、力を抜いて、ストレス発散するくらいのテンションで観ていただければと思います。

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プロデューサーには"客観的に物事を見る力"が必要

──WOWOWのM-25旗印では「偏愛」をキーワードとしていますが、ご自身にとってドラマを作るうえでの「偏愛」や「こだわり」はどこにありますか?

僕は本当にドラマが好きで、ずっと観てきていて......90年代の、誰もがみんなドラマを観て、次の日にその内容について話すというのが当たり前だった頃から比べると、いまってそこまで話題になる作品は限られていますよね。そんななかで、やっぱり「来週も観たい」とか「いますぐ次の回が観たい」と思ってもらえるような作品を作りたい。作るにはどうすればいいか? ということを、常に考えています。

──堤口さんが思う、プロデューサーに必要なものとは何でしょうか?

良い作品を生み出すための"企画力"や"発想力"はもちろん必要だと思います。脚本打ちや編集、PRでも常に面白いアイディアを出せるかが勝負ですから。それ以外に今の僕から言えるのは"客観的に物事を見る力"だと思います。視聴率やリスクヘッジも含めて、すべてに対して客観視できることが大事。特にドラマや映画を作る現場では、クリエイターとしての思いが強い人たちとぶつかったりもするじゃないですか。そんなときに、全体のバランスをコントロールしていくことってすごく難しいんです。なので、全体を客観視しながら取りまとめる能力に長けていないと、できない仕事ではあるかなと思います。

──そんななかで、堤口さんが武器としているところはどこでしょう?

今回のタイトルにもなっている「勉強させていただきます」という謙虚な姿勢はあるのかもしれないです。チームとして作品を作り上げるドラマは、多くのスタッフや役者の力があってこそ。いつもプロフェッショナルの方々に助けていただいています。プロデューサーの仕事は人脈がとても大事で、簡単には作り上げられないですし、信頼関係など大切にしていきたいですね。

遠藤さんも「今回の作品に出たことで、ほかの現場の自分の感覚がちょっと変わった。自分にもまだ伸びしろがあったんだ」って嬉しそうにお話ししていて、それがすごく嬉しかったんです。なので、僕も常に「勉強させていただきます」という姿勢で作品づくりに臨みたいと思いました。

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──今後、プロデューサーとして挑戦してみたいことや、目標としていることはありますか?

WOWOWは有料チャンネルなので、NHKの大河ドラマのような"それだけで1年間加入してもらえる"ものがもし作れたとしたら大きいと思うんです。青木プロデューサーや井上プロデューサー始め、先輩方が作り上げた「連続ドラマW」はいまやジャンルとして確立していますが、そうやってジャンルとして愛されるようなもの、かつ、長期スパンのものができたらいいなという夢があります。

それから今後のWOWOWの将来やビジネスを考えたときには、いまはまだWOWOWがやれていない"若い層を狙ったジャンル"もチャレンジしていきたいと思いますし、海外に売れるドラマを作り上げたいです。大きい目標ではありますが、日本に止まらず世界と戦えるドラマが作れたら。フジテレビのかつての「月9」のような恋愛ドラマも作ってみたいと思いますね。WOWOWに加入されている方々は、まさに90年代のドラマを観てきた年齢層なので、現代版のああいったものが作れたらハマってくださるのかもしれないなと思います。

本当にやりたいことはたくさんありますが、どれもすごく難しいので、常に「どうすれば作ることができるだろう?」と考え続けていますね。


取材・文/とみたまい  撮影/川野結李歌  制作/iD inc.