2019.05.16

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「常に世界の最高峰を見せる」――WBSS井上尚弥準決勝直前!WOWOW開局と同時にボクシング中継を始めた男の喜び

制作局スポーツ部 大村和幸プロデューサー

「常に世界の最高峰を見せる」――WBSS井上尚弥準決勝直前!WOWOW開局と同時にボクシング中継を始めた男の喜び

1991年の開局以来、いや正確には開局前の試験放送の段階から現在に至るまで続くWOWOW随一の長寿番組であり、リング上の熱い戦いをお茶の間に届けてきた「エキサイトマッチ~世界プロボクシング」。番組名の通り一貫して“世界”のトップレベルの戦いを放送してきた同番組だが、嬉しいことに近年、日本人選手の姿を頻繁に目にする機会が増えている。
世界の主要4団体のチャンピオンおよびトップランカーたちがトーナメント方式で激突し、文字通り“最強”の座を奪い合うワールドボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)では、“モンスター”井上尚弥がまもなく王座統一戦を兼ねた準決勝に臨み、WBO世界スーパーフェザー級王者の伊藤雅雪はアメリカでの防衛戦を控える。この「エキサイトマッチ」の企画・立ち上げに参画し、以来30年近くにわたって携わってきた大村和幸プロデューサーにWOWOWにおけるボクシング中継の魅力、そしてこれからについて話を聞いた。

マイク・タイソンとの独占契約&プロモーターの壁をなくした世界初の番組開始

――まずWOWOWに入社された経緯についてお伺いできればと思います。

そんな昔の話を(笑)? 1990年の2月に入社しました。ちょうど2月11日に、当時の世界王者だったマイク・タイソンが東京ドームでジェームス・ダグラスに世紀のKO負けを喫したんですよ。当時はまだWOWOWは開局もしてなくて、試験放送はその年の11月30日で、本放送が始まったのは翌年1991年の4月でした。

前職はテレビ東京で報道に携わってました。

――それからWOWOWに転職を?

スポーツ中継がやりたかったんです。スポーツの世界って能動的で、そこに劇的なドラマがあるわけですよ。そういうのを撮りたかったんです。当時はまだ社名もWOWOWじゃなくて日本衛星放送株式会社(JSB)だったけど、新しくできたばかりだから、社員は各局からの寄せ集めでした。当時29歳かな? ちょうどそれくらいの年齢の社員も多くて、なんか面白そうだなぁって。

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――WOWOWに入社されて「エキサイトマッチ~世界プロボクシング」を企画されたんですね。そもそも、なぜボクシングを放送しようと?

もともと、自分が好きだったからというのがあるし、WOWOWとしてもスポーツ中継で"メジャー"感を出したいというのもありました。野球やサッカーは既に地上波でも放送されているし、大相撲はNHK、オリンピックもJC(ジャパン・コンソーシアム※民放とNHKによる合同の放送機構)があるし...じゃあ、何がメジャーなんだろう? と考えた結果、不定期ではあるけどボクシングじゃないかと。

世界戦の開催が不定期であるが故、地上波の局としては編成がしづらいし、ちょうどタイソンの試合を日本テレビで放送していた頃で、強過ぎていつも1~2ラウンドで試合が終わってしまう、スポンサー枠を消化できないということで、地上波は苦労してたんですよね。

であるなら、スポンサーと関係ないWOWOWでタイソンの試合をやらせてもらおうということになったんです(※タイソンの復帰第2戦以降、WOWOWで独占放送を開始)。

――そうして「エキサイトマッチ~世界プロボクシング」がスタートします。

当時のアメリカにはドン・キング、ボブ・アラム、ダン・デュバという3大プロモーターがいて、それぞれが放送するテレビ局が分かれていました。帝拳ジムの本田明彦会長に交渉していただいて、そうした壁を取っ払って放送権を獲得して、放送を始めたのは世界でもこの番組が初めてでした。

――番組開始当初はどんな苦労が?

初めてのことをするわけだから、いろいろありました。ドン・キングのところの選手、(ボブ・アラムの経営する)トップランク社の所属の選手、(ダン・デュバの)メイン・イベンツ社の選手を公平に扱わないといけない部分は難しかったですね。

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WBCのホセ・スライマン会長から表彰を受ける大村プロデューサー

「本物を見せれば視聴者は必ずついてくる」

――当時、マイク・タイソンは飛びぬけて人気がありましたが、それ以外の選手に関しては、そこまでの知名度もまだなかったかと思います。放送にあたって、不安はなかったですか?

それはなかったですね。本物を見せれば視聴者は必ずついてくると思っていました。世の中には知られていないけれど、こんなにも良いもの、面白いものがあるんだよということを見せればいいんだという気持ちでした。

――社内で反対の声は?

特になかったですね。いや、全くなかったわけではないけれど、そもそも反対するだけの根拠がないんですよ、初めてやることだから。反対する理由もなければ、賛成する理由もないし「とにかくやろうよ」という感じでしたね。

――放送が始まってからの反響はいかがでしたか?

すごかったねぇ...。当時、会話の中に「WOWOW」とか「日本衛星放送株式会社」なんて名前は出てこないんです。「あのタイソンの試合と『ツインピークス』を放送してる局ね」って言われてました(笑)。海外ドラマの『ツインピークス』とボクシングがWOWOWのイメージそのもの。セリエAもテニスのグランドスラムも、もっと後のことで、開局当時から今も続いている「エキサイトマッチ」がWOWOWの最長寿番組です

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WOWOW最長寿番組「エキサイトマッチ」/Getty Images (c) NAOKI FUKUDA

――番組制作についてもお聞きしますが、試合の中継自体は、現地に撮影スタッフを派遣するわけではなく...?

"ワールドフィード"という、プロモーターか現地のホスト局が撮影した映像が全世界の各局に渡されます。基本的には、そこに日本の実況、解説者を配し、日本語のテロップなどをつけて放送します。

「エキサイトマッチ」が日本の選手の実力を上げた

――日本の視聴者に本場のボクシングを楽しんでもらうために日本版の番組制作においてはどのような工夫を?

WOWOWの場合、テニスやサッカーのリーガ・エスパニョーラなどでは、実況、解説をつけずに現地の音だけを放送するサブチャンネルもありますが、ボクシングに関しては、おかげさまで髙柳謙一の実況とジョー小泉&浜田剛史の解説が好評で名物みたいになったんですよね。

当初はいろんなことを話し合いましたが、こちらから伝えたのは「いまこの瞬間、視聴者が何を知りたいか?」ということを常に考えて話をしてほしいということ。高柳が、自分が疑問に思ったことや詳しく聞きたいことを尋ねれば、ジョーさんや浜田さんが答えてくれるだろうと。
それから、敗者の代弁者であってほしい...とも。

どこが魅力かと聞かれると、制作してる側の自分ではよく分からないのですが、よく周りから言われるのは"偉大なるマンネリ番組"ということ(笑)。それはそれですごくいいことだなと思います。

――それまで、民放のボクシング放送は日本人のタイトルマッチか、深夜での放送ばかりでした。「エキサイトマッチ」が始まったことで、日本人が"世界"を知る機会、ラスベガスをはじめとする本場の戦いを目にするチャンスが広がったと思います。

大橋秀行会長(元世界ミニマム級王者/大橋ボクシングジム会長)や村田諒太選手が「日本の選手の実力を上げてくれたのは『エキサイトマッチ』だ」と言ってくれます。村田選手は「ジョーさんや浜田さんがいなくなったら、自分を解説者に使ってください」って言ってましたよ(笑)。今は現役の選手ですが、いつか解説者の席に座ってほしいですね。彼ほど、この番組を見てくれている選手もいないですからね。

村田選手は「世界に出て行く」という意識が強いから、世界レベルの試合から学ばないといけないという思いも強いんでしょうね。

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村田諒太選手/(C)NAOKI FUKUDA

――ここまで30年近く、この番組に携わってきて、忘れられない試合、印象深い選手は?

やっぱり1997年のマイク・タイソン vs イベンダー・ホリフィールドの第2戦ですね。タイソンがホリフィールドの耳を噛みちぎって失格になった試合です。あのタイソンが追い込まれての行為だったんです。あれは衝撃的でした。

最初は何が起きたのかわからなかったんですよ。急にホリフィールドが痛がって「何が起きたんだ?」と。良い悪いじゃなく、とにかく印象に残ってますね。

あとはホリフィールド vs リディック・ボウの第2戦は、試合中にリングにパラグライダーの男が落ちてきて、ビックリしたね(笑)。

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――マイク・タイソンはどんな人物なんですか?

日本で負けちゃったのに、なぜか日本びいきなんですよね。現地のホスト局すら取材できない状況で、なぜか僕ら日本人クルーだけを入れてくれて、僕らがホスト局に映像を提供したことがありました。ちょうどタイソンがホワイトタイガーを飼ってた頃です(笑)。

でもタイソンは、接してみるとすごく真面目で良い男なんです。スタッフや僕が立ってると「どうぞ座って」と気遣ってくれたりね。悪ぶっているけど、あれはアメリカのマスコミが意地悪で、わざとスキャンダラスに書いたり、怒らせようとしたりするからで、本人はそれがすごくイヤなんだよね。

日本人は良くも悪くも相手の嫌がるようなことはしないし、それまでにも日本に好印象があったんでしょうね。実際、1987年に東京ドームのこけら落としとしてトニー・タッブス戦で初めて日本に来るまで、アメリカを出たことがなかったんですから。

――長年にわたってボクシングに関わってきて、ボクシング界、日本の視聴者の変化などはどのように感じていますか?

明らかにいろんなことが変わってきたのは7~8年前からかな? それまでWBAとWBCの2団体しか日本では認めていなかったのが、WBOとIBFも認めるようになって、市場が広がりました。でも同時に、ひとつの階級に4人のチャンピオンがいるわけで、その価値が薄まったのも事実だと思います。

日本人チャンピオンの数が増えて、一時は最大で9人いたこともあったけど、逆に以前の少なかった頃、辰吉丈一郎や鬼塚勝也がチャンピオンだった時期の方がボクシングがブームだったような気もしますし。もうちょっと日本でのボクシング人気が盛り上がってほしいという思いはあります。

日本人偏重主義にはしない! 「世界」に焦点を定めた流儀

――そうしたボクシング界を取り巻く状況の変化が「エキサイトマッチ」に変化をもたらした部分はありますか?

基本的に考え方やビジョンは変わっていないですね。「世界最高峰のボクシングを見せる」――決して日本人偏重主義には陥りません。以前、ある日本人選手が「自分の試合を放送してほしい」と言ってきたことがありましたが、お断りしました。我々が放送するものは変わらない。逆にその水準に入ってきたなら、粛々と放送させていただきますと。

世界最高峰という水準に入ってこないのに、日本人だからとことさらに持ち上げるのは我々の流儀ではないし、それをやったら視聴者に怒られてしまいます。ずっと世界が認める実力を持った選手を追いかけてきたし、それを見てくれている視聴者がいるわけです。

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――「エキサイトマッチ」の現在の主な視聴者層は?

やっぱり40代、50代のオジサンたちですね。でもやっぱりもっと若い女性に見てほしいですね。物事や社会が動くときって、女性のパワーを無視することができないですからね。どのスポーツであれ、ひとり特別な選手、スターが一人出てくると、その競技自体が一気に持ち上がっていくんですよね。

それこそWOWOWでも、テニスを耐えに耐えながらずっと放送し続けてきて、ようやく錦織圭、続いて大坂なおみという存在が出てきたことで、いい流れでひとつのブームがしっかりと定着しましたよね。ボクシングもまだ広がる余地があると思うし、もっと魅力的なスポーツになっていいと思います。

「誰が強いのか?ではなくて勝ったやつが強い!」
――"最強"を決めるWBSSに挑む井上尚弥

――その意味で井上尚弥選手の存在は大きいですね。「日本人だから」ではなく、世界トップの選手として「エキサイトマッチ」で扱われるにふさわしい存在だと思います。

間違いなくNo.1になる存在ですね。パウンド・フォーパウンド(※異なる階級の選手を比較してランキング化したもの。階級の壁を越えて誰が"最強"かを示す指標)では7位か8位にいますけど、今度の試合で勝てばトップ3に入ると言われています。日本人がここまで上位に来るのは初めてです。

「誰が強いんだ?」とよく言うけど、勝ったやつが強いんです。それを結果で見せられるのが井上尚弥だと思います。それ以外に言うことはないです。今回、5月19日(日)放送のWBSSのバンタム級のトーナメントは、井上尚弥のためにあるようなものですから!

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井上尚弥選手

さらに、井上選手のWBSS準決勝の翌週、5月26日(日)には37年ぶりに本場アメリカで世界タイトル奪取した伊藤雅雪のまさに防衛戦が行われる。こちらも楽しみですね。

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伊藤雅雪選手

――「エキサイトマッチ」の長い歴史の中でもWBSSというのは非常に大きなイベントですね。

よく考えたなと思いますね。さっきのチャンピオンの価値の話じゃないけど「じゃあ、この階級の中で誰が一番強いんだ?」というのを証明する場所ですからね。そもそもトーナメント方式ってプロの世界じゃ珍しいですよね。実際の試合を通じて階級最強のチャンピオンを決める――それを体感していただきたいと思います。

「お茶の間をリングサイドに」 視聴者目線で興奮を伝え続ける

――最後にWOWOWのM-25の旗印である「偏愛」にちなんで、プロデューサーとして仕事をする上で、大切にされていること、"偏愛"と言える部分を教えてください。

視聴者目線を忘れないことですね。それは昔から言い続けています。「エキサイトマッチ」がずっと提唱し続けてきたのが「お茶の間をリングサイドに」ということ。誰しもが現場のリングサイドに座れるわけじゃない、だからテレビの前でリングサイドの臨場感を味わってもらう。そのコンセプトは開局以来、変えずにやってきました。

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――ボクシング中継もDAZNによる配信中継が始まっていますが、そうした他局の存在をどのように見ていますか?

不思議と意識はしてないんですよね。バカなのか鈍感なのか(笑)? 決してDAZNともケンカしたいわけじゃないし、どんなツールを使ってもいいから、多くの人にボクシングを見てほしいんですよね。だからむしろ頑張ってほしいなと。

――"ボクシングファン"としての思いが第一にあるんですね。

そうそう。そこでいろんなニュースが出たり、ボクシングに関する話題が出ればしめたもんだなと。だから、そういう意味での対抗意識は全くないですね。

――本当に心から好きなことを仕事にされているんだなということがわかります。

辛いこともたくさんあったけどね(笑)。はたから見たら「幸せな男だなぁ」と思うでしょうね(笑)。

取材・文/黒豆直樹  撮影/祭貴義道  制作/iD inc.