2019.05.29

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選手ひとりひとりのドラマ、メンタリティまで伝えたい! 日本人選手の活躍に期待のLPGA「全米女子オープン」、プロデューサーが語る今年の見どころ

制作局スポーツ部 戸田祐子プロデューサー

選手ひとりひとりのドラマ、メンタリティまで伝えたい! 日本人選手の活躍に期待のLPGA「全米女子オープン」、プロデューサーが語る今年の見どころ

LPGA(全米女子ゴルフ)の中でも最も長い歴史と最高の賞金額を誇るメジャー大会である全米女子オープンがまもなく開幕! 日本からは世界ランキングで5位につけ、優勝の期待がかかる畑岡奈紗をはじめ、史上最多の13名の選手が参戦する。WOWOWでは全4日間の熱戦を今年も生中継する。LPGAの中継に携わって約10年となる制作局スポーツ部の戸田祐子プロデューサーに今年の見どころからWOWOWにおけるゴルフ中継の意義、そして、今後の日本ゴルフ界の発展を願っての思いまで熱く語ってもらった。

年間32試合を中継
「ほぼゴルフ専門チャンネル」のプライド

――まずはWOWOWに入社された経緯について教えてください。

大学時代は教育学部で、子どもも好きだったので教育に関わる何かができないかと思っていました。WOWOWを受けたのは、何かを"伝える"ということができたらという思いがありました。

幼少期にアメリカに住んでたんですが、子ども向け番組の『セサミストリート』に世界的なチェリストのヨーヨー・マが出ていて、「この番組は子どもに『本物』を伝えている」と思ったことを覚えていて、WOWOWで子どもや教育に関する番組を企画するのもアイディアとしてありなんじゃないかと。

――入社後、現在に至るまでの配属は?

最初は管理部で伝票や契約書のチェックなどをして、その後、音楽部に行きました。海外アーティストのライブの放送権の買い付けやグラミー賞授賞式のアシスタントプロデューサー、それからジャズを扱った番組などを作っていました。

その後は編成を担当したり、秘書課にもいたのですが、2009年より現在のスポーツ部に所属しています。スポーツ部での最初の1年はテニスを担当していたんですが、2010年と2011年にエビアンマスターズを放送することになり、テニスと兼任でゴルフ担当をしていました。2012年からLPGAのツアー全体の本格的な放送が始まり、現在もその担当をしています。

――ご自身もゴルフをプレイされるそうですね?

はい。アメリカに住んでいた頃、家がゴルフ場の中にあって、小さい頃からゴルフは身近な存在でした。ゴルフ場にいるだけで幸せに感じるので、ゴルフを担当することになったのは嬉しかったですね。

――具体的に現在のお仕事はゴルフの中継を?

中継に加えて、大会に向けた特番や選手のドキュメンタリー番組の制作などもしますね。中継ではワールドフィード(※現地のホスト局が制作した国際映像)があるんですが、それだけでは優勝争いしか見れないので、1~2台の独自のカメラを出して、日本人選手の動向を追っています。それらの映像をワールドフィードの映像にはめ込んでいき、そこに日本語の字幕や実況、解説をつけて日本向けの番組を作っていきます。

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テレビコンパウンド

――ゴルフ中継ならではの難しさや工夫されている点などありますか?

試合展開によっては単調になりがちなので、なるべく視聴者を引き込めるような演出の工夫は考えています。ワールドフィードの映像が中心とはいえ、その中でもできる演出はあると思います。とはいえ、もちろんスポーツ中継ですから、あくまでもそこで起きていることをあるがままに伝えるのが基本なのですが。

現場の空気を伝えるという意味では、選手のメンタリティを映像でどう伝えられるか? というのも難しさのひとつだと思います。ゴルフは本当にメンタルが大事なスポーツで、数時間のラウンドの中でも実際にボールを打つ時間はほんのわずかです。プロともなればみんな、同じように練習を重ねているわけで、じゃあどこで差がつくのか? やっぱりメンタルが大事だったりするわけです。それをどう伝えるか? ここ一番の大事な瞬間は、独自のカメラでなるべく選手の表情を追いかけるようにしたり、工夫をしています。

LPGAツアーは年間を通して32大会を放送しており、ほぼゴルフ専門チャンネルに近いものだという自負もありますので、そこはプライドを持って、常にクオリティの高い番組を目指しています。

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アメリカの「ゴルフチャンネル」本社前にて

――2010年のエビアン選手権の放送に始まって、全米女子オープンをはじめ、LPGAのツアー全体を放送することになった経緯を教えてください。

基本的に「LPGAを見るならWOWOW」という印象を持っていただくべく、全試合を放送したいという思いで始まっています。現在では全33大会のうち、日本で開催されるTOTOジャパンクラシックをのぞいて、全てを放送しています。かつては全米女子オープンと全英女子オープンという、5大メジャーのうちの2つの大会の放送権がない時期がありましたが、交渉の末に放送権を獲得しました。

"トップ・オブ・トップ"全米女子オープンの過酷さと魅力

――やはり全米女子オープンは選手、ゴルフファンにとっても特別な大会なのでしょうか?

そうですね。誰もが獲りたい一番大きなタイトルと言えると思います。5つのメジャー大会(全米女子オープン、全英AIG女子オープン、ANAインスピレーション、KPMG全米女子プロゴルフ選手権、エビアン・チャンピオンシップ)の中でも最も知られている大会と言えるのではないでしょうか?

――サウスカロライナ州のカントリー・クラブ・オブ・チャールストンで行われますが、このコースの特徴やこの大会ならではの難しさ、面白さはどういう部分にあるのでしょうか?

基本的にメジャーのセッティングは難しいですね。距離もありますし、ラフも深いし、ピンポジションも難しいです。このコースに関しては特にグリーンが難しいそうです。加えて、選手層の厚さもこの大会の特徴です。ただでさえ選手層が厚いLPGAですが、この大会は特に世界各国で予選会が行われて、そこを勝ち抜いてきた選手がアマチュアも含めて参戦します。本当の意味でもトップ・オブ・トップと言える大会だと思います。

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全米女子オープンの仕事場

――今年の大会の展望、特に日本人選手について教えてください。

今年は日本人選手が過去最多の13人出場します。世界ランク5位の畑岡奈紗、国内でも活躍している比嘉真美子に鈴木愛。彼女たちがどこまで活躍するのか楽しみですね。加えてアマチュアランキング1位の吉田優利に上野菜々子といった若い選手もどんどん出てきています。若い選手たちには勢いのあるうちにどんどん上を目指していってほしいですね。

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前哨戦のピュアシルク選手権で準優勝を果たし、
全米女子オープンに弾みを付けた畑岡奈紗/GettyImages

――彼女らをはじめとした日本人選手たちを状況に合わせて独自のカメラで追いかけるわけですね?

そうです。ただ、通常は独自のカメラは1台か2台しか出さないんです。それでも1台で3~4人を追いかけないといけないんですけど、今年は13人ですから大変です(苦笑)。どのタイミングでどの選手を追うべきか? スコアや調子を読みつつですが、そこはなかなか難しい部分ですね。

とはいえ、カメラクルーは日本から派遣する場合もあれば、現地在住のカメラマン、カメラアシスタント、現地リポーター、やディレクターにお願いすることもあり、日本人選手ともいい関係を築いていますので、その点は心強いですね。

――日本での放送では実況を吉本靖さん、解説を服部道子さんが務めますが、プロデューサーとして、どのような方向性の実況・解説をお願いしているのでしょうか?

当然ではありますがプレイを中心に実況・解説していただき、ライブ感を大事にしてもらっています。加えて、プロゴルファーのレックス倉本さんに現地レポーターをしていただくので、倉本さんには現地の情報、そこで起こっていることを積極的に伝えていただくようにお願いしています。レックスさんはアメリカ在住で、膨大な知識をお持ちの上、選手に寄り添った解説をしてくださいます。

――服部さんに解説をお願いした経緯を教えてください。

服部さんは、私の学生時代のスターなんです(笑)。解説に関しては2016年からお願いしているんですが、最初はダメ元でゴルフ関係者のを通じてお会いする機会を作っていただき、お願いしました。

1998年の賞金女王ですが、アメリカの大学を出られていて、現地のこともよくわかっているし、何より実力のある人の言葉は説得力がありますよね。今年はANAインスピレーションで現地に行っていただいて選手のことを見てもいるので、その経験も活かしていただけると思います。

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服部道子さんと片平紀子さんのスタンディングリポート(ANA2019)

学生時代のスター、"神様"と仕事をする幸せ

――お話を伺っていると、大好きなゴルフに仕事で携わることができて、本当に楽しそうですね。

本当に幸せですね。まさか服部さんとお会いする機会を持てるなんて...。他にも元世界女王のアニカ・ソレンスタムとレッスン番組を作ったり、岡本綾子さんにANAインスピレーションで解説をお願いしたり、雲の上の人たちとお仕事をご一緒させていただけるなんて思ってもなかったです。


――そういう雲の上の存在に対し、プロデューサーとして接する際に、気後れしたりすることはないですか?

みなさん、人間的に素晴らしい方で、こちらの要望によく耳を傾けてくださいますね。岡本さんは、テレビの解説であまりハッキリしたことを言うと、プロデューサーに嫌がられるらしく、「気を遣うのよ」とおっしゃっていて(笑)。WOWOWでは、もちろん選手を見下すような発言はダメですが、岡本さんの意見を言っていただいて構いませんとお伝えしています。過激とは言わないまでも、優しいだけではない厳しい言葉もハッキリ言ってくださいと。

――アニカ・ソレンスタムはメジャー通算10勝を誇る、世界的なスーパースターですね。そんな彼女を迎えて『アニカ・ソレンスタムのゴルフ塾』を作られていかがでしたか?

アニカは神様ですね(笑)。言うことが技術的なことだけでなく哲学的ですごいんです。15分×8本の番組だったんですが、あまりに言うことが深いので「アニカのメッセージ」という形でひとつ、そういうコーナーを作ったくらいで。「1打1打を大切に」とか「困難に立ち向かっていきなさい」とか本当にひと言が響くんです。

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レッスン番組『アニカ・ソレンスタムのゴルフ塾』撮影現場

――アスリートの言葉は本当に深いですね。

本当にそうなんです。プロデューサーという立場で接していて、そういう言葉がストンと心に落ちてくる瞬間があって、森口祐子さんがあるときにおっしゃっていた「ゴルフ場で失った自信はゴルフ場でしか取り返せない」という言葉も「おぉっ!」と入ってきました。彼女だから言えるんだなぁと。

――試合の中継だけでなく、レッスン番組があるという点がWOWOWのスポーツの中でも他の競技と大きく異なる点ですね。

他にはテニスの『マイケル・チャンのテニス塾』もありますね。またああいう番組を作りたいなと思います。もともと、WOWOWのゴルフの視聴者層は50代以上の男性が多くて、自分のプレイの参考にするために女子ゴルフを見ている方も多いんです。男子ゴルフだとスイングが速すぎるけど、女子プロだと飛距離も含めてそこまで差がないので、参考になりやすいんだそうです。

忘れられない宮里藍の優勝、そして引退...

――ここまで約10年、ゴルフを担当されてきて最も印象的な試合やシーンを教えてください。

2011年のエビアンマスターズの宮里藍さんの優勝ですね。嬉しかったですねぇ。私も現地にいて、まあ中継車の中にいるので、生で見たわけじゃないんですけど(苦笑)。

あとは2017年、同じくエビアンでの藍さんの引退試合ですね。普段は東京で実況・解説付けをしていますが、この時は現地に行って、スペシャルゲストとしてアニカに来てもらいました。最終ホールのグリーン上、自分のパットの番を待つ藍さんの表情を見て、うるっときました。気が付くと(実況の)吉本さんはもっと泣いてました(笑)。その時は本当にみんな「藍ちゃん、いままで本当にありがとう」って感じで。小さな身体で、細い線をたどって優勝していった努力の人、本当にいろんなこと乗り越えて強くなった選手なので忘れられませんね。

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エビアンマスターズ現地スタッフ

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宮里藍選手インタビュー

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エビアンマスターズ WOWOWスタジオ

――宮里選手がトップで活躍していたころと比べて、現在の日本のゴルフ界の状況をどのように見ていますか?

新たな若い選手がどんどん出てきて"黄金世代"と言われていますので、期待したいですね。幼い頃から色んな大会に出て試合慣れしているし、良い形で切磋琢磨して頑張っているのではないでしょうか。2月のISPSハンダ・オーストラリア女子オープンに原英莉花という選手が出場したんですが、オーラもスター性もあるので楽しみですね。ロッテ選手権では20歳の勝みなみも頑張りました。国内でも2勝して、全米女子オープンの出場権を手にしました。

アメリカツアーには今年からルーキーとして18歳の山口すず夏選手が出ていて、彼女もアメリカの予選会を受け全米女子オープンへの切符を手にしました。

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山口すず夏選手と取材スタッフ LPGAツアー最終予選会

アメリカツアーってやはりすごく過酷です。コースセッティングもタフだし、飛ばさないといけないし、とにかく選手層が厚いです。文化も食事も言葉も違う中で戦っている選手たちは本当に立派だと思います。高いレベルを目指し世界に出て行った人たちなので、横峯さくら選手や上原彩子選手、野村敏京選手にも本当に頑張ってほしいですね。

――畑岡奈紗選手の世界ランク5位というのはすごいことで、もう少し日本国内でも大きく取り上げられてもいい気もしますが...。

そうなんですよね。それこそ、昨年のKPMG全米女子プロゴルフ選手権で2位になっていて、それでも国内でなかなかニュースにならないことにもどかしさはあるんですが...。全米女子オープンで優勝すれば、ワーッと人気が出るんじゃないかと思いますので、突き抜けてほしいですね。

そういう意味で、先ほどの質問にもあった「ゴルフ中継の難しさ」ですが、ひとりひとりの選手の魅力を知ってもらうことの難しさもあると思います。逆に知ってもらえれば、みなさん「見たい」「応援したい」って思ってもらえると思うんですが、それをどう伝えるか?

以前、申ジエ選手のドキュメンタリーを作ったことがあるんです。WOWOWがLPGAの放送を開始した2010年のエビアンマスターズで優勝しており当時は世界ランク1位でしたので、翌年の大会を盛り上げるためにも、ぜひ取り上げたかったんです。

彼女は、本当に過酷な人生を生きていて、彼女を練習場に送迎する際にお母さんが事故で亡くなっているんです。それで「家族のために頑張らなくてはならない」という思いでゴルフをやってきたのです。心も優しくて、そういう部分を知ってもらえたら「応援したい」と思ってもらえると思うんですが、なかなか中継ではそういうことを紹介できないですよね。なので、ドキュメンタリー番組という形で、彼女のバックグラウンドもしっかり伝えられればと考えたんです。

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2010年 申ジエ選手と

世界5位・畑岡奈紗だけじゃない!
今年は「誰が勝ってもおかしくない」

――改めて今年の全米女子オープンの見どころについて教えてください。

本当にいろんな選手がいてみんな魅力的です。世界ランキング1位のコ・ジンヨン、2位のミンジー・リーは、プレイに安定感がありますし、3位のパク・ソンヒョン、4位のA.ジュタヌガーンの2人は豪快に飛ばします。5位に畑岡奈紗選手がいて、6位にパク・インビ、7位にアメリカの期待の星であるレクシー・トンプソンがいて、誰が勝つのかわからないですね。

日本人選手13人の中にもアマチュア選手は2人いますが、一昨年の大会でもアマチュアの選手が2位に入っていますからね。本当に誰が勝ってもおかしくないと思います。

WOWOWでは毎日、たっぷり5時間放送しますので、そのボリュームを楽しんでもらえたらと思います。

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メジャー第2戦!LPGAジョシゴルフツアー全米女子オープン
5月31日(金)午前4:00より放送予定!
(左上から時計回り)パク・ソンヒョン、畑岡奈紗、アリヤ・ジュタヌガーン、上原彩子、ブルック・ヘンダーソン、レクシー・トンプソン、横峯さくら/Getty Images

――WOWOWではM-25の旗印として「偏愛」を掲げています。プロデューサーとして仕事をする上での戸田さんの"偏愛"、大切にされていることを教えてください。

常に「もっとよくできるんじゃないか」という気持ちは持っていますし、みんなで話し合うことを大事にしていますね。ひとつの大会は通常4日間ですが、中継前、それから中継後に「何ができたか?」「何が良かったか?」と話し合う時間を大切にしています。

それぞれのスタッフが、プロとして自分の力を発揮して"本物"を作り上げる――トップダウンで「こうしなさい」じゃなく、みんなでアイディアを出し合うことが大事で、そうやってひとつのものを作り上げていくからこその達成感があると思います。

子どもたちにゴルフの楽しさを知ってほしい

――今後やりたいこと、実現させたいことはありますか?

7月に畑岡奈紗選手のドキュメンタリーを放送予定ですが、今後もドキュメンタリーをもっと作りたいですね。先ほども選手の魅力を知ってもらいたいという話をしましたが、そのいい機会になると思いますので。

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「ノンフィクションW プロゴルファー 畑岡奈紗 20歳 ~母と歩む、世界一への道~」
は7月21日(日)午後3:00よりWOWOWプライムで放送予定!

あとは、番組だけではなく、参加型のイベントも開催できればと思います。グランピング(※グラマラスとキャンプを組み合わせた造語で、新しいタイプの自然体験)のような形で、まずゴルフ場に子どもたちを連れて行って、ゴルフの面白さを知ってもらえたら嬉しいですね。

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取材・文/黒豆直樹  撮影/祭貴義道  制作/iD inc.