『グッド・ドクター』は面白いからこそ、吹替もギリギリを攻めたい――声優・岡本信彦と演出・高橋 剛が語る、日本語吹き替え版の裏側
声優 岡本信彦、演出 高橋 剛
自閉症でサヴァン症候群である外科レジデントの青年が、コミュニケーションの壁と向き合いながらも天才的な能力を発揮し、多くの人を救うメディカルドラマ『グッド・ドクター』。原作は、2013年に韓国で放送されたドラマで、2018年には山﨑賢人主演による日本版ドラマも制作された。アメリカ版は2017年にシーズン1が放送され、全米No. 1のヒットを記録。WOWOWではいち早く日本での放送を決め、現在はシーズン2が放送中だ。「自閉症」「サヴァン症候群」である青年という難しい役どころの主人公を、どう演じ、演出したのか。本作の日本語吹替版で、主人公のショーン・マーフィーを演じる声優の岡本信彦と、演出を務める高橋 剛に聞いた。
フレディ・ハイモアは「岡本くんしかいない!」と思った
――昨年、WOWOWでシーズン1が放送されたドラマ『グッド・ドクター』のシーズン2が4月18日から好評放送中(毎週木曜夜11:00【吹替版】、毎週金曜夜10:00【字幕版】)。さらに6月5日(水)、6日(木)には「まだ間に合う!1~7話一挙放送」があります。本作は、自閉症でサヴァン症候群の青年、ショーン・マーフィー(フレディ・ハイモア)が、同じ病院の仲間たちと医者として成長していく様子を描いたメディカルドラマです。おふたりのタッグは、WOWOWで2014年から放送されたドラマ『ベイツ・モーテル』に続いてですね。
高橋 『ベイツ・モーテル』は5年担当しましたが、そのあとWOWOW映画部の中村 梓Pから、「フレディ・ハイモアの新しい作品があるのですが、どうですか?」とお話をいただきました。フレディ・ハイモアは岡本くんに演じてほしかったし、岡本くんがやるならぜひ僕もやりたいと、お返事しましたね。
グッド・ドクター2 名医の条件
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岡本 オファーをいただいたときは、『ベイツ・モーテル』に続き、再びフレディ・ハイモアくんの声を担当することができるとうれしい気持ちでいっぱいでした。映画『チャーリーとチョコレート工場』(※フレディ・ハイモアは、主人公のチャーリー役を演じた)も好きで見ていましたが、当時はまさかフレディくんの声を担当させていただけるとは思っていませんでしたから。
『ベイツ・モーテル』のときとは異なった、また個性的なキャラクターを演じている彼に声を当てるのはプレッシャーでもありましたが、それよりも「やりたい」という思いが強かったですね。
――『ベイツ・モーテル』は、サスペンス映画『サイコ』シリーズの前日譚として作られ、フレディさんは、猟奇的殺人鬼ノーマン・ベイツを演じました。どういった部分から、日本語吹替版の声が岡本さんだとイメージされたのでしょうか?
高橋 ノーマン・ベイツはサイコキラーであるけれど、根は純粋な子なんです。お母さんに溺愛されてあのキャラクターができあがっている。"逆らえない純粋さ"というのを真っ直ぐに演じてくれるのは誰だろうと考えたときに、岡本くんが浮かんだんです。フレディの顔を見た瞬間に「岡本くんでいきたい」と思いましたね。
岡本 ありがたいです。外画(※)で主役の声を担当するのは『ベイツ・モーテル』が初めてで、それまではアニメが多かったので、外画の現場はどんな感じなんだろうとドキドキのなか収録に臨んだのを覚えています。
(※)日本以外の国で制作された映画、ドラマなどの映像作品
――おふたりのお仕事での出会いは?
岡本 アニメ『べるぜバブ』の現場でご一緒させていただいたのが最初ですね。そのあとはアニメ『アラタカンガタリ ~革神語~』という僕の主演作でガッツリご一緒させていただきました。
高橋 そのときに、すごく真っ直ぐな芝居をする方だなと思っていて。
岡本 (小声で)は~...ありがとうございます。
高橋 僕はアニメの現場で声優さんのお芝居を見ると、つい「外画だとどの役者の声に合うかな」と考えてしまうんですよ。
岡本 そうなんですか!
高橋 いわゆる"アニメ声"と言われる声をお持ちの方だと、外画では声が乗っかりにくかったりするのですが、「この人は外画でもいけるな」と探していたりして。「外画でもお願いしたい」と思っていたひとりが岡本くん。岡本くんの真っ直ぐな芝居は、フレディの雰囲気とピッタリだったんです。
――『ベイツ・モーテル』では、サイコキラーを演じていましたが、今回の『グッド・ドクター』では自閉症でサヴァン症候群の外科レジデント(研修医)という役どころです。『ベイツ・モーテル』のときとはまったく毛色の異なる役ですが、岡本さんは演じる際にどういうことを意識されたのでしょうか?
岡本 シーズン1の第1話のときに剛さんと、自閉症でサヴァン症候群であることをどこまで出すかの"バランス"はとても意識して話し合いました。彼の天才性をどう表現するか、にフォーカスを当てたイメージですかね。
自分の好きなことになると語り口も流暢になって、それ以外の部分はたどたどしく言葉を選ぶように話す。そこから、自分の好きなことになったときは、ある意味機械チックというか「これが当然です」みたいに言っているように聞こえたほうがいい、など......。
高橋 すごくよく考えてくれていますよね。自閉症、サヴァン症候群を表現するのはとても難しいところで、雰囲気を出したいのだけれど踏み込んでいいところと、ダメなところがある。でもそのギリギリを攻めたいんです。監修の方からは、今のところ「やりすぎ」とは言われていないので、現状のものが正しいと思って僕らもやっています。最初の段階では「どこまで踏み込むか」はかなり気を遣っていましたね。シーズン1の第1話を見返したんですけど、お互いに探っていたのか「ちょっと遠慮している感」が出てしまっていたよね。
岡本 たしかに、そうかもしれませんね。どこまでサヴァン症候群感を出していいか。見ていただく方にマイナスな方向に受けとめられたらイヤだなって思いが、1、2話では出てしまっていた気がします。
でも、3話あたりから「こういう感じかな」と段々見えてきた気がしますし、病院内でショーンがいろんな人と会話をするようになって、彼の立ち位置を空間的に認識できるようになってからは考えやすくなりました。ショーンは天才ですが、彼以外にも外科の主治医であるメレンデス(ニコラス・ゴンザレス)のように、病院にはいろんな天才がいるんですよね。そのなかで、ショーンの天才性をどう見せるかも考えて今に至った気がしています。
ショーンの成長につれて、吹替でも"遊び"を表現するように
――高橋さんは、『グッド・ドクター』の演出でどんなことを意識されていますか?
高橋 あまり余計なことはしていないようにしています。原音通りのイメージを大事にしていまして、最近ではフレディくんも余裕が出てきたのか、お芝居でちょっと遊ぶようになってきたんです。
岡本 あはは、そうですね。
高橋 最近はとくにそこをうまく表現したいなと思っていて、岡本くんに「向こうも遊んでいるみたいだから、こっちもちょっと遊んでみようか」と言うことはありますね。
――その"遊び"とは、たとえばどんなシーンで?
岡本 何かに対してちょっとした反骨心を見せるところがあるのですが、そこはちょっと誇張してみたり。そういう部分ですね。
高橋 医療ドラマで、自閉症という難しいテーマを持つ作品でもありますが、シリアスすぎるドラマにはしたくないんです。常にピンと張りつめた空気が漂っているわけではなくて、見る方もスッと入っていけるようなドラマになったらいいなと思っています。
フレディくんは「自閉症」「サヴァン症候群」を感じさせないように自然にお芝居をしているからこそ、こちらも自然に演じてもらってその空気感を作るよう意識しています。
――そういった"遊び"が入れられるようになったのは、物語のなかでショーンがいろんな人と出会って成長してきたからこそですよね。冗談を言うこともありましたし。
岡本 可愛いですよね。人のマネをしてみたり。
高橋 そうそう。で、だいたいスネるんです。
岡本 あはは! そうですね。
高橋 そこがショーンの可愛いところですよね。天才であり、そういった可愛さもあるところは面白いです。
岡本 僕『グッド・ドクター』でいいなと思うのが、アニメだと天才キャラがいたらそのまま神のようにすべてがうまくいくじゃないですか。でも、彼らは人間だからこそ、天才だけど当然うまくいかないこともある。ショーンも「間違っていた」と言いますし、自分だけが(位が)高い位置にいるわけじゃないっていうやりとりのなかで自身の視野を広げていくのは素敵だなと感じています。
ショーンのIDカードを付けて撮影に臨んでくださった岡本さん
高橋 病院にはいろんな患者が来ますし、医者はいろんな人と関わらないと務まりません。「医者だから踏み込まなくていい」という場合があることも学びましたが、昔だったら黙って見ていたかもしれないところを、一歩踏み込めるようになったのは、話数を重ねていくごとの彼の成長ですね。
岡本 彼のコミュニケーションの問題がドラマの根幹に関わってくるところだと思うので、どう決着がつくのか、僕も気になっています。
――現場で高橋さんがディレクションを入れることはありますか?
高橋 ほとんどおまかせです。何も言わない現場が、役者にとってもスタッフにとっても一番やりやすいじゃないですか(笑)。マイク前で合わせたときに、お互いのテンション感が違ったり、言葉の取り違いがあったりと、会話が成立しないときは調整をすることもありますが、基本的にお芝居の根幹に関しては今更言わないですね。レギュラー陣に関してはお芝居もすでにできあがっているので。
――そのなかで、シーズン1後半から、シーズン2にかけて少し"遊び"を入れたり、という際はディレクションが入ることもある、ということですね。
高橋 そうです。「やっちゃいなよ」っていうところですね(笑)。あと入れたのは、ショーンって、鉄仮面みたいなところがあって、笑っているのに笑っていないんです。笑う練習をする回がありましたが、そのときは"笑っていないんだけど笑っているようなニュアンス、でも周囲からは何やってんのアンタ"と見えるようにやってみてと言うことはありましたね。
外画の面白さはリアリティ。役者の細かい表情まで芝居ができること
――WOWOWでは多くの海外ドラマが放送されていますが、おふたりはどんな印象を抱かれますか?
高橋 「WOWOWプレミア」という枠があるんですが、ここではヨーロッパのミニシリーズ(ドラマ)が放送されていて、本当に掘り出し物が多いんです。サスペンス作品が多くて、僕も何本か演出で携わらせてもらったのですが、「よくできているなぁ」と。
イギリスの作品『ブロードチャーチ〜殺意の町〜』のように、あまり日本人が嗅いだことがないような異国の香りを感じられる作品がたくさん揃っています。それこそ北欧の風景が見られたり。日本では見ない景色が見られるのは楽しいです。
岡本 僕が関わらせていただいたのは、『ベイツ・モーテル』と『グッド・ドクター』の2作のみですが、2本ともまったく異なる面白さがあって、個人的には、中村プロデューサーはすごく強力なタイトルを引っ張ってくるな~!と思っています。
『グッド・ドクター』のオファーの際、「こういう作品があって」と中村さんから聞いたときからすごく興味がありました。自分のなかの"面白い"のハードルを飛び越えるくらい「こんなに面白い作品があったのか!」と驚かされましたし、中村さんには絶大な信頼を抱いていますね。
高橋 よくぞ獲得してくれました!って感じですよ。どこにも取られずに(笑)。本当に、このドラマは面白いんですよ。
岡本 面白いですよね。感動もしますし、ニコッとできるところもあるし。何より、ストーリーがズルいなって僕は思います!
高橋 あははは!(笑)
岡本 病院って必ずドラマが生まれますよね。毎回ふたつの話が進行していてテンポもよくて。脚本力の高さを見せつけられました。
高橋 フレディくん自身も脚本を書いているので、すごい才能ですよね。アフレコ収録が終わってからダビング作業(※)をするのですが、そのときも視聴者になってしまうんですよ。面白くてつい見入ってしまうんですよね。医療監修の方に聞くと、ファンタジーも多いようなんです。「これはムリだろ!」っていう術式があったり。そういうのを含めて『グッド・ドクター』は面白くて......ズルいですよね(笑)。
(※)アフレコした声優の声、 BGM、効果音などをを調整して録音する音響作業の最終工程。
――声優としてお芝居をする岡本さんの視点と、演出をつける高橋さんの視点から、TVアニメと外画の収録には、どんな違いを感じますか?
岡本 僕のなかでは、アニメは自分でキャラを作っていくイメージが強いのに対して、外画はすでに(役者さんたちが)作ってくれているので、それをどう汲み取って膨らませるかが重要だと思っています。
アニメは誇張にも近いですが、外画は人間のナチュラルな部分が出やすいんですよね。
高橋 アニメは声を入れる際、だいたい絵ができていないんですよ。話はわかるけれど、誰とどの距離でしゃべっているかはわかりづらくて、監督に「このシーンはどうなっているんですか?」と聞いて想像しながら演出をしていくことも多いです。外画の場合はすでに音があるので、役者さんの口パクからはみ出ないような芝居をすれば......ある意味できてしまいます。でもそれじゃつまらないですよね。『グッド・ドクター』みたいに面白い作品は、日本語版でももっと面白くしたい。吹替でより面白くできることもあるんです。
――外画の面白さや魅力はどんなところに感じていますか?
岡本 やっぱりリアリティかなと思います。ある言葉に引っかかってムッとする描写など、アニメでは描かれない細かいところまで演じることも多くて、人間の尺で会話できているなと感じます。役者さんの細かい表情まで汲み取って芝居ができるのが、楽しさのひとつですね。
高橋 吹替は、最初に本国の映像をいただいてからキャスティングするのですが、自分の第一印象で浮かんだキャストをキャスティングするとだいたい"正解"が多いんです。たぶん、どのディレクターも同じなんじゃないかな? メインキャストにイメージ通りの方をキャスティングできれば、ほぼ完成図が見えてくる。
現場で「あれ~?」って思うこともあるのですが(笑)、それは生の人間がやっていることですから、その日のコンディションもあります。「こう持ってきたか」っていう意外な面を見せてくれる人もいるし、もちろん「やっぱりうまくいった」と実感することもあるし。役者のいろんな表現を披露してもらえる現場っていうのは、すごく楽しいですね。
誰よりも役を好きになる。わかりやすい吹替版に。
仕事をするうえでのこだわり
――おふたりが仕事をされるうえで大切にしていることを教えてください。
岡本 僕がデビューした頃からよく言われるのは、「替えはいくらでもいるから」ということ。だからこそ、誰よりも演じるキャラクターのことを好きになって、その思いや魅力を、芝居を通して視聴者の方に伝えることができたらと考えています。そこが自分らしさにもつながってくればいいなと思っていますね。外画に関しては、アニメに比べて多少薄まるのですが、その思いは大切にして仕事に臨んでいます。
高橋 基本的に作った作品は、(視聴者に)一度しか見てもらえないと思っています。最近では本放送があったあと、短いスパンで再放送がありますが、僕は昔の洋画劇場で育った人間なので、すぐの再放送も無いしビデオも無いのが普通でした。だからこそ、そのときのオンエアがすべて。視聴者に気持ちよく見てもらうために、わかりやすい吹替版を作ることを心がけています。
吹替版の台本は、翻訳家さんから上がってきたものを、プロデューサーがチェックして、僕が最終調整をするのですが、やはり日本語と英語は順序が違うので、わかりにくい日本語になっているときもあるんです。そのままだと、「今、何て言ったんだ?」と引っかかってストーリーが頭に入ってこなくなってしまう。見た人が引っかかってしまう吹替ではダメなんですよね。一回しか見てもらえないと思っていますから、その一回で見る人にスッと入ってくるような言葉にかみ砕く。「面白かった」と言ってもらえるような日本語版を作ろうと、いつも思っています。
――『グッド・ドクター』の台本も、高橋さんがけっこう直されるのですか?
高橋 そうですね。現場での本直しはあんまり好きではないので、台本の段階でわかりやすい言葉に直してから、役者に提供することを心がけています。医療的な言い回しは元のままで、日常的な会話の部分を直すことが多いですね。
――最後に、改めてシーズン2の見どころを教えてください。
岡本 ショーンもどんどん成長していますし、グラスマン先生(リチャード・シフ)がどうなっていくんだっていうところも気になりますよね。新しいキャラクターが出てきたり、逆に出なくなったキャラクターがいたり。作品の空気感も変わったなというのをスタジオのなかでも感じます。
――ショーンの恋愛はどうなるのかも、気になるところですね。
高橋 やっぱりショーンは不器用なヤツなんですよ。恋愛感情を伝えることができないので、そのあたりのお芝居は、岡本くんもジリジリしながらやっていて(笑)。
岡本 演じながら「こうしたらいいのに!」ってついつい思っちゃうこともありますね(笑)。
高橋 「こうやればいい話じゃないか」ができないのがショーンなので。アワアワしている岡本くんのお芝居もとても面白いですよ。厄介な新キャラクターも出てきて、より飽きさせない展開になっています。
取材・文/渡邉千智 撮影/祭貴義道 制作/iD inc.