「WOWOWに入りましょう」CMはどうやって生まれた? クリエイティブ・ディレクター篠原誠の仕事術
株式会社 篠原誠事務所 CREATIVE DIRECTOR 篠原誠
柳楽優弥と有村架純が出演するWOWOWのCMシリーズ。従来のWOWOWのCMとは一味違う、なんとも言えない世界観が印象的で、「WOWOWに入ろっかな」という歌がいつまでも耳に残るこのCMを生み出したのが、auの三太郎シリーズやUQ、家庭教師のトライなど数々の話題のCMを手がけてきた篠原誠氏である。
なぜ「フフフフ~ン」という鼻歌で始まったのか? 「WOWOWに入りましょう」というありそうでなかった直接的なコピーはどのように生まれたのか? 当代きってのCMクリエイターに話を聞いた。
大学でマーケティングを専攻 "商いを考える"ことに興味を持って電通へ
──まず最初に、篠原さんはどのようにしてクリエイティブ・ディレクターになられたのかを教えてください。
大学時代、マーケティングのゼミに入り、モノを売るために大人たちがあれこれ考えることを面白いと感じたんです。たとえば昔、マクドナルドで「サンキューセット(※ハンバーガーとポテトとドリンクがセットになった390円のセットメニュー)」がありましたが、ダジャレで値段が決まっているのかと思いきや、実は「390円」というのは、他社がマネすると赤字になるものの、マクドナルドであれば利益が出るという絶妙な価格帯だったと聞きました。そうやって"商い"を考えることが面白くて、ゼミでも実際の企業のマーケティング・コンサルのようなことをしていました。
そういったことを活かせる仕事は何か? と考えて、就職活動で代理店を受けて電通に入りました。電通で働くなら営業の方が仕事の幅も広そうだしカッコいいなと、営業を希望していたんですが、クリエイティブの部門に配属となりました。「どうしよう?」と思いましたし、正直、自分には(クリエイティビティが)何もないと思ったんですけど、友原琢也さんという師匠の下について、ひたすら考え続けることでクリエイティブ・ディレクターになって現在に至るという感じですね。
クリエイティブ・ディレクターとは何ぞや?監督とプレイヤー、それぞれの面白さ
――そもそもクリエイティブ・ディレクターという仕事は具体的にどのような仕事で、CMや広告を作るチームの中で、どのような役割を担っているのでしょうか?
クリエイティブ・ディレクターは言葉通りの意味で言うと「何かをクリエイティブする中で、方向性を定める人」なんですが、広告の世界で言うと、広告のコミュニケーション範疇において、アイディアが最終的な形となって定着するまで"管理"する人ですね。
具体的に言うと、たくさん上がってくるアイディアに対して「こういう方向性です」とスタッフにディレクションし、そのアイディアの中から「今回はこれが一番合っているだろう」というものを選び、それをクライアントに提案します。そこから修正が加わったりしますが、最終的にその広告を世の中に通ずるものに定着させる、そこまでの全体を管理する役割ですね。
野球でいう監督、ラグビーでいうキャプテンに近いですかね。ただ、人によってやり方は色々で、僕自身もそうなんですが、監督をやりつつ、自分でバットを振るプレイング・マネージャー・スタイルの人もいれば、監督業に専念している人もいます。プレイヤーの時よりも監督の時の方がよかった人もいれば、逆の人もいますね(笑)。
チーム全体のディレクションをするのがクリエイティブ・ディレクターですが、CMプランナーがクリエイティブ・ディレクターの役割を担うこともあれば、アートディレクターがクリエイティブ・ディレクターを兼務することもあります。
以前は広告のアウトプット先となるメディアが、4マス(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)に加えてインターネットが少し...という感じでしたが、今は出先が増え、複雑になっています。そういう中で、クリエイティブ・ディレクターが管理する範疇は広がっていて、PR等を含め、コミュニケーション全体のディレクションができなくてはならない時代ですね。
――ご自身は"プレイヤー"と"監督"どちらの方が楽しいですか?
正直、どちらもすごく楽しいですね。
プレイヤーといった意味においては、「企画」の時間が好きです。CMプランナーの仕事は「企画」「説得」「実現」「仕上げ」の4つだと思っているのですが、まず「企画」をして、次に広告はクライアントがいて初めて成り立つ仕事なので、その企画をクライアントに共有し、賛同してもらう「説得」作業があります。3つ目の「実現」は、タレントさんの起用や金額面のことなどを含め、それを実際に形にすること。最後の「仕上げ」は編集や音楽などのディテールですね。この4つをきちんとこなせるのがプロのCMプランナーだと思っていますが、僕はその中でも「企画」が大好きなんです。涼しいカフェで飲み物を飲みながら、ひとりで「ああでもない、こうでもない」とアイディアを考え、ストップウォッチで時間を計りながら、セリフが時間内に収まるか、試したりしているのが好きです。
一方、全体を見るクリエイティブ・ディレクターの仕事ならではの面白さもあります。日本人は、やっぱり団体戦が強いと思うんです。もちろん、個で強いことに越したことはないんですが、その個を足すことによって、和が単純な足し算よりも断然強くなるんですよ。だから、クリエイティブ・ディレクターとしてディレクションをしながら、チームが育っていくのを感じるのはすごく楽しいですね。コピーライターやアートディレクターが育つことで、自分の仕事がどんどん楽になっていく面もあって、そうすると自分はさらにいろんな仕事ができるわけです。
好印象だけどWOWOWは「入るもの」ではない? 世間のイメージをどう変えるか?
――続いて、WOWOWのCMについてお伺いしていきます。まず、今回の仕事をされるまで、WOWOWの従来のCMに対してどのようなイメージを抱いていましたか?
WOWOWさんのCMってこれまで澤本嘉光さんや高崎卓馬さんといったすごい方たちが作ってきていて、直近でも黒須美彦さんの独特のトンマナで、少し上質なものとして表現されていて(WOWOW「メガネシリーズ」)、僕の中ではすごくいいイメージ、いいコミュニケーションをやられている企業だなという印象を持っていました。
――auの三太郎シリーズを手がける際に、同業の競合2社がそれぞれ「安心感がある」「面白くてヤンチャ」という世間のイメージがあるのに対し、auは際立ったキャラクター性がなかったので「愛着の持てるかわいいやつ」というポジションにしようと考えたそうですね? 今回のWOWOWのCMを手がけるにあたって、テレビ業界におけるWOWOWのポジション、イメージなどに関しては、どのようなことを考えたのでしょうか?
まず、世の中の人がWOWOWに対して持っているイメージは、「好き」なんだけど「入る」ものだとは思っていないというものじゃないかなと。お店に例えると、毎日、前を通っているお洒落なお店。「このお店、いいよね~」「ここの雰囲気ステキよね」と思いつつ、お店の中に入ったことはない(笑)。商売だと思われていない感じですね。
実際、調査を見ても、WOWOWのイメージはいいし、評価も高いし、興味を持っている人が多いんです。でも、入らない...。これは「入るもの」「入らなきゃ」と思われていないのではないか。だからこそ「入る(加入する)ものだ」とブランドを毀損しない範囲できちんと伝えた方がいいんじゃないかと思ったんです。それまでは、意外と言ってこなかったと思うんですよね。
テレビ業界での競合他社は地上波の民放になると思いますが、地上波各局は「入る」必要がないんですよ。入らなくても見られるんです。一方、WOWOWは加入しないと見られないので、同業ではあるものの、業態が全然違います。だからブランディング広告も大事なんですが、ファーストアクションとしての「入る」を、きちんと打ち出した方がいいんじゃないかと思いました。このあたりは「○○で検索」とか「まずはクリック!」という広告と同じで、「これをしないと始まらない」アクションを示しているんです。
普通はありえない? 「やっぱりやめようかな?」という言葉の効果
――そういう流れで「WOWOWに入ろっかな」という歌や「WOWOWに入りましょう」というコピーが出来上がっていったんですね?
そうです。最初に「WOWOWに入りましょう」「WOWOWに入ろう」というコピーを思いついたんですが、考えてみるとなかなかえげつないコピーなんです(笑) 「WOWOWを見ましょう」ではなく「WOWOWに入りましょう」というのは、「○○茶を飲みましょう」ではなく「○○茶を買いましょう」にあたりますから、ブランド広告よりも販売促進に近いキャッチコピーになります。それを販促に感じさせないCMにするには、歌ものがいいんじゃないかなと。耳に残る有名な歌がいいと思って歌を探している中で、誰もが知っているあのメロディに行き当たり、ポジティブでいいなと。その時に直感的に「WOWOWに入ろっかな~」というのが浮かんできましたね。
ただ「WOWOWに入ろっかな?」で次に「WOWOWに入ろうよ」だと、やっぱりちょっとえげつないですよね(笑)? そこで「やっぱり、やめようかな?」と"迷っている人"の設定が面白いかなと思ったんですよね。優柔不断でなかなか決まらない人であれば、あまりいやらしい感じがしないし、最後に「WOWOWに入りましょう」というコピーが、嫌な残り方をしないだろうなと。でもCMで「やっぱり、やめようかな?」ってなかなか言わないじゃないですか(笑)。普通だったら「やっぱり、入ろうかな?」にしたいとクライアントさんも言うと思うんです。でもWOWOWさんは「面白い」と言ってくださって、懐が深いというのか、それを面白がってくれるところが、企業としてのトンマナにもなっていると思うんですよね。
宣伝の白戸部長にも「主人公が最後までWOWOWに入らない方が面白いと思います」と言ったんですが、「それでいいと思います」と言っていただけたので、いまだに柳楽優弥くんが演じてる主人公は加入していないんですね。柳楽くんが入ってしまうと、"コマーシャルの人""売り込む側"になってしまいます。WOWOW側に立っていない方が、むしろ訴求しやすいと思うんです。
受け手からすると「売らんかな」は感じが悪いものですし、WOWOWが築き上げてきた大人な感じ、奥行きのあるコミュニケーションを壊したくない、とも思いました。そういった意味においても、「やっぱり、やめようかな」という歌詞が効いている気がしますし、子どもたちが口ずさんでくれるのも、この歌詞があるからだと思っています。色々替え歌しやすいんですよ。「お風呂に入ろっかな、やっぱりやめようかな」といった風にね(笑)
戦略としてはかなりえげつない分(笑)、クリエイティブでそれがイヤらしくならないようにしよう、と気をつけました。最初の段階で「WOWOW」と言わずに「フフフフ~ン」にしたのもそういうことですね。「フフフフ~ンって何?」というところを入り口にしたほうがイヤらしくないかな、と。
WOWOWに入りましょう[出会い篇]
――柳楽さんと有村架純さんのちょっとシュールな会話、不思議な世界観が印象的ですが、それはどのように生まれたんでしょう?
僕の中でWOWOWって、少し大人のイメージがあるんですよね。イマドキのCMは短時間にバーッと情報を詰め込み、すごくせわしないものが多いです。でも今回のCMは、あの歌のせいでスピードをそんなに上げられない(笑)。すごくのんびりしているんです。だからオチも、ちょっと大人な感じがいいんじゃないかなと。ハッキリと落ちるよりもちょっとシュールな「読後感」があった方がWOWOWらしいんじゃないかと思ったんです。一発ギャグというよりも「なにこれ?」と言いたくなるような感じを目指しました。
――同じCMシリーズに、テニスの錦織圭選手と大坂なおみ選手も出演されていますね
お二人のCMでの起用が可能なことが分かって、もちろん、柳楽くんと有村さんのシリーズと分断して違うものを作るという手もあったんですが、お客様はそこに特別なものを感じてはくれないでしょうから、共通性を持たせた方がいいなと思いました。
カッコよくテニスをプレイする姿は既に他のCMでもいっぱい出ているので、もう少し違う形で、WOWOWの世界観で見たことのないお二人の姿を見せた方が面白いかな、と思ってコート脇のベンチで会話をする形をとりました。
当代一の人気クリエイティブ・ディレクターのプレゼンの極意!
――少し話が前後しますが、今回のCMの企画はコンペ形式だったそうですね? コンペの段階での手応えはいかがでしたか?
プレゼンはノリノリでやらせていただいて、みなさん笑ってくれて、反応はすごくよかったんですよ。でも、反応がいい時って負けることが多いんです。だからイヤな予感がしました(笑)。初めてWOWOWにお邪魔したというのもあって、どのプレゼンの時も大ウケしているかもしれない、って。
――プレゼンに出席したメンバーから篠原さんのプレゼンテーションが素晴らしかったと聞いています。コンペの際のプレゼンの極意を教えていただけますか?
すごく一生懸命考えた企画なので、説明が下手で理解されない、採用されないってすごく悔しいじゃないですか。説明する時は紙っぺらなんですけど、最終的なアウトプットとなった時にどうなるのか? どんな可能性を秘めているのか? という企画の"最大値"をいかに伝えるかを意識していますね。
まず企画の段階から、とにかく読み込みます。何度も秒数を計りますし、歌ものの場合、何度も歌って歌詞を変えたり、声色を変えたり、"間"も計算します。そしてプレゼンの時は、実際の"間"で1人何役にもなって芝居をします。実際の"間"でやらないと、クライアントの皆さんも面白いのか、ワクワクするのか、って分からないですからね。プレゼンの準備はもう企画の段階でできていると言ってもいいですね。
――絵コンテも自分で用意されるんですか?
絵は下手なので絵コンテライターにお願いしますが、カット割りや「こういう絵」というのは自分で考えます。動いている絵が自分の頭の中にあるので、念写できたら早いんですがね(笑)
――auのCMもWOWOWのCMも歌が印象的ですが、歌の効果というものはどのように捉えていますか?
絵の情報よりも音の情報が感情を揺さぶる、とよく言われますが、そうだろうな、と実感しています。音楽によって泣けたり、泣けなかったりするじゃないですか。なので、CMの中で掛け合いをするのか、音楽を使うのかで印象も残り方も変わってくると思います。15秒、30秒という短い時間の中で、しつこく印象を残すには音楽の連呼は強いと思います。ただ連呼する分、伝えられるメッセージは絞られてしまいます。その商品の置かれている状況や、ブランドの持って行きたい先によって、変えています。
「こうなったらいいな」――企画前の段階で「行先」を決めることの重要性
――今回、柳楽さんと有村さんの2人の起用はどのように決まったんでしょうか?
男女の2人組というのは決めていて、有村さんはauのCMにも出ていただいて、人気も実力もあるので、やってもらえるなら間違いないなと思っていました。柳楽さんに関しては初めてご一緒したんですが、以前から柳楽さんのお芝居が好きだったんですよね。お芝居が上手なのはもちろんですが、独特な雰囲気を持っていて。独特な人というのは、それだけで代え難い存在なんです。あの独特な感じと、有村さんの組み合わせが面白いなと。他にも何人か候補は挙げましたが、最終的にWOWOWさんがそのお二人を選ばれました。
――初めは全く赤の他人である2人が、シリーズを重ねる中で、付き合い始めて、同棲して...と関係が進展していきます。
ハッキリと描いているわけではないんですが、男女ものなので今後もいくらでも展開できます。19年10月から放送の新作ではゲストも出てきますし、"ライバル"が登場したりもするので、楽しみにしていただければと思います。
――ここからさらに、篠原さんの仕事観についてお伺いしてまいります。クリエイティブ・ディレクターとして仕事をする上で、大事にしていること、常に意識していることはどんなことですか?
企画をする時、まず最初に最優先で決めることが一つあって、それはブランドや商品の"行き先""ありたき姿"なんですね。その企業や商品、ブランドが「こうなったらいいな」「こういう風に思われたらいいな」という姿ですね。それは曖昧模糊としていて、クリエイティブ・ディレクションをする上で僕だけが分かるものでいいんです。それを決めた上で、企画をするんです。企画はとにかくたくさん考えるんですが、その中で、最初に考えた「こうなったらいいな」にしてくれる企画を選んでいきます。
auの場合は「愛着の持てるかわいいやつ」「オモカワイイ」ですね。クラスの中で、いじられキャラだけど、パーティやカラオケにそいつがいると盛り上がるというヤツっているじゃないですか? そういうタイプって一番好かれるタイプですよね? auがそういうポジションになればいいなと思っていろんな企画を考えて、その中でどれが一番合っているか? を考えました。
一方、UQの場合は「そのジャンルの2強になったらいいな」をありたき姿に据えました。なので、どうすれば2強に見えるか、徹底的に考えました。例えば、Y!mobileはYahoo!、楽天モバイルは楽天といったように、みなさんそのブランドを知っているのに対して、UQモバイルのUQはまだ当時そこまで知られていなかった。だから、「UQ」というワードをしっかりと印象付ければ、当時強かったY!mobile との2強に見えるかもしれない。それで、あの曲(ピンクレディーの「UFO」)に合わせて「UQ」と連呼しているのです。
今回のWOWOWさんで言うと、「面白い」とか「オトナな感じ」ではなく、「素通りするお洒落なお店」でもなくWOWOWは「入るもの」という行先を先に決めました。
意識すべきは「東京ではない」ローカル!
――企画の段階で「コンペで勝つ」ことをどう意識されているんでしょうか?
正直、コンペで勝つことはあまり意識していません。先ほども話しましたが、僕はもともとマーケティングが好きなんですね。分かりやすく言うと「商売がうまくいく」ことが好き。
だから、いまだに自分のCMについて「作品」と言われるとすごくザワつくんです。作品と言われると、ドラマや映画、音楽を作っている方に失礼なんじゃないかって。僕が作っているのはあくまでも広告で、企業から依頼されて、商品を売ったり、ブランドイメージをアップするための「道具」なんです。そこにプライドは持っていますし、どっちが偉いという話では全くないんですが、少なくとも僕が作ってるのはドラマや映画のような「アート」や「作品」ではなく、「広告」なんです。
アートは自分が吐き出したいものを表現するものであるのに対し、広告は自分が吐き出したいものを出すのではなく、モノが売れるためのものだと僕は思っています。だから、どんなに世の中で広告がウケても、それによってモノが売れなかったら、そんな広告は0点なんですよ。逆に言えば「あれつまんないよね。でも買っちゃった」という広告は大正解だと思います。もちろん「面白くて売れる」を目指してはいるんですけど(笑)。
広告が賞を獲ると、もちろんその時は嬉しいですし、クライアントさんが喜んでくれるからありがたいのですが、何よりも嬉しいのは「篠原さん、バカ売れしてます!」って言ってもらえることですね。
そのために、とにかく「どうやったら売れるか?」「どうやったらこのブランドのイメージが上がるか?」を突き詰めて企画を考えていきます。それはクライアントさんと目標が同じなので、シンクロするはずなんです。その結果として、コンペで勝つこともあれば、シンクロしきれずに負けることもあるわけです。例えば、「上長に怒られたくない」という意識をクライアントさんが持っている場合はシンクロしきれないかもしれない(笑)だから「コンペに勝つこと」を特別に意識することはないんですよね。
――「時代を読む」ということだったり、社会で何が売れているか? といった情報は大切にされているんでしょうか?
それはあまり意識していませんが、ターゲットを東京の人にせず、ローカルに設定するようにしていますね。僕も東京に住んでいるし、クライアントさんも東京に住んでいる方が多いので、勘違いしやすいんですが、東京に住んでいる人は1億2000万人のうちの2,000万人ちょっとしかいないんです。それってニッチですよ。
ローカルというのは「田舎」という意味ではなく「東京ではない」ということです。地方出身の方は分かると思うんですが、おもしろさの加減とかも東京だけが特殊で、大阪も名古屋もローカルなんですよ。例えば、東京の結婚式では、流行ってる一発芸をもじった余興をやる人いないじゃないですか?(笑)でも地方にいくと、よくみる風景で。それをみんなが和気あいあいと楽しんでいるんです。つまり余裕があるというか。
僕は三重県出身なんですが、必ず三重の家族や友人がこれを見てどう思うか? 好きになってくれるか? ということを意識してクリエイティブを作ってますね。東京でやっちゃうと、"先っちょ"を狙わないといけなくて、それは大多数の人たちにとっては「?」なんですよ。そもそも、冷静に見た時に、その「先っちょ」が本当に「先」なのかどうかも分からないじゃないですか。時代の先端にいるようで、実はすごいダサいことをやってる可能性だってあるじゃないですか?ファッションとかよくありますよね(笑)
広告ってマスであって、「広く告げる」ものですからね。世の中を広く触る感覚を大事にしています。
CMに作風は必要ない! 「こだわらない」というこだわり
――WOWOWのM-25旗印では「偏愛」をキーワードとしていますが、ご自身にとっての「偏愛」や「こだわり」の部分・哲学があれば教えてください。
僕は、なるべく「こだわり」を持たないようにすることを大切にしています。いや、もちろん自分が「こうだ!」と思ったらこだわるんですが、「いろいろだな」と考えることの方が大事だなと思うんです。
僕の作ってきた広告を全部見ていただければ分かると思うんですが、僕が作ったということが分からないと思います。広告に個人の「作風」が出てしまうのはおかしいと思っているからです。出ちゃうものなのかもしれないけど、本来は出ない方がいいと思っています。
商品や企業によってそれぞれ目的も異なるのに、出てくるものが同じって下手クソじゃないですか。そういう意味で自分の得意分野というのもない方がいいなと思っています。
若い頃はクライアントさんから「こうした方がいいんじゃない?」と言われると、反射的に「何言ってんだ。そんなことしたらメチャクチャになっちゃうよ」って思ったこともありましたが、今は「うん、それもあるかも」と一度、受け止めて、やってみて、それがよくなかったら、クライアントさんも分かるので「やめましょう」となるし、逆にその指摘のおかげでよくなることもあるんですよ。そういう体験を経て「あぁ、いろいろだな」と思えるようになったんです。
長年、やっていくうちに正解率は上がるかもしれないですが、百発百中で正解を出せるわけではない。プロ野球選手だって打てて3割で残りは凡打ですから、「必ず俺のこのやり方で!」とこだわるのではなく、どれだけニュートラルにいられるかを大事にしています。メディアも変わり続けているので、いま正解であっても、来年、再来年もそれが正解とは限らないですからね。その時、その時にいろんな知恵を集めて、正解に近いものを出すようにしています。
取材・文/黒豆直樹 撮影/平岩享 制作/iD inc.