世界と日本をつなぐ架け橋に―― 鷲尾賀代COOが語るWOWOW BRIDGEの挑戦と可能性
WOWOW BRIDGE COO 鷲尾賀代

2024年7月にWOWOWの子会社として設立されたWOWOW BRIDGE。海外作品の日本国内でのプロダクション業務を受託し、今後世界に通用する作品を生み出す礎を築こうとしています。今回は、そんなWOWOW BRIDGE設立の立役者であり、ハリウッドの最前線で活躍し続けている鷲尾賀代に、事業開始のきっかけやこれまでの手応え、今後の展望について語ってもらいました。
「TOKYO VICE」が切り拓いた、日本撮影の新たな扉
――WOWOW BRIDGEの設立の背景をお聞かせください
HBO MaxとWOWOWが共同制作し、2シーズン計18話のほぼ全編を日本で撮影した「TOKYO VICE」は、「"世界で一番撮影が難しい国・日本"で、なぜこれほど大規模な撮影ができたのか」とハリウッドでも話題になり、エグゼクティブプロデューサーとして撮影に参加した私にもいくつかの問い合わせがありました。
一方で、2011年からLAに駐在し、全米製作者組合(Producers Guild of America)の会合等に参加するようになった私は、映画・ドラマ撮影に対するタックスインセンティブ制度のない先進国が日本だけだと知りました。これをLA総領事館の方々に報告したのがきっかけで、タスクフォースチームが発足。2018年には内閣府に提言書を提出するなど、撮影誘致に関するロビー活動に取り組むようになりました。
そして2023年、「TOKYO VICE」での実績やこれまでの活動が実を結び、日本のタックスインセンティブ制度「海外制作会社による国内ロケ誘致等に係る支援」がスタートしました。WOWOWとしても既存の有料放送事業以外の新たな収益源を模索している状況にあり、海外の大型プロダクションを日本に誘致するサービスを始めてはどうかと会社に提案。それが承認され、2024年7月、WOWOW BRIDGEの設立に至った次第です。
ハリウッド共同制作オリジナルドラマ「TOKYO VICE Season2」
WOWOWオンデマンドにて、Season1・Season2全話配信中
――すでに2作品の日本ロケを支援しているそうですが?
設立から1年くらいかけて体制を整えていくつもりでしたが、すぐにスカイダンス・テレビジョン制作でApple TV+での世界配信が予定されているドラマ「Neuromancer 」の日本撮影の発注を受け、さらに、その撮影が終わらないうちに、ユニバーサルテレビジョン制作で日本ではWOWOWでも放送中の「FBI:インターナショナル4<最終章>」の最終話の日本国内での撮影業務も受注しました。本格的な営業活動を始める前にこれだけの引き合いがあったのは、やはり「TOKYO VICE」という強力な名刺があったからだと感じています。
(c) 2025 CBS Broadcasting Inc. All Rights Reserved.
「FBI:インターナショナル4<最終章>」WOWOWで放送・配信中
最終話は8月26日(火)放送・配信予定
――なぜハリウッドは日本での撮影を望むのでしょうか?
「画が面白い」というのが一番の理由ですね。限られた空間の中で動きがあって色彩豊かな画が撮れるのが日本、その中でも東京です。たとえば、都心の一等地を色とりどりの電車が行き交うようなさまは、海外にはなかなか存在しません。オフィス街の間を縫うように張り巡らされた首都高も、高いビルから撮ると面白い画になります。近未来都市を撮ろうと思ったら、ヨーロッパではロンドンくらいしか候補がないといわれるほど。特に東京の電車は本当に人気で、あえて電車が通るのを待ってカメラを回す監督もいるくらいです。
もちろん、エキゾチックで神秘的な雰囲気に惹かれて日本での撮影を望むクリエイターもいます。2010年代前半以降、かなり円安が進みましたし、人件費を含め制作コストも抑えられるのも日本での撮影のメリット。個人的な感覚では、"海外で撮影するなら日本がいい"と考えるクリエイターはかなり多い印象です。
気が付けば"カルチャーアドバイザー"に! リアルな日本を届けるために
――撮影の準備段階では、どんなことに注力しましたか?
撮影の準備段階では、やはりロケ地の選定が何より重要です。簡単に撮影許可が下りるような場所は新鮮味に欠けますし、撮影許可を取るのが難しい場所の提案にはリスクがあるので、そのあたりのバランスを考慮した提案が鍵になります。
契約業務も準備段階の重要なポイントです。海外では、握手だけ交わして正式な契約前に制作を始めるといったことはありません。スタジオとは細かい条件まで事前に確認し契約書を撮影が始まるまでに交わします。また日本側でもスタッフ一人ひとりと書面による契約を交わし、部門ごとに使える予算を明確化して、すべてスタジオにアプルーバルを取ってから制作を始めます。
タックスインセンティブ制度の申請の手続きも、かなり煩雑で骨の折れる作業です。何千にも及ぶ膨大な書類を準備する必要がありますし、制作予算にかかわる部分でもあるのでかなり神経を使いましたね。
――撮影中に大変だったこと、苦労したことは?
撮影前の脚本制作の段階からですが、文化のギャップを埋めていく作業に苦心しました。よりリアルな日本の魅力を世界に発信するためには、「なんちゃって日本」といわれるような、日本人が見たら明らかにおかしい表現はできる限り排除したいところです。そうは言っても、最終的な判断は制作側にあるので、いくら意見したところで聞き入れてもらえないこともあって...。
ちなみに、「FBI:インターナショナル4<最終章>」の撮影では、制作側からカルチャーアドバイザーの手配を依頼されました。まずは、どういう意図でどんなアドバイスを求めているか知りたいと思い、脚本家とディスカッションする機会を設けてもらったところ、やはり日本人が見たらおかしい箇所が多々あると判明。たとえば、「神社のおみくじに文字を書き入れる」等々。いろいろ指摘しているうちに、気付けば私自身がカルチャーアドバイザーに任命されていました(笑)。
――日本で撮影した「FBI:インターナショナル4<最終章>」最終話の見どころを教えてください
先に話したように東京を走る電車が背景に登場します。さらに、WOWOWの本社がある赤坂パークビルもしっかり映り込んでいるんです。最終話はWOWOWで8月26日(火)に放送・配信予定ですので、ぜひご注目ください!
また、カルチャーアドバイザーの話の延長になりますが、イソカワという日本人女性刑事が登場するにあたり、「出る杭は打たれる」というセリフを盛り込んではどうかと提案しました。日本人女性を取り巻く状況を語るのに適したフレーズであり、自分自身の過去の経験にも重なると熱くプレゼンしたところ、見事に最終話のひとつ前の第21話でセリフとして採用されました(笑)。今回は「TOKYO VICE」とは逆に作品の制作を請け負う立場でしたが、作り手側にも入り込めた実感があり楽しかったです。
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「FBI:インターナショナル4<最終章>」最終話より
他のプロダクションサービスにはない総合力と付加価値で勝負
――WOWOW BRIDGEの強みはどこにあると思いますか?
「最高にプロフェッショナルなチームを提供する」という点には自信があります。親会社であるWOWOWには放送局としての知名度もありますし、当然ながら作品を作る側のノウハウも熟知しているので、きめこまやかな対応ができるのも強みです。たとえば「FBI:インターナショナル4<最終章>」の撮影では、宣伝サイドの要望を先読みし、主演のジェシー・リー・ソファーのコメント映像を撮りました。この映像は番組の宣伝に利用できるのはもちろん、助成金関連のレポートに掲載したり、撮影に協力いただいた自治体に提供したりすれば取り組みの成果を具体的に示す材料になります。
今後もほかのプロダクションサービスにはない付加価値を提供しつつ、「日本で撮影するなら、クリエイティブ面も助成金申請のサポートも、宣伝もWOWOW BRIDGEが最強」と言われるような集団へと成長させていきたいです。
――WOWOW BRIDGEの今後の課題は?
人材不足は深刻です。英語が話せて、日本での現場経験が豊富で、なおかつ海外の制作手法を知るスタッフは限られます。そのスタッフたちが別の大掛かりな撮影を抱えていたら、いくらオファーがあっても仕事を受けられません。人材層を厚くするための継続的な努力が不可欠です。
撮影許可や制度の複雑さも課題ですね。「なぜ日本ではこんなに許可を取る手順が面倒で、時間がかかるのか」とよく驚かれます。タックスインセンティブ制度にしても、条件を満たすことで助成金が確定する国もある中、日本の現制度では申請後の審査で承認されるかどうかが決まるため不確実性を伴います。一方で、最大で制作費の50%(最大10億円)という助成率は世界的に見てもかなり高水準なのですが、提出書類のチェックがかなり厳しいので必ずしも50%全額戻ってくるかは最後までわかりません。ただこの助成金のメリットを最大限に感じてもらえるよう、申請サポート業務の質を高めていきたいと考えています。
とは言え、日本にちなんだ作品を撮りたいと思ってもらえなれば誘致はできません。1シーズンあたりのエピソード数を抑えたコンパクトなドラマ作りがトレンドになっている中、果たして日本での撮影を望んでもらえるのか、業界の動向も注意深く見守っていきたいと思っています。
――WOWOW BRIDGE、ひいては鷲尾さん自身の今後の展望をお聞かせください
主要な制作部門のスタジオヘッドたちとも直接対話できるくらいの関係性を築けるよう、営業ルートを開拓していきたいです。「なんちゃって日本」を減らしていくためにも、早い段階で制作に参加させてもらえるような信頼関係の醸成が重要だと考えています。
また、タックスインセンティブ制度の改善に向けたロビー活動も、ライフワークとして継続したいと思っています。最近では、是枝裕和監督が映像業界の国際競争力向上や制作環境の改善について政府にさまざまな提言をしてくださっていますが、私もその一端を担えるようこれまでの経験を活かしていくつもりです。
一方で、私が常に情熱を傾けているのは「自分がシェアしたい話を映像化して、ひとりでも多くの人に届けること」です。現在もWOWOW事業局のメンバーであることに変わりはないので、WOWOW BRIDGEでこれまでにない経験を蓄積しつつ、世界で勝負できる新たな作品作りにもチャレンジしていきたいですね。
鷲尾賀代プロフィール
取材・文/柳田留美 撮影/曽我美芽
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