2019.10.17

  • クリップボードにコピーしました

いつか作品を携えてアカデミー賞授賞式に! 斎藤工が抱く野望と日本映画改革プラン -斎藤工【後篇】

俳優、映画監督、プロデューサー:斎藤工

いつか作品を携えてアカデミー賞授賞式に! 斎藤工が抱く野望と日本映画改革プラン -斎藤工【後篇】

ついに放送回数400回を超えたWOWOW「映画工房」や、『隠れた名作"発掘良品"』とまさにWOWOWの映画情報番組の「顔」として活躍する斎藤工を迎えて前後編の2回にわたって贈るインタビュー。【後編】では、「映画工房」8年間の歩みを振り返るとともに、日本の映画界の未来を見すえての提言、さらにWOWOWと共に実現したい大きな野望も――。

あの大物芸能人も見てる!? 『映画工房』の8年

saitotakumi3shoteigakoubou_L1A0151.jpg

「映画は生活の一部」と語る俳優・斎藤工と板谷由夏、中井圭が
こだわりの映画特集などを深く掘り下げる
映画情報番組「映画工房」

――今年「映画工房」の放送回数は400回を超えました。女優の板谷由夏さんとのタッグも8年になります。斎藤さんの持つ映画の知識量と渡り合っていくには、年上の女優さんとの組み合わせがいいのではないかという思いもあり、板谷さんに出演をお願いしたと当時のプロデューサーから聞いたのですが、ここまで一緒にやって来られていかがですか?

オンエアを見て感じるのですが、板谷さんが番組として成立させてくれているんだなと。「映画工房」は、これからWOWOWに入ろうかと思っている人たちに対しての番組じゃないですか。その責務を果たしているのは、ただマニアックなことを吐き続ける俳優ではなく(苦笑)、母親であり、女優でもある板谷さんであって、彼女の目線があって初めて本来の番組の体裁に整えていただいているんだなと。救われていますし、ありがたいなとオンエアを見ていつも思っています。

――「没後30年夏目雅子を忘れない」という特集で、お2人が同時に『魚影の群れ』を挙げたり、シンクロ率の高さが伝わってきます。

全部が同じというわけじゃなく、時に反対の意見になることもあるんですけど、感覚の共有ができているのは感じます。それは映画の話だけではなく、普段、食について話していたり、板谷さんの子育てについての話を聞いていても感じるし、波長が合うといいますか。

――これまで紹介してきた数多くの作品の中で、とくに印象深い作品は?

『ゴモラ』と『預言者』ですかね? ダルデンヌ兄弟の作品や『スティーブとロブのグルメトリップ』などいくつもあるけど、『ゴモラ』と『預言者』は、ちょうど同じ時期に紹介した作品でもあり、この2作以前と以後とで、分かれるようなこの番組の分岐点になった作品だと思いますね。

「発掘感」と言いますか、これを扱うのは「W座からの招待状」でも他の番組でもなく「映画工房」なんだという。この2作を紹介した後で、ある種の番組のコア(核)、背骨のような部分ができたなと。どメジャーでもなくコマーシャルっぽくもないバランスの作品ですけど、僕も板谷さんもしびれたし、同じしびれ方をした作品はその2本なんじゃないかと思います。

まったく別の現場で、風吹ジュンさんが「『預言者』ヤバいね」と急におっしゃってくださったことがあるんです。僕と板谷さんが番組の中でガーッとなっているあのテンションのまま話しかけてくださった感じで(笑)。「映画工房」を見て、そのまま映画を見てくださったそうです。

――そんな風に、「映画工房」を通じて、別の場所で俳優さんたちとの会話やつながりが生まれたりすることもあるんですね!

僕なんてホント、どこにでもいる役者ですから。20代の頃、オーディションに行くと、僕と同じような雰囲気の俳優と一緒にズラーッと並べられて、如実にそう感じました。

そんな中で「映画を見てきた」というのが唯一、ウソのない自分の特徴なんです。それを、先ほども言いましたが「映画秘宝」だったり、WOWOWさんが面白がってフィーチャーしてくれて、さらにそこでの僕の言葉をキャッチしてくださった方がいろんなところにいたんです。それはすごく嬉しいですね。

_MG_5691-01.jpg

うれしいことに、木村拓哉さんや(明石家)さんまさんにも、初めてお会いした第一声で「『映画工房』見てます」っておっしゃっていただきました。さんまさんとはある収録で、僕は2本目からの参加で事前にご挨拶ができなかったのですが、お会いしていきなり本番中に「見てます」と(笑)。その会話の中で「じゃあ、斎藤くんのいまおススメの映画は?」と振ってくださって、そこで『ロンドンゾンビ紀行』を紹介したんです(笑)。「ゾンビがいろんな進化を経ていく中で、老人ホームの老人が歩行器で歩く速度とゾンビの歩く速度が同じという、原点に戻った映画です」と紹介したら、そこに柄本時生くんがいて、乗っかってくれてちょっとウケたんです。そういうのを通じて、「あ、こいつ映画が好きなんだな」ということをいろんなメディアで認識してもらえるようになっていったんでしょうね。

_MG_5708-01.jpg

意思のあるラインナップ WOWOWジャパンプレミアは「日本の映画の希望!」

――改めて斎藤さんの目から見たWOWOWという局の特徴、WOWOWが放送する映画のラインナップについての印象を教えてください。

「本物志向」ですね。製作者、企画者、作り手、演じ手...みんなの興味の密度が濃いですよね。ドラマに関しても「これはちょっと見応えがなかったな」という作品がほぼないし、そのブランディングが業界にも世の中にも広がっています。民放のドラマは出ないけど、WOWOWのドラマなら出るという俳優さんがいらっしゃるのもうなずけます。

僕が解説をさせていただいている「発掘良品」ですとか、放送する映画のラインナップの目の付けどころに関しても、沈んではいけない歴史を引っぱり上げて、そこに光を当てているのを感じます。そこに「意思」を感じるって、一番の強度だと思います。矢継ぎ早にハマりそうなコンテンツをハメていくんじゃなく、なぜいま、これなのか?という意思をしっかりと感じます。

191010_hakkutsu_01.jpg

「隠れた名作"発掘良品"」公開収録 
石井正則さんとおくる第24弾はWOWOWシネマにて10/28(月)~31(木)放送

僕が一番好きな枠は(日本初登場の作品を放送する)「ジャパンプレミア」ですが、あの枠は日本の映画の希望だと思います。「え、まさか...」「これがジャパンプレミアなの?(=この作品がこれまで日本で公開されてなかったの?)」と思うことが多々あるし、そこには、フランチャイズ化した日本の劇場の状況が如実に関わっているんですが...。

僕の監督する一番新しい作品は宣伝・配給をつけずに、アップリンクさんとのダイレクトのやりとりで、来年公開させてもらうんです。宣伝、配給さんの存在は、作品によってはすごく重要だと思います。ただ、僕が作るような映画はビッグバジェットではありません。そんな中で宣伝・配給費は予算のかなり大きな割合を占めることになりますが、正直言って、アイディアもありきたりだったり、これなら自分でもできるということが多いんです。

僕はバラエティ番組を作っている会社のスタッフといつも映画を作るので、(宣伝媒体として)彼らが持っている番組もあるし、僕自身もラジオや雑誌だったり、映画工房でもご一緒している中井圭さんをはじめ、映画関係者の仲間に協力していただけるネットワークもあります。一方で、これは本当に作品や会社、人次第でもあるんですが、現場に足を運んだこともない宣伝会社の人たちに少なくない額が渡りつつ、そこで惜しみない努力や情熱を注いでくれるならまだしも、そうじゃないことがあまりにも多いんです。現場の人たちはみんな貧乏で、才能を持った人たちがどんどん離れていく。だって彼らに渡るお金は、DVDなどの二次使用の1.75%ですよ? いまの時代、数千円です。

そういう現実は、自分で作ってみて実体験としてわかりました。役者だけやってたら見なくてもいいところを見て、業界全体の問題が見えてきました。いま、劇場さんとダイレクトでやりとりすることで、もしかしたら、いろんなところからにらまれるかもしれないけど、なにかしら変わっていかないといけない時代なのに変わろうとしない。クリエイター・ファーストではない哀しい現実があるんです。

ママたちを映画館に! 斎藤工、託児所はじめました

――ご自身が映画を作っていく中で、いろんなことを変革していこうとされていますが、斎藤さんの理想の向かうべき先は?

_MG_5731-01.jpg

僕の最大のミッションは「劇場公開をどうしていくか?」という部分だと思っています。7月からのある作品では、現場で託児所を始めました。日本の映画業界では、例えばヘアメイクさんが妊娠・出産したら、業界と「サヨナラ」せざるを得ない現状があって、いろんな才能をシステムが卒業させているんです。

そこでまずは、自分の現場では僕が負担してプロの方を雇って託児所を必ず作ろうと。僕自身も親の背中を現場で見て育ってきたので、そうしたいし、もっと言うと劇場にも託児所を作りたいと思っています。

たまに平日の映画館に足を運ぶとほぼ空席です。多くの映画の宣伝戦略は、初動の土日でいかに観客が入るかしか考えてない部分があります。「週末興行ランキング」に向けた宣伝なんです。平日の間、立派な映画館という空間が活かされていない。客席にひとりで映画を見ていると「独り占めだ!」という感覚より、シェアすべきものをシェアできない哀しみを感じます。

僕の年齢だと、子どもがいる友人も多いですが、子育て中のお母さんって映画鑑賞から最も遠い人たちになってしまっているんです。映画を見に行くことがあっても、子どもが見たい映画だったり...。映画が「好き」が「以前は好きだったけど...」になっていく。

シネコンだと、映画館とショッピングモールが一緒のところもあって、モールにもともと託児所があったりもしますよね。そこでモールと劇場が連動できないか? といったことを、プレゼンさせていただいたりして、少しずつ進めています。

週に1度でも昼間、見たい映画を見に行くことができたら...。お母さんたちって、本当に映画を見てほしい人たちでもあるんです。娯楽という「心のクスリ」を必要とする人たちがちゃんと娯楽とつながれていないなら、映画人がその環境を作るべきだと思います。配信サービスに頼るばかりではなくね。

「作る」とか自分が「演じる」ってところよりも、一番最後の「届ける」ところに本当の興味と役割を感じています。

初めて映画館で映画を見た子どもたちの顔を見て感じた使命

――役者としてキャリアを始めて、監督としてカメラの後ろに回って、それだけでなく劇場の改革まで...。本当に全方位的な活動を志しているんですね。

そのきっかけが移動映画館の「cinéma bird(シネマバード)」でして、日本でも映画館で映画を見たことがない子が増えていて、毎回必ず「初めて映画を見た」という子がいるんです。映画を見た後、子供たちをハイタッチで送り出すんですが、そのときのキラキラした顔を見てしまっているからなんですよね。

生まれて初めて見た映画って忘れないものになります。僕の場合は1歳で観た『E.T.』で、映画館の空間の記憶はあります。そういう子どもたちの顔を見てしまった責任というのがあって、他のポジションよりも何かを感じてしまったんです。これは必然だったんだなって。

いまは、スマホやタブレットなど、いろんなデバイスで見ることも、「映画を見る」ということだと認めざるを得ない時代ではあるんですけど、昭和生まれ、アナログの意地みたいなものでもあると思います。僕がやっていることって、決して時代の先の先を見てるわけではないんです(笑)。

アカデミー賞授賞式で感じた「悔しさ」が切り拓いた映画監督への道!

――最後に今後、WOWOWにおいて、やってみたいこと、実現したいことを教えてください。

「映画工房」ですから、やっぱり作品を生み出したいですね。『フィルとムー』は世界中を飛び回っていますが、いつか長編になったらいいなと思いますし、あとはWOWOW FILMSさんと何かコラボしたいですね。

_MG_5721-01.jpg

才能がある人がいて、昔はその才能をどう展開していくか? という下地があったと思うんです。いまは育てるという過程がブツ切りになっていて、若い才能を発掘する場はあるんですけど...。

僕の年齢で声を大にして言いたいのは、映画祭が引っ張り上げる才能って必ず「若手」なんですよ。若者に自分の破れた夢を託そうとするのは日本の悪いクセだと思います。中堅どころ――ずっと芽の出てない、日の当たらない才能に機会を与える場が少なすぎて、みんな自力でローバジェットで映画を作っている現実がある。

才能を見る目という点でも、WOWOWさんは日本企業の中でもすごく特別なものを持っていると思います。これは中井さんもおっしゃっていますが、「映画工房」で毎年、優秀だと思う才能を大々的に表彰をして、その人の存在を世に広めていきたいなと。もっと言うと、そういう才能が次にどんなことしたいか? 環境づくりをサポートするのも「映画工房」向きの試みだなと思います。

これまでこれだけの数の作品を紹介してきて、統計学的に「この法則でいい作品が生まれる」というのを見いだせないかなと思っていて、「映画工房」をきっかけに作品が生みだせたらいいですね。

もうひとつ、もっと大きな野望があります。以前、アカデミー賞の授賞式のレッドカーペット中継に行かせていただいて、ベネディクト・カンバーバッチとかエディ・レッドメインとかイーサン・ホークにすごい近い距離でインタビューをさせていただいたんですが、その時は『かぐや姫の物語』くらいしか、アジアからは行っていなくて、レッドカーペットを歩くアジア人があまりに少ないのがすごく悔しかったんです。

191003_eigakobo_academy02.jpg

191004_eigakobo_academy02.jpg

2015年アカデミー賞授賞式レッドカーペットにて尾崎英二郎さんと

授賞式のレポートをするという貴重な機会もありがたいけど、いつか「あっち側」を歩きたい――それは別に俳優としてじゃなくても、監督でもプロデューサーとしてでもいいから、「レッドカーペットを歩きたい!」という大きな夢は見せてもらいました。それはあそこに行かなかったら具体的にそう思えなかったことです。

映画というルールは同じで、じゃあ、どうしたらロープの向こう側に行けるんだろう?と。そこで野望を抱いてから『blank13』だったり、映像を作ることにどんどん身を置いていこうと決めました。いつかWOWOWのアカデミー賞授賞式の中継に映るようになりたいと思います。

聞き手/WOWOW映画部 小野秀樹
構成/黒豆直樹  撮影/祭貴義道  制作/iD inc.