2020.09.15

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「WOWOWよ、もっと攻めよ! もっと世間をざわつかせろ!」――考査マンが語るクリエイティブの在り方

コンテンツ戦略局 考査部 髙橋 和彦

「WOWOWよ、もっと攻めよ! もっと世間をざわつかせろ!」――考査マンが語るクリエイティブの在り方

「考査」という一般の方には聞き慣れない職種がどの放送局にも存在します。その主な仕事の内容は、放送法や民放連の放送基準、社内のガイドラインに照らして、これから制作・放送される番組の内容が適正かどうかを判断し、場合によっては制作の現場に修整を指示するというもの。暴力表現や性表現、差別表現などそのチェック項目は多岐にわたります。

そう聞くと、考査の仕事はともすれば“風紀委員”、制作現場のクリエイティビティと相反する存在という印象を持つ人もいるかもしれませんが、さにあらず!

2002年の入社以来、18年にわたり、考査一筋で仕事をしてきたコンテンツ戦略局考査部の髙橋和彦はWOWOWの制作の現場に対し「もっと攻めた表現にトライしてほしい」と呼びかけます。

考査の役目はクリエイティブを壊すことではなく、むしろ表現の自由を守ること。考査の神髄について聞いてみました。

映像制作の現場から考査部へ、華麗なる転職?

――WOWOWに入社する以前は、映像の制作会社に勤めていたそうですね?

大日本印刷の映像部門におりました。大日本印刷はもちろん印刷会社ですが、私が入社した当時から"総合情報メディア企業"を掲げて、様々な事業にチャレンジしており、企業のPR映像を作るなど、お客様の依頼に基づいた映像制作にも関わっていました。

また、学生時代にバンドをやっておりまして、バンドの練習でスタジオ代わりに放送室を使えるということで放送委員をやっていたんです。そんなこともきっかけに自分で映像を作ったりもするようになって、映像の制作に携わる仕事を目指すようになりました。

大日本印刷ではADとして働いていました。上司が「笑っていいとも!」などにも関わっていたものすごく厳しいディレクターで、そこで映像制作について一から学ばせてもらいました。70名ほどの規模でポストプロダクションの機能も兼ねていて、社内にスタジオもあり、フロアディレクターを務めたこともあるなど、様々なことが凝縮されている環境に8年いました。

――WOWOWには中途採用で2002年に入社されていますが、転職のきっかけ、WOWOWに入社を決めた理由について教えてください。

私は慢性腎不全で、24歳からずっと週に3回、人工透析を受けていたんですが、29歳の時に父から腎臓移植を受けたんです。そのおかげで透析から解放され、同時に30歳という節目に新しいチャレンジをしてみたいという気持ちも沸いて、転職を決意しました。

――当初、WOWOWに入社される際は、どのような職種を希望されていたのですか?

やはり制作に関わってきた人間ですので、いろんな番組を作ってみたいと思っていました。もともと、車が好きということもあって、車関連の番組を作りたいという気持ちがありました。

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ただ、面接の段階から「考査に興味はないか?」というお話があったんですね。何度目かの面接で、後の上司となる考査の方が面接官で、「考査に空きがあるんだけどどうか?」と。正直、最初は「考査って何?」という感じだったんですが、面接官から説明を受けて、私自身も「あぁ、それはいいかも」と思えたんですよね。僕、結構なんでも受け入れちゃう人間なんです(笑)。自分の中の正義感をいい方向に活かすことができたらいいなと思ったんです。そこで扉が開いた感じですね。

――それまで、WOWOWの制作する番組や作品についてはどのようなイメージを持たれていましたか?

ひとことでいうと"ハリウッド"のようなイメージですかね。 私はビリー・ジョエルとかが好きな世代なんですけど、そういう洋楽を放送していたり、あとはやはりマイク・タイソン(エキサイトマッチ~世界プロボクシング)だったり、そういうアメリカ的な雰囲気を持っているカッコいい会社だなと思っていました。

――入社されてみての社風や社員の気質などはどのような印象を持たれましたか?

まず初日の第一印象は「お役所みたい」でした(笑)。前職が制作部門で和気あいあい、ギャーギャーやっていましたからね。WOWOWは放送局ですし、にぎやかで華やかな雰囲気を想像していたんですが、いざ入ってみると静かで穏やかで、意外と硬い印象がありました。

一方で身を置いてみると、有料放送としてコストを考えつつ、視聴者のために様々なチャレンジをしている印象を持ちましたし、社員に対しても福利厚生などの面で非常に積極的に取り組む成熟した会社を目指している姿勢が伝わってきて、これは長くお付き合いできそうな会社だなと感じました。

――当時は開局してまだ10年ほどで、プロパーではない出向社員も多い中で、現在とはまた違った空気だったかもしれませんね。

あまり大きな声では言えませんが(笑)、業績という点でも一番厳しい時期で、経営もめまぐるしく変化するなど、混沌とした時期ではありました。

それから18年になりますが、真面目な雰囲気というのは基本的に変わらないなと思いますし、正直、みんながもっとハッチャけてもいいんじゃないかなと思ったりもします。私がそういう世代なんでしょうし(笑)、台本が宙を飛び交うような現場にいたものでね。

「攻めなくては生き残ることはできない。そのために考査部がある」

――"風紀委員"のように取り締まるというイメージを持たれやすい考査部の方の口から「もっとハッチャけてもいい」という言葉が出てくるのが意外です。

「みんなでとんでもない方向に攻めていく」ということ自体は大賛成です。そうじゃないとWOWOWは生き残っていけないじゃないですか。そのためにどういう方法を取ったらいいのか? それを考えるのが私の仕事だと思っています。

守らなきゃいけないことは守らなきゃいけないし、みんながやっていることをしっかりと観察し、時に注意喚起をしないといけない仕事ではあるのですが、お客様は委縮した番組を見たいわけではないですよね。もっと攻めた、華やかで心動かされるような番組をきっとみなさん観たいと思っているでしょう。そのためにはどうすればいいのか?表現の自由や言論の自由を守ること、かつお客様に安心して観ていただける方法を考えることが考査の仕事なんだと思っています。

――ここから、考査部のお仕事について詳しく伺ってまいります。具体的なお仕事の内容について教えてください。

考査の仕事というのは大きく分けて4つあります。まず"番組の考査"、それと"広告の考査"ですね。

それから「放送番組審議会」という、有識者をお招きして放送内容や編成方針についてご意見を伺い、適正に放送するための会議があるのですが、その放送番組審議会の運営も考査部の仕事です。これは放送法で各放送局に設置が義務付けられているもので、議事録を総務省に提出し、その審議内容も公表しなくてはいけません。

そして4つ目が最も大切なことですが"啓蒙活動"ですね。我々は考査をシンクタンクのような部門だと思っていますが、我々だけでなく、社員に放送倫理を自覚してもらうことが何よりも大事なことなんです。社員のみなさんが問題に気づいて、私たちに相談しにくることが大切なので。そのために、内規やガイドラインの整備をはじめ、セミナーを開催したり、時事問題を季報で共有するなどして、常に放送倫理を頭に置いていただくように呼びかけています。

WOWOWの考査基準が書かれた「考査ハンドブック」は、いわばWOWOWの放送倫理の全て、WOWOWの歴史を背負ったルールブックであり、この一冊で全てが網羅されていると言えるものです。

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さらに、制作現場で実務的に活用してもらうために、内容を凝縮した「番組制作ガイドライン」を作っており、現場が「こういう時にどうするか?」を判断するためのものとして常備してもらっています。「ハンドブック」は約3年に一度、「ガイドライン」は毎年更新しています。これを使って毎年、編成・制作に携わる部門の社員は受講必須のガイドライン・セミナーを開いています。

WOWOWのみなさんはとても真摯でよく相談し、よく聞き入れてくれます。基本的にすごく真面目でしっかりと倫理観を持っていると思います。報道部門がなく、もともとリスクが少ないこともありますが、BPO(放送倫理・番組向上機構)から一度も勧告を受けたことがないということは誇れることであり、今後も守り続けたいですね。

――最初に挙げられた"番組の考査"に関して、詳しくお聞きしてまいります。性表現や暴力表現、差別表現などについてチェックするという印象が強いのですが、具体的にどのようにお仕事を進められていくのでしょうか?

番組とひとくくりに言いましても、WOWOWで放送するものとしては、映画や海外ドラマ、オリジナルで制作しているドラマWなどの作品、さらにはバラエティ系の番組などいろいろあります。考査が主に関わるものの筆頭としては映画があり、それから海外ドラマ、オリジナルのドラマがありますが、それぞれ考査のやり方は異なります。

【考査のお仕事:映画編】

WOWOWでは映画は基本的にノーカットで放送します。「R18+(※18歳未満の入場・鑑賞を禁止)」作品は放送しないのですが、「R15+」もしくは「PG12(※12歳未満の鑑賞には、保護者の助言や指導が必要)」の作品は放送します。映倫による映画区分(レーティング)を尊重し、必要に応じてガイドラインに沿って、暴力表現や性表現が一定のラインを越える場合、修整することもありますが、できる限り、画を汚すことなくみなさんに視聴いただけるよう配慮しています。

そのために、放送時間を制限するという判断もします。民放連の放送基準において、夕方の5時から夜9時までを子どもたちが家族と一緒に見られる時間として定めていて、それが第一段階の放送時間帯制限です。

青少年の鑑賞には不向きだと判断した場合は、より深い時間帯――夜10時から朝の5時までの間でしか放送しないようにするなどの制限を編成に対して要請します。

作品によっては、映倫の審査を経ていない作品もありますが、際どい描写やテーマを含んでいる場合は「R15+指定相当」というWOWOW独自の基準をもって判断し取扱います。それは考査の重要な仕事と言えると思います。

【考査のお仕事:海外ドラマ編】

海外ドラマは、表現や設定などの考査はもちろんですが、映画と異なりWOWOWにて日本語版の制作をしたりするので、日本語字幕のチェックも考査部で行ないます。

海外ドラマは基本的に映倫の審査を受けていないこともあり、時に内容としてもかなり刺激的な表現があったりします。そういったものに関しては修整をします。ただ、修整の幅に関しては、映画とは少し違って、個人的には"自由度"を感じる部分が多いですね。例えば、ただ単純に下半身をぼかすのではかえって卑猥感を強調してしまう場合もあるため、より自然な形で画面をトリミングしたり、スローを掛けたり、陰影を活かしてシャドーをかけるなどのテクニックを駆使するようにしています。

――考査基準は地上波民放局とでは違うのでしょうか? 同じ作品がWOWOWと地上波では異なる修整を施されているということもありうるのでしょうか?

多々あります。地上波はCMが入ることもあって、その分、作品の時間を短縮しなければなりませんから、問題になりそうな描写はカットされることが多いですね。WOWOWは基本的にノーカットで放送するのがポリシーですから、カットして時間を短くするのではなく、なるべく自然にご覧いただけるように必要最小限の修整をするようにしています。

社会派ドラマの多いWOWOWだからこそ「胃が痛くなる案件も多い(苦笑)」

【考査のお仕事:WOWOWオリジナルドラマ編】

――続いて、WOWOWのオリジナル制作のドラマWなどに関して、どのように考査部が関わっていくかを教えてください。

ここはまさに私がいま携わっているエリアですが、経験値が求められる仕事だと思います。完パケ(出来上がった作品)を観て、修整や放送時間について指示するのではなく、企画の段階からも目を通していかなくてはいけません。

まず企画の段階で"方向性"――果たしてこれをWOWOWとして放送できるのか? ということを示さなくてはなりません。それがクリアされたら、次に台本作りに入っていきますが、台本にもすべて目を通し、映像がまだできていない段階で最大限のイマジネーションを膨らませて「これはこういう描写になるんじゃないか?」「この設定はいかがなものか」といったことまで緻密にイメージし、書き起こし、必要に応じて改稿をしていただきます。場合によっては3回、4回と改稿を繰り返し、ようやく完成台本にたどり着きます。

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そうしてようやくクランクインとなります。いざ撮影が始まったら、場合によっては、現場にいるアシスタント・プロデューサーからシーンごとの映像が送られてきて、それを逐一こちらでチェックし「OK」と伝えるケースもあります。とくに暴力表現や性表現の多い作品に関しては、そこまで関わることをしています。

そういったことを経て、オフライン(仮編集)の映像がこちらに届きますので、それに目を通し、そこでも必要に応じて修整やカットをお願いします。そして最終的に完成にこぎ着けるという流れになります。

――主にチェックするのは「性表現」「暴力表現」「差別表現」などでしょうか?

あとは「設定」ですね。物語の設定自体に差別や名誉棄損のリスクを含んでいないか? 悩ましいのはWOWOWは、企業を扱った社会派ドラマを作ることが多いことですね(笑)。地上波ではスポンサーなどとの兼ね合いでなかなか扱えないことが多いと思いますが、『空飛ぶタイヤ』、『しんがり~山一證券 最後の聖戦』、『尾根のかなたに~父と息子の日航機墜落事故~』などは、実際の事件や事故を元にしたドラマなので、これはなかなか胃が痛くなる案件です(苦笑)。ただ、考査としては鍛えられますし、やりがいもありますね。

――場合によっては企画の段階で考査部がストップをかけることもあるということですか?

そうですね。中には企画段階で取り下げられるものもあります。例えば、ある業界を舞台に、意図的にウイルスが混入されて事件が起こるといったサスペンスドラマの企画が上がってきたことがありましたが、この業界の理解・協力を得られるのか? 視聴者に誤解や無用な不安を抱かせたりしないか、編成やプロデューサーと深く議論を重ねました。結果的にその他さまざまな理由もあって企画は取り下げとなりましたが、いずれにしても難しい案件だったと記憶しています。

個人はもちろん、特定の業界や団体の名誉を傷つけたり、偏見を助長したり、火のないところに我々が煙を立たせてしまう可能性がある場合には、その点について頑として指摘しなくてはならないことも考査の仕事です。

――逆に髙橋さんから見て「もっと強気で踏み込んでいいのに!」と感じる場合もありますか?

ほとんどがそうですね。もっと攻めていいし、じゃあどうしたらいいのか? 弱者を排除したり、傷つけたりするようなものではなく、そうしたリスクをクリアする企画であるならば、「あとは攻めていこう!」というスイッチに切り替えていくべきだと思います。

そういう意味で、WOWOWで放送されてきた作品というのは、企画段階での懸念をクリアした上で、攻めてきた作品であるということです。

――実際の事件をもとにした作品を作る場合など、訴訟リスクなどに対応するために法務部と連携することもあるんでしょうか?

ありますね。考査部はあくまでも民放連の放送基準をもとに動いています。これらの放送基準にもいろんな法律が絡んでくる場合もありますが、具体的な法律や判例に関してはビジネス法務部に見解を求めることは日常茶飯事です。

主には企業のイメージや名称、ロゴマーク、著作権や商標登録に関わる部分になりますが、その点に関しても必要に応じてビジネス法務部と連携しています。

作品によっては歴史的な背景を含んでいる場合もあり、必要に応じて実在の企業の名前などを出す場合もありますが、基本的にはフィクションとしてすべての企業や人物名を架空のものとするようにしています。

またビジネス法務部には動画配信などを含めた二次利用に関して、完成された作品を見てもらい、チェックしてもらうようにしています。企業のロゴなどは、二次利用の段階で使えなくなる場合もあるので、できる限り、そこに行くまでの段階で考査でブラッシュアップしておかなくてはいけないと気をつけるようにはしています。

――撮影段階での表現、描写に関する考査についても、具体的な例を踏まえて詳しく教えていただけますか?

作品によっては、専用のガイドラインを作ることもあります。例えばこのシーンの血の飛散に関しては、これくらいの量にしましょうとか、包丁で刺すシーンでは、アップで刺している部分を映すのではなく、頭越しで包丁を振り下ろす描写でもいけるんじゃないか? もしくは苦悶の表情をアップで入れることでも表現は成り立つんじゃないか? といった話をプロデューサーを通じて現場の監督さんにもしてもらうようにします。

そうした話し合いを事前にした上で、それでもいざ現場に入ると、監督さんによっては演出が白熱し、それ以上の表現に踏み込む場合もあります(笑)。そうした場合、プロデューサーやアシスタント・プロデューサーから絵コンテや映像を送ってもらい、こちらの指示を伝えてもらい、現場とリアルタイムに調整してもらうこともあるんです。

実際、ほぼ一日中モニターに張り付いて、送られてきた数十カットをチェックしたこともあります(笑)。「これは包丁が見えてるので」とカットしてもらったり。ただ、先ほども申しましたが、それが最終チェックではないので、つなげたものを映像でもう一度確認し、さらに完成したものをもう一度見るという形で慎重に進めていきます。

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――時に代替案を示さなくてはならないということは、単にYESかNOの判定をするだけでなく、ディレクター的な目線も求められるということですね?

それは8年間、制作の現場で働いてきた経験を活かせていると思いますね。それと私は数字のことを考えたり、文字情報を読むのは苦手なんですが、もともとあらゆる生活の中で物事を頭の中で映像化してしまうんです。例えば、「右や左」を言われても一瞬で判断できなかった。幼いころ父がそれを察知して、「和彦、3時・9時」という具合で方向を示してくれました。頭の中で時計が映像化されるんですね。幸い、それが台本を読むと頭の中に映像が浮かび上がってくるということにつながります。プロデューサーが「こういう画で撮ろうと思っています」と言うことと私の頭の中のイメージが一致することが多いですし、いざ撮影された映像を見ても「想定通りだな」と感じることも多いです。

――いわゆる「やらせ」の問題なども考査で扱うことはありうるのでしょうか?

そもそも「やらせはダメ」ということは当然常識としてみなさんしっかりと認識しています。ただ「やらせ」だけでなく、さまざまな問題に対する倫理観は、放送人としての高い意識を維持することだと思います。

毎年ガイドライン・セミナーでは、必ず「放送人としての心構え」という部分を朗読しています。

【抜粋】

WOWOWで番組制作に携わる皆さんは、クリエーターである以前に、「放送人」であるということを忘れてはいけません。一言で「放送人」と言っても、様々な解釈や捉え方もあると思いますが、ここで言う「放送人」とは、時代や社会情勢の変化に敏感かつ柔軟に対応し、放送法の第1条で定められる「自主・自律」の精神であり、豊かな放送文化のために、より健全な番組を制作するということです。

 一旦制作が進行し始めると、予算やスケジュールなどのやりくり、番組に関わるすべての人々の想いが交錯する中で、変更や修正をすることは、想像以上に労力や精神力を必要とするものです。その雰囲気に飲み込まれ、自らも意気込みが先行してしまい、タイミングを逸してしまうと、後々になって想像をはるかに超える重大事故につながる場合があります。
 現場では、「よりいい作品をつくろう」という強い志も大切ですが、クリエーターである以前に、「放送人」であるということを常に忘れずに、少しでも疑問を感じたらすぐに相談し、現場においても勇気を出して指摘できる「放送人」であり続けましょう。
 

先日、他局のリアリティ番組の出演者が自殺してしまった悲しい出来事がありました。いまはSNSもあって、出演されている方も自分で発信をされている時代であり、一般の方々とコミュニケーションが容易にできることから、時に批判や暴言といったものを直接、受け止めなくてはならなくなる。そうしたことへの警鐘を鳴らした出来事でもあると思います。

今後、我々もそういった部分まで気をつけていかなくてはいけないのかもしれません。もしも現場で「放送人」という思いがより強く共有されていたならば、このような悲しい結末を迎えなかったかもしれない。制作に携わる人間はそれぞれ、この出来事について考えてもらいたいなと思います。さらに今後、BPOなどから新たな見解などが示されたら、またセミナーなどを通じて社員に伝えていきたいと思います。

「地上波」と「映画館」の間にある有料放送のWOWOWに求められる倫理観

――無料である地上波と比較して、有料放送であるWOWOWならではの考査の基準として、どういった部分に留意されているのでしょうか?

WOWOWの立ち位置というのは「地上波と映画館の間」にあるのかなと考えています。

地上波というのはチャンネルを合わせれば誰でも見られるものであり、一方で映画館というのは映画館に出向いて作品を選び、お金を払って見るものです。そのふたつの間にいて、お金を払った上で、チャンネルを合わせて見るものとしてWOWOWがあるんだと。

ただ、近年では動画配信サービスもあって、おそらく映画とWOWOWの間に動画配信サービスがあるのだろうと思います。動画配信は完全に選択視聴ですが、WOWOWはお金を払ってチャンネルを合わせれば、意図せずして見られるわけで、そこに違いがあり、WOWOWらしい倫理観のもとで抑制していかなくてはいけないと思います。

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――考査の内容をめぐって、制作現場と侃侃諤諤の議論を繰り広げたり、互いに一歩も譲らずにせめぎ合いになったりすることもあるんでしょうか?

こちらの意見によく耳を傾けていただけていますし、現場に入ってからやり合うということは、ほとんどありません。ただ、現場に入る前の段階では様々な話し合いがあります。

例えば、連続ドラマW『北斗 -ある殺人者の回心-』という作品は、殺人を犯した少年の内面を描いた非常に考えさせられる物語でしたが、その中で、少年を支える女性が彼と肉体関係を結ぼうとするシーンがありました。WOWOWでは『モザイクジャパン』を別として、これまでバストトップを映すことは基本的になかったのですが、そこにトライしてみたいという声が上がりました。

その必然性や、ドラマWの基本姿勢に関して、プロデューサーとは相当な激論を交わしましたが、編成局長を主体とした委員会を設置し、ちゃんと協議しましょうということで進めていきました。そこで議論を重ね「このシーンは、女性が覚悟をもって自らの身体で心臓と人間のぬくもりを少年に感じさせるための重要なシーンであり、想いもきちんと理解されるだろう」と、トライする決定を段階を踏んで行ないました。

激論を交わすことはありますが、しっかりとみんなで話し合い、確認をして前に進んでいくということをルール化していますので、そこまでもめたり、物別れに終わったりということはほとんどないですね。

WOWOW初の「R15+指定相当」ドラマ! 『モザイクジャパン』で考査が果たした役割

――先ほど少し話に出ましたが、2014年に放送された『連続ドラマW モザイクジャパン』はAV業界を舞台にした作品として、話題を呼びました。この作品に関しては、通常とは異なり、髙橋さん自身が現場に足を運ばれたそうですね。どのような経緯があったのでしょうか?

『モザイクジャパン』はWOWOWのドラマWで唯一の「R15+指定相当」の作品として制作されたのですが、そこにトライするということが当時は未知の経験でした。

考査としては当初「映倫で審査をしてもらい、映倫の『R15+』作品として放送すべきではないか?」という意見でした。その一方で、「いや、やはり(映倫を通すのではなく)WOWOWの責任において、WOWOWの倫理観でやろう」という意見もあり、そこでも激論が交わされました。

編成とドラマと考査で「やる/やらない」の話し合いが続き、議論が煮詰まってきた段階で、新たなステージに到達するには、考査が踏み込まなければ話が進まないだろうと感じ、自分が覚悟を決めざるを得ない状況と思い、「やろう」と言った瞬間に部屋の空気が一致団結したのを鮮明に覚えています。

『モザイクジャパン』はそんな"気合い"が必要な作品であり、この作品を経てWOWOWは一歩前に進んだと思います。あの話し合いがなければ、企画自体がその段階で頓挫していたかもしれません。

ただ、気合いだけでなく、そこもやはりきちんとルールにのっとって進めるべきであり、番組の是非について話し合う社内最上位の倫理機関である「放送倫理審議会」でしっかりと議論をしてもらうというステップを踏みました。

そこで出た制作の条件として、「考査がしっかりと最後まで責任を持って関わる」ということで、該当するシーンの撮影に関して、私が現場に入って、そこで判断をして慎重に進めていく約束をしました。

――現場では実際にどんなやりとりがあったのでしょうか? 髙橋さんの指摘で変更されたシーンなどもあったのでしょうか?

岡野真紀子プロデューサーが非常に熱心で積極的で、すごく助けられましたね。演出も日本テレビの重鎮である水田伸生監督(※ドラマ『Mother』『anone』などの社会派のヒット作を、本作の脚本・坂元裕二氏とのコンビで送り出してきた)で、よく分かってらっしゃる方だったので、現場に入ってみたらとてもスムーズでした。

現場では、例えば性交シーンでは、男女が重なっている下半身の部分に「あの箱を置いてみましょうか?」とか「カメラの角度をこちらにしてみましょうか?」といった提案をして、いい具合に下半身を隠したり、ちょうどよく性描写をテレビ的に適正な形で見せられるような塩梅で調整していただきました。

監督が「カット!」と言った映像に関して逐一、私がモニターでチェックし、監督の耳元で「OKです」とささやき、撮影が進行していくという流れで、それはちょっと気分がよかったですね。少しだけ監督気分を味わいました(笑)。

――本作では、性的な描写に関して、もので隠したり、角度でうまく見せたりはしていますが、モザイクは使用していませんね。それは当初からの方針だったのでしょうか?

そうですね。タイトルは『モザイクジャパン』ですが、あくまでもAV業界のモザイクを示しているので、最初からモザイクは作品の中では使わない方針でした。編集の段階で映像に修整を加えるというのは手間ですし、せっかく我々が現場にまで入るのであれば、そのまま見せられるように調整したいと思っていました。

――この『モザイクジャパン』という作品は、髙橋さんにとってどのような経験であり、その後の考査の仕事にどのような変化をもたらしましたか?

やはり「R15+指定相当」のドラマにチャレンジしたという経験は、少なからずその後の考査の仕事に影響を与えていると思います。

といっても、判断基準に関して軸がぶれることはなく、あくまでも内規や放送基準にのっとっているのですが、私自身の腹積もりとして、WOWOWはこのステージにトライする懐の深さを持った放送局であり、今後、そのステージで作品をつくっていくことができるという自信になりました。おそらく現場の方々にとっても、そういう自信につながったのではないでしょうか。

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『モザイクジャパン』以降、まだ「R15+」相当の作品にトライはしていませんが、それ以外の作品でも性表現に対して怖さはなくなりましたね。"通常業務"としてやっていけるという自信――それは一定のラインに到達したという経験がそう思わせてくれるのだと思います。

判断基準は「より美しく」? 制作現場の勇気を潰さないために考査ができること

――「判断基準の軸がぶれることはない」という言葉がありましたが、ぶれずに軸を保ちつつ、やれることの幅を広げていくことができるというのは、非常に良いことですね?

それはとても大事なことです。"線引き"というのは決して「この線を越えたらダメ」というたぐいのものではないと思っています。線は存在しますが、その線の一定の範囲の中で、どこまで行けるのか? というのが重要であり、『モザイクジャパン』はそのギリギリのところまで攻めきれたのだと思います。

それぞれのコンテンツごとに欠かせないメッセージがありますし、その作品が社会に果たす役割というものもあると思います。その役割のためには、こういった表現にトライしても、視聴者のみなさんに理解して共感していただける――そうした部分がおそらくチャレンジする勇気になるんじゃないかと思います。その勇気を潰してはいけないので、その方法論について日々、ガイドラインなどを駆使して考えていくことが求められます。

最終的に私の判断で線引きをするというのが与えられた役割ですが、あくまでもその判断は放送基準と内規にのっとって、視聴者と制作者双方に納得していただける考査判断をしていくということが大事です。

じゃあ、私の判断基準とはどこにあるのか? それは「白黒つける」とか「これが正しくてこれは間違い」というものではなく、「この判断がより美しいのではないか?」というようなことが基準なんじゃないかなと思うことがありますね。何がみなさんにとって一番"美しい"判断に近いのか? 自分の判断について自問自答する時、そこに最もいい塩梅があるんじゃないかという気がします。

90年代に「表現の自由」を巡る議論を巻き起こした『美しき諍い女』 現在なら修整すべき?

――18年にわたって考査の仕事をやられてきて、時代の変遷を感じることはありますか?

私にはお師匠さんがいまして、非常に論理的に「表現とは?」といったことについて熱心に追求されてきた方でした。映倫でまだ「R-15」といった区分が整備される以前のことですが、『美しき諍い女』というフランス映画が公開され、そこに女性のアンダーヘアが映っていて、その作品が日本で上映されることがかなり話題になったんですね。

いざその作品をWOWOWで放送するということになり、従来であればテレビの放送にヘアが出てくるのはご法度でしたが、当時「これは芸術である」として、WOWOWはそこにトライしました。それは当時、大ニュースだったし、いまでもそうだと思います。

それから25年以上が経って、私がもう一度、この作品を考査した結果、いまの基準では「ヘアを修整すべきである」というのが判断です。師匠の判断を覆すことになってしまいますが、当時はそれが議論になっていたからこそ、「表現の自由とは?」について、我々がメッセージを発信することに意義があったと思います。

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以前は視聴者が直接、電話や手紙で放送局やBPOに批判の声を寄せていましたが、いまの時代はSNSも発達して、誰もがリアルタイムでスピーディーに意見や批判を発信することができるようになっています。こうした状況も踏まえると、世の中の倫理観は、意外にも昔より厳格になっているのかもしれません。

当時は表現の自由を守る目的で放送されたかもしれませんが、現在では世間の批判も事前に察知した上で、青少年の健全な育成のために、しっかりと(修整して)対応しましょうという判断を下すことになると思います。

SNSなどを通じた発信がスピーディーだからこそ、我々の判断もよりスピーディーにしていかなくてはならないということも実感していますね。

すべての人が安心して見られ、仕事ができるために...自問自答の日々

――改めて、髙橋さんが考査の仕事をされる上でよりどころとしていることはどんなことでしょうか?

放送に関わる仕事というのは職人的な色合いが濃い仕事だと思いますが、その中でも考査はより職人的な要素が強い仕事だと感じています。私たちは"考査マン"という言い方をするんですが、私には師匠が2人いまして、ひとりは採用の面接で顔を合わせた最初の上司。その方は私に、「考査は感想文を述べる仕事ではない」と常々言っていました。それは、冷静に客観的に判断しなさいという意味だと思っています。

もうひとりの師匠は、八巻信生さんという、長く地上波の放送局でも考査をやられて、WOWOW開局時に、考査としていろんなルールを整備された重鎮の方でした。「美しき諍い女」を"芸術だ"と主張された正真正銘の考査マンです。私が入社した当時はもう退職されていたんですが、時折オフィスにいらして「髙橋くん、考査とはな...」という調子でいろんな話をしてくださって、かわいがっていただきました。

私が考査の仕事を始めて3年目くらいだったと思いますが、八巻さんが「髙橋くん、僕の考査の資料をすべて君に渡すよ」とおっしゃってくださったんです。私は「おい、髙橋、頼むぞ」と後を託されたような気がして、自分は本当に考査マンを目指してやっていくんだなと思ったんですね。

その八巻さんがしばらくお見えにならなくなって、電話すると奥さまが「実は入院していて、もう危篤で...」とおっしゃったので、すぐに病院に駆けつけたんです。私が声を掛けると、昏睡状態だった八巻さんがバッと目を開けられて「おぉっ、髙橋くん」と起き上がって、そんな状態であったのに「考査とはな...」という感じで語りかけてくれました。それが最後の教授だったんですね。

それから間もなくして亡くなられたんですが、八巻さんにいつも言われたのが「考査マンを目指しなさい。そして常に自問自答しなさい」ということでした。私はあっけらかんでお気楽な性格なので(笑)、会社を一歩出るとスイッチをオフにするのですが、そんな状態でも、どこかでいま読んでいる台本のことを常に考え続けている気がしていて、それは師匠の教えなのかなと思います。

18年やってきましたが、八巻さんが今の私のことを考査マンとして認めてくださっているのかな・・・・・ ということが、私の心のよりどころになっているのかなと思います。

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――考査を務める髙橋さんが考えるWOWOWが今後、目指すべき方向性、そして髙橋さんご自身の目標があれば教えてください。

まずいま私が一番大事にしているのが、いまお話した師匠からの教え、そしてWOWOW開局以来の倫理観というものを次の世代に継承していくこと――それが私の最大の目標です。

そして、WOWOWにはやはりどんどん攻めてもらいたいということですね。もっともっと、本当に遠慮せずに攻めてもらいたいです。みなさんの心に刺さる、世間をざわつかせてしまうくらいセンセーショナルな作品にトライしてほしいです。

そのために私たち考査がいます。私たちが精進し、考え、魂を込めて考査しますからとにかくトライしてください。

――最後になりますが、WOWOWのM-25旗印では「偏愛」をキーワードとしています。ご自身にとって仕事をするうえでの「偏愛」、仕事をするうえで大切にしていることを教えてください。

おそらく考査という仕事は、世のため、人のためのものであり、決して自分のための仕事じゃないと思ってます。自分の立場や煩悩にとらわれてしまわないように自らも律しなくてはいけないと常に思っています。

世の中の人が安心して楽しみ、そして創り手も安心して仕事ができる――すべての人が安心して観ることができて、安心して仕事に取り組み、安心して放送することができる――そのために精進していかなくてはいけないと思っています。

――自らを律するために、またフラットな視点で作品について考えられるように普段から意識していたり、ルーティンで取り入れていることなどはあるんですか?

作品を観ると、人間ですからどうしても感情が揺さぶられて影響されてしまうものです。観た直後は興奮しているので、そんな状態で考査判断はしづらいですから、場合によっては1~2日、冷却期間を持つようにしています。それが先ほどから言っている、自問自答の時間なのだと思いますし、それは考査のメンバーでも共有していますね。

あとは、オフで映画館にアクションやSF作品を見に行って、スイッチを切り替えるようにしたり、しっかりと心を委ねて楽しめる作品を観るようにしています。最近では『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』という韓国ドラマを観まして、非常に実直な男性が出てくるんですけど、「あぁ、こういう誠実な人になりたいなぁ」と思いながら観たり(笑)。そうやって時々、自分の心をなだめることもするようにしています。

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