2022.01.26

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現場で捉えた俳優の"表情"から逆算して作品を組み立てる 「前科者」岸善幸監督が編集を他人に任せない理由

映画『前科者』監督 岸善幸

現場で捉えた俳優の

菅田将暉に日本アカデミー賞最優秀主演男優賞をもたらした映画『あゝ、荒野』など、次々と話題の作品を世に送り出している岸善幸監督。多くの俳優が、その作品への出演を熱望する、いま最も注目を集めている監督のひとりである。その岸監督がWOWOWと初めてタッグを組んで、刑務所から出所した元受刑者に寄り添う保護司の姿を描くオリジナルドラマ「前科者-新米保護司・阿川佳代-」(全6話)が去年11月より放送されており、さらにドラマから3年後を描く映画『前科者』も2022年1月28日(金)より公開となる。

香川まさひと(原作)・月島冬二(作画)による人気漫画を原作にした本作だが、映画版では原作の設定を活かしつつ、岸監督が自らオリジナルのエピソードによる脚本を執筆。ドラマに続き、有村架純が主演を務め、元受刑者役として森田剛が出演している。今回のFEATURES! には岸監督にご登場いただき、本作の見どころやWOWOWでのドラマ作り、さらに自身の仕事観などについてたっぷりと話を聞いた。

原作に忠実に作り上げたドラマ版、原作の設定を活かしつつオリジナルエピソードで挑んだ映画版

――今回、WOWOWでドラマ「前科者-新米保護司・阿川佳代-」と映画『前科者』を作ることになった経緯について教えてください。

最初はWOWOWの映画プロデューサーである加茂義隆さんから「小学館から出ている『前科者』という漫画を原作にドラマと映画の両方を作ることを考えています。やっていただけませんか?」とお話をいただきました。漫画を読ませていただいたら、保護司という職業の主人公がいて、そこにいろんな罪を犯した人たちがやって来るという、非常に面白い話だなと思ってお引き受けすることになり、そこからドラマのプロデューサーであるWOWOWの井口正俊さんと、加茂さん、日活の西村信次郎プロデューサー、うちのスタッフで脚本化に向けてスタートを切りました。

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――ドラマに関しては1話が30分弱の全6話ということで、通常の1時間のドラマと比べ短い構成になっています。

いまは動画配信のドラマでも、リミテッドシリーズなどでそういう作りの作品はあるので、珍しいとは感じなかったですね。作る側としては2時間であろうが30分であろうが、意識はあまり変わらないですし、ありがたいお話だなと思いました。

――ドラマ版は脚本を『あゝ、荒野』でもご一緒されている港岳彦さんが担当されています。原作からのエピソードの選択やドラマのための脚本化はどのように?

全6話で三つのエピソードを描いているので、3人の元受刑者と保護司・阿川佳代がどう対峙するか? ということになるんですが、本当は泣く泣く落とした素晴らしいエピソードがもう一つあったんです...。もしも今後、シーズン2を作ることになったら(笑)、やることになるかもしれませんが。

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ドラマと映画の役割で言うと、最初に加茂さん、井口さんから言われていたのが、ドラマはある程度、漫画原作に忠実に作りたいけど、映画は設定を活かしつつオリジナルでということで、それはすごく面白いなと思ったんですよね。なかなかないことですから。

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原作「前科者」

香川さんが原作でいろんな元受刑者を登場させたように、僕も保護司を描く上で扱いたかった事件がいくつかあって、打ち合わせの際に新聞の切り抜きなどを持っていき「こういう事件にインスパイアされたエピソードを盛り込みつつ、ストーリーを作りたい」と提案しました。そこで港さんともお話をして、ドラマを港さんにお願いし、映画の脚本は僕にやらせてほしいと言いました。

――ドラマを見ると、説明的なセリフはあまりなく、ごくシンプルに保護司の佳代が元受刑者たちと関係を築いていくさまが描かれているように感じました。原作の映像化という点で大切にした部分はどういったところですか?

原作の漫画そのものが非常にシンプルなつくりなので、原作から何かを削ぎ落としたというよりは、香川さんの了解のもと、むしろこちらからいろんな要素を加えているんですよね。

保護司って、言ってしまえばすごく地味な仕事なんです。多くの時間を保護観察対象者である元受刑者と"向き合う"ことに割くわけです。

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映画『前科者』より

それってほとんどが対話になるので、なかなかアクションが起きないんですね。だからこそ各話で動きがありそうな場面は、とことんアクションを起こそうと思いました。ドラマの冒頭で自転車で転んで鼻血を出すシーンも、実はものすごく時間をかけて撮ってます(笑)。

――かなりの出血量があり、冒頭からインパクトがありました。

ああいうところはすごく力を込めましたね。有村さんが前向きにどのシーンにも挑んでくださったので、どんどん"お題"が増えていくんですね。有村さん、何でもやれるじゃん! という感じで(笑)。

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映画から時をさかのぼって役を作り上げていった有村架純のすごみ!

――ドラマと映画の両方を撮影する難しさはありませんでしたか?

僕のほうはなかったんですが、有村さんはすごくあったんじゃないかと思います。最初の撮影がドラマではなく、ドラマから3年がたっている映画のシーンだったんです。ドラマのほうも1、2話ではなく3、4話からのスタートでした。

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ドラマ第4話より 保護観察対象者を演じる大東駿介と

――有村さんは、時間をさかのぼりながら役を作っていかないといけなかったんですね。

そうなんです。かなり大変だったと思います。

――映画とドラマを同時に制作していくことで、これまでの映画制作とはまた違った面白さや新たな発見はありましたか?

それもあまりなくて、なぜかというと現場で演出で向き合う部分に関していうと、ドラマと映画で違いはそれほどないんです。映画に関しては多くの人に観ていただくためにこうした取材も含めたプロモーションの時間が多くありますけど、現場で「面白い作品を作るために」という意味での向き合い方は同じなんですね。

今回は特に設定が同じで、佳代が住んでいる家も変わらず、そこにドラマで3人、映画で1人の元受刑者を迎えるということで、そこでさほど変化や違いを意識したことはなかったですね。

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ドラマ第3話より

――主演の有村さんに保護司の佳代を演じてもらう上で要求したことや、方向性として伝えたことなどはありましたか? 有村さんは、監督がシーンを撮るごとに「いまの佳代はかわいかったです」「いまのはキレイでした」と感想を伝えてくれたとおっしゃっていました。

演出家としてのスケベ心で言うと、僕は有村さんの"新しい顔"が撮りたいんですよ。そして、この題材だからこそ、有村さんの新しい顔が撮れるという確信もありました。演出家の立場としては、これまで有村さんが見せてきた良い表情というのはたくさんありますけど、この作品だからこそ撮れる、いままで見たことのない表情ってあるんじゃないか? と思っていました。

そうすると、シーンを撮るごとに一つ一つ、自分の中で咀嚼(そしゃく)していかなくてはいけなかったんですね。「この表情ってどういう表情だろう?」「俺が撮ろうと思っていた有村さんはこれでいいのかな?」と考えるわけです。でも、いろんな状況、条件ごとに表情って変わるじゃないですか。それで撮影3日目くらいに"キレイな佳代"と"かわいい佳代"が撮れたらこの作品は成功だって思えたんですよね(笑)。

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"キレイな佳代"というのは実は、すごく痛めつけられている時の佳代で、そういう時、ものすごくキレイになるんですよ。"かわいい佳代"というのはそれ以外のシーンですね。生来、有村さんが持っている魅力と言いますか、それは断然"かわいい"んです。でも、この作品で佳代を演じている中で、有村さんがものすごく美しくなる瞬間があって、いろんなハードルが目の前に出てきたときに、本当に良い顔をするんですよ。
自転車で転ぶシーンの一連の表情は、なかなか見られないものだと思います。先ほども言いましたがあそこは集中して力を込めて撮りましたね。

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ドラマ第5話より 保護観察対象者役の古川琴音と

――現場で監督が「もっとこうして」と要求したりしたことは?

それがないんですよ。それこそが有村さんが有村さんたるゆえんなんですかね。1カ所だけ、映画の終盤に有村さんと森田さんが向き合う場面で少しだけ話をしましたね。佳代が自分の体験を話すシーンなんですが、そのとき、どんな想いで自分の過去を話すのか? 最初のテイクの有村さんの演技が間違っているわけではないんですけど、それとはまた別の表情はないか? というリクエストを出しました。最終的にどちらのテイクを使ったのか、いまは思い出せないんですけど...。そこ以外は基本的にお任せでした。

牛丼を食べる森田剛の姿を見て得た"確信"。有村架純vs森田剛のクライマックスシーン

――いまのお話にも出ましたが、映画では元受刑者を森田剛さんが演じていますが、森田さんとはどのようなやりとりを?

やっぱり森田さんに関しても「ここはこうしましょう」なんていうやり取りは基本的にないんですよね。顔合わせで脚本について話をして、衣装合わせの日に確認をしたくらいで。

森田さんの撮影の序盤で、森田さんが演じた工藤が牛丼屋で牛丼を食べるシーンがあったんですが、実際には森田さんが、牛丼を食べるのは25年ぶりだったそうなんです。普段からあまりたくさん食べる方ではないんですけど、3杯くらいは食べてもらったと思います。有村さんにもラーメンを4杯は食べてもらいました(苦笑)。

ただ、そこで森田さんが牛丼を食べるたたずまいを見て「あぁ、もう出来上がってるな」とわかったので、あれこれ言うことはないなと思っていました。

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映画『前科者』より

――有村さんと森田さんが対峙するシーンはいかがでしたか?

クライマックスのシーンの撮影の日、現場にスタッフは50~60人いたと思うんですけど、2人が現場に入ってくると、醸し出すオーラがすごすぎて、サーっと引いていくような感じでかなり緊張していました。おそらく有村さんも森田さんも、良い意味での緊張感を持っていたと思いますが、僕らスタッフにはそれをしっかりと撮り切らないといけないという緊張感がありました。

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映画『前科者』より
 

とくに自然光を大切にして撮影を行なっていたので、時間がたつごとに光が変わってくるんですね。そこを含めて時間内にきちんと撮らないといけないという焦りもあり、アクセルとブレーキを使い分けつつ撮影していました。

テストなしの本番! セオリー通りの撮影ではないからこそ生まれるもの

――岸監督は本作を含め、これまでの作品で編集も自身で担当されています。編集は専門の編集スタッフが担当するという作品が多い中で、他人に任せずに自分で編集を行なうということに関して、強い想いがあるのでしょうか?

おそらく、撮影のやり方がセオリー通りではないというのがあると思います。カメラ割りはせず、役者さんに良いお芝居をしてもらえるような撮り方というのを考えているんですね。そこで捉えた表情を大切にしたいというのがあって、自分で編集をするようにしています。

――セオリー通りの撮影ではないということに関しては、テストを行なわず、段取りを説明したら、すぐに本番に入るとも伺いました。こうした手法は、これまでフィクション作品だけでなく、ドキュメンタリーやノンフィクション作品を手掛けてきた経験なども影響しているのでしょうか?

そうですね。昔、セオリー通りにリハーサルをやった時に、ものすごく良い表情を撮り逃した経験があるんですよ(苦笑)。カメラで録画されていない状態で、モニターを見ながら、そのお芝居に感動して泣いてしまったんですよ。そこから「じゃあ本番いきます」となったら、その演技は二度と出てこなかったんですね...。

役者さんってプロですから、台本を読んで「こういう芝居をしよう」と考えて現場にいるわけです。まず自由にやってもらって、それを撮ってしまったほうが、もしかしたらポテンシャルが高いんじゃないか? とくにいまは、昔のようなフィルムじゃないですから、とにかく撮ってしまったほうがいいなと。ダメだったら、次のテイクでと。そうするとスタッフにも緊張感が生まれて、すごい画が撮れる時があるんです。

先ほどの編集の話に戻りますと、そこで撮った"すごい画"があって、僕はそこから逆算して編集していくんですよね。マスター(=マスターショット/基本となる位置から撮影されたショット)があって、この人がセリフを言って...というセオリー通りの流れで撮られた映像を元に編集する流れであれば、おそらく1週間でつなげる(=編集を終える)と思うんですけど、僕が編集すると2カ月かかってしまう理由がそこなんです。

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もちろん脚本はあるけど、撮影していく中でいらないセリフも出てくるわけですよ。そのセリフじゃなく、表情ひとつのほうが良かったりすることもあります。加えて、普通のドラマだと、基本的にセリフをしゃべっている人の顔を中心につなぐものですけど、僕は、誰かがセリフを言っていて、それを聞いている人の表情だけを映して見せたりすることもあるんです。その方が面白いと思ったからですけど。

――現場で捉えたお芝居、表情から監督自身が感じたインスピレーションをベースに完成形を組み立てていくので、他人に任せられないんですね。

もちろん、それができる編集マンはいると思います。実際、海外の作品などを見ていて「あぁ、この編集、わかる!」と感じることはあります。ただ、海外の作品の場合、撮影の体制として編集スタッフも現場に足を運んで撮影を見ていることが多いんですよね。そういう違いもあるのかもしれません。

例えば今回のドラマの第1話で、有村さんが演じた佳代と石橋静河さんが演じるみどりが初めて顔を合わすシーンを撮るとき、どちらから先にカメラを回すか? 僕はカメラマンとすごく話し合いました。

220126kishiD_#1_1V0A6382.jpg    ドラマ第1話より 石橋静河演じる みどり

初めて元受刑者を迎える新人保護司の顔を撮るのか? それとも少し緊張しつつ、やさぐれたみどりがどういう表情をして佳代の元にやって来るのかを追いかけた方がいいのか? それをどうするかによって、次のシーンも変わってくるわけです。ちなみにあのときは有村さんのほうを撮ったと思います。

常に意識しているのは「次にまた仕事が来るための」作品づくり

――ここから、岸監督のお仕事観などについてお聞きしてまいります。今回、WOWOWでドラマを制作されてみて、いかがでしたか? これまでWOWOWに対して抱いていたイメージなどを含め教えてください。

ドラマと映画に関して言うと、本当にレベルが高いという印象はありました。特にドラマですね。以前は、映画を撮っている方がドラマの演出をするという時代があって、制作会社として企画を提案するときに、(演出家が)これまでどういうフィクションの映像を撮ってきたか? というのを問われていたんですね。

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それと同じで、WOWOWがドラマのグレード、品質を守るために、映画のスタッフを起用していたということは、作品を観る側からしたら、確実にWOWOWのドラマの価値を高めてきたと思います。ただ、作り手としては「ちょっと敷居が高いなぁ...」と感じる部分もありました(苦笑)。

決して声高に「クオリティーの高いものを作るんだ!」と叫んでいるわけではないんですが、そういう制作者が集まってきているように感じましたね。ある種の"とりで"というか、それは良い意味での敷居の高さだったんだなと、今回、初めてお仕事をさせていただいて思いました。ここで撮らせてもらえるというのは、どこかで自分を認めていただけたという感覚がありますね。

仕事に関しては、本当にやりやすかったですね。プロデューサーのみなさんは僕よりも年下ですけど、言いたいことはきちんと言ってくるし、それが正しければこちらも受け入れました。

僕は基本、ディレクターであり、TV番組ではプロデューサーをやったこともありますが、プロデューサーの仕事は、物理的な面から精神的な面も含めて、どれだけ環境を整えられるか、ということに尽きると思います。そういう意味で今回は「やりたいことをやっていただきたい」と最初に言ってもらえましたし、すごくやりやすかったですね。

――最後に、岸監督が仕事をする上で"軸"となっていること、大切にしている哲学などを教えてください。

"次にまた仕事が来るための"作品というのは常に意識していますね。僕らが表現するための場所というのは、多くは誰かに与えてもらわないといけないんです。今回のようにWOWOWでドラマと映画を作らせてもらって、それがWOWOWに限らず、他のところからの仕事につながるということでもいいんですけど、作り手を応援してくれるようなプロデューサーの方たちに見ていただくということは意識しています。そもそも前提として今回、僕がこの作品の依頼をいただけたのは、加茂さんや井口さんが前に僕が作った作品を観てくださったということなので。そこはいつも考えています。

■映画『前科者』
2022年1月28日(金)全国ロードショー

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■WOWOWオリジナルドラマ 前科者 -新米保護司・阿川佳代-(全6話) 
WOWOWオンデマンドで配信中(全6話)

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取材・文/黒豆直樹  撮影/祭貴義道