クオリティーの高い作品が評価される。その〝当たり前〟を目指す製作者集団であってほしい
作家 池井戸潤 / WOWOW制作局ドラマ制作部エグゼクティブ・プロデューサー 青木泰憲
年齢、性別を問わずすべての人の心を捉え、ワクワクさせるエンターテインメントを――それが作家・池井戸潤の目指すところ。ビジネスシーンをはじめとした、実社会に根ざしたヒューマンストーリーは、ドラマ、映画と数多くの映像化作品に発展し、大きな反響を呼んでいる。
WOWOW連続ドラマWでも、2009年放送の「空飛ぶタイヤ」を皮切りに、これまで5作品を制作、放送。そしてまもなく、2017年放送のドラマ版に続いて『アキラとあきら』が、8月26日に新作映画としてスクリーンに登場しようとしている。
小説にとって最良の映像化とは? また、物語の紡ぎ手として、映像製作者に望むこととは? 映画を含め全作品の製作を手がけたプロデューサー・青木泰憲が、池井戸氏に尋ねた。
生みの親と育ての親、二人で育てた
『アキラとあきら』は、社会人の青春物語
――2017年の連続ドラマW版の放送に続き、まもなく公開となる映画『アキラとあきら』。試写をご覧になった感想をお聞かせください。
池井戸 制作、お疲れさまでした。非常に力強い作品で、脚本も構成も緻密な完成度の高い作品だと感じました。
脚本と構成のよさが表われているのが、ビジネスシーンの描かれ方です。冒頭の新入行員研修の場面からラストまで、不自然な場面が一切なかった。銀行監修がしっかりしていたことも勝因でしょう。しかも、もっとも感動させる場面が、2人の主人公たちがビジネスでの成果を出すシーンであること。無理に恋愛を絡ませたりせず、銀行員としての仕事をきちんと描いた上で感動させる、そんなふうに正面から作品と向き合って完成させたところが、実にすばらしかったと思います。
山崎瑛(あきら)役の竹内涼真と
階堂彬(あきら)役の横浜流星
映画『アキラとあきら』8月26日全国ロードショー
青木 ありがとうございます。関係者の皆さんにも喜んでいただけて、まずはホッとしています。
池井戸 原作の「アキラとあきら」も、もともとは青木さんが世に出してくださった作品でもありますね。
青木 いえいえ。最初に池井戸さんの文芸誌での連載(2006〜09年、小説誌「問題小説」に連載)を読ませていただいて、どうしてもドラマ化したいという想いがフツフツと湧いて、お願いのメールを差し上げたという次第で。
池井戸 実はこの作品、書き上げたもののなんとなく出来が気に入らなくて、半分棺桶に突っ込んだような状態で長年放っていたものでした。しかし、青木さんが非常に熱いオファーをくださり、連続ドラマになりました。
2017年放送の連続ドラマW「アキラとあきら」(全9話)
2022年8月28日(日)午後1:00~WOWOWプライム一挙再放送
WOWOWオンデマンドで配信中
ドラマでは階堂彬役を向井理が、山崎瑛役は斎藤工が演じた
青木さんは僕にとって、数少ない〝信頼できるエンタメの読み手〟のひとりなんです。小説を発表して読んでもらうと、ほとんどの人は面白いと言ってくれますが、その中には、本当はそう思っていないけれど褒めてくれている人も含まれているんですよね(笑)。でも、青木さんはそういう方じゃない。しっかりと読んでくれて嘘は言わない青木さんがこれだけ言ってくださるんだから、「アキラとあきら」には何か魅力が眠っているに違いない、そう信じて手直しに取り掛かったんです。具体的には、1300枚あった連載分を600枚ほど削り、さらに200枚を書き足すという大工事になりました。
青木 連続ドラマWの放送と同時に書籍として刊行されましたが、あらためて読ませていただくと、連載時とは微妙に物語の軸が変わっていることに気付きました。連続ドラマWのベースにした連載分は、御曹司の階堂彬のほうに力点があったように感じましたが、完成した文庫版ではどちらかというと山崎瑛の方にシフトしている。じゃあ、今度は2人の主人公のバランスの入れ替えをして、映画化をしてみたいと......。これだけのご苦労をかけた池井戸さんのためにも、もうひと花咲かせたいという使命感もありましたし。
映画『アキラとあきら』より
池井戸 ハハハ。僕は生みの親かもしれませんが、「アキラとあきら」の育ての親は青木さんですね。
青木 社内的にも、ドラマ制作部はドラマだけを作るといった縛りがなくなり比較的自由な雰囲気になったこともあり、自分が映画を手掛けることも可能になったということもありました。そして、連続ドラマWを一度作ったことで、映画にするときにどこを強調するか、逆にどこを圧縮すればいいかがなんとなく判断がつくようになってもいた。ですから、映画の構成をするときには、もう迷いはなかったですね。タッグを組んだ東宝さんも熱心にドラマを観てくださっていて、「あのシーンがよかったから映画にも入れましょう」と言われたこともありました。
映画『アキラとあきら』より
恋愛映画を数多くヒットさせている三木孝浩監督の起用は、僕が提案しました。以前WOWOWで監督された「闇の伴走者」シリーズを観て、非常に面白くできていて器用な方だという印象があったことと、竹内涼真さん、横浜流星さんと主人公たちも若く、池井戸さんの作品の中でもフレッシュさが持ち味のこの作品には、青春を撮り慣れている三木さんが適任ではないかと感じたんです。
三木孝浩監督作品:
連続ドラマW「闇の伴走者」(2015年)(左)
連続ドラマW「闇の伴走者〜編集長の条件」(2018年)(右)
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池井戸 とても適任だったと思います。登場人物の心の動きが生き生きと躍動できるかどうかは、作品の生死を決めるポイント。これまで映像化された僕の作品は、どちらかというと勢いと迫力が勝っていて、登場人物の心の機微にまで踏み込んだ描写というのはあまりなかったように思います。三木監督は、それを丁寧に描き出す演出をしてくださった。人間ドラマであるという点に立ち返れば、恋愛ものも企業を舞台にした物語も、同じ原理で作ることができるはずなんですよね。そこを踏まえて期待以上の映像に仕上げてくださったことは、原作者として非常にありがたいことでした。
映画『アキラとあきら』より
いいものを観るために、お金を払っている。
読者、視聴者の信頼を裏切らない堅実な作品作りを
――WOWOWがこれまでに放送した池井戸潤さん原作のドラマは5本。制作はどのように始まったのでしょうか。
青木 WOWOW最初の池井戸作品は、2009年の「空飛ぶタイヤ」ですね。当時、WOWOWは連続ドラマWを始めたばかりで、僕としては良質な群像劇の原作を探していました。登場人物それぞれの目線で物語が組み上がっているけれど、主人公の目的意識が明確にあって、埋もれないもの。そして、できれば社会性とサスペンス色があって、最後には大きな感動を得られるもの......そのイメージに、池井戸さんの「空飛ぶタイヤ」はピッタリだったんです。ですから、作り始める前から「これはいいものにできるぞ」と自信が持てていました。
連続ドラマW「空飛ぶタイヤ」(2009年)
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池井戸 初めて顔合わせをしたとき、青木さんから「池井戸さんがいまここで『うん』と言ってくれたら、制作決定です」とおっしゃったのには、驚きましたね(笑)。当時はまだ直木賞を受賞する前で、映像化のオファーはたまに来るけれども、ほぼ通らないのが通例。しかし、そこまで話を取りまとめてきてくださったのだから、僕としてはうなづくしかありません。出来上がったドラマも、骨太な仕上がりでした。
青木 老若男女、この作品を読んで面白くないと感じる人はまずいないだろうなという確信がありましたので......。現在、連続ドラマWのカラーの一つとなっている社会派ドラマの系譜は、「空飛ぶタイヤ」のヒットから生まれたものだと思っています。
続く2011年の「下町ロケット」は、撮影中に池井戸さんが直木賞を受賞されて、現場も盛り上がりました。
連続ドラマW「下町ロケット」(2011年)
WOWOWオンデマンドで配信中
池井戸 そうでしたね。ちょうどいいタイミングでした。
青木 2014年の「株価暴落」は群像劇でもありましたが、基本的にはサスペンス。前2作に比べると、どちらかというと織田裕二さん演じる主人公が主軸の展開になりました。
連続ドラマW「株価暴落」(2014年)
WOWOWオンデマンドで配信中
池井戸 WOWOWの、とくに青木さんのドラマ作りは、まずストーリーありきのキャスティングがなされている、そこがすばらしいと思います。民放のドラマだと、キャストを押さえて、日にちを確保して、それから物語を......という流れになることがあるようですが、その逆を行っていますよね。
そして、何といっても脚本がよく練られていること。撮影前にいつも脚本を一通り読ませていただくのですが、WOWOWさんのものは、大幅な手直しをすることはまずありません。大人主体の契約者の眼鏡にかなう、しっかりと落ち着いた作りになっているのも大きな特長だと思います。
青木 ありがとうございます。WOWOWの視聴者の方々は、お金を払って観てくださっているわけですから、クオリティーの低いものは絶対にお届けできない。その意識は、我々製作者の側にも当然強くあります。もちろん、より多くの方に観ていただきたいわけですから、視聴率がいいことは大前提ではありますが、観て満足できないものだった場合は逆に視聴者の方々を裏切ることになってしまいますから。
池井戸 コロナ禍の最中に放送された「鉄の骨」(2020年4月)も、力のこもった作品でした。
連続ドラマW「鉄の骨」(2020年)
原作:池井戸潤「鉄の骨」(講談社文庫)
WOWOWオンデマンドで配信中
青木 「鉄の骨」は原作を読んですごく好きになったのですが、先に他局で制作されたドラマが自分のイメージしたものと違っていたので、いつか自分なりの解釈でやりたいと思っていた作品でした。原作のファンの方々には喜んでいただけていると思います。
池井戸 かねてから、WOWOWのドラマを観る方々と、僕の小説の熱心な読者の方々は、けっこう一致しているのかもしれないなと感じています。年代的には40代から70代くらいまでで、ビジネス経験があって、社会の現場をよく知っている......だから、WOWOWの堅実で地に足のついた作品がフィットするのではないでしょうか。
作り手の工夫と意識の高さが試される
高品質なドラマ作りを、一丸となってこれからも
――そして現在は、10月放送予定の連続ドラマW「シャイロックの子供たち」の撮影中。長編作品ではない、連作短編集を原作とするドラマ化は、今回が初めてですね。
池井戸 この作品の映像化は、普通に考えるとできないんですよ。銀行の一つの支店に勤務するさまざまな銀行員とその家族の物語をオムニバスで描いた10編の連作という構造上、ほぼ無理というか、非常に難しい。いままでにも何度か映像化のお話はありましたが、バラバラに展開する物語を一つに構成する相当の手腕がなければ無理だろうと、すべてお断わりしてきました。
青木 確かにそうですね。でも、「鉄の骨」が自分の中で納得のいく出来上がりになったときに、次はぜひ「シャイロック〜」に挑戦したいと思いました。
多くの登場人物がいる中、支店の万年課長代理・西木(井ノ原快彦・演)を主人公にすることはすぐに決まったんですが、彼は物語の途中で謎を残して突然姿を消してしまいます。
連続ドラマW「シャイロックの子供たち」より
西木演じる井ノ原快彦
彼はなぜいなくなったのか、彼はいったいどうなるのか、小説でも描かれ切っていないその結末をドラマで描くことが、果たして許されるのだろうか?と、ずいぶん悩みました。脚本家とプランをいろいろと考えて、眠りながらも眠れないような日々が続いて、池井戸さんにも一度ご相談を差し上げました。
池井戸 そうですね。西木の消えた理由やその意味付けをどうするかがこの物語の肝であり、作る側にとってはかなりの工夫というか、発明が必要になると思います。
青木 最初に打診したアイデアに対して、池井戸さんが非常に長文の丁寧なアドバイスを書いて送ってくださったんです。それを読んだとき、僕は「もっと別の発想をしなさい」と言われているのだと感じました。それでまた考えて、考えたまま眠っていたある夜中にふと、解決策がひらめいた。ですから、ドラマ化ができたのは、あのメッセージのおかげだと思っています。
連続ドラマW「シャイロックの子供たち」より
池井戸 子細は覚えていないのですが、たぶん、最初のアイデアには何か矛盾した箇所があって、少し頭で考えたような内容になっていたのではないかと思いますね。10人の製作者がいたら、おそらく10通りの結末が生まれるのではないでしょうか。自分にとっても、「シャイロックの子供たち」は、現在の自分の小説の書き方を決定付けた分岐点となった作品だと思っています。
連続ドラマW「シャイロックの子供たち」より
実は、「シャイロック〜」の映像化を許可したのは、連続ドラマWのほかにもう一つ、来年公開される映画があるのですが......。
青木 映画のストーリーは、僕もぜんぜん知らないんですよ。すごく気になっています。
池井戸 ドラマとはまったく違う解決法になっている、とだけ申し上げておきましょうか(笑)。連続ドラマWの「シャイロック〜」は、矛盾や破綻のない脚本も、堅実なキャスティングも期待通り。原作を大事にしてくださるのがWOWOWであり、青木さんだと今回も思いました。
青木 恐れ入ります。池井戸作品となると、視聴者の方はもちろん楽しみにされていますし、出演する俳優の方々もスタッフも、皆さん、気を引き締めて「絶対いいものにしよう!」と勢い込んでいます。
池井戸 いま、日本のドラマづくりは岐路に立たされていると思うんです。視聴率に振り回されていると、たとえば世界中で人気をさらっている韓国のドラマに勝てないわけで。
青木 そうですね。ここ数年の韓国ドラマのクオリティーの高さには、僕も驚かされています。脚本の練り方が半端じゃないし、俳優の演技も、カメラワークも映像の質感もとてもいい。正直、観ていて勉強になることばかりです。
そうした作り方になるのは、国の事情の違いもあると思います。韓国は人口がそこまで多くないこともあって、最初から世界に打って出ようとしているように思います。国もエンタメ産業を支援していますから。
池井戸 なるほど。
青木 日本にはそこそこ視聴者がいるので、ある程度は国内で賄えてしまう。でも、やっぱりクオリティーの高さがもっとも評価されるようにならなければ......。もちろん、そういうものを評価してくださる視聴者の方々も、とくにWOWOW の契約者の中にはたくさんいらっしゃるので、われわれはそこを目指して頑張っていますが。
池井戸 そのキーマンとなるのが、まずプロデューサーですよね。そしてディレクターですよね。ぜひ、クリエイティブな発想を持って高いところを目指してください。作家としては、これからもそうした志を持った方に原作をお預けしたいと思います。
文/大谷道子 撮影/福岡諒祠
■原作「アキラとあきら」 (池井戸潤著/集英社文庫刊)
■映画『アキラとあきら』 2022年8月26日(金)〜全国公開
公式ページはこちら
■連続ドラマW「シャイロックの子供たち」
2022年10月9日(日)放送・配信スタート 毎週日曜午後10:00
※episode0無料放送(全5話/episode0を含む)
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