2026.08.19

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WOWOWの国内プロダクション第一弾ドラマ「八月の声を運ぶ男」が1年の時を経て劇場公開。完成までの道程と劇場版に込めた想いを監督、プロデューサー陣が語る。

監督 柴田岳志氏
WOWOW プロダクション事業部 チーフプロデューサー 加茂義隆
WOWOWドラマ制作部 プロデューサー 松本太一

WOWOWの国内プロダクション第一弾ドラマ「八月の声を運ぶ男」が1年の時を経て劇場公開。完成までの道程と劇場版に込めた想いを監督、プロデューサー陣が語る。

1000人以上の被爆者たちの体験談を聴き、その声をテープに残したジャーナリスト・伊藤明彦さん。その記録を綴った著書「未来からの遺言 - ある被爆者体験の伝記」が原案となる「八月の声を運ぶ男」がドラマとして昨年8月にNHKで放送された。そして今年、8月21日(金)より本作が全国の劇場で公開される。WOWOWが企画・制作を手掛けた国内プロダクション第一弾となるこの作品に、はたしてどう挑んだのか。柴田岳志監督をお招きし、制作に携わったプロデューサー陣とともに、当時の現場の様子や映画化に向けての想いをうかがった。

戦後80年の節目に生まれた、"作られるべき作品"

──本作は昨年8月にNHKでドラマとして放送されました。当時の反響はいかがでしたか?

柴田 いちばん多かった感想は「主演の本木雅弘さんと阿部サダヲさんの圧倒的な存在感に引き込まれた」といった声でした。また物語として、序盤は被爆者の声を主人公の辻原がいかに集めて残していくかという人間ドラマが描かれていますが、途中から思わぬ方向に展開していく。そこに驚かれた方も多かったようです。

2608_features_august_sub01b_w810.jpg柴田岳志氏

松本 「まさかサスペンスの要素があるとは思わなかった」という声をたくさんいただきました。

柴田 そこがこの作品の肝でもありますからね。

加茂 本作は、決して作中で多くの説明がなされているわけではないんです。それでも、被爆者が語る戦争体験という大きなメインテーマだけでなく、サスペンスとしてのドラマ性も盛り込まれている。そうした監督の狙いがしっかりと視聴者に伝わったことが、我々としても嬉しかったです。

柴田 ご覧頂いた方は本当に多くのことを感じ取ってくれていましたね。たとえば、作品のタイトルである"八月の声を運ぶ男"というのは、人生をかけて被爆者の声を集めている辻原を指しているわけですが、見終わる頃には違う捉え方もできるんです。そこに気づいてくれた方が多かったことにも驚きと喜びがありました。

──そうした話題性も含め、本作はギャラクシー賞テレビ部門大賞や橋田賞、さらには柴田監督が芸術選奨放送部門文部科学大臣賞を受賞するなど、多くの評価を受けました。

松本 昨年は戦後80年という節目でもあり、そのタイミングで放送できたのは非常に意味のあることだと感じていました。そうしたなか、柴田監督が本当に素晴らしい作品を作ってくださり、それがそのまま評価に繋がったことは素直に嬉しかったです。

柴田 私は監督としてのオファーをいただいたときから、"これは絶対に作られるべき作品だ"という強い想いがあったんです。ただ、派手さがない内容なだけに懸念もあったんですね。言ってしまえば、ふたりの男が四畳半の狭い部屋で喋っているだけのシーンが大半ですから、展開の多い地上波のドラマを見ている人たちに、この作品が持つ魅力がどこまで伝わるのだろうかと。その意味では、こうして多くの評価をいただけたことで、ようやくホッとしたところがあります。

加茂 そうですね。もちろん、作っているときから大きな手応えを感じていましたが、かなり繊細な作品だからこそ、ここまでの反響があったことは自信にもつながりました。

松本 また、これは少し個人的な感想になりますが、実際に取材させていただいた被爆者の関係者の皆さんから、放送後に「素晴らしい作品でした」「ありがとうございます」といった感想をいただけたことも嬉しかったです。

柴田 振り返ると、ドラマの制作は最初にスタッフたちと国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館を訪問するところから始まりました。平和祈念館には原作者の伊藤明彦さんが収集された1000本以上のテープや、実際に伊藤さんが手にして全国を回った重いテープレコーダーも保存されていて。館長さんをはじめ、皆さんが放送を見てあらためてすごく喜んでくださったのが印象に残っていますね。

原作が持つ力に魅せられ、豪華キャスト・スタッフ陣が集結

──そもそものお話しになりますが、本作は松本さんが原作に魅了されたところから企画がスタートしたそうですね。

松本 はい。ただ、内容自体が非常にセンシティブですので、ドラマ化するのは難しいかなと思っていたんです。そんなとき、脚本を手掛けてくださった池端俊策先生に初めてお会いする機会があり、「これはやる価値がある」と背中を押していただいたんです。その後、僕のほうでどのように企画を動かしていけばいいかを思案していたところ、池端先生も裏でいろんな方に声をかけてくださっていたみたいで。それがまさかの柴田監督でした。

2608_features_august_sub02b_w810.jpgドラマ制作部 プロデューサー 松本太一

柴田 そうなんです。実は松本さんに会う前から池端さんに誘われていたんです(笑)。私も非常にやりがいのある作品だと感じました。でも、松本さんがおっしゃったように、扱いが難しい内容でもある。いろんな被爆者の体験が語られていくなか、ある男性の話には謎が多いことに気づき、徐々に疑い始めていくというお話しでもありますから。とはいえ、被爆体験をこうした角度で切り込んだ作品は今までありませんでしたから、挑戦することで新しい"何か"を生み出せるはずだという想いがありました。

──脚本を作るうえで、池端先生へのオーダーのようなものはあったのでしょうか?

松本 いえ、先生には自由に書いていただきました。もちろん、企画を立ち上げたときに私が作ったプロットがあり、それを元に皆さんと打ち合わせや取材を進めていったのですが、最終的に池端先生からいただいた脚本は、私のプロットとはまるで違うものになっていました(笑)。

柴田 でも、テーマ自体は全く変わっていませんでしたよね。原作には伊藤さんが体験したことについての葛藤や論考がずっと綴られている。その精神を失うことなく、池端さんには新たにドラマとしての物語を作り上げていただきました。

──主演の本木雅弘さんや阿部サダヲさんとは、役についてどのようなお話しをされたのでしょう?

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松本 撮影に入る前からおふたりとは、監督と時間をかけてそれぞれ何度も打ち合わせをさせていただきました。なかでも本木さんは事前に長崎にも行かれて、作品に入るための準備をすごくされていましたね。

柴田 この作品は脚本にあえて書かれていないことがあるんです。なぜ辻原は人生をかけてまで被爆者たちの声を集めているのか、なぜ九野はあそこまで熱心に辻原に訴えかけるのか......。そういったことは意外と隠されている。ですから今回は辻原、九野、それぞれが背負っているものをより深くイメージしていくために、おふたりとは事前にじっくりとお話しする時間を作っていただきました。

松本 おふたりともとても勉強熱心で、阿部さんも本当は長崎に行きたかったそうなんですが、どうしても都合がつかなかったようでした。

柴田 でも、打ち合わせの後たくさんの資料を持ち帰り、伊藤さんが集めた被爆者の方々の声も、時間の許す限り聴かれていたそうです。この作品は台本を見ると、ページを捲っても捲っても、阿部さんがずっと喋っている。しかも吃音の役で、そのうえ、ときどき出身地の長崎弁が出るという非常に難しい設定なんです。この役をこなせるのは阿部さんしかいないと思い、出演をお願いしたのですが、撮影では一度もセリフを間違えずに演技されていて本当に驚きました。

──それに対する、聞き手役の本木さんの演技も引き込まれました。

柴田 本木さんが演じた辻原は、逆にセリフが少ないだけに大変なんです。これは池端さんがおっしゃっていたことですが、「人間というのは本当に辛いことは他人には語らない」と。池端さんは広島県出身ですし、まわりには被爆された方がたくさんいた。その経験を踏まえての言葉だけに、とても心に残っています。きっと伊藤さんが集めた声の中にも、語られなかった真実がある。実際にテープを聴くと、途中から長い沈黙が続いていたりするんです。この作品では、そこに向き合う辻原の姿も描いていますから、被爆者たちの心に寄り添いつつ、相手の口が重くなり始めたときに、どのような間合いで言葉を投げかけるかがとても大事になってくる。相手の言葉を聴き、さらには言葉では語ることができない相手の気持ちをも受け止めていく、そういう辻原の姿を、本木さんはあの素晴らしい演技で見事に表現してくださり、本当に感謝しています。

ドラマとは違った印象を与える劇場版の"音"と未公開シーン

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──このたび、ドラマの放送から約1年を経て劇場版の公開が始まります。もともと映画化は想定されていたのでしょうか?

松本 やはり"声"をテーマにした作品ですから、映画館の5.1chという最高の音響環境で観てもらいたいという想いは企画当初からあったんです。

柴田 そのため、映画としても成立するクオリティのものに仕上げていくことを前提に作り始めたのですが、さまざまな事情があり、まずはテレビドラマとしての作品作りに専念していくことになりました。とはいえ、もしかするといつか劇場公開が叶うかもしれないとも思っていましたので、ドラマでは使わなかったいくつかのシーンを残しておいたんです。劇場版では今回新たに盛り込んだシーンもあり、全体の尺はドラマ版よりも10分ほど長くなっています。

加茂 出来上がった映像を見て、ドラマのときとはまるで違う作品になっているなと感じました。監督は1カット1カットを細かく見直され、映画として緻密に再構築してくださいましたし、なにより、先ほど松本さんが言ったように音が5.1chになったことで、作品の印象がガラリと変わったように感じて。特に、石橋静河さんが録音された母親の声を聞く場面はより感情豊かなシーンになっていて、ドラマで見たとき以上に感動が伝わってきました。

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柴田 音響はドラマのときからこだわっていたんです。先ほどもお話ししたように、四畳半の部屋で二人の男が会話をする場面が多いため、窓の外から聞こえてくる子どもの声や風の音などを観る側にしっかりと届けることで、四畳半の小さな部屋と外の広い世界がつながっているんだと感じてもらいたかったんです。こうした繊細な音がより明瞭に聴けるのは映画ならではの良さですので、ぜひ劇場で楽しんでいただけたらと思います。

松本 また、映画館ならでの良さとして、大勢の人と一緒に作品を共有できるというのがありますよね。そのことを試写のときにすごく感じました。たとえば、小学校の教室で被爆者の体験談をクラスみんなで聞く感じに近い。ドラマを一人で見るのとはまったく違う体験だと思いますし、劇場で見ることでよりこの作品のテーマが伝わるのではないかと思います。

第一弾作品で成功を収めた国内プロダクション事業の今後は海外展開も視野に

──本作「八月の声を運ぶ男」はWOWOWの国内プロダクション事業部の第一弾として作られました。あらためて、この経緯についてお聞かせください。

2608_features_august_sub06b_w810.jpgプロダクション事業部 チーフプロデューサー 加茂義隆

加茂 僕自身はこれまでWOWOWで主に映画制作に携わってきたのですが、映画だと企画自体は面白くても実現が難しかったり、「単作の映画ではなく、シリーズ化したほうがいいのでは」といった意見をいただくことが度々あったんです。ただ、会社としてそれを形にできる機能がなかった。そこで新たに立ち上がったのが国内プロダクション事業部でした。動き出したのが2024年4月で、ちょうどそのタイミングで松本さんから本作の企画をうかがったんです。

松本 はい、またNHKさんが企画を通年で公募しており、プロダクション事業部とドラマ制作部の主要メンバーで話し合い、思い切って提案してみましたら、NHKさんに採択して頂きました。本来であれば2~3年ぐらいの時間をかけてじっくりと形にしていく内容の企画なのですが、ほぼ1年でドラマの放送までたどりつけたので、本当に幸運でした。

加茂 時間がないなか、柴田監督だけでなく、本木雅弘さんや阿部サダヲさんも出演をすぐに快諾してくださり、物事がとんとん拍子に進んでいきました。しかも、高い評価をいただけたうえに、1年後にはこうして劇場公開まで実現させることができて。国内プロダクション事業の第一弾としては、これ以上ないスタートだと思います。

──柴田監督はこれまでずっとNHKでドラマを撮られていましたが、NHKを退職されて初めての作品が、この「八月の声を運ぶ男」だったそうですね。WOWOWにはどのような印象をお持ちですか?

柴田 WOWOWさんが作るドラマは、いつも非常に社会性のある題材を選ばれていて、地上波では作れないものが多い印象がありました。また、そこに気鋭の映画監督を起用したりと、さまざまな才能が集まったチームで作られている。だからこそ、注目を集める作品が多いんですよね。しかも、放送だけでなく映画事業も行なっていますから、今回の「八月の声を運ぶ男」のような企画を成功させることもできる。とてもユニークで、かつ興味深い作品を次々と生み出すメディアだなと感じています。そしてWOWOWさんが新たに取り組んでいるプロダクション事業というのは、才能同士のつながりや、自分たちだけではできないことの可能性を広げることになりますから、非常に有意義なことだと思います。

──国内プロダクション事業としては、今後どのような展望をお持ちでしょう?

加茂 今回、NHKさんとお仕事をさせていただき、さらに今年は松本さんがプロデューサーを務めた「ミッドナイトタクシー」というドラマにつなげていくことができました。また、昨年の「八月の声を運ぶ男」の放送後にはAmazonのPrime Videoで今泉力哉監督の「クロエマ」を作ることができたりと、事業発足後、さまざまな媒体とコミュニケーションが取れているなと実感しています。そうしたなか、今後はやはり海外との共同制作も視野に入れていきたいなと考えています。WOWOWの子会社として海外プロダクション事業を進める「WOWOW BRIDGE」がすでにありますが、ともに手を取り合いながら、企画の可能性をさらに広げてゆきたいと思っています。先ほどの柴田監督の言葉にもあったように、いろんな文化を持った人たちとの交流を図ることで、さらなるクリエイティブのステップアップを目指していきたいと思っています。

──最後に、あらためて「八月の声を運ぶ男」が劇場公開することへの期待をお聞かせください。

加茂 昨年の放送では多くの反響をいただきましたが、一方で、まだ若い人たちにはあまり届いていないのかなという感覚も残りました。もちろん、若者に限らず、拾いきれなかった層の視聴者がたくさんいたと思います。その点、今回は映画館での上映を通して、また新たな出会いを生むことができると思っています。特に夏休み中の学生の方々にも観ていただきたいですし、そこにこそ、今回の劇場版の意義もあるのかなと思っています。

松本 そうですね。また、去年や今年だけの注目作としてだけでなく、来年、再来年も観続けられ、一人でも多くの方がこの作品に触れられる機会を増やしていきたいという想いもあります。

柴田 この作品の準備のために取材をしていたとき、被団協(日本原水爆被害者団体協議会)がノーベル平和賞を受賞しました。そのことで、少しでも世の中がいい方向に向かっていってほしいと思いながら撮影に臨んだのですが、実際には戦争がますます拡大していきました。だからこそ、多くの方の心にこの作品が届いてほしいという思いが一層強くなったのを覚えています。そして、松本さんが言うように、末永くこの作品が観られ、戦争について考える機会を持っていただきたい。それが今の私の心からの願いですね。

【プロフィール】
柴田岳志/演出家
1982年NHK入局。さまざまなジャンルの作品を手がけ2024年からはフリーの演出家として活動。主な作品に、スペシャルドラマ「坂の上の雲」、大河ドラマ「平清盛」、「透明なゆりかご」、「今ここにある危機とぼくの好感度について」、「お別れホスピタル」などがある。

加茂義隆/WOWOWコンテンツプロデュース局プロダクション事業部 チーフプロデューサー
2016年WOWOWにキャリア採用にて入社。過去に手掛けた作品として映画「ピース オブ ケイク」、「前科者」、「最後まで行く」、「WIND BREAKER/ウィンドブレイカー」、NHK夜ドラ「ミッドナイトタクシー」などがある。

松本太一/WOWOW コンテンツプロデュース局ドラマ制作部 プロデューサー
2021年WOWOWにキャリア採用にて入社。過去に手掛けた作品として、ドラマL「それでも愛を誓いますか?」(EX)、「連続ドラマW 怪物」、WOWOWがプロダクション業務を担ったNHK夜ドラ「ミッドナイトタクシー」、「連続ドラマW 虚ろな十字架」などがある。

取材・文/倉田モトキ 撮影/中川容邦