WOWOW歴代テニスプロデューサーが語る錦織圭の魅力と、いままでの歩みをともに振り返る特別企画『ありがとう、錦織圭。』への想い
2014年に日本人として初めて男子テニスの全米オープンで準優勝を果たし、その後、世界ランキング4位までのぼりつめた錦織圭選手が、今年5月に今シーズン限りでの現役引退を発表した。錦織選手の活躍を長年追いかけてきたWOWOWでは今年8月から12月までの5カ月間にわたり錦織選手の軌跡をたどる特別企画『ありがとう、錦織圭。』を実施している。その詳細を紹介するとともに、歴代のテニスプロデューサーがこの機会に一堂に会し、錦織選手との思い出を語った。
頂点が見えても、変わらぬ普段の純朴さ
──今回は錦織圭選手の活躍を近くでみていた歴代テニスプロデューサーの皆さんにお集まりいただきました。最初に、それぞれどの年代に携わっていらっしゃったのかを教えていただけますか。
戸塚 このなかでは私がいちばん古いですね。2000年9月からスポーツ部(現スポーツ事業部)でテニスを担当することになり、初めて錦織選手を取材したのが2006年の全豪オープンでした。彼がまだ16歳、ジュニアの頃で、それから初めてグランドスラムでベスト8に進出した2012年1月の全豪オープンまで追いかけていました。
戸塚 英樹(スポーツ事業局 所属)
平林 その戸塚さんの後任として、私が2012年2月から担当となりました。全豪オープンのベスト8で世界中から注目を集め、2014年には日本でも盛り上がった全米オープンの準優勝がありましたから、錦織選手のキャリアハイの時期を一緒に過ごさせていただいたことになります。
──2014年の全米オープン時は、WOWOWへの加入者が一気に増えて、大変なことになっていたと伺いました。
2014年全米オープンテニス 準決勝
戸塚 そうでした。その頃私は営業部で加入を担う部署にいたのですが、当時は今のようにWEBではなく電話での加入受付が主でした。急遽24時間体制にしたのですがそれでも追いつかないぐらいで本当に凄まじかった記憶です。
早川 僕がテニス班に配属になったのは、それからしばらくしてですね。錦織選手が2017年8月の全米オープンと翌年1月の全豪オープンを欠場し、2018年の全仏オープンで2大会ぶりにグランドスラムに復帰したそのタイミングで担当になりました。その全仏での結果はベスト16で。そのあとずっと好成績が続いたので、錦織選手にとって第2のピークの時期を近くで見ていました。
戸塚 加藤さんが一番長く担当しているんじゃない?
加藤 そうですね。細かくいうと、2012年から平林さんや早川さんの下で帯同させてもらっていて、一度テニス班を離れたんです。その後、2017年に戻ってきてからはずっと錦織選手を追いかけて、今に至ります。
──皆さんが錦織選手に初めてお会いしたときの印象はいかがでしたか?
戸塚 私にとっては彼がまだ10代の頃でしたから、本当に純朴な青年というイメージでした。ただ、すでに日本のテニス界では注目を浴びていましたし、動じない強さも感じていました。よく覚えているのが、2006年の全仏オープンのジュニア部門。彼がダブルスで優勝したんです。現地にWOWOWの特設スタジオを設けていたので、優勝した後に出ていただくことになったのですが、錦織選手は緊張するどころか、時間ギリギリまでPCでメールを打っていて(笑)。16歳なのに本当に肝が座っているなと驚きました。
平林 試合の外では本当に普通の青年ですよね。先ほどもお話ししたように私にとっての初対面はグランドスラムで初めてベスト8になった直後でした。若くしてそこまでの結果を残していたわけですから、少しは天狗になってもよさそうなのに、まったくそんな雰囲気がなくって。そうした、いつまでも変わらない人柄の良さは、ここにいる4人全員が同じように感じていると思います。
平林 武志(アライアンス営業部 所属)
早川 いつだったかのウィンブルドンでも、ふらっとWOWOWの現地スタジオに遊びに来て、スタイリストさんに髪を切ってもらったりしてましたし(笑)。そうしたギャップも魅力ですね。
──確かに、WOWOWのドキュメンタリーなどで見るオフのときの表情はいつも穏やかでした。だからこそ、2014年の全米オープンの会見で「勝てない相手ももういない」という自信に満ちた発言をされたときは新鮮でした。
平林 そうですね。決しておごりとかではなく、「自分は本当に世界で戦えるんだ」というのをあの全米オープンで感じたんでしょうね。
加藤 あと、アスリートだから当然なんでしょうけど、想像以上に負けず嫌いなところがありますよね。先日も密着取材をしていたときにピックルボールを一緒にやったのですが、僕がラリーを続けたほうがいいのかなと思って、あえてアウトボールになりそうな球を拾ったら「なんで取るんですか?」ってすごく怒られて。最初は冗談で言っているんだと思っていたのですが、真剣にちゃんと怒られました(笑)。
早川 負けず嫌いなのもそうだけど、練習を苦に思わないんだろうなという印象も受けました。口では「しんどい......」と弱音を吐いていても、自分で決めた課題は必ずこなす。かなり激しい内容の練習をしているはずなんですけど、それをやりきれるところも天才たるゆえんなんだろうなと。ただ、そのぶん怪我と向き合う期間も長かったのかと思います。
戸塚 怪我で言えば、最初に肘を痛めてしばらく休むことになったのは、2009年のデビスカップのあとだったかと思います。1年後フロリダでリハビリを取材している最中に「あれ?今日は痛くない」と口にした瞬間を偶然にも我々のカメラが抑えていて。しかも、そこからすぐに復帰して、また軌道に乗っていった。長く密着していたからこそ撮れた映像ですが、あの場面に立ち会えたのは私の中ですごく印象深いですね。
歴代担当者が選ぶ、過去のベストマッチ
──皆さんにとって特に思い入れのある試合をいくつか挙げていただけますか?
戸塚 私にとってはやはり18歳の時の大躍進が印象的で、2008年の全米オープンですね。プロになってまだ2大会目のグランドスラムで、当時世界ランク4位だったダビド・フェレール選手を破り、ベスト16に入って本当に衝撃的でした。錦織圭の名前を世界に知らしめた大会でしたし、日本のテニス界にとっても、ずっと世界のテニスを追い続けていたWOWOWにとっても、"救世主が現われた!"という気持ちになりました。
平林 私は自分が担当していた2014年の全米オープンが忘れられないです。ただ、惜しくも敗れた決勝や、その前の準決勝でノバク・ジョコビッチ選手を破った試合よりも、4回戦のミロシュ・ラオニッチ選手との戦いがいちばん印象深いです。センターコートのナイトセッションかつ4時間を超える試合だったので、終わったのが現地午前2時半ぐらいだったんです。あの試合に勝ったとき、"ひょっとすると、この大会はこのまま突っ走るのでは?"と感じました。
加藤 あの年の全米オープンは足の親指の手術をした直後だったこともあり、本人としてはあまり出たくなかったんですよね。でも、当時のコーチだったマイケル・チャンに説得されて。
戸塚 確か、大会の10日前くらいに抜糸をしたばかりだったよね。その抜糸の様子もWOWOWはカメラに収めていました。
早川 本当に貴重な映像ですよね。僕が思い出深いのは、特定の試合というよりも2018年の怪我あけの時期ですね。2018年の全仏オープンでベスト16に入り、そのあとのウィンブルドンから翌年のウィンブルドンまで5大会連続でベスト8以上の成績だったんです。しかも、そのときどきで敗れた相手というのがジョコビッチ、ラファエル・ナダル、ロジャー・フェデラーという、当時のビッグ4と呼ばれた選手ばかりで。その年のトップ8の選手だけが出場できるATPファイナルズにも出ていましたし、長らくテニス界を盛り上げていた世界最強の選手たちと渡り合っていたことに、当時も感動していました。
加藤 あえて選ぶなら2023年6月のプエルトリコ(ATPチャレンジャーツアー カリビアン・オープン)の1回戦です。約1年半ぶりの復帰となる実戦で見事勝利を収め、それどころか、そのまま優勝まで決めて。実は当時、何度か復帰戦の情報が出ていたんですけど、どれも直前でキャンセルしていたんですよね。なのでプエルトリコもまさか出るとは思っていなかったんです(笑)。本人的にも「一つか二つ勝てればいいかなというぐらいの気持ちで参戦した」とおっしゃっていました。万全ではなかったとはいえ、魅了されるプレーばかりであらためて華のある選手だなと感じたのを覚えています。
■「錦織圭 名勝負選」WOWOWオンデマンドで配信中
https://wod.wowow.co.jp/browse/person/66821
引退発表から感じ取った、錦織選手の胸中
──今年5月、錦織選手が現役の引退を発表されました。そのときのお気持ちはいかがでしたか?
戸塚 いつか来るとは思っていましたが、こうして現実的になると、やはり一つの時代が終わるような寂しさがあります。引退の発表があったときは、"これからの日本のテニス界はどうなっちゃうんだろう"とも思いましたが、彼が残してきてくれたものを受け継ぐような若手選手が出てきてくれたことに希望も感じています。
平林 これは勝手な想像ですが、もしかすると錦織選手は怪我が多くなければ、逆にもうちょっと早くに辞めていたんじゃないかなという気もするんです。でも、特にこの5年間ぐらいは復帰と怪我を繰り返していて、それでも諦めずにテニスをやり続けた。その気持ちの強さは僕の想像を超えていたので、本当に驚くばかりでした。きっと、そのあたりの本人の心境については、今後のWOWOWの特別番組などで加藤くんが見事に引き出してくれていると思うのですが......(笑)。
加藤 はい、すでに素敵なコメントを錦織選手からたくさんいただいています!
早川 錦織選手は僕らが思う以上に、心の底からテニスが好きだったんでしょうね。だから、ずっと区切りをつけられなかったのかなと思います。でも、ようやく決断することができた。それもあって、『錦織圭の現在地~引退決断の裏側~』(無料配信中)では、すごくいい顔をされていましたよね。映像の中でも「テニスが嫌いになって辞めるわけじゃないのが、自分にとってもよかった」と話されていて、本当に印象的でした。
早川 敬(メディアサービス部 所属)
加藤 僕は、引退のことを聞いたときはどちらというと実務的なことに追われ、寂しさを感じる暇がなかったんです。でも次第にジワジワと実感していきました。錦織選手の存在は僕がずっとテニス好きでいた理由のひとつでもありましたし、今もぽっかりと心に穴が空いたような、そんな気持ちになっています。
戸塚 きっと錦織選手をきっかけにテニスを身近に感じるようになった方は多いでしょうね。我々としてはその一端を担えたことが嬉しいです。また、錦織選手が引退したあともグランドスラムは放送していきますからね。ぜひ、これからも引き続きご覧いただけたらと思います。
平林 そうですね。ひと昔前の日本の男子テニスでは世界と戦える選手が少なかったと思います。その頃からWOWOWは愚直にテニスの中継をし続けて、今がある。また、望月慎太郎選手や坂本怜選手のように20代前半の若い希望が現われてきていますし、海外でもビッグ4に代わる選手が登場してきています。どれも"やっぱりテニスって面白い"と思わせてくれる選手ばかりなので、これからも注目してもらえたら嬉しいですね。
「ありがとう」のタイトルに込めた最大限の感謝の気持ち
──ここからは、8月から12月までの5カ月にわたって展開する特別企画『ありがとう、錦織圭。』について、加藤プロデューサーにお話を伺いたいと思います。まず最初に、このタイトルに込めた想いをお話しいただけますか?

加藤 一つに、WOWOWとしてはやはり錦織選手にものすごく大きな恩があります。先ほどの座談会でもお話ししましたが、2014年の全米オープンのときは加入が凄まじく、地上波で試合の映像が流れるときも「映像提供:WOWOW」というクレジットが何度も流れました。テニスの面白さとともに世にWOWOWの名前を広めるきっかけを作ってくださったと思っています。また、そうした仕事面とは別に、錦織選手の活躍が日本のテニスファンに新しい景色を見せてくれたという感謝の気持ちもあります。グランドスラムは2週間にわたって開催されますが、セカンドウィークに日本人の男子選手がいるということが、それまでなかったわけです。それどころか、"一体どこまで勝ち進むんだろう"という期待も持たせてくれた。そうした想いを集約した言葉としてふさわしいのは、やはり「ありがとう」しかないと思ったんです。
──このタイトルをご本人にお伝えしたときは、どのような反応をされていましたか?
加藤 「えー、やめましょうよ」って言われました(笑)。いつも大体そういう反応なんです。2023年の復帰戦で現地プエルトリコまで行ったときも、「えー、そっとしといてくださいよ」と照れたように笑っていて。本人は注目されるのが苦手なようで、できればひっそりと辞めたかったそうなんです。ただ、WOWOWがこうして大々的に特集を組むことに関しては本気で嫌がっているわけではなく、「僕がここまでやれたのは応援してくださった皆さんがいてくれたからこそなので、その感謝の想いをしっかり伝えたいです」と、すごく協力的に取り組んでくださっています。
加藤 弘樹(スポーツ事業部 所属)
現役最後の1球までしっかりと記録して残したい
──『ありがとう、錦織圭。』の企画としては、今後どのようなプログラムを用意されているのでしょう?
加藤 WOWOWが所有している錦織選手の過去の全試合を12月まで連続放送していきたいと思っています。また特設サイトでは、ファン・選手・関係者からのメッセージ、「本人解説付き!3000人アンケート」など錦織選手の歩んだ軌跡を振り返ることができるさまざまなコンテンツをそろえています。その他SNSで錦織選手へのメッセージを募っているのですが、9月30日より本戦が開幕する木下グループジャパンオープンの会場にもメッセージを書いていただける特設ブースを設けているのでご本人に見てもらう機会を作っていきたいなと思っています。
特設サイトでは特別寄稿記事も掲載中
──『錦織圭の現在地~引退決断の裏側~』に続く特別番組も予定されているのでしょうか?
加藤 はい。先日の全米オープンも密着し、次のジャパンオープンでもカメラを回す予定です。この2大会の裏側に迫った番組は11月に放送・配信予定です。10月に行なわれるユニクロさん主催のイベント『UNIQLO LifeWear Day Tokyo 2026 with Kei Nishikori』もWOWOWで放送・配信します。現役の錦織選手が放つ最後の1球までしっかりと記録として残していきたいですね。そして、5カ月にわたる『ありがとう、錦織圭。』の締めくくりとして、12月27日に彼の20年のプロキャリアを改めて描き出すドキュメンタリー「錦織圭~世界を魅了した日本の奇跡~」を放送・配信予定です。そこではジュニアの頃からの錦織選手の貴重な映像や、ゆかりのある方たちへのインタビューなども交え、永久保存版のような内容にしていきたいと思っています。
──それができるのは、WOWOWが長年にわたって錦織選手を追い続けてきたからこそですね。勝手なイメージですが、錦織選手はWOWOWのカメラの前だと、いつも以上にリラックスして受け答えをされている印象があります。
加藤 ファンの方にもそう感じてもらえると嬉しいですね。でも、手前味噌ですがそれはちょっと自負していて。他のメディアと同じような質問になったときでも、表情がいつもより穏やかになったり、建前ではなく本音が混じった発言を我々は引き出せているなと感じます。僕が直接インタビューをすることもあるのですが、そういうときは、錦織選手のほうから"面白いことを言ってやろう"という雰囲気を出してくださいますし(笑)。そこはやはり関係値の違いなのかなと思いますね。
──特別番組がますます楽しみになりました。その前に、まずは木下グループジャパンオープンがあります。加藤さんからみた見どころはどこでしょう。

加藤 やはり、錦織選手にとって最後の公式戦というのがいちばん大きなトピックスであるのは間違いないです。9月30日と10月1日に行なわれる 1 回戦の無料放送・配信、そして最終日に行なわれる引退セレモニーを完全中継します。試合以外の部分でも、さまざまな角度から錦織選手の勇姿をお届けしたいですね。また、エントリーしている選手たちの顔ぶれもグランドスラム級ですし、かなり白熱した試合が予想できますので、最終日まで楽しんでもらえたらと思います!
プロフィール
加藤弘樹(スポーツ事業部 プロデューサー)
2010年、WOWOWに入社。宣伝部でプログラムガイドなどを担当したのち、2012年7月よりスポーツ部(現スポーツ事業部)へ。テニス班、ボクシング班を経て、2016年4月より日本テレビに出向。2017年4月より再び現在のスポーツ事業部でテニスの中継、特別番組の制作等に携わっている。
【関連番組 放送・配信情報】
「木下グループジャパンオープンテニス」
9月30日(水)~10月6日(火)まで連日生中継!
※9月30日(水)、10月1日(木)1回戦は無料放送・配信!〔WOWOWライブ〕〔WOWOWオンデマンド〕
【最新情報は番組公式サイト・SNSで発信中】
WOWOW番組公式サイトhttps://www.wowow.co.jp/sports/tennis/
WOWOWオンデマンドテニスページ https://wod.wowow.co.jp/genre/149
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取材・文/倉田モトキ 写真/福岡諒祠