新役員、井原多美にインタビュー! WOWOWを唯一無二の存在にするために必要なもの(後編)
取締役 専務執行役員 井原多美
2023年6月にWOWOW初の女性役員として入社した井原多美取締役 専務執行役員に白戸広報・IR部長がインタビューを敢行!日韓ワールドカップに『アナと雪の女王』の宣伝など、多彩なキャリアを積んできた経験から感じたWOWOWの現状の課題と可能性とは――? (前後編の後編)
放送・配信はゴールではなくスタート! IPビジネス立ち上げの重要性
――WOWOWに対してどのような印象をお持ちでしたか? 実際に入社されてその印象は変わりましたか?
井原 ディズニー時代からいろんな方との接点はありましたが、皆さん「エンターテインメントを作りたい」という強い意識を持っているという印象でした。入社後もその印象は変わらず、みんな楽しそうですよね。
ただ、入社して思ったのは「放送」という部分が大きいからなのか、番組を「制作・調達」し、「放送・配信」したら終わりというところがあって、それはすごくもったいないなと感じました。
――たしかに社内の意識としても放送・配信を目指して制作していくので、そこで達成感を覚えてしまう部分があるんでしょうね。
井原 ディズニーでIP(知的財産)ビジネスについてたたき込まれましたが、ディズニーにしてみれば、映画を作って公開されたら終わりじゃなく、むしろそこが"スタート"なんです。映画がヒットして、グッズになって、最終的にはパークでアトラクションやショーになるというふうに、どんどん大きくなっていくという考え方なんです。
ディズニーグループでも、本国では実はメディア事業(ABC、ESPN、ディズニー・チャンネルなど)が一番大きな存在であり、映画事業よりも大きいんです。その意味で、同じテレビ局でも「こんなにも違うのか!」というのは入社して感じた驚きでした。
ただ「もったいない」は裏を返せば「ポテンシャルがある」ということですから、考えを切り替えて「放送・配信は終わりではなく始まり」という意識でやれば、唯一無二の存在になれるんじゃないかと思います。
――取締役専務執行役員としての入社ということでプレッシャーは感じていらっしゃいますか?
井原 ほどほどにですね。プレッシャーは好きなので(笑)、エネルギーにしています。ただ、開局して30年を過ぎて、私が初めての女性役員だということは衝撃でした。その意味で、女性社員のタレントをどう引き上げ、活かしていくかという部分に関しては、ぜひ進めたいと思っていますし、自分にプレッシャーをかけています。
――WOWOWでの具体的な担当業務、予定されている事業や取り組みについても教えてください。
井原 先ほども言いましたIPビジネス――自分たちで自分たちの運命を切り開いていくようなIPビジネスをやるべきだと思っていて、具体的にはKQエンターテインメントのK-POPグループの権利を取得したところなので、これからビジネスとしてどう育成していくかというのを考えています。WOWOWにとって大きな実験であり、未来の大きな柱になりうる部分だとも思います。
K-POPは直接マネジメントをするわけではないので100%の権利を取得してはいないんですが、IPというのは「育成していく」というのが重要なので、それを学ぶ上ではいいスタートだと思います。
――ちなみにK-POPに関して以前から興味などは?
井原 もともと全然知らなくて、韓国ドラマもほとんど見たことがなかったです。とはいえ世界的なマーケットを形成している存在ですし、ビジネスとして関わり始めて、私が一番感動したのが"ファンダム"の存在です。グループによってファンの呼び名がすべて違うんですよ。
2023年にデビューした「xikers(サイカース)」はファンをroady(ローディー)と呼ぶんですけど、xikersというのは、座標軸の「x」と「hiker(旅をする者)」を合わせた名前で「時間と空間を超えて旅をする」という意味なんです。旅をしながら成長するには「道」が必要なので、「road(道)」と座標軸の「y」を組み合わせて「roady」なんです。
ほかのグループもそれぞれオリジナルのファンの呼び方があるんですけど、ファンとの絆や「一緒に成長していく」というのがコンセプトになっているものが多く、そうやってファンに「応援したい」と感じさせるところがすばらしいなと思いました。ディズニーもお客様を「ゲスト」と呼び、スタッフはお客様を楽しませる「キャスト」であるとしていて、そこは似ているなと感じました。
Xikers(サイカース)©️KQ Entertainment
――映画事業では実写版『ゴールデンカムイ』にも関わってらっしゃいますね?
井原 邦画に関わるのは初めてで、製作委員会も初めての経験です。作品としても大人気漫画の実写化であり、非常に熱いファンがいる作品ということで、それを複数の出資社から構成される製作委員会で作っていくというのは非常に新鮮です。
「ゴールデンカムイ」2024年1月19日(金)公開
©野田サトル/集英社 ©2024映画「ゴールデンカムイ」製作委員会
「ハッピーを作り出す」ためにリーダーとして意識すること
――仕事をする上で大切にしていること、ポリシーなどはありますか?
井原 「私はなんのために仕事をするのか?」ということは社会人になる前から考えていたんですが「人のハッピーを作りたい」「人を楽しませる仕事をしたい」とずっと思っていました。業界は変われども、そのスタンスは変わらないです。
では、何をもって"ハッピー"と言えるのか? 特に自分がリーダー的な立場を任されるようになって考えるようになったのが、それぞれの社員の強みをどう活かすか? 本人が気付いていない能力を引き出す機会をどう作り出せるか? ということです。それは「成長する」というハッピーにつながっていくと思います。そこはすごく大切にしています。
あとは、組織に入ったとき「ここでの私のポジションはどこなのか?」「ここで私が唯一無二の立場を築くために何をすべきか?」というセルフプロデュースは意識しています。
――これまでのお話を聞いていると、未経験・未知の領域でも力を発揮されていますよね。自分が貢献できるかどうか、分からないけれど「まずは飛び込んでみる」という気質もおありなのかと。
井原 そうですね(笑)。未知の部分に放り込まれるのも嫌じゃなくて、どうなるか分からないことにワクワクするんですよね。ただそこでも、できないことをやるのは無理なので「自分にできることは何か?」を考えるようにしています。
ディズニーの映画チームの時も、専門的な宣伝業務は部下ができるので、私の仕事は彼らに気持ちよく働いてもらうことでした。そこで障害を取り除いたり、アメリカ本社を説得したり、追加の予算を取ってきたりという部分を自分が担うようにしていました。
お客さまをより深く理解し「偏愛」を強化すべし!
――以前は競合の他チャンネルとの顧客の奪い合いでしたが、現状はスマートフォンを介してさまざまな娯楽が生まれる中で、時間の奪い合いという局面になっていると思います。今後、WOWOWが存続するために何が必要だと感じていますか?
井原 何よりも「お客さまを理解する」ということに尽きると思います。お客さまが何を楽しんで、何を不満に感じているのか? そういう定性的な部分をより深く理解して、お客さまとつながっていくことが大切です。
社内で「偏愛」をキーワードにしていますが、まさにこの偏愛を強化していくべきだと思います。社会でも「推し」とか「ごひいき」ということが盛んに言われていますけど、WOWOWはそういう存在になりうると思います。
それは地上波では絶対にできないことだし、OTTも結局は数の論理で成り立っていますが、そうではなく"質"的なつながりを大事にしていくことは、WOWOWの独特なポジションとマッチしていると思います。「これがやりたい!」という明確なもの(=偏愛)を持っている社員が多いので、これからの時代、それが活かせると思います。
取材・文/黒豆直樹 撮影/祭貴義道