カテゴリから探す

「TOKYO VICE」の渋谷ロケはどのように実現したのか? 「全世界のエンターテインメント業界で最もパワフルな女性20人」にも選出! 鷲尾賀代が語る世界と日本の距離

「TOKYO VICE」の渋谷ロケはどのように実現したのか? 「全世界のエンターテインメント業界で最もパワフルな女性20人」にも選出! 鷲尾賀代が語る世界と日本の距離

事業部 チーフプロデューサー 鷲尾賀代

WOWOWとHBO Maxの日米共同制作による超大作ドラマとして4月24日に第1話の独占放送がスタートする『TOKYO VICE』。東京・丸の内ピカデリーでは4月21日(木)までの期間限定で、超高解像度の4KウルトラHDで第1話が劇場公開中である。巨匠マイケル・マン(『ヒート』)を監督に迎え、主演にアンセル・エルゴート(『ウエスト・サイド・ストーリー』)、日本からは渡辺謙、菊地凛子、伊藤英明、笠松将、山下智久ら豪華キャストが参加した本作で、WOWOW側のプロデューサーを務めたのが鷲尾賀代である。

過去にはアカデミー賞授賞式の中継番組にて着物姿でレッドカーペットでリポートを行ない、2011年からのロサンゼルス駐在中は「もしも建物が話せたら」、「ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス 50年の挑戦」などを制作し、国際共同制作プロジェクトにも関わり、昨年にはハリウッド・リポーター誌の「全世界のエンターテインメント業界で最もパワフルな⼥性20⼈」にも選出! そんな彼女はどのように世界と日本をつないできたのか――?

そして「世界で最も撮影が難しい都市」といわれる東京のど真ん中での「TOKYO VICE」のロケはどのように実現したのか? じっくりと話を聞いた。

きっかけは試写室で号泣したバズ・ラーマン監督の『ムーラン・ルージュ』!


――WOWOWに入社後営業部に配属され、翌年に映画部に異動されたそうですが、特に映画部での仕事内容について教えてください。

映画部では、異動してすぐ制作担当になりました。当時は「WOWOW Disney Month」という、年に1度、ディズニー作品を特集で放送する月があり、そのAP(アシスタント・プロデューサー)の立場で制作の仕事をスタートし、他は海外アニメの吹替版の制作などもやっていました。

そもそも、私がWOWOWに入社したのはリポーターになりたかったからなんですけど、WOWOWにはリポーターの仕事はなくて......(苦笑)、自分で番組を作って、ハリウッドから映画の宣伝に来る人たちのインタビューを始めたんですね。それが2001年ごろですね。

220315_w_158_ok.jpg

映画ってたかが2時間の作品に対して作る側は本当に命を懸けて作っていて、情熱が詰まっていて、それが世界中の人たちに影響を与えたり、それこそ人の生き方を変えたりするんですよね。インタビューの仕事をするようになって、そういう部分に触れて本当に映画の世界が大好きになったんです。

特に最初に取材させてもらったバズ・ラーマン監督の『ムーラン・ルージュ』を観たとき、普段はインタビューの質問を考えながら観るものなんですけど、試写室で映画を観ながら入り込み過ぎて、泣き過ぎちゃって(笑)、「20世紀FOX」の宣伝部の人に「質問を考える余裕がなかったから、もう1回見せてほしい」っていうダメなお願いをするくらい、感動したんですね。

その話をバズ・ラーマン監督にインタビューしたときに話したら「僕は、お気に入りのサウンドトラックのようにこの映画をデザインしたから、そうやって何度も観たいという意見が一番うれしい」って言ってくれたんです。その時の交流で勝手に私は意気投合したと思って「絶対にあなたと仕事がしたい」と伝えました。

彼のアシスタントと名刺を交換して、それから毎年のようにシドニーに行って彼の制作会社「Bazmark」の人たちと交流させてもらうようになりました。

220418_washio_baz.PNG左:ニューヨークにて、TVシリーズ「ゲットダウン」の撮影現場を訪問(2015年7月)
右:グラミー賞授賞式会場にてバズ・ラーマンと(2018年1月)

長くなりましたが(笑)、私が映画と深く関わるようになったきっかけがバズ・ラーマンで、いまでも「いつかバズ・ラーマンと一緒に映画を作る」ことが私の目標なんです。

2003年にWOWOWで『ムーラン・ルージュ』を放送する際に「バズ・ラーマンのドキュメンタリーを作りたい」と言ったんですけど、周りは「誰?」って感じで......(苦笑)。「ニコール・キッドマンならいいけどバズ・ラーマンじゃダメ」と言われる中、なんとか説得して、ひとりでシドニーに飛んで、20分のドキュメンタリーを作ったんです。

着物でアカデミー賞授賞式をリポート~バズ・ラーマンが仕事の原動力!


――映画部ではアカデミー賞の授賞式の番組にも携わっていたとお聞きしましたが?

それこそ『ムーラン・ルージュ』がアカデミー賞(作品賞、主演女優賞他)にノミネートされたとき、「KAYOは来ないのか?」とバズ・ラーマンに言われたのに、当時のWOWOWは授賞式を中継するだけで、レッドカーペットイベントの番組もなかったんです。それが悔しくて、翌年からレッドカーペットの番組を作りました。居並ぶメディアの中でスターたちに気付いてもらい、インタビューに答えてもらえるよう、目立つ着物を着てレッドカーペットでリポートするというのを7年ほどやっていました。

220418_washio_redcarpet.PNG左:2006年3月 Los Angeles Timesより 着物姿の鷲尾がメディアの中に見える
右下:『ロード・オブ・ザ・リング』のピーター・ジャクソンにインタビューする鷲尾

「あなたが次にアカデミー賞授賞式に来る時、私がレッドカーペットでインタビューします!」と言ってたんですけど、バズの次の作品が『オーストラリア』で、これは残念ながらアカデミー賞には引っ掛からず......、私もプロモーション部に異動することが決まったんです。

最後に引き継ぎを兼ねてアカデミー賞のレッドカーペットに行ったんですけど、その年(2009年)の授賞式の司会が(『オーストラリア』の主演の)ヒュー・ジャックマンだったんです。ヒューのダンスシークエンスのディレクターをバズ・ラーマンが務めて、バズは自分の作品とは関係ないけどレッドカーペットを歩いたんですね。そこでインタビューをさせてもらって、私の映画部でのアカデミー賞レッドカーペットレポートの仕事はバズ・ラーマンに始まり、バズ・ラーマンで終わりました(笑)。
バズ・ラーマンの存在が私の仕事の"原動力"なんです。
220315_w_145_ok.jpg

メジャースタジオとの窓口を担うためLAへ――「国際共同制作プロジェクト」誕生!


――プロモーション部の後、2011年からロサンゼルス駐在になったそうですね?

LAで国際共同制作プロジェクトとして「もしも建物が話せたら」、「ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス 50年の挑戦」などのドキュメンタリーを手掛けられましたが、そもそもWOWOWとしてはどういう目的でLA事務所を開設したんでしょうか?

もともとすべてのメジャー映画会社と作品の買い付けの包括契約を結んでいたんですけど、買い付けの窓口として現地に事務所を開設したんです。「私が窓口となって取引強化ができるようになること」という命令を受けてLAで仕事をすることになり、2021年10月にLA事務所をクローズするまで約10年間現地に赴任しました。

着任してからの2年は買い付け窓口の仕事を完璧にできるように買い付けに専念するよう指令を受けていましたが、夜はUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のエクステンションコースに週3日3時間ずつ通って、ビジネス・マネジメントやプロデューサー業についてみっちりと勉強しました。
3年目に制作の仕事も始めました。私の目標はバズ・ラーマンの映画のように世界中で楽しんでもらえるようなコンテンツを作ることだったんですけど、ハリウッドの映画やTVシリーズって制作費100億円とかのものすごいバジェットが多いんですよ。そんなのWOWOWが100%出資できるわけはないので、どこかと組むしかないですよね。そこで出てきたのが共同制作でした。

とはいえ、ドラマや劇映画でもお金が掛かり過ぎるので、まずはドキュメンタリーから始めてみようということになったんです。その企画を探し始めたのが2013年ごろですね。

――WOWOWの「国際共同制作プロジェクト」というのは、それ以前からあったんですか?

いえ、いまお話しした経緯が「国際共同制作プロジェクト」自体のそもそもの始まりなんです。最初に形になったのが「もしも建物が話せたら」なんですけど、当初は右も左も分からず「共同制作って何?」という状態でした。

アメリカでは「WOWOW」と名乗っても「なんの会社?」という感じで、知名度も信用度もゼロですから。とはいえ、LAなのでプロデューサーの集まりみたいなものは、そこら中で開かれているんです。無駄足もいっぱい踏みましたけど、おかげでどこに行けばいいかというのも少しずつ分かってきて、最終的には、その前の2年間で関係性を築いてきたスタジオの上の方の人たちに紹介してもらうのが一番早いという結論に至りました。

まず、その人たちに紹介してもらうことで"1枚目のドア"は簡単に開くんですね。アメリカって紹介は比較的、簡単にしてもらえるんです。でもそこで、話に興味を持ってもらえなければおしまいなので、2回目のミーティングを開いてもらえるかという段階で、すごく苦労はありましたけど、楽しかったですね。

220315_w_156_ok.jpg

――「もしも建物が話せたら」に関しては、具体的にどのような流れで共同制作にこぎ着けたんでしょうか?

買い付けの仕事でTVマーケットでカンヌに行ったとき、もともとは違う企画で既に完成した作品を購入する話だったんですけど、そこですごく魅力的な写真を1枚見つけたんです。「これは何?」と聞いたら「まだ売れる状態じゃなくて、企画自体が始まったばかりなんだけど」と言われて興味を持ったんです。なので入口は「もしも建物が話せたら」のセールスエージェントだったんですね。

そこで「こういう条件で私たちも入りたい」と話をして、プロデューサーを紹介してもらい、ヴィム・ヴェンダースの制作会社の人と話をしました。当時はまだ(6エピソードのうちの1編を)ロバート・レッドフォードが監督することも決まっていなくて、「ヴィム・ヴェンダースがこういうドキュメンタリーを作る」ってことだけだったんですけど。

220418TOKYOVICE_docu1.PNG
(c)Wim Wenders 2013 
国際共同制作プロジェクト 「もしも建物が話せたら」

その次の「ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス 50年の挑戦」のお話しもしますと、「もしも建物が話せたら」のワールドプレミアでベルリン国際映画祭に行ったら、そこで「マーティン・スコセッシが新作のドキュメンタリーのプレゼンを行なう」ということだったんです。

スコセッシはそこに「ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス」の編集長(故ロバート・シルヴァーズ 当時84歳)を連れてきてたんですけど、メチャクチャ元気なおじいちゃんで(笑)、ジャーナリストとして「真実はひとつであり、それは絶対に曲げてはならない」とプレゼンされていたんです。

当時、私は東日本大震災に関連して、日本の報道が世界的な信用を失っているということがすごく気になっていたので、そのプレゼンにとても感動しました。それで「この作品を日本で見せなきゃ!」と思い、プロデューサーにその場でアポイントを取ったんです。当時、既にHBOとBBCが作ることが決まってたんですが、なんとかそこにWOWOWも入れてほしいと話をしました。

220418TOKYOVICE_docu2.PNGphoto:Brigitte Lacombe
国際共同制作プロジェクト「ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス 50年の挑戦」

ヴェンダース、スコセッシ、レッドフォード......つながりが新たなつながりを生む


――他に「国際共同制作プロジェクト」作品として、「イザベラ・ロッセリーニのグリーン・ポルノ」にも携わられたそうですが......?

「もしも建物が話せたら」でレッドフォードが監督を務めることになって、そのつながりでレッドフォードのプロダクションで同じプロデューサーが「グリーン・ポルノ」を作るということで「興味ないか?」と声を掛けてもらったんです。

220418TOKYOVICE_docu3.PNG
Photo by Jody Shapiro
国際共同制作プロジェクト「イザベラ・ロッセリーニのグリーン・ポルノ」

それ以外にも、アメリカ人のオルガン奏者キャメロン・カーペンターを扱った「キャメロン・カーペンター:サウンド・オブ・マイ・ライフ」にも関わっています。

220418TOKYOVICE_docu4.PNG
Photo by Thomas Grube
国際共同制作プロジェクト「キャメロン・カーペンター:サウンド・オブ・マイ・ライフ」

――作品を重ねていく中で、また新たな人間と知り合い、つながりが生まれて、それがまた別の作品になって......という形で広がっていったんですね。

そうですね。いま、「TOKYO VICE」を一緒に作っている制作会社の社長も、いまお話ししたような活動をしている間に知り合った人で、当時は社長ではなかったんですけどね。エグゼクティブ・プロデューサーとももう10年くらいの付き合いです。結局、みんな同じサークルの中で動いているので、そのサークルの中に食い込んでいけば、いい循環が生まれるんだなというのを学びましたね。

コロナ禍直撃! 「TOKYO VICE」撮影隊を日本に入国させよ!


――いま現在はアメリカから帰国し、事業部 チーフプロデューサーとして活動されていますが、「TOKYO VICE」の制作の経緯などについて教えてください。

数年前から私もドキュメンタリーではなく、(劇映画やTVシリーズの)脚本の開発やシナリオハンティングを行ない、作品を作る企画を進めていました。そんな中、2018年の秋のカンヌ国際映画祭で制作会社の「エンデバー・コンテント」の人から「こういう企画があるけど」と話をもらったのが「TOKYO VICE」だったんです。とはいえ、当時はまだマイケル・マンが監督することも決まっていないし、アンセル・エルゴート(『ベイビー・ドライバー』『ウエスト・サイド・ストーリー』)が主演することは決まっていたけど、「HBO Maxも興味を持っている(=正式にサインはしていない)」という段階で、正直、この企画を会社に通すのは大変だな......という状況でした。「ケン・ワタナベにはアプローチはしている(=まだ契約には至っていない)」という感じで(笑)。

そんな状態ではあったんですが私自身、何か感じるものがあって、「時間がかかるかもしれないけど、絶対にやりたい!」と思い、「必ず参加する」と約束しました。

そこから、WOWOWとしてもベストの条件でいろんな権利などを受け取るために契約を詰めるのに2年くらい要しました。最終的には「エンデバー」の社長が自ら「KAYOのことは昔から知ってるから、俺が話を詰めるよ」ってことで出てきてくれて、無事に契約に至りました。弁護士からも「よくそこまで粘るな」と言われましたが(笑)、最終的に満足のいく形で契約を結べたと思います。
220315_w_157_ok.jpg

――具体的にWOWOWは本作にどのような形で参加し、鷲尾さんは具体的にどのようなお仕事をされたんでしょうか?

WOWOWとしては、作品の中身をきちんと把握した上で入りたいという希望もあって、会社から「OK」が出るのがかなり遅くなってしまったんですね。全8話分の脚本が出来上がる前に1話目を撮り始めることはよくあることなので、結局、1話目の撮影開始までにWOWOWの契約が間に合わなかったんです。なので、その段階でキャスティングなどはほぼすべて固まっていました。

220418_TOKYO VICE_maincut.png
「TOKYO VICE」キャスト 上:左から アンセル・エルゴート 渡辺謙 菊地凛子  下:左から 伊藤英明 笠松将 山下智久

とはいえ、私はそれ以前からずっと話をしていましたし、制作陣とのもともとの関係性もあったので、WOWOWの正式なアサインが決まる前から、いろんな情報をもらい、現場の人間にも紹介してもらっていました。

2020年の3月に撮影が始まったんですが、数日でコロナ禍の影響で中断となってしまったんですね。それから約半年ほど、日本への入国もままならない状況が続いていたんです。

私は2018年ごろから、東京に海外大型作品の撮影を誘致するというプロジェクトをLAの日本総領事館と進めていまして、その関係で各省庁の人たちのことをも知っていました。撮影隊が日本に入国できなくて困っていて、私はLAでそのための交渉を始めていました。

「こんなにお金を落としてくれるプロジェクトを失うなんてあり得ないですよ。大きな経済効果があるんですよ」と。「エンデバー」はそれまで、アメリカ人のイミグレーションロイヤー(※入国やビザに関連した業務を行なう行政書士)を雇っていたけど、まったく様子が分からず、話が動かなかったみたいなんですが、私が間に入って状況を説明するようにして、そうしたらなぜか私が"ビザ担当"みたいになっちゃいまして(笑)。

――まずは撮影隊が入国できないことにはどうしようもないですからね。

そうなんです。それこそ、マイケル・マン監督からも「いま、どうなってるんだ?」と連絡があり、「いや、私はただのTV局員であってトラベルエージェンシーじゃないんだけど......」と思いつつ(苦笑)。とはいえ、そのおかげで撮影隊のスタッフがみんな、私の顔と名前を覚えてくれたのは、その後の仕事がはかどってラッキーだったんですけど。

そうやって、なんとか撮影チームが入国することができて、実際に撮影がスタートしたら、基本的に私はずっと現場に足を運んでいました。

220418_TOKYOVICE2.PNG
HBO Max / Eros Hoagland  「TOKYO VICE」撮影風景

渋谷・百軒店でのロケを実現!『TENET テネット』の敏腕ロケーションスーパーバイザーのここがスゴい!


――先ほど「東京に海外大型作品の撮影を誘致するプロジェクト」の話が出ましたが、東京で映画の撮影をするのは簡単なことではないと思います。「TOKYO VICE」はどのようにして東京での撮影が可能になったんでしょうか?

私が参加する前の、(一時中断前の)3月の撮影の段階で、マイケルは相当、苦労したんだと思います。ものすごいこだわりを持っていて、決して妥協もしない、諦めない監督なので......。

220418_TOKYOVICE1.PNG
HBO Max / Eros Hoagland 撮影現場でのマイケル・マン監督


それもあって、再来日の際にはジャニス・ポーリーというロケーション・スーパーバイザーを連れてきたんです。彼女はマイケルとは今回で8作目で、『TENET テネット』ではクリストファー・ノーランに世界各国での撮影を可能にさせたすご腕の人なんですけど。マイケルにまず言われたのは「とにかく彼女のビザを一番に取ってくれ」ということでした。

私はLAでプロデューサー協会「Producers Guild of America」に入っているんですが、そこでもいかに東京での撮影が難しいかということをずっと言われていたんです。

ジャニスは、LA在住だったこともあって、連絡を取り合って仲良くなり、日本に来る際も同じ飛行機で来たんですけど、とにかくすごい人でした。人当たりはとってもいいんですけど、本当に交渉に関してはしつこいんです。

マイケルから「撮影許可の件でご挨拶したい」と連絡があり、アポイントを取って、小池都知事のところに行ったりもしました。

220418TOKYO VICE_to2.jpg
都庁表敬訪問 左から、ロケーション・スーパーバイザー ジャニス・ポーリー、
エグゼクティブ・プロデューサー ジョン・レッシャー、監督 マイケル・マン、東京都知事 小池百合子

――ロケーションスーパーバイザーのジャニスさんのアテンドも鷲尾さんがされたんですね?

それに関しては、仕事という以前に私自身、せっかくの機会なので、彼女の仕事ぶりを見たくてできる限り一緒にいました。私自身、ロケの誘致はライフワークのつもりで情熱を傾けたいと思っているし、これほど世界で仕事をしてきたロケーションスーパーバイザーの人でも日本での撮影は難しいと感じるのか? 何が違うのか? それを知りたいとジャニスにも話していて「じゃあ、私に同行しなさい」と。

都庁に行った際も、あくまでも表敬訪問なので、具体的な話はしないということだったんですけど、マイケルがいきなり「渋谷のこことここで撮影がしたい」と言い出して(笑)、そうしたら小池都知事から「区長にお会いになったらいかがですか?」とご助言をいただいて、すぐに渋谷区の区長にアポを取って......という感じで。

――実際に渋谷での撮影は実現したんですか?

はい、しました。しかも、通行止めはできない百軒店(※道玄坂上の商店街)で撮りました。それ以外でも都内や東京近郊で撮影をしています。

220418_TOKYOVICE5.PNGHBO Max / Eros Hoagland 百軒店でのシーン

220418_TOKYOVICE3.PNG
HBO Max / Eros Hoagland  渋谷での撮影

――ジャニス・ポーリーというロケーションスーパーバイザーは何がすごいんでしょうか?

粘り強さですね。彼女の中にある「監督にベストな映像を撮らせたい」という気持ちが凄まじく強いんです。私にも「このビルのオーナーを知りたい」とかいろんな要求をしてくるんですけど、「あなた、マイケルの作品なのよ?」って常に言うんです。プロとして、監督のビジョンに合ったベストなものを提供するっていうのが彼女のポリシーなんでしょうね。

220418_TOKYOVICE8.png
HBO Max / Eros Hoagland  マイケル・マン監督

「日本の文化ではどうしたらいい?」とアドバイスを求められることもあり「手土産を持っていくといい」とか「お辞儀は深くね」といった助言をしたんですけど、そうするとすぐにそれを取り入れて実践するんですよ。そういうところもすごいですね。

あとは、きっちりとお金を掛けていることも大きな部分だと思います。(撮影をする間の)営業補償などもきちんとしていました。

コロナ対策の点でも、例えば通りを一つ区切って撮影するとなったら、ハリウッドのプロトコルとして、その店の人たちも含めて全員がPCR検査で2回陰性にならないとダメなんです。

とはいえ、飲食店の関係者の場合、わざわざPCR検査を受けたくない方もいるわけです。そういう場合は、営業しているように見せるために明かりだけつけて、その代わりカギを閉めて、撮影中は絶対に外には出てこないでくれ。もちろん、その間の営業補償はすべてするからと。そういう規模の大きさを含めて、すごいなと思いましたね。

220418_TOKYOVICE4.PNG
「TOKYO VICE」より

――2021年10月、ハリウッド・リポーター誌の「全世界のエンターテインメント業界で最もパワフルな女性20人」に鷲尾さんが選出されました(ニュースリリースはこちら)。この知らせをどのように受け止めましたか? 仕事への姿勢や価値観などに変化はありますか? 

変な言い方なんですけど、いま自分がいるのは非常に"ラッキーな"時代なのかもしれないなと感じていますね。以前であれば、ハリウッドは白人男性の世界だったわけですけど、そこに対して「女性をもっと登用すべき」「マイノリティを」ということが言われ始めて、そういう意味で私のような存在が仕事をする上ではすごくいい時代になってきたんだなと。

ただ「最もパワフルな女性」に関しては自覚はありませんし(笑)、「なんで?」という感じではあるんですが、私は非常に幸運な出会いを重ねてきたということに尽きるなと。もちろん、その出会いを自分のもとに引き寄せるための努力やフットワークの軽さはあったのかなと思いますが、とはいえ出会いそのものが本当にラッキーだったなと思います。

220315_w_140_ok.jpg

――いまでこそ「ラッキーな」時代と感じられるかもしれませんが、ここまでキャリアを積み重ねてきた中で、「女性であること」や「アジア系であること」で苦労された部分も多々あったかと思います。

それはありました。まず日本で仕事をする上で「女性であること」による不利な部分や苦労は確実にありますね。

アメリカに行ったら、スタジオのエグゼクティブなどでも女性が多くて、皆さん「女性の地位が低過ぎる!」みたいなことを言うんですけど、私は「いやいや、日本に比べたらどんだけ......」と思ってましたけど(笑)。アメリカでの仕事のやりやすさというのは、渡米当初からずっと感じていましたね。

アジア系であることの不利というのは、もちろんあったと思います。ただ、私自身は「アメリカって女性でもこんなに対等に仕事できるんだ!」といううれしさのほうが勝ってしまって、アジア系であることをそこまで気にする局面は正直、なかったですね。

ハリウッドに「アジアの風」が吹くいま! 日本がすべきこと


――10年間のアメリカ滞在を経て、日本に戻ってこられて、日本の社会の遅れている部分を感じることも多いかと思います。

日本には良いところがいっぱいあるし、変化を嫌うからこそ保てている良い部分もあるとは思います。ただ、その反面、先ほどのロケ誘致の話でもそうなんですけど「変われない」ことで世界の潮流から遅れている部分もあると思います。

220315_w_152.jpg

――これまでの経験を踏まえて、世界で評価される作品を日本で作るために何が必要だと思いますか?

やっぱり、どんなものでも根幹にあるのは脚本、ストーリーなんですよ。もちろん、ストーリーが良くても、俳優が良くなかったり、監督がイマイチで作品としてあまり良いものにならなかったということはありますけど、一流の俳優、一流の監督だったとしても、ストーリーがダメだったら100%ダメですから。

――やはりアメリカだとストーリー開発にきちんとリソースを割いている、と。

当たり前のことですよね。そこがちゃんとしてないと、そこから続いていくものがないですから。ストーリー開発にお金と時間と労力を掛けるし、そこがダメだったら当然のように企画自体がナシになりますからね。

WOWOWも含めてですが、日本の場合、企画が通って「やる」と決まったら、100%できてしまう。アメリカは山ほど脚本がある中から選んで、1話目を10億円掛けて作っても、そこで面白いものができなかったり、反響が良くなかったりしたらお蔵入りになってしまいます。いまは大手配信業者が出てきたことで、多少変わってきた部分もありますけど。

WOWOWのドラマ作りはまず脚本ありきでやっていますけど、それは本当に当たり前のことです。そこで良い作品を作れるようになって、多くの人に観てもらえるようになれば、労働環境も改善されて......という好循環も生まれると思います。

今回、「TOKYO VICE」はかなり多くの部分で日本のローカルスタッフが起用されています。海外作品に関わるのが初めてというスタッフもたくさんいましたけど、その人たちにとっては本当に良い経験・刺激になったと思います。彼らが次の現場にそこでの経験を持ち込んで、少しでも日本のドラマの活性化につながることを願っています。

そういう意味で、海外作品が日本に来るのは良いことしかないので、どんどん来てほしいなと思います。

日本と世界をつなぐブリッジに。 『Tell It Like a Woman』で見せた剛腕!


――最後になりますが、鷲尾さんが今後目指していきたいこと、特にWOWOWだからこそ実現できる可能性について教えてください。

目指していきたいのは、"ブリッジ(橋)"になるということですね。海外作品の誘致もそうですし、WOWOWの作品に携わることで日本から海外に向けて出ていくこともできるのかなと思っています。

私が買い付けた映画で『Tell It Like a Woman』(原題)(公開時期未定)という作品があって、6カ国で6人の女性監督が女性の物語を撮る作品なんです。女性の社会問題を訴える作品でもあるんですけど、日本のエピソードがないんですね。売り込まれた際に「日本の物語が入ってたら買ったんだけど......」と伝えたら、翌日プロデューサーから連絡があり、「あなたが2カ月以内に作って納品するなら、7作目に入れる」と言い出したんですよ。

「え? それ、あなたたちが作るんじゃなくて、うちが作るの?」って(笑)。でもそこで火が付いちゃって......。彼らの条件は「とにかく2カ月以内に納品すること」、「日本人女性監督で、既に国際映画祭で評価されている監督を連れてくること」、「主演は日本で 5本の指に入る女優であること」で、さすがに私も2週間頑張って、ダメなら諦めようと思ったんですけど......是非一度仕事してみたいと思っていた呉美保監督(『そこのみにて光輝く』)に、面識は無かったので公式サイトから連絡を取り(笑)、杏さんが主演してくださって、2カ月後には短編を完成させました。

220418_watashi_no_isshuukan.png7つの短編から成るアンソロジー映画『Tell It Like A Woman』(原題)の中の1作品
短編『私の一週間』

★220418_o_kantoku_annwatanabe_small.jpg
短編『私の一週間』 監督:呉美保、主演:杏 ©Junko Tamaki(t.cube)

他のエピソードにはエヴァ・ロンゴリアやマーシャ・ゲイ・ハーデン、カーラ・デルヴィーニュ、ジェニファー・ハドソンが出演していて、そこに杏さんに肩を並べていただくことができて、私はすごくうれしかったですし、世界の人たちに呉美保監督の作品を観てもらえるのもすごく誇らしいです。そうやって彼女たちの国際的なキャリアを開く一つのきっかけになれたらうれしいなと思います。
220315_w_056_ok.jpg

長々と話してしまいましたが(苦笑)、そうやって海外のものを日本へ誘致すること、日本から世界に発信していくこと、その両方ができたらと思っています。


■「TOKYO VICE」
・2022年4月24日(日)スタート(全8話)毎週日曜午後10:00

・東京丸の内ピカデリーにて第1話期間限定公開中
マイケル・マンが自らメガホンをとった第1話を4月15日から21日までの1週間限定で、丸の内ピカデリーにて上映中。劇場用4KウルトラHD ハイダイナミックレンジでの上映 詳細はこちら

220418_TOKYOVICE_key.jpg

■「TOKYO VICE」の詳細はこちら

■WOWOW公式noteはこちら
鷲尾賀代プロデューサーが日米スター共演の超大作ドラマ「TOKYO VICE」が完成するまでの舞台裏と監督やキャストに関する裏話も交えた制作秘話を明かします。

■「TOKYO VICE」をWOWOWオンデマンドで見るならこち

構成/黒豆直樹  撮影/曽我美芽

この記事をシェアする

おすすめ記事