民放連「2022年度音声技術研修会」がWOWOW辰巳放送センターで開催!
日本民間放送連盟(民放連)の技術委員会主催による「2022年度音声技術研修会」が3月中旬に開催され、WOWOWの辰巳放送センターにて実習の一部が行なわれた。WOWOWからは制作技術ユニットの戸田佳宏、栗原里実、小寺里佳の3人が講師として参加。3日間にわたって行なわれたWOWOW会場での実習の模様をレポートする。
民放連「音声技術研修会」とは
民放連による音声技術研修会は、民放連加盟社および関連会社の音声スタッフの育成・技術向上を目的に毎年開催されている。今年も東京近辺のみならず、沖縄、中国、四国、関西、中部地方など全国各地から参加者が集まった。WOWOW会場では、WOWOWからの3人に加えて、フジテレビジョンや日本テレビ放送網からも音声のプロフェッショナルが講師として参加し実習が行なわれた。
この日、行なわれたのは、実際に放送で使用されるプロのアーティストによるパフォーマンス映像付きの音声素材をミキシング※する作業。研修会の参加者たちは、割り当てられた課題曲1曲を、「Pro Tools」というDAW(Digital Audio Workstation:パソコンで音楽編集する際のソフトウェアの総称)を使って、40分の持ち時間で放送に最適な形へと仕上げていく。
※ミキシング:複数の音源を一つにまとめて音声の音量・音色などを調整する作業
参加者たちの音声技術者としてのキャリアや経験はバラバラ。普段は報道番組を担当していて音楽のミキシングを行なうのは初めてという参加者もいれば、ラジオ局に勤めていて映像に合わせた音声の編集をする機会がないという参加者も。
研修会は各日、参加者8人が2グループに分かれ、同じ曲を2人が別々に担当し、最後にそれぞれのミキシングについて比較しながら講評を行なうというスタイルで進められた。講師陣は、各参加者の経験やレベルに合わせて助言を送りつつ、作業を見守った。
Pro Toolsを使ったミキシングに挑戦!
1人目の参加者はダンスロックバンドのライブ演奏のミキシングに挑戦。まず、ドラムのサウンドのチェックから入り、続いてベース、ギター、そしてコーラスとボーカルへと進み、各パートの音量などを調節していく。
持ち時間の40分の配分も重要なポイント! 基本的に、最初の20分で全体の把握や各パートのチェックや調整を行ない、後半の20分で「音合わせ」「カメラリハーサル(カメリハ)」「ランスルー(※リハーサル)」「本番」を想定して、アタマから終わりまで4度、通しで素材を流し、細部を調整し"完成品"に仕上げていく。
講師の戸田佳宏
ついつい細部にこだわり過ぎてしまうと、時間が足りなくなってしまうということも......。講師陣からは「残り〇分です。そろそろ全体を見て」「1個1個の音色ではなく、全体の流れを考えながらやってください」などといったアドバイスが飛ぶ。
特にこの課題曲は、観客の入った会場でのライブでの演奏ということもあり、いかに"ライブ感"を演出するか?どれくらい音を響かせるか?といったことも重要な要素となってくる。
講師の戸田が強調していたのは、序盤でドラムやベースといったリズムパートをしっかりと決めることの重要性。音声ミックスの作業を家の建設に例えて「ドラムやベースは土台となる"土地"の部分。最初に土地をきちんと固めて、それから上モノや内装(ギターやボーカル)を乗っけていくといい」とアドバイスを送っていた。
次の課題曲はロックバンドの音楽番組での演奏で、1人目と同様に、やはり講師陣からは「一度、きっちりドラムとベースを決めた方がいいですよ。細かい部分は気にし過ぎずに!」と助言が送られ、アドバイスに沿ってドラム(スネア、ラックタム、ハイハット、トップシンバル)からベース、ボーカル&コーラスと音を重ねながらサウンドを構築していく。
こちらの課題曲は、ボーカルの力強い歌声が大きな魅力で、途中で聴かせどころとなる印象的なギターソロがある。さらに、事前に配布された歌詞カードには書かれていない、ボーカルが最後にファルセットを響かせるパートもある。参加者はこれらのポイントをメモしながら細かい調整を重ねていく。
講師からは「迷いがあるよ。思い切ってやってみて!」「限られた時間の中で、どこをチェックするのか整理して」といったアドバイスが送られていた。
講師の小寺里佳
このほか、男女デュエットによるミュージカル曲も課題曲として取り上げられた。こちらはロックバンドの楽曲とはまた違った、ミュージカル楽曲ならではの難しさが伴うよう。
前半の20分はサウンドチェックということで、各パートの調整から入ったが、講師からは「まずは通しで聴いて、曲の全体像をつかんでみて」と助言が。この曲がどんな曲で、どこが聴かせどころなのか?特に初見の楽曲の場合、まずは全体像を把握することが重要だと説く。また、戸田は「主役は誰なのか?ということを考えながら作っていくといいと思います」とミュージカル楽曲だからこそのポイントを伝える。
参加者は、男女の歌声の魅力をいかに届けるかに注力しつつ、伴奏のピアノの音色の余韻やシンセサイザーの音色などにも気を配りながらミキシングを進めていく。
研修会の最後には、試写室でそれぞれがミキシングした音声を聞き比べたうえでの講評が行なわれた。講師からは「視聴者の期待を裏切らないように、映像の展開にも注目して映像と音をリンクさせることが大切です」「歌詞の切れ目を意識して、ボーカルのボリュームは言葉の途中であげないこと」「ステージに遮音板がない場合もあるので、収録時のマイクの位置関係を把握して音のバランスを取るように心がけてください」といったアドバイスが送られた。
研修会を振り返って
今回の音声技術研修会の参加者からの感想(一部抜粋)と講師によるコメントを紹介する。
<参加者コメント>
「時間の制約もある中での調整は優先順位を意識する必要があり、良い経験になりました。講師陣の方々も良い点悪い点含め多くのことを指摘してくださり、とても勉強になりました」
「改めて冷静に聴くと聞こえない楽器などがあり、自分を俯瞰(ふかん)してみることができました」
「トラックダウン室でミックスをして、試写室にて講評をしていただいたのですが、初心者の自分でも分かるほど、トラックダウン室で聴いたものと試写室の音が違いすぎて、会場によって最適な音を作ることの意味が体験できる実習でした」
「同じ曲で他の人のミックスダウンを聴けたのは刺激になり、自分とはまったく違った作り方で勉強になりました」
<講師コメント>
今回、コロナ禍を経て4年ぶりに対面式での研修会が実施され、キャンセル待ちが発生するほど盛況の中の開催でした。講師という立場で参加させてもらいましたが、実習をしていく中で新たに気付かされたことがあり、とても刺激になりました。
1954年から代々続く講習会だそうです。局の垣根を超えて音声技術を高めあっていく文化を心に刻み、視聴者の皆さまにすばらしい作品を届けるために、日々研鑽を積みたいと思います。(戸田佳宏)
筆者も研修会の様子を見守る中で、ちょっとしたドラムやベースの音の音量やボーカルの響かせ方の違いによって、楽曲全体の印象がまったく異なるものに変化することに驚かされた。普段、テレビをつけて、何げなく耳にしている、音楽番組やライブ中継から流れてくる"音"は、プロの音声スタッフが細部までバランスを考え、調整した末の最適化された"結果"であり、そこに至るまでにまさに職人芸とも言える精緻な作業の積み重ねが存在することを改めて実感させられた。
取材・文/黒豆直樹 撮影/祭貴義道