2025.05.02

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かっこいい車が良い音を生む!? 機能からデザインまでここがすごい! 他にはないWOWOWの新音声中継車

かっこいい車が良い音を生む!? 機能からデザインまでここがすごい! 他にはないWOWOWの新音声中継車

16年ぶりにリニューアルされ、2025年4月より運用が始まったWOWOWの新音声中継車。「MOBILE RECORDING STUDIO」という名を冠されたこの新音声中継車は、これまでの音声中継車とは何が違うのか? 導入を主導した技術センターの栗原里実、戸田佳宏にインタビュー! 【後編】では導入のプロセスやコンセプト、機材の選定からデザインに至るまで細部に込めた想いを語ってもらった。

幹事会社を置かず専門各社に直接発注! その苦労とメリット

――ここから具体的に新音声中継車導入のプロセスについて、お聞きしたいと思います。このプロジェクト自体、いつごろからスタートし、どのような流れで進めていったのでしょうか?

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戸田 中継車の設計をする際に、一般的に多いのは発注先のトップにSI会社を据えて、各専門の会社を束ねる形でプロジェクトを進めていくという方式です。今回の音声中継車を設計するにあたっては、そのSI部分を自分たちで担い、各専門の9社に直接発注するという形で進めていきました。

栗原 各社への発注を自分たちで行なうという作業がとても大変でした。自分たちでスケジュール表を作って、進捗管理や課題表もすべて自分たちで書いて......。普通であればトップの方が管理を担当してくれるので、課題表やスケジュール管理、発注の手配も全部もお任せすることができるのですが、今回はそうではなく、2人で各社の皆さんと調整しながら、工事スケジュールを進めていきました。

――音声中継車のリニューアルを「注文住宅」という言葉で表現されていましたが、設計士のパートから自分たちで進めていったような感じですね?

栗原 そうですね(笑)。

戸田 そのかわり、現場の人と直接話をすることができたので、こちらの要望をすぐに伝えることができて、修正や変更も柔軟に随時対応していただくことができました。

栗原 「この機材はディスコン(※製造中止)になるらしい」「じゃあ、この機材に変更をお願いします」といったやりとりも自分たちでやれたので、迅速に進められることができましたね。

――お話を聞いていると、途方もない作業にも思えますが、どれくらいの時間をかけて進められたんでしょうか?

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栗原 途方はなかったですね(苦笑)。期間は約4年、エンジンをかけている状態を維持するのは大変でしたね。

見た目のかっこよさが良い音を生む!? 「かっこいい音をつくれる」中継車を目指して

――リニューアルにあたってのコンセプトや大切にしたことを教えてください。

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戸田 まずは音の上がり、ミックスの結果が分かりやすい部屋にしたいという想いがありました。音響調整は延べ1週間ほどかけ、音響調整のエキスパートや現場スタッフと議論しながら入念に進めました。今回、初めてイマーシブ環境に対応した音声中継車となりますので、スピーカー選定においては立体音響が制作しやすいことも重要な要素として捉えていました。

そして 、「かっこよく聴こえる」というキーワードも頭の中にありました。

僕は、音響のチューニングだけでなく、作業空間も音がかっこよく聴こえるためのすごく大事な要素として捉えています。以前イギリスの音声中継車を見学した際に、現地のエンジニアの方が「音って半分以上は空間の雰囲気で決まるんだ」と話していたんです。技術者の立場からすると「それでいいのかな?」という想いもあるんですけど(笑)、たしかにその車も内装がすごくかっこよかったんです。通常、音をつくる時は、ミックスするエンジニアと、作品のクオリティーを管理するディレクターが一緒に進めていきます。そのイギリスのエンジニアは、「その場の雰囲気で音の聴こえ方が変わって、それ次第でディレクターの『OK!』の確率が変わる。だから、内装や作業空間は音以上に大事なんだ」と言うんですよ(笑)。でも、それはあながち嘘じゃないなと思っていて、やはり見た目も含めて快適にかっこよくという部分は、すごくこだわりました。
壁の色や布の素材、木材、床に至るまで、細かい部分までこだわって話し合いながら決めていきました。

栗原 2人で音響とは関係ない家具のショールームに足を運んで、木材のサンプルも大量に取り寄せて「どれが合うか?」とたくさん検討しましたね。ショールームのスタッフの方には家を建てようとしている夫婦だと思われたでしょうね(笑)。

車体に施されたクジラのペインティングに込めた想いとは?

――内装のデザインの話が出ましたが、外側の塗装の色やクジラのペインティングに関してはどのように決まったんでしょうか?

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戸田 外見に関しても、とにかくかっこよくしたいという想いはありました。

栗原 他社にはないデザインにするという意味でもね。見た目から良い音をつくりそうな音声中継車だなと感じさせることを目指しました。

戸田 標準的な中継車は真っ白なものが多くて、それにシールを貼るという仕様が一般的なんですが、塗装色は選べるようにしたいと当初から考えていました。

栗原 塗装は、"マンガンラスター"という高級車ブランドの色を使っています。

戸田 クジラは音を使ってコミュニケーションをとる動物です。低音から、私たち人間には聞こえない「超音波」と呼ばれる高音までを聞き分け、それらを駆使して生活しています。私たちも音に関わる仕事をしていることから、クジラをモチーフにしたデザインを採用しました。

放送・配信にとどまらず、コンテンツの映画化、パッケージ化までを見据えた音づくりができる音声中継車

――改めて、完成した新しい音声中継車の強み、これがWOWOWの中継車のすごいところだというアピールポイントを教えてください。

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戸田 やはり、どんなコンサートにも対応できるということに尽きると思います。先ほど、IP信号での音の入出力という話もしましたが、それだけではなく、あらゆる音声信号フォーマットに対応できる音声中継車になっています。モニター環境の面では、立体音響で音をつくることもできるし、もちろんステレオ音声をつくることもできるので、どんな案件でも対応できるという自負があります。

栗原 また、部屋が二つ搭載されているというのも強みで、他社にも同じような音声中継車はありますが少数派なんですね。生放送や生配信をやるにあたって、音声卓が一つダメになってももう一つがバックアップとして機能するのは大きな利点です。またフェスで、別々のステージの収録を同時に収録・ミキシングすることも可能なので、多様なニーズに対応する上で、部屋を二つ搭載するということは、私と戸田の間でも共通認識でした。

戸田 最近のWOWOWの方針として、コンテンツの放送、配信だけでなく、さらにそこから映画にしたり、パッケージ化したりなどといった、コンテンツの多層展開を進めているところがあります。音声中継車においても、コンテンツの多層展開を見据えた対応ができるというのは強みだと思います。編集工程より前のコンサート当日の時点で、そこを念頭に作業に臨めるというところは大きなメリットだと感じています。

この車は、ハイレゾやイマーシブオーディオのリアルタイム制作が可能です。その技術を活かし、高品質なライブ配信など、技術的にチャレンジングなサービスにも積極的に取り組んでいきたいと考えています。

――今後、この音声中継車でやってみたいことはありますか?

戸田 音声中継車としては、とにかくいろんな方に使っていただきたいなという想いが一番ですね。

栗原 そうだね。この記事を見て「使ってみたい」と思ってもらえたらうれしいです。

――この音声中継車をWOWOW以外の会社に貸し出すということも可能なんですか?

栗原 可能です!

戸田 この音声中継車から産み出された作品が日本、そして世界の皆さんの心に響く、なんてことができたら最高です!

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取材・文:黒豆直樹、撮影:曽我美芽