2025.08.26

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WOWOWとTBSが共同開発した映像伝送ソフトウェア『LMS』 数々の技術賞を受賞したソフトウェア開発の裏側と無限の可能性に迫る

株式会社WOWOW 新規事業開発部 部長 石村 孝之
株式会社TBSテレビ メディアテクノロジー局 未来技術革新事業部 原 拓 氏
WOWOWエンタテインメント株式会社 プロダクション推進本部 技術推進部 石村 信太郎

WOWOWとTBSが共同開発した映像伝送ソフトウェア『LMS』 数々の技術賞を受賞したソフトウェア開発の裏側と無限の可能性に迫る

WOWOWとTBSがタッグを組み、インターネット回線を使って遠隔地にあるカメラの操作や高画質映像の低遅延伝送などを可能にしたソフトウェア「LMS」(Live Multi Studio)を開発。コンテンツ制作の効率化や低コスト化、さらには幅広い活用法などをもたらしたこの技術は、2024年日本民間放送連盟賞技術部門最優秀、第51回放送文化基金賞の放送技術部門など数々の賞を受賞。そこで今回は、企画・開発に携わったWOWOWの石村孝之、WOWOWエンタテインメントの石村 信太郎(WOWOWから出向中)、そしてTBSテレビの原 拓 氏に「LMS」の完成に至るまでの経緯、これからの展望について話を聞いた。

共同開発だからこその大きなメリット

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――まずは、皆さんとLMS(Live Multi Studio)の関わりを教えていただけますでしょうか。

石村(孝) 私はもともとWOWOWの制作技術部にいたのですが、2017年からWOWOWエンタテインメントに出向し、そこでLMSの前身ともいえるLMV(Live Multi Viewing)の運用を行なってきました。LMVというのは"マルチアングル"と"低遅延"を可能にしたアプリで、TBSさんとWOWOWが共同開発したものです。その技術を応用しながら、WOWOWエンタテインメントとともに運用していこうといった取り組みでした。

2508_features_lms_sub02_w810.jpg株式会社WOWOW 新規事業開発部 部長の石村 孝之

石村(信) LMVのプロジェクトが立ち上がった2014年当初、WOWOW側のスタッフは有志でした。私も2015年より入社しそのひとりでしたが、2018年に開発系の部署に異動になり、そこからは純粋にLMVやLMSの企画と開発を行なうようになりました。

 私は2022年に中途採用でTBSに入社し、その時からの参加になります。すでにLMSの開発に携わっていた先輩から内容や技術を学び、現在も主にこのLMSを番組制作に活かしていくための準備や企画を行なっています。

――今のお話にもあったように、LMSが生まれた背景にはLMVがありました。そもそものLMVの始まりをお聞かせいただけますか?

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石村(孝) 私がこのLMVプロジェクトに参加する前の話になりますが、マルチアングルを使ったコンテンツをWOWOWで作れないかという動きがありました。ただ、それをオンデマンドでやろうとしていたため、映像の切り替えがスマートにいかず、30秒くらいの遅延が発生して、社内から酷評されたんですね(苦笑)。そうした中、先ほどもお伝えしたマルチアングルと低遅延のアプリをTBSさんが開発されたと聞き、「一緒にやりませんか?」とお声掛けしたのがスタートでした。

石村(信) その結果、低遅延でマルチアングルの番組をお客さまに届けることが可能になりましたが、これをビジネス的に広げていくことを考えると、もっとプラスαの要素を増やしていく必要があったわけです。そこで、低遅延の技術をもっと番組制作に活かせないかという話になり、リモートプロダクションの開発が始まりました。

具体的には、撮影した映像を低遅延で遠くの場所に送信することができれば、番組の制作スタッフが現場に行かなくても、スタジオでカメラアングルの切り替えなどが遠隔でできるのではないかと。さらに、このシステムを我々だけでなく、誰もが使えるようになればビジネスとしての拡大も図れるのでは......という考えのもと、LMSの軸が固まっていったという流れです。

 実は、テレビ局や放送局がこうした技術開発をすることってあまりないんです。ですから、途中から参加した私としては、そこにまず驚きました。しかも、携わっているのがビックリするぐらい少人数で(笑)。

石村(孝) 驚きますよね(笑)。ただ、少人数ではあったものの、TBSさんと共同で開発できたことはすごく大きかったです。技術的な情報共有だけでなく、お互いがリモートプロダクションを試す場を提供できるというメリットがありましたから。例えば、WOWOWからはテニスの試合中継や「SUMMER SONIC」といったライブイベントの場を提供でき、一方で、TBSさんはサッカーや野球、ゴルフといったスポーツ中継に強く、音楽番組なども数多く作られているので、我々が持っていなかった環境でもリモートプロダクションを実験的に試すことができたんです。

 おっしゃるように、スポーツでも競技によって求められる性質が変わってきますし、毎回新たに気付かされることがたくさんありましたよね。

石村(信) それに、ひとつの会社の中だけで技術を成熟させていくというやり方ももちろんありますが、違う文化を持つ他企業と一緒にやることで学べるものやノウハウもたくさんある。そこもメリットですよね。

 そうですね。私もいろんな現場に連れていっていただき、多くのことを吸収させていただきました。こうした、ともに成長できる環境があるというのは本当に素晴らしいことだなと実感しています。

LMSの魅力を決定づけた簡単接続の技術

――LMSの大きな特徴として、低遅延・遠隔操作・簡単接続・高画質の4つのポイントが挙げられます。低遅延と遠隔操作のご説明はいただきましたが、残りの2つはどのような経緯で生まれたものなのでしょう?

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石村(孝) 低遅延や画質に関してはLMVの頃からすでに水準に達していましたから、そこからどんどん機能がアップデートしていった感じですね。ですから、新たな取り組みという意味で挑戦だったのは「簡単接続」でした。

石村(信) せっかく低遅延で番組を配信できても、設定が複雑だったり、万が一のトラブルに備えて専門の人間が近くにいなくてはいけないとなると、それはやはり現実的ではない。そういった点から、誰でも簡単に接続できるものにしたいという想いがあったんです。

2508_features_lms_sub05_w810.jpgWOWOWエンタテインメント株式会社 プロダクション推進本部の石村 信太郎

石村(孝) それに、実を言うと、リモートプロダクションという技術自体は我々が着手する前から大手メーカーがすでに形にしていたんです。ただ、専用の機材や回線が必要で、コストがかかりすぎてしまう問題があった。そこで、一般家庭で使われているインターネット回線を利用する案が出たのですが、それはそれで、ほとんどのネットワークが外部から攻撃されないように設計しています。たぶん、ここが一番の難関だったと思います。でも、それを越える技術をTBSさんが作ってくださったのです。

 私がLMSの技術の中で一番驚いたのが、この簡単接続でした。本当にすごいシステムだなと。

石村(信) 実際、この簡単接続が実現したことで、LMSの開発やビジネス化も一気に進んでいったように思います。

 これが形になったことで、今では現地に行くスタッフの数もかなり減りましたよね。

石村(信) そうですね。2〜3人いれば事足りますから。極端なことを言えば、必要なのはカメラとインターネット環境とLANケーブルだけでいい。仮にトラブルが起きても、機械を再起動したり、電源を入れ直すだけのシンプルな状態になっていますから。

石村(孝) 以前、この『FEATURES!』(※)でもお話ししたことがあるのですが、初めてリモートプロダクションに挑戦したのが、2019年に行なわれた全国選抜高校テニスの試合中継で、その時はこれでもかというぐらい盛大に失敗したんです。
(※ https://corporate.wowow.co.jp/features/detail/3818.html

石村(信) 5秒に1回ぐらいの割合で、どこかしらにエラーが出てましたよね(笑)。

石村(孝) それを思うと本当に感慨深いです。

低遅延・高画質ゆえに可能になったかつてない映像演出

――現在、LMSはさまざまなコンテンツで活用されていますが、皆さんが特に印象的だった取り組みにはどのようなものがありますか?

 TBSの番組でいうと2つあります。ひとつは、野球中継でグラウンドの映像に選手の顔写真や守備位置などをCGで重ねていくというもの。以前からあった演出ですが、コスト面や機材の多さの関係で簡単にできなかったんです。でも、リモートプロダクションのおかげで、復活させることができました。台湾で行なわれた試合の中継でも取り入れられましたし、国内外を問わず活用できる"手軽さ"を証明できたように思います。

もうひとつは音楽番組です。ライブ会場からの中継で客席の最上階に演者さんが行き、そこからスマホを使って自撮りしながら歌っている映像を生放送に乗せることができました。低遅延だからこそできたことですし、LMSを使うと、通常のカメラが持ち込めない場所でも撮影が可能になりますので、アイデア次第でもっといろんな活用方法があるのではないかと今も探っているところです。

2508_features_lms_sub06_w810.jpg株式会社TBSテレビ メディアテクノロジー局 未来技術革新事業部の原 拓 氏

石村(孝) 意外なところでは、VTuberさんからの依頼もありましたよね。近年、VTuberさんのライブが増えていますが、低遅延ゆえに、会場とは別の場所にあるスタジオから歌声を届けられ、かつお客さんとのコール&レスポンスもできる。"なるほど、こういう需要もあるのか"と目から鱗でした。

石村(信) また、今ホットな話題として、建設業界からも「重機をリモートで操作したい」というお話をいただきました。低遅延で高画質のLMSがニーズにマッチしているということで、6月に開催された「EE東北'25」というイベントでも、日特建設さんと一緒に一般の方に向けたのり面吹付ロボット(スロープセイバー)の遠隔操作体験を実施しました。

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石村(孝) ただ、特殊な状況が生まれる現場なだけに、我々が提供する機材もそれに合わせたものじゃないといけないんですよね。「この機械は40度までしか耐えられないんです」では話になりませんから。そうした課題が見えたことも、我々にとって大きな収穫でした。

医療現場など新たな業種での活用にも期待

――最後に、LMSの今後の展開としてすでに決定していることや展望がありましたらお聞かせください。

 タイムリーな話題だと、LMSはこれまでMacやiPhoneなどApple製品に特化したソフトウェアでしたが、8月からWindows版の提供もスタートしています。もっと手軽に利用してもらえるよう、これからもさまざまな進化のアプローチを検討していきたいです。

石村(信) 私が今やってみたい試みとしてあるのが、スポーツの審判の耳にカメラを付け、臨場感のある画をお届けするというものです。すでに実験を始めているのですが、その最適解を探っていきたいんです。

石村(孝) ハンドボールの試合でやりましたね。審判は試合中ずっと走り回っていますから、ものすごく迫力のある映像が撮れました。それに近いアイデアとして、野球の一塁ベースにカメラを仕込み、全速力でバッターが走ってくる映像を見せるというのも面白そうだなと思っています(笑)。また、メジャーなスポーツに限らず、LMSは手軽さや低コストが売りですから、普段なかなか放送で見られないようなマイナースポーツの配信などにもアプローチしていきたいなという想いもあります。

 それと、ゆくゆくは医療の現場などでも活用してもらえる日が来るとうれしいですね。

石村(孝) 確かに。先ほどの建設業界もそうですが、低遅延と高解像度の画質を求めている業界って意外と多いんです。防犯システムもそうですし。きっと、我々がまだ気付いていないだけで需要は隠れていると思いますので、活用の場を模索しつつ、そこにリーチできるように開発を進めていければと思っています。

■映像・音声・制御信号伝送ソフトウェア Live Multi Studio
https://livemulti.jp/studio/

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▼プロフィール(写真左より)
石村 孝之(株式会社WOWOW 新規事業開発部 部長)
2001年WOWOW入社。技術局で"マスター"業務を務めたのち、回線センターを経て、2017年からWOWOWエンタテインメントに出向。LMV(Live Multi Viewing)およびLMS(Live Multi Studio)の開発に従事し、2025年4月よりWOWOW 新規事業開発部部長に就任。

原 拓 氏(株式会社TBSテレビ メディアテクノロジー局 未来技術革新事業部) 
アプリ開発などを行なう前職を経て、2022年TBSテレビ入社。未来技術設計部でLMSの開発に携わる。2025年7月より新名称となった未来技術革新事業部でLMSのメインメンバーとして企画、開発を担当。

石村 信太郎(WOWOWエンタテインメント株式会社 プロダクション推進本部 技術推進部)
2015年WOWOW入社。"マスター"に配属され、有志メンバーでLMVプロジェクトに参画、2018年より技術企画部でR&D(研究開発)業務を行なう。同年より、LMVおよびLMSの本格開発に従事。2022年よりWOWOWエンタテインメントに出向。

取材・文/倉田モトキ 撮影/中川容邦