2024.02.29

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"神がかり的"スイッチング技術の秘密とは? 課題は若い世代への技術の継承(後編)

WOWOWエンタテインメント株式会社 技術事業本部 中継技術部
エグゼクティブ・ディレクター 播島暁
副部長 藤本誠司

視聴者のみならず、業界内やアーティストからも厚い信頼が寄せられているWOWOWのライブ中継。数あるモニターの中からその瞬間に最適な映像を選択し視聴者に届けるスイッチャーとして活躍する播島暁、最高のパフォーマンスを映像に収めるカメラマンの藤本誠司がWOWOWエンタテインメントの技術の高さについて語ってくれた(前後編の後編)。

何かが降りてくる? マネできない"神がかり"的なスイッチングの秘密は?

――瞬時にベストの映像を選択する播島さんの高いスイッチング技術に関しては、アーティストの側から指名があるほどだと伺いました。藤本さんから見て、播島さんのスイッチングのすごさはどういった部分にあると感じますか?

藤本 僕にないものを全部持っているのでうらやましい限りです。 "何か"があるんでしょうね。播島さんがスイッチングする時は「何かが降りてくる」ってよく言われるんですけど(笑)。たぶん、準備しているようで、していない――感覚でスイッチングしている部分もあると思います。「こんなの絶対にもう1回できないでしょ?」という神がかり的なスイッチングをしたりするんで。感性なのかセンスなのか......? 自分がカメラマンとして現場に入っている時は、いかに播島さんに押してもらえるかを楽しみにやっています。

播島 いやいや......。これまでスポーツにステージ、ライブ中継でもアイドルからバンドまで、本当にいろんなジャンルをやってきたので、その経験が自分の中に蓄積されて、引き出しから出せる瞬間があるのかなと思います。経験ですね、やはり。なかなか説明できないですけど......。

藤本 説明できないからマネもできないし、「教えてください」と言われて教えられるものじゃないんでしょうね。

――カメラマンとしてのノウハウをお持ちであることが影響している部分もあるんでしょうか?

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播島 カメラマンのノウハウがベースになくともスイッチャー業務はできますが、あればより理解が深まるし、さらに精度の高いスイッチングができるようになるとは思います。最近はディレクターからスイッチャーになる人が多くて、カメラマンからという人は少ない気がします。自分はカメラのことを分かっているので「今、ボタンを押しても画が悪くなっていく流れだな」とか「今は準備中だな」という想像が働くんですよね。ディレクターはカメラのことは分からないので、ディレクター目線で欲しい画を要求してボタンを押しても、「今の位置からそんな画は撮れないよ」という場合もあります。カメラマン、ディレクター両方の視点で考えられるので、その経験値が活きているのかなと思います。

――逆に播島さんから見て、藤本さんと一緒に仕事をされていて、すごいと感じる部分はどういうところですか?

播島 撮影監督として何十台というカメラに役割を与えるという役目を負っているわけで、ディレクターが作品として編集できるように、その素材となる映像をすべて集めているのは撮影監督ですからね。カメラマンに理解させるように意図を伝えて、進めていく部分はすごいですし、本番中もなんだったら、いちばんモニターを見ている存在であり、僕らも気付かされる部分がたくさんあります。

修羅場をくぐってきた"チーム"が織り成す最高のライブ中継

――WOWOWエンタテインメントのライブ中継のクオリティーの高さの秘密はどういう部分にあると思いますか?

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播島 自社で撮影監督、カメラ、スイッチングにディレクターまでやろうと思えばできるんですよね。コアなメンバーでいつも動けるというのは大きいと思いますね。

藤本 やはり各セクションにこれだけ優秀なスタッフ、機材がそろっているチームというのは他にはなかなかないと思っています。生中継におけるクオリティーの高さはWOWOWエンタテインメントが日本一だと自負していますし、その積み重ねが信頼につながっているんだと思います。

その中でも一番はスイッチングの能力とそれに付随するカメラ技術の高さだと思います。加えて、見えない部分でのセーフティーシステムの構築といった部分を含め、生中継に対するクオリティーがすごくしっかりしていると思いますね。

――ライブ中継の仕事のやりがいや醍醐味を感じる瞬間について教えてください。

藤本 僕らの仕事は一発勝負ですからね。PVや映画ならリテイクができますけど、生中継のような撮り直しの効かない状況で、撮影監督として自分がプランニングしたイメージ通りに本番でもハマった時は「さすがだな、俺」と思ったりしますね(笑)。

自分がカメラマンとして入っている時は、その時々でしびれる瞬間というのはありますし、それはこの仕事でなくては味わえない醍醐味かもしれません。もちろん怖さもありますけど、だからこそアドレナリンが出てくるし、終わった後の達成感や悔しさもあるのだと思います。

播島 僕も大型の案件をやり終えると達成感はありますね。いや、もしかしたら「無事にやり終えた」という安堵感のほうが強いのかな(笑)。ドーム級の30台、40台のカメラでの中継となると、何事もなく終わるのかという心配もありつつ、そこにスイッチャーとして入って、無事に本番を終えて、プロデューサーから「よかったよ」という言葉をもらえるとうれしいですね。

――アーティストから指名されるというのはうれしい反面、プレッシャーもすごいのでは?

播島 怖いですよ(笑)。日本武道館でのライブを生中継させていただいた矢沢永吉さんに「終わったらすぐにスイッチング見るからね」って言われたことがあって、そんなにハードルを上げられてもプレッシャーですよね(苦笑)。

――これまでで印象に残っているお仕事について教えてください。

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藤本 サザンオールスターズの撮影を過去に長い期間担当させてもらっていたのですが、2015年に行なわれた「おいしい葡萄の旅」においては、会場内のLED用カメラとWOWOW放送用の撮影をすべて担当させていただきました。ツアーをすべて撮影し、毎回の修正とブラッシュアップを繰り返してきたので、アーティスト側から求められているものを理解した上で撮影することができて、僕の中では非常に高いクオリティーの作品ができたと思っています。

播島 僕もサザンオールスターズのライブは、何度か入らせていただいていて印象深いですね。それから福山雅治さんのカウントダウンライブ生中継のスイッチャーもやらせていただきましたけど、カウントダウンから年明けの瞬間をどうやって見せたらいいのか? とあれこれ考えてやり切って、思い出深い仕事ですね。

言語化しづらい"技術"をどうやって次の世代につなげていくか? 

――お2人がお仕事をする上で大切にしていることや心がけていることを教えてください。

播島 映画やTVなど、いろんなものを見て「カッコいいな」と感じたものはなるべくマネするようにしていますね。いろんなものに興味を持って積極的にやるようにします。プライベートでライブ中継を見ることはあまりないんですけど、ドキュメンタリーはよく見ます。違うジャンルのものを見て「これは活かせるんじゃない?」と考えることはよくありますね。

藤本 僕は人のつながりがいちばん大事だと思っていて、休日でも仕事で付き合いのある人と遊びに行くことは多いです。そういう時、仕事の話はほとんどしないんですけどね。同じ仕事をするにしても、人のつながりがあるとないでは、まったく仕事のやり易さ、進み方が違う事が多々あります。別に仕事のために「人脈をつくろう」と意識しているわけではないですが、人とのつながりや出会いを楽しんでいます。

――職人技とも言えるお2人の技術ですが、若い世代に継承していくことについて、意識していることはありますか?

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播島 やはりどんどん伝えていかないと、会社としても発展していかないですからね。若い人がトライできる環境を整えて、チャンスを与え、見守っていくことが必要だなと思います。感覚の仕事なのでなかなか言語化して教えることが難しいんですけど、その中でも「これだけは準備しておいてくれ」ということは伝えるようにしていますね。

藤本 まさに今、僕がいちばん悩んでいる部分でして......(苦笑)。難しいですね。僕の若い頃は「見て覚えろ」という感じで、「見て覚えないヤツのことは知らないよ」って簡単に業務から外されましたからね。

今の時代、もちろんそういうやり方じゃ駄目だし、でもどうやって教えたらいいんだろう? と悩ましいです。「見て盗んでくれ」と言うようにしているんですけど、「ここ見とけよ!」という瞬間はだいたい隣に誰もいないんですよね(苦笑)。だからって「今だよ」ってわざわざ呼ぶのも恥ずかしいじゃないですか(笑)。

コロナ禍があったことで、なかなか話す機会もないところから仕事を始めた若いスタッフもいますし、そもそも、若いスタッフと年齢が離れ過ぎていて、間に入る世代がいないんですよね。そこは採用の問題だと思いますけど......。若い人にしてみたら、話しかけづらいでしょうしね。細かい技術の継承って本当に難しいです。今後、そこは考えていかないといけない部分ですね。

――最後にこれから実現したいことやチャレンジしたいことを教えてください。

藤本 今、中継という一発勝負の現場で撮影に臨んでいますけど、僕自身、究極の映像表現は「映画」だと思っているので、最終目標として映画を撮影したいですね。1台のカメラで一つの作品を作ることができたらいいなと思っています。

播島 僕は最近、ミュージカル収録や配信のディレクターを務めることが多いんですが、歌であったり所作だったり、ライブとはまた見せ方が全然違うのがミュージカルの面白さだと思っています。単にカッコいい映像を切り取るだけではストーリーが伝わらないんですよね。ミュージカルとして意味のあるカットをいかに撮ることができるかと日々追究しているところですが、僕個人だけでなく、WOWOWエンタテインメントとして丸ごとミュージカルの仕事ができるように続けていけたらと思っています。

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取材・文/黒豆直樹  撮影/祭貴義道