2019.12.25

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世界的クライマー・平出和也×4K・HDR技術が切り取ったニュージーランドの大自然の映像美!「平出和也のSKI TUNE!」が示す新たな可能性

アスリートカメラマン 平出和也 / WOWOWエンタテインメント ビデオエンジニア 橋本優太

世界的クライマー・平出和也×4K・HDR技術が切り取ったニュージーランドの大自然の映像美!「平出和也のSKI TUNE!」が示す新たな可能性

登山界のアカデミー賞とも称される「ピオレドール賞」を2度受賞した世界的登山家であり、山岳カメラマンとしても活躍する平出和也。彼がニュージーランドの山々の標高2000メートル地点にヘリコプターで降り立ち、新雪の斜面を下りつつ、その様子を映像に収めていくWOWOWの新番組『平出和也のSKI TUNE!』の放送が2020年1月5日より全6話でスタートする。

ニュージーランドの圧倒的な大自然の絶景と一流のスキーパフォーマンスを4K・HDRカメラで捉えているのも同番組の大きな見どころ。放送開始を前に平出と同番組に技術スタッフとして参加したWOWOWエンタテインメントのビデオエンジニア・橋本優太の対談インタビューを敢行! 従来のWOWOWの番組とは異なる撮影条件の下、どのような準備を積み重ね、同番組の収録に至ったかをたっぷりと語ってもらった。

平出和也にしか撮影することができない風景がある!

――平出さんは長野県の八ヶ岳の麓で生まれ育ち、小さい頃から山やスキーに慣れ親しんできたとのことで、プロの登山家になったのも、ご自身にとってはごく自然な流れだったのでしょうか?

平出 登山に関しては「仕事」というより、損得と関係のないことがしたいという思いでやっています。いまの時代、どうしても「お金、お金...」となりがちですけど、自然の中での活動や冒険というのは誰もが平等なんですよね。

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"プロ"とか"仕事"という言い方をするとお金をもらって成り立っているという意味合いになってしまうかもしれませんが、僕は自由に自分の気持ちが赴くままに活動したいし、先人が歩いた道、そういう既にある道を外れて、自分が歩いたその跡が新たな道となるような、そんな活動をしたいという思いでやっています。

一方で、カメラマンとしての仕事、撮影に関しては対価をもらって活動していくものです。ポリシーとしては、「自分にしかできない場所で撮影をしたい」という思いがあります。僕にしか行けない場所に入り込んだ"特等席"でその冒険を見たいと思っているし、その撮影をしたいんです。

カメラマンになったきっかけは、もともと僕は自分の冒険を記録撮影しており、そこに収められているのは、世界で初めての登頂ルート、そもそも普通では行くことができない場所で撮影された、普通では手に入れることができない映像だったわけです。

僕にしか見れない世界だけど、それだけで終わってしまってはもったいないという思いがあり、もっと多くの人に見てもらえるチャンスがあるなら...ということでカメラマンとしての活動を開始したのが2008年くらいです。

最初の仕事はガチャピンのヒマラヤチャレンジ(『Beポンキッキ』内の企画)でした。その撮影後、百名山に関する番組などに呼んでいただけるようになって、WOWOWでは2011年に『ノンフィクションW エベレスト、登れます。~一般登山者とカリスマガイド 究極の挑戦!~』という、35歳のOLさんと67歳の医師がエベレスト登頂に挑戦する番組に参加しています。僕自身もエベレストに登ったのは、それが初めてでした。

810hiraide_everestkumi.jpg2011年放送『ノンフィクションWエベレスト、登れます。
~一般登山者とカリスマガイド 究極の挑戦!~』より
 写真上 左:平出和也氏

――TV番組だけでなく、冒険家の三浦雄一郎さんのエベレスト登頂にも、サポート&撮影スタッフとして同行されていますね。

TV番組に呼んでいただいたことで、そういうお話もいただくようになりました。僕はこれまで3回エベレストで撮影をしていますが、やはりエベレストで撮影できる人間というのは限られているんですね。極地で安全管理も自分でしつつ、ちゃんと撮影ができる人はそんなにいませんから。

父の背中を追いかけてテレビ業界に入ったカメラマンがビデオエンジニアになるまで

――橋本さんはWOWOWエンタテインメントに入社され、現在はビデオエンジニアとして活動されていますが、入社からここまでの経緯について教えてください。

橋本 まず入社のきっかけなんですが、そもそも僕がこの業界を目指したのは、父がカメラマンをやっていたからなんです。小さい時からTV番組であったり、父が作ったものを見ていました。ただ、父はこの業界の厳しさも知っているので「入ってくれるな」と言ってたんですけど(苦笑)、僕は絶対にこの業界に入りたいと思っていました。

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父はWOWOWのライブでカメラマンとして仕事をしていて、現場を見せてもらったことがあったんです。いまもWOWOWエンタテインメントにいる方と直接お話をさせていただいて「じゃあ来てみる?」と言ってもらえたのが、この業界、会社に入るきっかけでした。

入社後、最初はカメラマンを目指していたんです。CA(カメラアシスタント)を経て、4年ほどカメラマンとして働いていたんですが、テニスのグランドスラムの中継の仕事をやるようになり、テクニカルディレクターとして現地に足を運ぶ機会があったんです。

そこでは海外のクルーとシステムの話をする機会が多く、カメラのことだけではなくもっと多くのことを学ばないといけないと感じました。当時はシステムを構築する知識が全くなくて、海外のクルー頼みになってしまうところがありまして...。自分がこうしたいという考えも持てないし、それでは現場にいる上で、ちょっと違うなと思ったんです。自分に見えていなかったものがわかってきて、このタイミングでもっと勉強したいと思い、会社にお願いしてビデオエンジニアの仕事をさせてもらうようになりました。

――「ビデオエンジニア」という仕事が具体的に何をするお仕事なのか、一般の人にはわからない部分も多いかと思うので、説明いただけますか?

橋本 ビデオエンジニア(VE)という仕事は、いま、僕らがやっているスポーツやライブなどの仕事で言うと、現場からの中継や収録の基礎を作る仕事ですね。中継車を置いて、中継システムの構築をします。中継車を使わない場合は、必要な機材をひとつずつ集めて、システムを構築して中継・収録ができるようにします。もうひとつ、「映像のクオリティ管理」もビデオエンジニアの仕事です。明るさや色味など、各現場ごとに、その空間を画面を通じて表すために必要なことをやっています。

――それは撮影された映像素材に対して行なうのではなく、中継・収録の前に現場で行なっているということですか?

橋本 そうです。毎回、現場で調整を行ない、カメラで撮影したものを収録しているという感じです。

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「いよいよ来たのかな...」運命を感じたニュージーランド行きのオファー

――平出さんは、最初にWOWOWから今回の『平出和也のSKI TUNE!』の話が来た時、どのように受け止めましたか?

平出 「僕でいいのかな?」というのが最初の印象でしたね。僕自身はスキーのプロではなく、どちらかといえば登山のプロですから、ちょっとそこは心配ではありました。ただ、ニュージーランドという、いままで行ったことのない場所に行けるということで、いつかは行くだろうと思っていた場所でもあったので、「あぁ、いよいよ来たのかな...」という人生の巡り合わせを感じましたね。

突然いただいた企画ではあったんですが、いまこのタイミングでこれを知ることが僕の人生で必要なことなんだなと。誰かに「これをしろ」と言われるわけではなく、すべきか否かは自分で決めることなんですけど、いまのタイミングでこれをやってみようと思えたんですよね。

――今回はスキーヤーとしての「出演」に加えて、自らカメラを背負って「撮影」もされていますね。

平出 僕としてはもう少し撮影をしたかったという気持ちもあったんですけど、意外と"出役"のほうが大きかったですね(笑)。そこは常にせめぎ合いの部分でもあるんですが。

810hiraide_skitunebamensha116006_001_scene_a.jpg『平出和也のSKI TUNE!』より

――「カメラマン」としての自身と「スキーヤー」としての自身の間で気持ちやスイッチの切り替えというのはありますか?

平出 そうですね。普段は撮影の場合、ストックも持たずに滑っているんですけど、今回、すごく久しぶりにストックを持って滑らせてもらって「こんなに楽しくていいのかな?」「こんな遊びのような時間でお金をもらっていいのかな?」って思いましたね(笑)。

810hiraide_skitunebamensha116006_000_key_b.jpg『平出和也のSKI TUNE!』より

ただ、そうやって自分が楽しむことで、感じているワクワク感やドキドキが映像を通じて伝わるものだとも思うので、それでよかったのかなと。(スキーヤーとしての比率が多かったことで)まず自分自身、純粋に楽しかったですね。

――普段はご自身でカメラを担いで自分の足で7000~8000メートル級の山に登って撮影されていますが、今回の3000メートル級の山からスキーで滑りながら撮影していく経験はいかがでしたか?

平出 まずそもそも、ヘリを使って山の上まで行くというのは"反則"かなって思いましたね(笑)。ただ、普段のやり方だったら数日をかけて1か所しか知ることができないような場所に、今回はヘリを使うことによって半日でいくつものロケーションに行くことができて、凝縮して楽しむことができたし、それはヘリだけでなく、現地を知り尽くしたガイドさんがいなければできなかったことでもあったので、それはそれで貴重な経験ができたと思います。特に撮影に関して言えば、「この時間の陽の光は...」といったアドバイスをいただいたり、多くの人の助けをいただいたからこそできたものだと思います。

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スキー板の先に穴をあけてカメラを装着! "カメラマン"平出和也のすごさ

――橋本さんは、今回の番組『平出和也のSKI TUNE!』では、ビデオエンジニアとして具体的にどのような仕事を担当されたんでしょうか?

橋本 今回のようなENG撮影(※カメラマン、ビデオエンジニア、音声スタッフという体制での撮影)のスタイルは、正直、WOWOWとしては決して多くなくて、慣れていない部分も多かったんですね。

まず今回の撮影でのカメラ選定にあたって、重視したのはカメラの機動力でした。良いカメラはいくらでもあるんですけど、重いカメラを持って移動することはできないので、持ち運びができるサイズで、今回の企画にある4K・HDR(※)での撮影が可能なものでないといけない。

※HDR⇒High Dynamic Range(ハイダイナミックレンジ)の略称で、従来のSDR(スタンダードダイナミックレンジ)に比べてより広い明るさの幅(ダイナミックレンジ)を表現する技術。この技術により輝度(明るさの範囲)が従来の100倍の明るさを表示でき肉眼で見る景色に近い陰影を表現できる。

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その時点でいくつかのカメラに絞られるんですが、ニュージーランドでの撮影前に長野で平出さんにもご参加いただいて撮影テストをしました。そこで撮った映像を後日、編集チームにも見てもらいながら検証したんですが、映像のノイズがひどかったんですね。

――映像のノイズ?

平出 スマホなどでも夜間に動画を撮影すると出てくる映像のざらつき、あのザラザラのことです。

橋本 それは今回使用したカメラの特性でもあって、明暗部の情報をなるべく多く素材に残す為に、最初からゲイン(感度)がアップされているんです。それにどう対応すべきか? レンタルの機材だったんですが数日借りた上で、会社の先輩後輩にお願いして、夏場の暑い中、辰巳のスタジオの周辺の公園でいろんなものを撮ってみて、どういう設定がこのカメラに適しているのかを事前にリサーチして「これでいけそうだね」という状態になった上で、ニュージーランドに持ち込みました。

逆に言うと今回、現場に入ってから迷ったりすることはほとんどなくて、「このカメラはこういうカメラだ」という知識を蓄えた上で臨んだので、カメラマンさんにも「こういう絞りでお願いします」「この設定で撮ってください」という感じで、スムーズに撮影できたと思います。

――平出さんにもカメラを持ってもらうことで、普段の番組づくりとは異なる部分も多かったんでしょうか?

橋本 平出さんが普段から使っているご自分のカメラを持って来てくださって、そこは平出さんにほとんどお任せになってしまったんですが、色温度や設定など、勉強させていただいたことがたくさんありました。

そのカメラはHDR・60P対応ではないんですが、普段から使い慣れてらっしゃるので、カメラもいろいろ面白いところに着けてくださって。それに関しては監督とも「これをなくしちゃうのはもったいないよね。面白い映像がなくなっちゃうから」という話を事前にしていました。そのぶん、編集チームは撮影後、大変だったかもしれませんが...(苦笑)(※2)、HDR・60Pということだけに縛られず、遊びのカメラを取り入れて撮影をするというのは、番組を作る上でも正解だったなと思います。

※2 HDR・60P対応ではない・・・編集チームは大変だった・・・⇒4K・HDR撮影では原則60P(フレームレート60・プログレッシブ方式)で収録を行う。平出さんがスキーの先端に取り付けて使用したカメラ(GoPro)は解像度は4K、30P(フレームレート30・プログレッシブ方式)での収録しかできないため、30Pで収録した素材を編集室で60Pに変換を行い、編集チームが時間をかけてグレーディングを行い、4K・HDRカメラで収録した素材と遜色ない状態に仕上げた。

――普段から番組づくりでカメラを扱っているスタッフからしても、平出さんのカメラの使い方は独特なのでしょうか?

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橋本 そうなんです。スキー板の先に穴をあけて小型カメラを括りつけたり、僕らには想像もつかない撮り方をされますね。そういう映像があるからこそ、今回の番組ができたんだなと思います。普段の中継でフォーマットが違うカメラを使うことはほとんどないので、新しく挑戦した部分だったなと思います。

810Go Proemily.jpg スキー板につけたカメラで撮影したカット

一瞬の絶景を逃すな! 大自然を相手にした撮影の難しさ

――今回の企画ならではのオリジナリティを出すという点で、どんなことを意識して撮影に臨みましたか?

平出 「他とは違う」ということに関して言えば、自然においては「同じ」ということはないんですよね。全てが新しいんです。ただその中でも陽の入り方やロケーション、その全てがニュージーランドのあの場所だからこそあって、そこで撮れたものが番組で映し出されていると思います。そういう意味で、一生に一度しかない機会をきちんと切り取るということは意識していました。

とくに今回、より"入り込んだ"映像――見ている方が自分で滑っているかのように感じてもらえる映像を撮れたのではないかと思います。僕が特等席でこの目で見た景色をそのまま生で見ているように感じてもらえるんじゃないかなと。

810hiraide_drone.jpgドローン撮影中の平出さん

橋本 僕らが普段、仕事で相手にしているのは自然ではなく、例えば音楽ライブが多いんですが、今回は自然を相手にすることで、その一瞬しかない光景があって、その場でカメラの適正な設定を決めて対応しないといけなかったんですね。それは普段、なかなかない経験でした。"一瞬"をきちんと視聴者に届けたいし、あのニュージーランドの景色、HDRだからこそ見えている色や明るさ、暗い部分もあって、それを見せられる企画だと思うので、なるべく、ニュージーランドそのものの"空気感"を映像として伝えるということは大事にしました。

810hiraide_skitune_mountain116006_001_scene_b.jpg『平出和也のSKI TUNE!』より

迷ってるとカメラマンが撮りたかった画が撮れなくなっちゃうんですよね。カメラマンが「いま、これを撮りたい!」と感じた時に、なるべく早く設定を決めるというのは、現場で常に心がけていました。

――改めて平出さんとお仕事をされて、どんな印象を持たれましたか?

橋本 山岳家としてすごい人だというのはわかってましたが、さっきの話に出た小型カメラなどの話もそうで、映像に関してもすごいこだわり、探究心を持ってらっしゃる方だなと思いました。普段、自分はタイムラプス(※3)をやることもないんですが、平出さんの映像を見させていただいて「カメラマンとしてもすごいな」と思うことがたくさんあり、勉強させていただきました。

※3タイムラプス⇒低速度撮影。カメラの回転速度を低くして、時間経過を撮影する。「時間の経過」を意味する「time lapse」に由来。この手法で撮影すると時間が経過する様子を早回しで表現できる。

――平出さんは4K・HDRでの完成した番組を見て、いつもの映像との違いを感じた部分などありましたか?

平出 4K・HDRできちんと見たのは(この日、行われた番組の試写が)初めてでした。現地で映像を見せてもらった時は、まだ色が乗っていない、グレーディング(※4)していない状態だったので、正直、これがどうなるのか? という心配はあったんですが、完成したものを見せてもらった時にこんなキレイな世界に仕上がるのか! とびっくりしました。ニュージーランドの自然のダイナミックさを伝えるために必要な技術であり、HDRがうまく活かされた世界になっているんじゃないかと感じましたね。

撮影ではやはり"一瞬"でしかない世界を伝えたいという思いで臨んでいました。僕は自然の中にいることが多く、山がどういう表情を見せるのかを様々な場所に行くことで学んだので「いま、空がもっと赤くなりそうだな」とか「シュプールがキレイに撮れそうだな」ということを予測したり、気づいたりする部分もあって、それをうまく映像として形につなげることはできたのかなと思います。

※4グレーディング⇒カラーグレーディングのこと。編集において映像の色を変える色補正の手法。

810hirade_satsuei.jpgヘリスキーの撮影前に平出さんと機材の確認をする橋本VE

限界の向こう側、さらにその先にこそ美しさがある!

――難しかった部分や撮影が大変だったシチュエーションなどはありましたか?

平出 タイミングですね。一緒に滑ったスキーヤーとタイミングを合わせて並走していかないといけないので。どういう感じで撮りたいのかというのを伝え、(一緒に滑った)エミリーさんは現地の人だったので、英語で意思疎通しながら進めていくんですけど、どうしてもタイミングがずれてしまう部分も最初はありました。ただ、それも撮影を進めていく中で徐々に精度が上がってきて、交わす言葉が少ない中でも撮りたい映像が撮れるようになっていきました。

――完成した番組の中の平出さんがスキーヤーと並走して撮影された映像を拝見すると、あまりに自然で"撮影者"である平出さんの存在がいい意味で消えているような感覚さえ抱きました。普段から撮影の際に撮影対象者との距離感やコミュニケーションでどんなことを心がけているんでしょうか?

平出 先ほど、三浦雄一郎さんの名前が出ましたが、三浦さんのエベレスト登頂に同行した際のことを例として挙げると、僕は「三浦さんが生涯現役でいる理由は何だろう?」ということが気になって、あの登頂に同行させていただきました。

そのとき、僕が意識していたのは「思いやりを持って撮影させていただく」ということでした。僕が先に回り込んで撮るのではなく、なるべく後ろから撮ろうと。全ての事象に対して三浦さんに最初に見て、気づいてもらいたかったんです。

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そういう感じで被写体やシチュエーションによって考えることは違うんですが、今回で言うと、(被写体は)バリバリの現役のスキーヤー、ガイドさんだったので、こちらもアスリートとしてのモチベーションが上がる部分もあり、どこまで彼らに食らいつけるか? という思いはありましたね。やはり苦しくなったその先、限界のその先で、魅力的なものが撮れたり、素晴らしさに出会うことが多いんです。上っ面だけでただ「キレイだな」というものではなく、ずっと並走していて相手も徐々につらくなってきて、こっちもキツくなってくるんだけど、でもその先でさらに違うものを捉えることができるんじゃないか? そんな思いで食らいついていきました。

――今回のニュージーランドでの撮影を経て、今後、WOWOWと組んで行ってみたい場所、挑戦してみたいことはありますか?

平出 WOWOWさんは、テニスなどのスポーツであれライブであれ、興味を持っている人がそれをより深く知ることができるチャンネルだと思っています。僕は自然が好きで、その魅力をより多くの人に知ってもらいたいと思ってるので、先ほど「損得を超えた自分自身の挑戦としての登山」という話をさせてもらいましたが、そういうものを通して、自然の素晴らしさはもちろん、挑戦することの大切さを感じてもらえる番組を一緒に作っていけたらいいなと思っています。

(普段、8000メートル級の山々にアタックしている)僕の挑戦は、かなりコアなものなのですが、WOWOWさんの視聴者の中にもそういうものをより深く知りたい人も多いのではないかと思います。僕自身、極限を超えた自分に出会ってみたいという思いで挑戦をしているので、それをより多くの人に見て、知ってもらえる機会があればいいですね。

――橋本さんは、平出さんと組むことで「新たにこんなことができるんじゃないか?」と刺激されたことなどはありましたか?

橋本 いま「極限を超える」というお話がありましたが、我々が足を踏み入れられない場所、平出さんだからこそ入ることができる場所というのがあると思います。HDRの技術も今後、さらに広がっていくと思いますが、新しい技術を平出さんに持っていただいて、我々が見ることのできない景色を平出さんの目線で撮ってもらい、それを視聴者が見ることができたら、楽しい番組になるんじゃないかと思いますね。

挑戦を重ねるほど臆病になる 一流登山家の恐怖と失敗の乗り越え方とは?

――最後にお2人の仕事観についてお聞きいたします。WOWOWでは「偏愛」を旗印に掲げていますが、橋本さんがお仕事をされる上での「偏愛」、大切にしていることはどんなことでしょうか?

橋本 いま、ビデオエンジニアをやる上では「放送をする」ということを何より大切にしています。カメラマンが本気で撮った画を放送することができなかったら何にもならないので、しっかりと収録素材を残すこと、現場で中継、収録を問題なく終わらせることが自分の仕事だと思っています。

いま言ったことは仕事をする上での"前提"とも言える部分ですが、その上で常に、その映像を「見ている人たちに届けている」という意識を変わらずに持ち続けるようにしています。自分のエゴでその現場の空間じゃないようなものを作るのではなく、視聴者が見て感動するものを作りたいという思いはどの現場に行っても持っています。

――平出さんは、カメラマンとして仕事をされる上で大切にされていることはありますか?

平出 おそらく僕の生き方自体がそうであって、登山家としても、カメラマンとしても、何をするにしても同じで、大切にしているのは「自分にしかできないことをする」ということで、それがモチベーションになっています。

――チャレンジに対する恐怖、自然に対する恐怖など、いろんな恐怖があると思いますが、恐怖とどのように向き合い、挑戦を続けているのでしょうか?

平出 若い頃と比べて、挑戦すればするほど、危険や恐怖に対して、すごく臆病になっていると思います。危ない目にも遭っていますし、実際に仲間も失っていますし、「山はもうやめよう」と思ったことも何度もあります。

より「安全に」という意識が高まっているからこそ、いまもこうして続けていられるのかなと思いますね。限られた時間の中で僕らは生きていて、その限られた時間をいかに豊かにするか? ということが大事なわけで、死んでしまったら終わりですから「死なないための最善の選択」というのを常に心がけています。それが、臆病でありつつ、強く生きるということにつながっているのかなと思いますね。

――時に挑戦に失敗することもあると思いますが、そういう時はどうやって自分を立て直すのですか?

平出 昔は「ちくしょう!」とか思いましたけど、いまは人間として自分に何かが足りないから、自分がそこに対峙するために必要なものを持ちえていないからこそ登れないのだろうと受け止めて、その"何か"を見つけてまた戻ってこようというふうに思いますね。

昔は「命さえ懸ければ、俺はどんな山でも登れるぜ」と思っていた部分があったかもしれません。いろんな経験をした上で、自然の中では人間というのは本当にちっぽけな存在だと自分の力の小ささを理解して、自然と競っても勝てないことを知って、少し謙虚になったのかなと思いますね。

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『平出和也のSKI TUNE!』(全6話)は2020 年1月5日(日)より放送開始 毎週日曜午前11:00~

取材・文/黒豆直樹  撮影/祭貴義道  制作/iD inc.