WOWOWの社内が"ストリート"に! 社員が参加して進化し続けるウォールアートがもたらした変化
アーティスト 赤池完介 / 総務部 渡辺蕗子
WOWOWのオフィスにストリートを思わせる巨大なウォールアートが出現! スポーツに音楽、映画、食、旅行といった“エンターテインメント”に関わる要素が描かれているが、よく見ると、このウォールアートのデザインを形作っているのは、大量の文字! 文字! 文字! これらの単語はWOWOWの社員へのアンケートを通じて寄せられたもの。型紙を壁に貼り、その上にペンキを塗ることでデザインや文字を浮かび上がらせる“ステンシル”という技法によって、このウォールアートは制作されている。
コンセプトやデザインを担ったのは、ステンシルを駆使したアートで様々なアパレルブランドとのコラボレーションから独自の創作活動まで幅広い活躍を見せているアーティストの赤池完介。WOWOW総務部の渡辺蕗子と話し合いを重ね、先述のアンケートの実施から、実際の壁へのペイントに至るまで、多くのWOWOWの社員を巻き込む形で、ウォールアートを完成に導いた。その狙いから制作のプロセスに至るまで、赤池と渡辺に話を聞いた。
自分はアーティスト? デザイナー? 肩書もわからぬまま走り続けた20年
――まずは赤池さんがどのようにしてアートの世界を志し、ステンシルの技法を使って創作するようになったのかを教えてください。
赤池 グラフィックデザインやアートの分野で仕事がしたいという思いがあって、美大を志望しました。もともと、アンディ・ウォーホルのようなシルクスクリーンの技法やパンクロックのセックスピストルズなどのビジュアルが好きで、ああいうものを作れるようになりたいと思ったんです。
"アート"としてこういうものを作っているアーティストへの憧れがあり、特にシルクスクリーンの技法や、ポスター、グラフィックへの関心が強まり、プリントメディアでモノを作るということを大学在学中はずっとやっていました。
ただ大学を出てしまうと学校にある機材が使えなくなってしまうんですね。それで機材がなくても作れるものをと、自分で紙を切り抜いて、そこにスプレーをかける...という手法でいろいろなものを作るようになりました。ちょうどその時期、ストリートのアートへの注目が高まってきて、バンクシーなどの作品に触れて、ステンシルで作品を作ることに共感したこともあり、自分でも作るようになっていきました。
――会社などでデザインを仕事にするのではなく、"アーティスト"として活動することになった経緯は?
赤池 正直、何も考えていなくて(笑)、就活で代理店を受けてみたり、会社でデザインの仕事ができないかと考えていたこともあったのですが、それもうまくいかず...。そんな中で、自分で表現することこそがカッコいいという意識が強くなり、周りのみんなが就職する中で、自分はどうしてもそこに対するアンチというか、逆の方向に行きたくなってしまって...(笑)。
先のことなど全く何も考えず...、もちろんアートが仕事になるとも思ってなかったですし、自分がアーティストになれるとも思ってなかったのですが、ウォーホルみたいな人だっているんだから、もしかしたら、なろうと思えばなれるのかなと(笑)。結局、そのためには自分で作品を作って発表するしかないなという考えに至りました。
当時は自分の肩書が何なのか? 自分がやっているのは現代美術なのか? 自分はイラストレーターなのか、デザイナーなのかもわからず、自分がいいなと思ったことをひたすらやってたという感じですね。
――それが時間を経て認められて、様々なブランドやファッションアイテムとコラボレーションするように...。
赤池 結果的に20年くらいかかってしまいましたが...(苦笑)。もうちょっとしたたかに生きて、きちんと勉強していればもう少しすんなりいけたのかもしれませんが...。
"インディーズ"という言葉が大好きで、何もないところから生まれてくるものだったり、メジャーにおさまらないところでやっているからこそ生まれる自由なパワーへの憧れもあったんですよね。ずっとインディーズで、何かに属さずにひとりでやっていけばいいんじゃないかという意識でやってきました。
「プロデューサーにはなりたくない」異色のWOWOW社員が仕掛ける働き方改革!
――渡辺さんは、2008年にWOWOWに新卒で入社され、プロモーション部に配属後、映画部を経て現在は総務部に勤務されています。ここまでのお仕事について教えてください。
渡辺 最初にプロモーション部に配属となって、パブリシティに2年いて、その後はWOWOWのホームページを作るような部署に2年ほどいたんですが、その後、映画部に異動となって、そこでは海外ドラマの日本語版の制作をしたり、ドキュメンタリーや映画の買い付けなどをしていました。
おととし、総務に異動となったんですが、毎度そろそろこの業務に慣れてきたな...と思う頃に異動の辞令や担務変更の指示が出るということを繰り返しております(笑)。ですので毎回、全く異なる業務の部署を経験しつつ、いまここにいるという感じですね。番組のプロデューサーにはあまり興味がないのですが、それ以外でしたら何でもやりますというスタンスで仕事をしております(笑)。
――WOWOWに入社されるみなさんの多くが、プロデューサーになって自分の番組を作りたがるものですが...。
渡辺 そうなんですよね、そうやって「作りたい」という人はいっぱいいるので、私がでしゃばる必要はないだろうと思っていまして(笑)。私はわりと片付けや整理することが得意なので、ゼロから発想するよりそちらの方が向いているんじゃないかと思っています。
――総務へ異動されて、今回のウォールアート制作に関わることになった経緯は?
渡辺 働き方改革の一環で、オフィス全体のリニューアルをすることになり、工期や予算などの都合を踏まえつつ、リニューアルの詳細が決まっていったんですが、ウォールアートを制作することは、最初に施工業者さんからご提案いただいていました。具体的に何をするかは決まっていませんでしたが、オフィスのリニューアルの中でも唯一、ゼロから作ることができる部分でもあって、ぜひやりたいという思いはありました。
アーティストの方を選定する段階で、何人かのアーティストさんの名前をいただきました。最初はアーティストさんの過去の作品を見て「どの方が好きですか?」と聞かれましたが、有志が集まり話をする中で、単に好きなアーティストに絵を描いてもらうのではなく、社員の思いやWOWOWらしさみたいなものを「WOWOW」という言葉を使わずに表現できれば、みんなのオフィスに対する思い入れが深まるのではないか? という結論に至り、そういうことに賛同してくれる人に、ということで、最終的に赤池さんに決まりました。
「交わる」というコンセプトの下、部署の垣根を超えて動き出したウォールアート制作プロジェクト!
――今回のウォールアートを含むオフィスのリニューアルに関して、どのようなコンセプトで進められていったんでしょうか?
渡辺 働き方改革の一環で、フリーアドレスがありました。普段の仕事の接点だけではないつながりを社員同士で持とうという動きがあったんですね。オフィスリニューアルの全体のコンセプトとしても「交わる」ということを据え、以前は「○部」とか「○○担当」というくくりで席も固定されていたんですが、それをどんどん壊していこうと。
その中で、このウォールアートに関しても、縦割りではなく「WOWOWで働く人」というつながりで進めていければいいなという思いがありました。
――具体的に、赤池さんとお仕事をすることになった決め手はどういった部分だったのでしょうか?
最初に4~5人の候補をご提案いただいたんですが、その中で私はもう最初から「あ、この人!」と思っていました(笑)。以前、ギリシャに旅行に行ったとき、町中にグラフィティアートがあって、カッコいいなと写真をいっぱい撮りましたが、それに通じるものがあるなと。
――WOWOWの社内にウォールアートを作るとしたら、赤池さんの作風が合っていると?
渡辺 こんなド派手な壁がオフィスにあったら絶対に楽しいだろうなと思って、ピンと来たんですよね。
WOWOWらしさって何? アンケートで集められた「言葉」の山がヒントに
――赤池さんは、最初にオファーが届いた時はどんな心境でしたか?
赤池 そもそもWOWOWファンだったので嬉しかったですね。コンセプトも聞いて、絶対に面白いことができそうだなと思いましたし、自分がやれたらいいなと。最初に話を聞いた時は、WOWOWさんの社内の壁であれば、ステンシルでいろんな映画のワンシーンやスポーツのシーンがバーッとあるようなものが作れたら...というアイディアが浮かんだんですね。ストリートっぽい感じで仕上げられたらいいかなと。
そこから話を進めていく中で、どんどんコンセプトがハッキリしてきたんですが、ステンシルでやるというところで、カッコいいものができるという確信がありました。
――今回、お仕事をされるまでWOWOWに対してどんなイメージ、印象を抱いていましたか?
赤池 これ、前から言っているんですが、僕は「リングス」が大好きで、高校時代、リングスが見たくてWOWOWに加入したくらいで、すごくお世話になったんですよ(笑)。そういうエンタメのイメージやライブ感が印象的だったので、ライブな感じがこのオフィスにも合うだろうと思いました。あんまりおとなしい感じやカチッとした硬い感じではなく、すごくラフだけどそこにリアリティの持つパワーがあるといいのかなって。
――赤池さんにお願いすることが決まってからどのような話し合いを行ない、具体的にどんなディレクションを出されたんでしょうか?
渡辺 私たちは「社員の思いが表現されること」を重視していました。つまり、描くのが上手な人に何かを描いてもらって、それを額縁に飾るようなことはしたくないなと。美術館を作りたいわけではないので、私たちの職場がそのまま表現されるようにしたいなと思っていました。
もうひとつ、「参加型」でやりたいと思いました。とはいえ壁に絵を描くとなるとみんな「絵心がないので...」と敬遠するだろうから、みんなに何かを描いてもらうのはちょっとハードルが高いなと思っていて...。このふたつの条件をなんとか形にしていただけないかと相談しました。
そこで、社員からアンケートをとって、そこから何か形にできるような要素を集められないかという話になったんです。「何が出てくるかわからない...」という半分賭けのような気持ちでアンケートを行ないました。「好きなエンタメは何ですか?」とか「一番印象に残っている番組は?」とか「WOWOWをひと言で表すと?」といった項目で。最終的に100人分以上集まったのかな...? そこに書いてある文字を見て、その単語そのものを形にできないかなと思ったんです。
――集まったアンケートの結果をもとに、絵を描くのではなく、そこに書かれている単語をそのまま壁に描くことにしたんですね?
渡辺 もちろん「山」という言葉に対して、「山」の絵を描いてもらうというのもひとつの手ではあったんですが、様々なアーティストやキャラクターの名前も多かったので、そうなると権利の問題で絵にはできなかったりするんですよね。でも、そこで忖度して削ぎ落すようなことはしたくないという気持ちがあったので、文字として使うならいいだろうと、単語そのものを壁に描いて形にしていただくことにしました。
そうすることで結果的に、誰の言葉も削ぎ落すことなく、全員分を形にすることができて、よかったと思っています。
「ハッピー」と「はっぴー」と「HAPPY」は同じじゃない――この多様性こそがエンタメ!
――実際、壁を拝見すると、本当にものすごい数の単語が壁中に描かれていて、なんとなく意味や思いがわかるものもあれば、「なぜこの単語が?」というのもあります(笑)。社員のみなさんから集められた言葉をそのままアートの一部に組み込んでいるということなんですね?
渡辺 そうなんです。先ほども言いましたが当初は、その言葉を別の形で絵にするというプランもありました。アンケートを書いた当人もまさかそのまま単語が使われるとは思っていなかったと思います(笑)。
赤池 最初は集まった言葉からインスピレーションを受けとって、"次"に向かおうというスタンスだったんです。「約300人いる社員が関われるもの」というお題もいただいていたので、まずはアンケートをとって、それを元に何か作ったり、社員さんにエンタメを表現するようなポーズをとってもらい、僕がそれを絵にするというようなことを考えていました。
ただ、そういうやり方だと、アンケートから選ばれて参加している人と、していない人の距離感が出てきてしまうんですよね。ひとりひとりが全く違うバラバラの言葉を書いてくれているので、だったらそれを全部のせてしまおう!と(笑)。
文字をそのまま使うなら、(ステンシルの技法であれば)誰がやってもそこまで大きく失敗することもなくうまくいくし、文字を使って大きな絵を作っていくというのもいいね、という流れになりました。
壁を見ていただくと、文字を組み合わせて「!」の記号が表現されていたりするのがわかると思います。最終的にざっと700~800のワードが届いて、その全てに目を通しましたが、「スポーツ」「音楽」、「映画」、「旅行」、「食」という5つのジャンル、それからエンターテイメントを表現する上で「!」という記号がすごくわかりやすいなと思い、この6つの要素を文字を組み合わせて表現することにしたんです。
みなさんが寄せてくださった言葉を積み重ねていくことで、みなさんの熱量、「こういう人たちがいるんだよ」ということを実証できたら面白いなと思いました。
渡辺 アンケートを通じていろんな意見、言葉が出てきて、そのマジョリティをこっちが勝手にまとめて「こういうのが多かったよね?」と作ることはしたくなかったんです。せっかく出された意見をこっちで変に加工したり、勝手に「これとこれって一緒だよね?」とかつなげるのもよくないなぁと。
ただ、そういう思いがありつつ、じゃあどうやって形にしたらいいのか? というアイディアがこちらにないまま、赤池さんとお話させていただいたんですが(笑)、こういうやり方があったか! という方法で形にしていただけたと思います。
――文字を読んでいくと、時間軸もジャンルも興味もバラバラのことが単語で表現されていて、ちょっと足を止めて、まじまじと見たくなってしまいますね。
渡辺 アンケートではあえて名前や年齢は聞かず、誰が書いたのかわからないまま集めました。直したのは誤字くらいですね。
赤池 例えばカタカナの「ハッピー」とひらがなの「はっぴー」と英語の「HAPPY」ではニュアンスが違うんですよね。全部の単語を見たときに「これは(選別するのは)無理!」と思ったんです。むしろ、この多様性こそがエンタメであり、個性なんだなと思いました。
ステンシルの型をはがす瞬間の驚きと楽しさを体感してほしい! 社員一人一人がアーティストに
――実際、壁に色を塗っていく制作作業では、赤池さんがひとりで壁に描くのではなく、有志の社員がステンシルによるペイントにも参加して制作していったと伺いました。
赤池 僕と何人かのスタッフに加えて、社員のみなさんに参加してもらいました。ステンシルというのは、型を作り、そこにスプレーを掛けたりローラーで色を塗って、型をはがせばそれが壁にうつるという、すごく簡単な手法です。作る時の驚きや楽しさって、型をはがす時の「やった!」という瞬間だったりするんです。だからこそ、あまり事前に「こういうふうになります」という説明をしちゃうと、やった時の驚きが少なくなるなと思って、できるだけ"ライブ感"を大事にしたくて、みなさんへの説明は最小限にして、参加してもらいました。
――具体的な制作のプロセスについてもお聞かせください。どの文字をどこに置くかという配置や、文字の集合でどういう絵を作るかといった全体像は、赤池さんが事前に細部にわたってデザインされたんですか?
赤池 そうですね。そこはある程度、細かくデザインして、事前に壁全体の1枚の大きな型を業者さんに作ってもらいました。その上から一気にローラーを使ってペンキでバーッと塗っていきました。
――単語ごとに型を作るのではなく、壁全体の1枚の大きな型を作ったんですね?
赤池 最初は単語ごとに型を作ろうと思ってたんですけど、全体で3日間という作業時間を考えると、それじゃ終わらないなと思い、(全体の型を作るのを)業者さんに頼むことにしたんです。3日間で全てをやるなら、まず1日である程度、全体を塗って、2日目、3日目で有志の社員さんに来てもらって、塗っていただくという流れにしようと。
渡辺 わりと直前まで、1文字ずつ型を作ってやろうとしてましたよね(笑)?
赤池 そこもわりとギリギリまで謎のままで、明かしてなかったですね(笑)。
渡辺 アーティストの方ってわりと気難しい人が多いのかなと勝手に思っていたんです。自分の作業に没頭して「話しかけないでくれ」という雰囲気なのかなと。だから、赤池さんが、すごくコミュニケーションを取ってくださって、(参加する社員への)細かい段取りや流れについてまでご自身で考えてくださっていたことに驚きました(笑)。
むしろ、私たちの雑多な「こんな感じで作りたいんですけど」という思いをきちっと細かく形にしてくださったので、驚きと尊敬の念を覚えました。
――2日目、3日目に社員の方が参加して行なったのは具体的にどのような作業だったんですか?
赤池 先ほど話した全体の型に加えて、様々な言葉の型を100枚ほど用意しておきまして、それを使って、僕がやっているのと同じようにローラーを転がして、型をペロッとはがして文字を壁にうつすという作業をしてもらいました。
――アーティストとして、多くの人々から集められた「言葉」を使って、みんなでウォールアートを作っていくという作業はいかがでしたか?
赤池 すごく楽しく新鮮な経験でしたね。僕自身、自分で作品を作るだけでなく、ワークショップを行なったり、アパレルのポップアップストアで商品を買っていただいたお客さんにその場でTシャツにプリントをしたりということをやるんですが、そういう1対1のやりとりはすごく楽しいし、そこでいろんな人がアートに触れてくれるというのが嬉しいんですよね。
僕は、ステンシルなんて誰でもできる作業であって、難しい作業をしているつもりは全くないし、できるならどんどんマネしてやってほしいなと思っています。だから今回のようにいろんな人が参加して作ってくれるというのはすごく楽しい作業なんです。僕が思いつかないようなやり方をする人もいたり、それぞれがその場で何かを発見したり、感じてくれていることがダイレクトに伝わるので、面白いですね。
「壁の前を歩く人のスピードが少しだけゆっくりになる」――ウォールアートが生み出した社内の緩急
――先ほど赤池さんから、型をはがして、文字やデザインが浮かび上がってくる瞬間がステンシルの醍醐味という話がありましたが、実際、その瞬間に立ち会ってみて...。
渡辺 「おぉっ!」ってなりましたね、やっぱり(笑)。ある程度のイメージ図は私も見せていただいてはいたんですけど、実物を見るとやっぱり、質感は違いますし。
WOWOWで、こういう仕事を自分がすることになると思っていなかったので、単純にすごく嬉しい経験でした。「一緒にやろうよ」と言った時に、部署の人だけでなく、他部署の人たちも参加してくれ、皆で作り上げた感じがあり、すごく貴重な経験だったと思います。
総務の仕事は、わりとお付き合いをする方が限られるのですが、その中で全く新しい人たちとお仕事ができたのも嬉しかったですね。担当できてよかったなと改めて感じています。
赤池 1日目である程度、塗り終わって、次の日にペンキが乾いているのを見たら、色が本当にすごくキレイで、僕もテンションが上がりました。「あぁ、やっぱり間違いなかったな」と。型をはがしてみたら、本当にカッコよくてキラキラしてて...。残りの1日半で、いろんな人が壁の前に集まってきて、参加してくださるのを見て、このプロジェクトは成功なんだなって実感しました。
――社内での反響はいかがですか?
渡辺 この壁の前のフリースペースでよく仕事をしている同僚から、この通路を歩く人たちのスピードが壁の前を通る時に少しだけゆっくりになって、「あぁ...」って声を出して通っている人がいるという話を聞きました。この壁があることで、社内にいい緩急が生まれているのかなと思います。
――これで完成ではなく、今後もこのウォールアートを、社員の手によって「進化」させていくと伺いました。
渡辺 そうなんです。「変化していく壁」というコンセプトで今後、入社してくる新入社員たちにもどんどん言葉を足していってもらおうと考えています。
――改めて、赤池さんにとってはこの作品というのはどういう存在でしょうか?
赤池 多くの人が関わった壁で、質量としてもすごく大きい作品ですし、僕の中でもすごく思い出に残る一作ですし、僕だけの作品ではないなと思います。楽しみながらここで作業している人たちの顔を見られたことが何より嬉しかったですし、ここからどんどんみなさんが調子に乗って(笑)、いろんな手を加えて、違うものにしていくのが楽しみですね。
壁のあるこの場所、この通り道自体が、いろんな人たちがクロスする場所だと思うので、外でも内でもない、ここだけの"ストリート"感があってすごく面白いなと思います。ストリートから生まれる発想というのはやはり、すごくリアルなんですよね。そんな面白い場所になってくれたなという実感はあります。何なら(まだ真っ白の)あっちの柱とかにも誰かが色を塗ってみたり(笑)、「もっとこうしたら?」というのがどんどん出てきたら面白いですね。
「誰にでもできる」ステンシルで誰にも出さない個性を作り出すということ
――最後に、WOWOWでは旗印として「偏愛」という言葉を掲げていますが、お仕事をされる上でのみなさんの「偏愛」、大切にしていることを伺えればと思います。
渡辺 わりと自分は環境に順応しやすいサラリーマン向きの性格だと思っているので(笑)、そんなに特別な仕事に対する偏った愛は持っていないと思っています。逆に仕事だけに偏ってしまわないように気をつけていて、有休を年間で20日間取ることは目標にしています。
有休をしっかり取って、さっきもギリシャに行った話が出ましたが、旅行に行ったりして外の世界を見ることはすごく大切にしています。海外を見ることで、1年間の自分の仕事に"変化"をつけることは意識していますね。
――実際、ギリシャの話もそうですが、そうした経験が仕事に反映されているわけですね。
渡辺 そうですね。職場と家の往復だけではない世界を自分の中にしっかりと持つことはすごく大切なことだと思います。
――赤池さんは、クリエイティブなお仕事をされる上で大切にしていることはありますか? 先ほどから、ステンシルの技法について「誰でもできる」とおっしゃっていますが、その中で、ご自身の個性を出すためにどんなことを意識されているんでしょうか?
赤池 「誰でもできる」ということに関連して言うと、そろそろ40代の半ばに差し掛かって、自分が持っているものを世間に還元していかないといけないなと思っています。自分が持っているスキルや感覚を、惜しみなくオープンに出していった方がいいんじゃないかと。だからこそワークショップなどでも全てを見せてます。
それを見た人たちが「すげぇっ!」と感じて、何か新しいことをやってくれたらいいなと。(完成した)モノだけ見せてもわからない部分も多いと思うので、誰でもできることをやってるんだよということを見せていきたいんですよね。
簡単なことをいかに工夫して、自分のセンスで見せるか? ということが大事です。「マネしたかったらすればいいよ。できないけどね。」という思いもあります(笑)。自分なりの個性を磨いていくしかないですし、自分にしかないルーツを誰しもが持っていると思うんです。僕自身、そこまでストリートにどっぷりと浸かってきた人間ではなく、根にあるのは「美術が好き」という思いなんですよね。
(ストリートで壁にスプレーなどで絵を描く)グラフィティ寄りのアーティストがステンシルの世界には多いですが、自分のルーツはそこではなく、それがコンプレックスであり、個性でもあると思っています。結局、自分が見てきたもの、経験してきたものを信じて自分の個性を出していくしかないので、その中で新しい価値観を提示できたらいいなと思っています。
取材/黒豆直樹 撮影/祭貴義道 制作/iD inc.