2020.05.08

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危機に瀕するミニシアターを救え!クラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」発起人 映画監督:濱口竜介、深田晃司の映画文化に対する想いと未来への提言

映画監督 濱口竜介・深田晃司

危機に瀕するミニシアターを救え!クラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」発起人 映画監督:濱口竜介、深田晃司の映画文化に対する想いと未来への提言

新型コロナウイルス感染症の感染拡大がエンターテインメント業界にも甚大な影響を与える中、存亡の危機に扮している小規模劇場=ミニシアターへの緊急支援を目的として急遽立ち上げられたクラウドファンディング「ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金」。

同基金は2020年4月13日に開設され、WOWOWの映画情報番組『映画工房』に出演する斎藤工さんや、ドラマ『有村架純の撮休』が放送中の是枝裕和監督といった映画人をはじめ、多くの人々から賛同と支持を集め、開始後3日間で1億円を突破。その後も支援の輪は広がりを見せ、5月6日時点で22000人を超える支援者から計2億3千万円を超える資金を調達している。
FEATURES!では同基金の発起人である濱口竜介監督(『ハッピーアワー』、『寝ても覚めても』)と深田晃司監督(『よこがお』、『淵に立つ』)に基金の設立の経緯や開始後の反響、ミニシアターへの思いなどを聞いた。

「売上ゼロ」「閉館もありうる」 全国のミニシアターの悲痛な叫び

――今回、濱口監督と深田監督が発起人となってミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金を開設することになった経緯について教えてください。

濱口 新型コロナウイルスの感染が全国に拡大する3月末、名古屋のミニシアター、シネマスコーレの副支配人・坪井篤史さんがミニシアターの窮状を訴えるニュースが報じられました。新型コロナウイルスの影響で客足が遠のき、休館が迫っており、さらに休館が長引けば閉館さえもありうるという内容でした。

minitheater_aid_theater_hamaguchikantoku_200509.jpg濱口竜介監督

僕自身、シネマスコーレで作品を上映していただき、坪井さんともお会いしていましたので、そのニュースを見て、実感をもって危機を感じました。もともと大変であろうことはわかっていましたが、そこまでの状況なのか? だとすればシネマスコーレだけでなくあの劇場もこの劇場も大変であるに違いないとも思い、そこで『ハッピーアワー』のプロデューサーたちに声をかけ、さらにクラウドファンディングサイト「MOTION GALLERY」代表の大高健志さんに「何かしませんか?」とお声がけしました。

その1時間後くらいに深田さんから電話をいただきまして、実は深田さんも僕と同じように大高さんに電話をしたところで、「一緒にやりましょう」という流れになりました。

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シネマスコーレ 坪井篤史さん

深田 僕もやはり3月くらいから新型コロナウイルスの影響で映画館が大変なことになっているという話はSNSなどで知っていました。僕自身は脚本を書いている時期で、映画の撮影が中止になるといったことはなかったのですが、なかなか落ち着かない気持ちで「何かできないか?」と考えるようになりました。

2年前の西日本豪雨災害の時も、「DONATION THEATER 映画で寄付するWEBシアター」という、寄付を募って、複数の監督が持ち寄った作品をストリーミングで配信するという試みがあって、そういうことができないかと考えていました。ただ、当時、運営に中心的に関わっていた人に話を聞いたら、システムの構築や人的負担が結構大変であることが分かって、それなら僕自身もやったことがあるクラウドファンディングのほうがスムーズに進めることができるのではないかと思い、大高さんに声をかけました。

大高さんに「こういうこと、現実的に可能なのかな?」と聞いてみたら、実は1時間ほど前に濱口さんからも同じような連絡があったと教えられて、僕から濱口さんに電話して一緒にやることになったんです。

minitheater_aid_fukadakantoku_200509.jpg深田晃司監督

感染リスク拡大の中で「安心して休館を」

――おふたりが現状で把握している範囲でのミニシアターの置かれている状況について教えていただけますか?

深田 今回の話が動き出したのが4月上旬で、刻々と状況は変わってきていると思いますが、その段階でアップリンクの浅井隆代表がTwitterで「アップリンク渋谷と吉祥寺、先週の週末に引き続き今日と明日の売上はゼロです。さようならは言いたくないけど、もう死にます。」とつぶやいていましたし、他の映画館にヒアリングしても、収入が5割から8割減ったとおっしゃっていて、それがしばらく続けば閉館するところが出てくるだろうという状況でした。

そうした声を受けて、今回のクラウドファンディングでは「3か月この状況が続けば閉館の危機に陥る」というのをひとつの目安として全国のミニシアターにお声がけしたんですが、最初の時点で60以上の劇場からすぐに「参加したい」という声をいただきましたので、その時点で多くの劇場がかなり大変な状況であったことは間違いないと思います。

その後、報道されたこともあり、参加劇場は増えていったのですが、いま現在はようやく持続化給付金(※新型コロナウイルス感染症の影響で、 ひと月の売上が前年同月比で50%以上減少している事業者に最大200万円が支給される)の話などが出てきたこともあり、各館も資金繰りについて多少は考えられるようになってきている状況かもしれません。

ただ、まだまだ見通しの不透明ななかで、今回のミニシアター・エイドの支援金が1億円を超えて、2億円を超えたあたりで、ミニシアターの方からも「これで安心して休館できる」というお声をいただけて、本当にこのクラウドファンディングをやってよかったなと思っています。

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オープンが5/21に延期となったアップリンク京都

濱口 深田さんからも「安心して休館できる」という話がありましたが、状況として一番厳しかったのは休館しても補償がないということでした。

ただ、それに加えて、ミニシアターを経営している方たちは、地域の中で自分たちが文化的な拠点になっているという自覚や責任感もあって「休館していいんだろうか?」という思いもあったと聞いています。ただ、一方で、営業し続けることで感染源となってしまうリスクもある。開けていいのか? いけないのか? という難しい判断を迫られる状況にありました。

少なくとも補償さえあれば、状況は少しだけシンプルになります。感染リスクを避けるために休館という判断をするという方も多かったのですが、その点においては、少なくとも今回のミニシアター・エイドで集まったお金によって、ひと月からふた月ほどであれば、なんとかなるのではないかという状況になっていると思います。

――今回のクラウドファンディングの仕組みづくりに関して、どのような話し合いをし、どういった点を重視して作られていったのでしょうか?

濱口 本来、クラウドファンディングというのは、ファンディングをされた方にリターンをするという、単なる"支援者"と"被支援者"というよりはもう少しイーヴンな関係を築いていくものですが、今回は緊急事態ということを考慮して、緊急支援策であるということを一番大きな核としました。基本理念として「ミニシアターの支援者になる、なれる」ということをサイト上でも示しています。

実際の仕組みづくりに関しては、緊急的な支援ということなので、劇場側へのリターン特典の負担が大きくならない形を考えました。それでできたのがふたつのコースです。ひとつは寄付に近い「思いっきり応援コース」。リターンは基本的に私たちや劇場主からの感謝メッセージが届くのみです。そして、もうひとつが、映画館の負担になり過ぎない程度のリターンが得られる「未来チケットコース」です。こちらは、コレクターの広がりを作っていく上でも非常に大事なものだったと思います。内容としては希望する映画館で使える未来のチケットとオンラインで見られるサンクス・シアターのストリーミング再生ができるというもの。未来チケットに関しては、通常のチケットと同様に使っていただくと半分の900円分が劇場に、もう半分の900円分が配給会社に行くようになっていて、部分的にですが配給会社も支えていくようなシステムにもなっています。

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シネマ5(大分市)

助成金が少なく、寄付文化のない日本におけるクラウドファンディングという希望

――現時点での内訳を見ると、わかりやすいリターンのある「未来チケットコース」だけでなく、「思いっきり応援コース」にもかなりの金額が集まっています。見返りを求めず、純粋に映画館を応援したいという方が多いということでしょうね。

深田 実は(思いっきり応援コースにも)それなりに集まるのではないかと思っていました。というのは、僕自身がクラウドファンディングを募ったことも何回かあるんですが「特典はいらない」とおっしゃる方が意外と多いんです。ただ今回、かなり高額の「思いっきり応援コース」にも支援が集まっていて、それは本当にありがたいことだなと思っています。

濱口 現時点で約2万人が参加して、その内の6千人ほどが「思いっきり応援コース」を選択してくださっているという状況で、個人的に「こんなに集まるんだ!」という驚きはありましたね。

クラウドファンディングでお金を払うといっても、決して対価がほしくてやるわけではないという人もとても多いんです。どちらかというと、クラウドファンディングが実現しようとしている未来や価値に対してお金を払いたいと思ってくださっていて、そういった人たちに対してもチャンネルを開くというのは非常に大事なことなんだと改めて感じています。

サイトのほうにも「支援者になることに一番の価値を置いていただきたい」という旨のことは書かせていただいたんですが、実際にそう考えている方が多かったという事実にはすごく勇気づけられています。

深田 クラウドファンディングというものが10年ほど前に日本に入ってきてこれは日本の文化にとって良いものをもたらすのではないかと期待していた部分があったんです。なぜなら日本は他国と比べても文化に対する助成金が非常に少ないですし、かといってアメリカのように寄付が多いわけでもないんですよね。

アメリカの場合、寄付というのは税金の代わりのような役割を果たしていて、寄付をすることで納めるはずの所得税が安くなるという法整備が整っています。本来、税金という形で行政にお金を預けて、その使い道を行政が決めていくわけですが、より直接的に自分の意思で税金の使い道を決める手段として寄付がある。

寄付文化も法整備もない日本ではそれがなかなか難しいのですが、クラウドファンディングによって、自分の持っているお金を支持する特定の分野のために使うということがしやすくなったのかなと思います。今回、あっという間に1億円、2億円を突破したのを見ると、ようやくクラウドファンディングというものがいい形で日本の社会に根づき始めてきたのかなと感じます。

「大切なものはなくなって初めてありがたみがわかるもの」

――いまのお話にもありましたが、開始後3日で1億円を突破するなど、映画監督に俳優といった多くの映画人、そして一般の映画ファンから非常に大きな反響がありました。おふたりはこの結果をどのように受け止めていますか?

濱口 始めたときから「1億円」は超えなくてはならない目標額として考えていて、それだけ集めるには1万人単位の人が必要になるだろうとは思っていました。劇場周りでまことしやかにささやかれる言説として「首都圏で約1万人のコアな映画ファンがいて、全国でさらにもう1万人くらいコアな映画ファンがいて、そういった人たちが足を運ぶことで劇場が成り立っている」というのがあるのですが、そこにきちんとリーチできれば不可能な金額ではないとは思っていました。

現在、1万人、2万人と集まりつつあって、実際にそういうコアな映画ファンの方たちがいたんだなと思う部分もあれば、いただいたコメントを読んでいると、そうしたコアなファンだけではないんだなというのも強く感じています。映画館である作品に出会った――いま現在、必ずしも頻繁に映画館に行けるわけではないけれど、あのとき、あの作品を見たことで自分の人生が少なからず変わったとおっしゃる方も多くて、そういった人たちはそうした出会いに対して対価を支払ってくださっているんだなという印象を受けています。

深田 まず今回のミニシアター・エイドをやることになって、知り合いの映画監督だけでなく、普段、そこまでよく会ったり話したりする機会のない監督さんたちからも応援、賛同の声をいただきました。今回のことは決してミニシアターだけの危機ではなく、作り手側の問題でもあるという意識を持っている方が多かったのだなと感じています。

諏訪敦彦監督や井上淳一監督、若手の上村奈帆監督やコミュニティシネマやNPO法人独立映画鍋などの呼びかけによる「#SaveTheCinema『ミニシアターを救え!』プロジェクト」(savethecinema.jp)といったものが同時多発的に起きてきたので、多くの映画人が危機感を共有していたんだなというのは感じています。

3日間で1億円を突破したというのは、正直、1か月ほどかけてじっくりとプロモーションをして1億円に達することができればと考えていたので、たった3日で到達したというのは驚きでした。

いま起きていることは、まさにミニシアター系の映画がヒットしているのと同じような感覚ですよね。「#SaveTheCinema」によってミニシアターの危機が社会問題として共有された後にこのミニシアター・エイドが始まったというのも大きかったのかなと思います。

平田オリザ(劇作家)さんが「大切なものはなくなって初めてありがたみがわかるものだ」ということをよく言っています。僕自身そうですが、普段から映画館に足を運んでいた人たちが突然、その選択肢を奪われたことで、やはりミニシアターは必要なんだという気づきや枯渇感があって、アクションが広がりやすい状況になったのではないかと思います。

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出町座(京都市)

――現状、すでに2億円を超える金額が集まっていることで、多くのミニシアターが即倒産するような危機的な状況を脱する非常に大きな支えになっているかと思いますが、一方で緊急事態宣言がいつ解除され、いつから劇場を営業できるのかなど不透明な部分も多く、今後への不安はまだまだ大きいかと思います。

深田 ミニシアターとひと口に言っても、経営の規模や家賃の金額などが館ごとに異なるので一概に言えませんが、必ずしも十分な金額ではないというのが大前提としてあります。館によってひと月のランニングコストが300万~400万円かかるようなところもありますし、それぞれ違いはあれども、今回の支援で賄えるのは、せいぜい1か月~3か月分の運営を持続させるための金額だと思います。

政府からの持続化給付金と組み合わせてなんとか劇場を維持していただきたいと思いますが、一方で新型肺炎の状況がいつ終息するのかわからないですし、徐々に日常を取り戻したとしても、現在、新しい作品の製作がストップしていることで、作品不足といった問題も出てくるでしょう。

また興行が再開しても、"三密"を避けるため、仮に一席ずつ空けて座るとなったら、満席でも普段の半分しかお客さんが入らないということになりますので、苦しい状況は続くと思います。

そもそも、大前提としてコロナショック以前からミニシアターの経営は大変だったわけです。シネコンで上映されるようなブロックバスターの大作やTV局主導の作品ではない、小規模な作品を扱うのがミニシアターであり、それは必ずしも娯楽性が高くなかったり、収益も大きくなかったりするわけで、経済規模としては恒常的に小さいものになります。

ヨーロッパなどであれば、多様性を維持するためにいろんな形で文化予算がついて、公共性に見合った助成を得られるのですが、日本はそれが非常に弱く、劇場や作り手、映画ファンの頑張りでなんとかギリギリ成り立っているという現状があります。ですので、新型コロナウイルスが終息したとしても今後、ミニシアターが苦しい状況に置かれ続けることは間違いないと思います。

歪な映画業界の構造にメスを! アフターコロナで求められるもの

――いまのお話を踏まえて、この先さらにどういったアクションや支援が必要であるとお考えでしょうか?

深田 この話を始めたら、さらに1時間くらい必要になりそうですが...(笑)。先ほども申しましたが、これまでの平時から潜んでいた様々な問題が今回のコロナショックで顕わになったと思っています。そして、その問題の大前提として、国家予算の規模で比較すると、フランスの8分の1、韓国の9分の1の規模の文化予算で回しているという「そもそも日本の文化予算が少なすぎる」という現状があります。この極端な少なさはもはや構造的欠陥であると言ってもいいと思います。

その上でさらに、文化庁などの助成金が映画の制作・撮影などに偏り過ぎていて、劇場・興行のほうに助成金がほとんど降りてこないという現状があるのです。今回の新型コロナショックにあってさえも、文化庁による文化支援の対象に音楽堂や美術館があっても、映画館が含まれていなかったりするわけです。

まずそういった歪な構造を変えていかなくてはいけないと思っています。ではそのためにどうすればいいか? 文化庁で働く方が映画の専門家であるかと言えばそうではなく、一方で日本の映画界もバラバラ過ぎて、実際にどこに問題があるのかヒアリングするにも、どこの誰に話を聞きに行けばいいのかわからないとなってしまうんですね。

そこにも日本映画界の特殊な事情があり、フランスであれば「国立映画センター(CNC)」、韓国であれば「韓国映画振興委員会(KOFIC)」といった半官半民に近い組織があり、そこには映画の専門家が存在していて、映画人が映画の振興や多様性の維持のために何をすべきかを考え、施策や方針を決めていくわけですが、日本にはそういった組織がないんです。

例えば韓国では、劇場の興行収入の3%をプールして再分配するというシステムがあるのですが、そういったことも映画業界がきちんとまとまっていなければ実現できません。今後、そうした組織を作っていくことが急務だと思っています。

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シネ・ヌーヴォ(大阪市)

「新しい価値の創出」のために長期的視野でのリソースの配分を!

濱口 僕のほうからは少し抽象的な話になりますが、今回の「#SaveTheCinema」やミニシアター・エイドは、映画や文化だけに関わるものでなく、社会全体の問題へのリアクションだと思います。なぜこういった形で声を上げていかなくてはいけないかというと、こうした緊急時にはまず、社会の最も脆弱な部分から最初に崩れていくからです。今回はそれがミニシアターでした。

いまの状況というのは、ミニシアターというある種の多様性を守っている場所、文化の砦のような場所が、社会からの関心が極めて低い状態に置かれていたからこそ起きている問題です。ミニシアターの持つ経済規模が小さいからです。問題の根っこには経済性が低い、ように見えるものへの徹底的な軽視があります。今後、やるべきこととして、この先どういう形で日常が戻ってくるのかわかりませんが、平時と言える状況になった時、社会資本、リソースの配分をし直すということが大事になってきます。

お金というのは本来、価値そのものではなく、価値を表す指標のひとつでしかありません。あくまで価値を流通させるために最も便利な道具に過ぎないんです。この国では特に、年度の予算やGDPといった1年間という短いスパンでのお金の増減が社会を運営する基準になり過ぎています。

既存の価値というものは基本的に時間とともに減耗していきます。たとえば、モノであれば腐敗とか酸化とかの形でその価値が損なわれていきます。もし、社会が一定の価値を将来にわたって保持し続けたいと思ったら、実はまったく新たに価値を創造する活動に投資しなくてはいけません。

ただここで重要なのは、上手くやる方法を誰も見つけていないことをする以上、新たな価値の創造というのは、常に0か1かの賭けだということです。賭けとは一定の割合で必ず外れる、損をするものです。なので社会は、既存価値の再生産と、新たな価値を創造する活動の両方に、そのリソースを振り分ける必要が本来あります。それは社会が価値を保持し続ける上で、絶対に欠かしてはいけない両輪です。たとえば7:3とか8:2ぐらいの割合で、既存の価値を安定的に再生産しているあいだに、短期的な損得を度外視した、新たな価値創造に投資する必要があります。ある程度の安定と「賭け」を両立しなくては、結局は社会全体が非常に脆弱なものになってしまう。そして、新たな価値とは必ず、今現在の価値尺度では重要さを十分には測れないものの側に存しています。

今後、もう少し長期的な視野で「すぐにお金を回収できるわけではないもの」に、コストを覚悟の上でリソースを配分していかなくては、この社会の脆弱化は止まらないと思いました。で、その代表的なものが学術研究や教育、そして芸術文化の分野だということです。それは経済から離れた問題ではまったくなくて、結局は経済を将来にわたって支える上でも、きわめて重要なことです。


深田 いま、濱口さんがおっしゃったことはすごく重要な話で、「価値を創出するためにお金を割り振らなくてはいけない」ということに関して言うと、文化や芸術の価値は同時代的な市場評価では必ずしも計り切れないものであるという認識を持つことが重要です。

ベタな例えですが、ゴッホは生前は絵が売れることなく貧困のうちに死んでいったわけで、その後、あれだけの富をオランダにもたらすとは誰も想像していませんでした。とはいえ、そんなゴッホでさえもなぜあれだけ絵を描き続けることができたかと言えば、家族の支援があったからです。つまりその点においてゴッホはまだ「恵まれていた」とも言えるわけです。現代社会においては「文化的な生活」は、それが市場的価値を生むかどうか以前に、基本的人権であって、本来であればゴッホのようには家族の支援さえも得られない者であっても公的支援のもと文化や芸術に触れることができるべきで、そういう世の中を堂々と求め続けることが、結果的には社会を豊かにしていくことになると思います。

もうひとつ、すぐに投資の結果が出るわけではない価値というものに最も当てはまるのは「教育」ですよね。「文化予算が少ない」という話をすると、教育関係者からは「教育の予算も少ないよ!」という話が出てくるんですが、やはりすぐに結果が出ないものに対して資金を投じようとしないのが日本の現状なのかなと思います。

今回の新型コロナウイルスという災禍に直面して顕わになったことですが、こうした事態が起きてから「文化や芸術は大切なんだ」と訴えても遅いのです。これは文化や芸術だけの問題ではなく、例えば今回のコロナショックで風俗業やナイトクラブでの仕事に従事している者には補償金は給付しないという方針が当初伝えられて、のちに撤回されました。普通に考えれば、そんなことは人権問題であり、職業差別なんですが、そういった根本のことからいちいち議論しなおさないといけないのは、これまできちんと教育や哲学など「目に見えない価値」にリソースを割いてこなかったこの国の今の限界なのだろうと思います。

ミニシアターはこれまでに出会ったことのない価値を教えてくれる場所

――WOWOWでは"偏愛"を旗印として掲げていますが、おふたりのミニシアターに対する"偏愛"エピソードを教えてください。

濱口 自分の経験からミニシアターというのがどういう場所かと言いますと「こんな映画があったの?」と思わせてくれる場所だと思っています。世の中にこんな作品があったのか! と思わせてくれる作品を見せてくれたのは、いつもミニシアターでした。

自分のこれまでの価値基準では理解できないものに出会ったりするんですね。自分の目と耳を2時間、差し出して、全く理解できないものと一緒にいるという体験ってすごく大事なことで、理解できないけど見ている――理解できないながらもともにいる、他者と一緒にいるためのレッスンができるのがミニシアターという場所だと思います。

やはり自分にとって大きかったのはジョン・カサヴェテスという監督の存在ですね。自分が映画をやっているひとつの理由みたいなものでもあるんですが、カサヴェテスの『ハズバンズ』(1970)という映画を二十歳くらいで見たんです。40過ぎのおじさんたちの話なのですが、この映画を見て「これが人生だ」と思ったんです。二十歳くらいなので人生のことなんて何も知らないんですけど(笑)、「これは自分がいままで生きてきた人生よりも人生なんだ」という気がして、そんなことを感じたのも初めてでした。スクリーンの中に、いま自分が生きている世界よりもエモーショナルな人生があるというのを教えてくれたのがカサヴェテスでした。

もちろん、その作品も現実の社会をカメラで切り取っているものなので、僕にとっては現実の中にこういう価値が既にある、という証拠映像のようなものでもあって、この現実にカメラを向けて「いつか、これに匹敵する作品を撮りたい」と思わせてくれた、自分にとって核となる映画館体験でした。

――思い出深い映画館などはありますか?

濱口 いくつもあって選べませんが、原体験としてはシネスイッチ銀座のことを覚えています。高校時代は千葉に住んでいたのですが、シネスイッチに岩井俊二さんの映画を初めて見に行きました。銀座なんてそれまでなかなか行く機会がなかったのですが、電車に乗って行ったのが、自分の中で小さな冒険でした。

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シネスイッチ銀座 
※シネスイッチ銀座はミニシアター・エイド基金賛同団体であり、本基金からの支援金分配はありません

――深田監督はいかがですか?

深田 自分にとって最も大きな転機となった映画が、中3の時に深夜のテレビで見たビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』(1973)なんですね。この作品に衝撃を受けて映画にのめりこむようになって、道を踏み外したという感があるんですが...(笑)。

何に驚いたって、やはり中学時代というのはある意味で成人してからよりも多感なところがあって「人生とは?」とか「世界とは?」といった観念的なことを考えたりするんですね。そういう時期に『ミツバチのささやき』を見て、小さい姉妹の物語で、絵本のような美しさがありつつ、背景ではミツバチのどこか機械的とも言える生の営みが人間の人生と重ね合わせられて描かれていて、そこにものすごいニヒリズムを感じたんですね。

映画がそんな世界観を描くことができるんだってことに驚きましたし、また自分の考えていることにこれほど寄り添ってくれることに興奮して、映画ばかり見るようになっていきました。

でも、考えてみると、この作品に日本で字幕がつけられて、深夜にTVで放送されているということの背景には、ミニシアターの存在があるんですよね。この作品を輸入したいという配給会社と上映したいというミニシアターがあってこそ、中学生の自分が見ることができたんだなと。当時はそこまで意識していませんでしたが、ミニシアターというものが持っている役割はすごく大きいものだったんだと感じています。

――思い出の映画館などはありますか?

深田 劇場ごとのセレクトがあって、劇場の"顏"が見えるというのがミニシアターの面白さとしてあると思っていて、プログラマーが作品を選んでいるからこその個性がありますよね。

これはちょっとバカバカしい話ですが(笑)、それを以前に強く感じたのが高田馬場の早稲田松竹という名画座です。2本立ての上映で『ラストエンペラー』をやるので見たいと思って見に行ったんですが、その時の2本立てのお題目が「最後の男たち」特集で、なるほど、それで『ラストエンペラー』か...と思ったんですが、もう1本が何かと思ったら『ラストサムライ』だったんですね(笑)。

全然関係ないじゃん! と思いつつ、シネコンでは絶対に味わえない組み合わせで、『ラストエンペラー』が見たくて行って、ついでにあまり興味もなかった『ラストサムライ』を見ることができるというのは、プログラマーのいるああいう小さな映画館だからこそ味わうことのできる映画の楽しみ方だなと思いました。

――「ミニシアター・エイド」終了の5月14日まで残りわずかです。改めてメッセージをいただけますでしょうか?

深田 今回、3日間で1億円を集めたことで華々しい結果を手に入れたように見えますが、私たちの当初の読みが甘かった部分もあって、先ほども申し上げましたが、劇場さんにヒアリングするとまだまだ足りないということがわかってきています。

2億円でも3億円でも十分と言えるような状況ではありませんので、ぜひみなさん、ホームページをのぞいていただければと思います。(ミニシアター・エイド基金HP

濱口 「ミニシアター・エイド基金をよろしくお願いします」ということに尽きるんですが、同時に我々の活動だけでなくて、クラウドファンディングのよさというものもお伝えしたい気がしています。

クラウドファンディングのよさというのは、この社会のなかで自分にとって価値があると思っていることにお金を届けることができる、精度の高いお金の使い方ができるという点にあると思っています。ミニシアター・エイド以外にも、個々の映画館や書店が行なっているもの、医療団体への寄付など、文化関係のものに関わらずいろんなクラウドファンディングが立ち上がっています。自分が社会の中で価値を守りたいと思っているものに対してお金を払う回路が開かれています。そのなかで、自分が大切だと思う価値を守ることのできるお金の使い方はなにか、考える機会になると思います。いまはみなさん、大変な状況だと思います。「支援疲れ」をしないためにも、何に価値があると自分が考えているかとこの機会に自問するのは、とても重要なことだと思います。

――最後にですが、7月にWOWOWシネマで深田監督の『よこがお』を放送する予定です。視聴者にメッセージをいただけますか?

深田 2019年に公開された作品ですが、今回のミニシアター・エイドにも賛同のコメントを寄せてくださっている筒井真理子さんが主演を務めていて、とにかく筒井さんをはじめ、俳優陣が素晴らしいという評価をいただいております。ぜひ俳優たちを見ていただければと思います。

yokogao_0508.jpg 深田晃司監督作品「よこがお」 2020年7月WOWOWシネマにて放送予定
 (C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

未来へつなごう!!多様な映画文化を育んできた全国のミニシアターをみんなで応援ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金
(2020年5月14日まで)


開局以来、数多くのミニシアター作品をお届けしてきた24時間映画専門チャンネルWOWOWシネマは本活動を応援しています。WOWOWシネマの人気番組の出演者からも本活動に対する応援コメントが寄せられました。

【映画工房】より
番組サイト 斎藤工×板谷由夏 映画工房

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斎藤工(写真中央)
「映画館で映画を観る、そんな当たり前が形を変えようとしています。映画館での体験、記憶は私を形成している格別な財産です。事態が収束し、また思い出の映画館に集まって、あの特別な空間を味わえる事を願っております。」

板谷由夏(写真左)
「ひとりで映画館に行くようになった福岡の高校生だった私は、ミニシアターで公開された世界中の映画で様々な旅をしました。デビュー作も大事に愛してくれたミニシアター。わたしの原点です。」

中井 圭(映画解説者)(写真右)
「ミニシアターは映画に多様性をもたらす。そして、多様性は世界を前進させる。ミニシアターを救うことは、世界をより良くすることだ。」

【W座からの招待状】より
番組サイト W座からの招待状

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小山薫堂(写真左)
「ミニシアターの小さな灯火は、映画を支える大きな自由。それを守ることは、映画を愛する者の責任なのです。」

信濃八太郎(写真右)
「『W座を訪ねて』でお世話になったあの街この街の映画館から、映画と同様に、映画館にもそれぞれ固有の表情があることを学びました。旅に出て映画を見る日常が戻りますように!」

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濱田岳
「あの、 映画を観終えた時の、心の温かさをくれる場所が、皆様の近くにありますように。」