2023.12.22

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選手に敬称は付けるべき?中村俊輔さん、坪井慶介さんらも出席した「WOWOW スポーツDEI講座」開催!

選手に敬称は付けるべき?中村俊輔さん、坪井慶介さんらも出席した「WOWOW スポーツDEI講座」開催!

多様性を意識した番組作りが求められる中、スポーツ番組の制作に携わる社内外の人々を対象にした「WOWOWスポーツDEI講座」が実施された。12月上旬に辰巳の放送センターにおいて行なわれた講座にはWOWOW社員のみならず制作会社のスタッフ、さらに中村俊輔さん、坪井慶介さん、宮澤ミシェルさんら番組に出演する元プロアスリートの人々も参加し、活発な議論が行なわれた。

スポーツが持つ影響力の大きさ 固定観念を崩すパワーを持つ一方、偏見や差別を助長する可能性も......

DEIとは「Diversity(多様性)」、「Equity(衡平性)」、「Inclusion(包摂性)」の頭文字を取った言葉であり近年、多くの企業がDEIへの取り組みを掲げている。2016年からパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」に取り組んできているWOWOWは、多様な価値観が尊重され、寛容さが育まれる社会の実現に貢献するため、長野パラリンピックの金メダリストで国際パラリンピック委員会の理事を務めるマセソン美季さんをDEIオフィサーとして迎え、昨年9月より5カ月間にわたり、役員を含む全社員が参加必須の計5回のDEIワークショップを展開した。

全社員ワークショップを踏まえた上で、今回、WOWOWスポーツ番組に関わるすべてのスタッフを対象にした、スポーツにおけるDEIワークショップを実施した。参加したのはWOWOWのスポーツ番組で解説・実況する出演者61名、マネジャー3人、制作会社スタッフ38人、WOWOWスポーツ部員・スタッフ32人の総勢134人。

全社員ワークショップから引き続いてDEIオフィサーとして登壇したマセソン美季さんは、カナダからリモートによる参加となったが、講座の冒頭で、まずスポーツが社会に与える影響の大きさについて言及。「固定観念を崩すパワーがある」とポジティブな面を挙げる一方で「偏った概念や差別・偏見を助長したり、排除意識を強めてしまうこともある」とその危険性についても語り、スポーツ番組において「何をどのように伝えるのか? DEIを意識することは避けて通れない」とDEIの重要性を強調する。

2312_features_dei_sub01.jpgDEIオフィサー:マセソン美季さん

講座では人財戦略局の岩島未央子局長とマセソン美季さんが交互に語りながら、過去にスポーツ番組で実際に起きた出来事や、海外の放送局や他業種の取り組み、さらにマセソンさん自身の経験などを紹介しつつDEIについて解説していく。

2312_features_dei_sub02.jpg岩島未央子人財戦略局長がファシリテーターを務める

スポーツ中継で、赤いジャージのチームと緑のジャージのチームが対戦した場合、色覚に障害がある人はチームを見分けるのが困難な場合があるということ。試合前の国歌斉唱に際し「皆さま、ご起立ください」とアナウンスしてしまうと、車いすユーザーの中には疎外感を感じてしまう人もおり「可能な方はご起立ください」とするだけで配慮を感じられるなど、多様な人々の視点を意識して伝えることの重要性が説明された。

アンコンシャス・バイアスを持っていない人はいない! 現在の状況は「一言で深みを見せつけるチャンス」

他にも、マイノリティーの存在を意識した番組作り、スポーツにおける"アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)"についての解説なども行なわれた。過去の経験や慣れ親しんだ価値観に基づいたアンコンシャス・バイアスを「持っていない人はいない」という前提で、解説や実況、インタビューなどにおいて、意識して言葉を発することの重要性が説かれた。

マセソンさんが様々な事例を紹介しつつ、繰り返し語っていたのは「皆さん、決して誰かを傷つけようとしているわけでもなく、蔑視や侮蔑の意図などない」という中で、アンコンシャス・バイアスによる言葉が発せられたり、マイノリティーが疎外感を感じてしまう状況が生まれ得るということ。スポーツ番組において、より慎重な言葉選びや価値観が必要とされる状況だが、マセソンさんは「この状況を『めんどくさいな』とか『つまんないことしか言えなくなる』と思うのではなく、新しい価値観をうまく取り入れることで、他の人と差をつけるチャンスだと捉えていただければ。たった一言で、炎上することもあれば、深みを見せつけられることもあります」と呼びかけた。

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「アフリカ出身の選手は身体能力が高い」はOK? それとも...?

質疑応答では、実際の中継で起こり得るさまざまな事象について次々と質問が飛び出し、活発な議論が交わされた。

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中村俊輔さんは、番組で選手の名前を呼ぶ際の敬称について「例えば久保建英選手を『久保くん』と呼ぶことがあるんですが、名字だけで呼ぶ方がいいのか?外国人選手の場合、呼び捨てのことが多かったりしますが、どうするのが正解でしょうか?」と質問。

2312_features_dei_sub05.jpgWOWOWサッカー解説者 中村俊輔さん

スポーツ部の仁藤慶彦部長は、ユーロの決勝でダブル解説を務めた奥寺康彦さんと宮本恒靖さんがサッカー界の先輩・後輩であることを踏まえつつ、番組内でお互いを呼び合う際は「お客様によってはノイズになる可能性もあるし、ダブル解説はフラットな関係でいたいので"くん"は控えましょう」と申し入れたという事例を紹介。マセソンさんは「"くん"と呼ぶことに親しみを感じる人もいれば、バカにされていると受け止めてしまう人もいるので、ある程度、(局内で)指針を固めたほうが良いと思います」と提案する。

2312_features_dei_sub06.jpg質問に答える仁藤慶彦スポーツ部長

坪井慶介さんは、選手を紹介する際に「アフリカ出身の選手について『身体能力が高い』と言ったり、ドイツの選手について『大柄でパワーがある』と伝えたりすることがあります。もちろん、そうじゃない選手もいますが、分かりやすく特徴を伝えるという意味で、そう言うこともあるし、そこには『すばらしい』という意味も込められているんですが......」とアンコンシャス・バイアスの観点から質問。

2312_features_dei_sub07.jpgWOWOWサッカー解説者 坪井慶介さん

マセソンさんは「事実や特徴をそのまま伝えるのであれば、まったく問題はないと思います。ただ『○○なのに■■』みたいな言い方になると、(■■の部分に)アンコンシャス・バイアスが出てくる傾向が高いです」とアドバイスを送った。

"ママさんゴルファー"という言葉に込められたアスリートへのリスペクト 

講座に参加したスポーツ部の宋美恩は、スポーツ番組におけるDEIについて「生中継が多いところに難しさがある」と事前に編集できない難しさに言及。

2312_features_dei_sub08.jpg講座後にインタビューを受けるスポーツ部の宋美恩

また、担当するゴルフ中継で女子選手を紹介する際に"ママさんゴルファー"といった言葉を避けるようになったことについても指摘する。「『○年に出産。□年復帰』といった表現になりました。こういう(出産というプライベートな)情報を伝えるのは、選手が出産後にコンディションを整えて第一線に戻ってきたことへのリスペクトがあるんです」とその意図を説明し、これからもいろんな表現に対してどんな言葉を選ぶかという点について「悩み続け、『これは大丈夫なのか?』と考え続けることが大事だと思います」と語る。

ボクシング担当の和佐亨は、講座の中でのマイノリティーについての事例で紹介された、日本社会における「左利きの人(1245万人)」、「LGBTQの人々(1108万人)」、「障害がある人々(965万人)」、「在留外国人(297万人)」、そして「日本で最も多い六つの名字【佐藤、鈴木、田中、高橋、伊藤、渡辺】(848万人)」の"数字"に着目。「ボクシングでもサウスポーは多いですけど、(マイノリティー層が)同じくらいということは、ビジネスの観点からも、その人たちを取り込む番組作りをして『WOWOWは信頼できる』と思っていただくのは重要なことだと感じました」と語った。

2312_features_dei_sub09.jpg講座を受けて感じたことを語るスポーツ部の和佐亨

「DEIへの意識を変えることでより豊かなコンテンツ、サービスを提供できる!」

マセソンさんとともにWOWOWのDEIの取り組みを推進してきた人材戦略局の岩島未央子局長は、2022年2月に社内でメンバーを募りDEIに取り組むためのワーキンググループを発足させた。そこで話し合いの末に導かれたのが「社として外に向けてポリシーや指針を発表する前に、全社員の意識レベルを上げるべき」という結論。「どんなに美しいメッセージを出しても、社内で意識が宿っていなければ意味がないし、むしろかっこ悪い」――それが2022年9月から5カ月にわたり行なわれた全社員参加必須のワークショップにつながった。番組制作で忙しい現場からは不満の声も聞こえてきたが「この部分の意識を変えることで、WOWOWのアウトプットも変わり、より豊かなコンテンツやサービスを提供することにつながるはず」と信じ、あえて短期集中型ではなく「月1回(1時間半)を5回にわたってやることで浸透する」と進めていった。

2312_features_dei_sub10.jpg人財戦略局長 岩島未央子

岩島局長が幾度となく口にしたのが、ガイドラインができたとしても「確固たる正解があるわけではないし、時間とともに正解も変わっていく」ということ。試行錯誤を重ねて「常に価値観をアップデートしていきたい」と想いを口にした。

取材・文/黒豆直樹  撮影/祭貴義道