「未来のWOWOWのために、今大きく変わらなくてはいけない」経営陣が語る、WOWOW事業改革の内幕

1991年の開局以来、放送事業を軸に成長してきたWOWOW。ここ数年、個人の嗜好の多様化や動画配信プラットフォームの台頭など、外部環境が急激に変化する中で、WOWOWもこれまでのビジネススキームとは異なる新しい価値を生み出すことが求められている。そんな変革への決意を込めて、2024年には新たな「パーパス」と「チェンジバリューズ」を策定。これを羅針盤として、放送以外の新規事業を含む、さまざまな取り組みに着手している。
外資系企業などでの事業改革の経験を有し、2023年にWOWOWへジョインした井原多美(取締役 専務執行役員)は、「WOWOWにとって、これからの2、3年が本当に大事になってくる。ここで変わらなければ、WOWOWの未来はない」と、危機感を募らせる。
今回は、社内の常識にとらわれずに変革を進める井原と、新卒から約30年間WOWOWに勤め、会社の強みと課題を知り尽くす鈴木聡(執行役員)にインタビューを実施。パーパスとチェンジバリューズの策定に至った経緯と、そこに込められた想い、さらには将来に向けたビジョンについて、WOWOWの「未来価値戦略」の先頭に立つ2名の役員が語った。
今改めて問う。「WOWOWは何のために存在するのか?」
── WOWOWは2024年5月に「人生をWOWで満たし、夢中で生きる大人を増やす」というパーパス(※)を制定しました。まず、このパーパスを掲げることになった経緯を教えてください。
※:経営戦略上、企業や組織が何のために存在するのかという「存在意義」を言語化したもの
パーパス「人生をWOWで満たし、夢中で生きる大人を増やす」と、それを実現するための四つのチェンジバリューズ(行動規範)
井原 WOWOWは1991年の誕生以来、「放送事業」を軸に成長を続けてきました。現在も236万の加入件数があり、毎月約50億円の会員収入があります。しかし、2019年をピークに加入件数は減少し続けているうえ、外部環境の変化に組織として対応しきれていない状況もあり、経営陣は強い危機感を抱きました。「この現状を打ち破るには従来のビジネスモデルだけに固執せず、新しい事業を立ち上げ、育てていくことが急務である」と。
とはいえ、闇雲に新しいことを始めても、うまくいくはずがありません。まずは、「誰がお客さまなのか?」を定義し、そのうえで「お客さまを理解する」必要があると考えました。「お客さまが何を楽しんで、何を不満に感じているのか?」という観点で、より深い理解のもと、お客さまとつながっていく。その上で、これから注力していくべきサービスを考えようという流れに至りました。
そこで、2023年10月に社内で「未来価値戦略プロジェクト」を立ち上げました。いわば、WOWOWの未来への方針を作るための場ですね。5カ月にわたり、メンバー同士で徹底的に議論を重ねていく中で、まずは「そもそもWOWOWは何のために存在するのか?」ということを明確にするべきなのではないかという結論に至りました。それを言語化して、パーパスとして掲げることが新しいWOWOWに生まれ変わるための第一歩になる。そんな背景から「人生をWOWで満たし、夢中で生きる大人を増やす」というパーパスが生まれました。
井原多美(取締役 専務執行役員)
── このパーパスこそが、まさにWOWOWの存在意義であると。
井原 30年以上に及ぶ経済停滞を経た現代では、働く人の約6割がメンタルの不調を抱えているという調査結果もあり、充実した人生を送る「元気な大人」が少なくなっているのではないかと感じます。日本全体が再び活気を取り戻すには、ひとりひとりの大人がご自身の人生の質を上げていくことが大切。エンターテインメントにはその力がありますし、さまざまなコンテンツ体験を提供してきたWOWOWにはそれができるはずです。日本を活性化させるためにも「自分の人生を楽しむ大人を増やしていく」。これがパーパスの土台になっています。
WOWOWが100年続く企業になるために、この2、3年が勝負になる
── 鈴木さんは1996年にWOWOWに入社し、約30年にわたり会社の良い部分も悪い部分も見てきたと思います。改めて、会社のこれまでの歩みと現状をどう捉えていますか?
鈴木 井原からも話がありましたが、放送事業はかなり秀逸なビジネスモデル「だった」といえます。そもそも免許制であり新規参入が少ない中で、30年前に開局したWOWOWは先行者メリットを活かして、かなりの加入件数を獲得することができたわけです。そのため、これまでは「毎年、同じこと」をしっかり継続すれば数字がついてくるというビジネスでした。
社内では「新しいことをやろう」というマインドが生まれるよりも、どちらかというと従来の放送ビジネスの精度を高めていこうという「守り」の意識が多数派を占めるようになったのだと思います。しかし、この数年は本当に厳しい状況が続いており、本気で変わる必要性に迫られている。既存の放送・配信事業をしっかり支えつつ、新しい事業分野に投資していかなければなりません。
鈴木聡(執行役員・経営戦略局長)
── 2023年に未来価値戦略プロジェクトが始動する以前にも、新規事業などにチャレンジする動きはあったのでしょうか?
鈴木 そうですね。実は、加入件数が減少に転じた2019年時点でも、新しいビジネスをやろうという動きはありました。しかし、今振り返ってみると、組織として新しい事業を立ち上げるフレームや、成長をサポートする仕組みがなかった。結果、せっかくの新しい試みも、自然消滅していくようなケースが散見されました。要は、会社側に本気でやる覚悟や真剣さが足りていなかったのだと思います。実際、いまだに放送・配信という「一本足打法」になってしまっているわけですから。
精神論のように聞こえるかもしれませんが、WOWOWがもう一度成長していくためには、役員や従業員ひとりひとりが「やり切るぞ」というマインドを持つことが、戦略や施策以前に重要だと思っています。
井原 ここからの2、3年は特に、WOWOWにとって本当に大事な勝負の時期だと考えています。結局は現状のまま何も変われないということになれば、ゆるゆると縮小し続け、将来的には会社が存在しなくなる可能性が高い。「現状維持は衰退である」という意識を持つこと、これまでのやり方はすでに今の世の中の変化に通用していないと認識すること。その上で、未来志向で新しいフィールドにチャレンジしていくことが、WOWOWが今後50年、100年と続いていくためにも欠かせないと考えています。
最近は少しずつですが、確実な変化を感じるようになってきました。他の役員や現場のリーダーと話していても、明らかに語る内容や、使う言葉が変わってきました。また、役員の顔触れ自体も、現場で改革に携わってきた局長が加わったり、私のような外部の人間が入ってきたりと、大きく変わりつつある。これも、組織の風土改革の一つの表われだと思います。
四つの「チェンジバリューズ」はWOWOWが変わるための行動規範
── パーパス発表の半年後には、「チェンジバリューズ」も策定しています。変革に向けた社員の行動規範として四つのキーワードを掲げました。このチェンジバリューズの狙いについて、改めて教えてください。
鈴木 会社の変革期には、さまざまな悩みや課題が生まれ、壁にぶつかる社員も数多く出てくるでしょう。これまでにない取り組みを進める上で判断に迷ったとき、「よりどころ」にしてほしいという想いで策定したのがチェンジバリューズ四つのキーワード「違っているか」「腹割っているか」「伝わっているか」「やり切っているか」です。従業員が日頃からこの言葉を使い、自問自答できるようにするため、あえて「問いかける」形にしました。
── それぞれの言葉には、どんな想いが込められていますか?
井原 まず、「違っているか」ですが、これからWOWOWが生き残るためには、いかにDifferentな(違っている)存在になれるか、独自性を出していけるかが鍵となります。これまでのやり方と比べて、あるいは競合他社と比べて「何が違うのか?」と自分に問いかけ、ユニークな独自性を追求していかなければなりません。
違いを出すためには、「腹割っているか」も重要です。異なる意見や考え方を持つ社員同士が腹を割って話し合い、時にはぶつかり合いながらも議論を重ね、より良い解決策を導き出していく必要があるでしょう。
ただし、単に独り善がりな意見をぶつけるだけではなく、相手に「伝わっているか」を意識することも忘れてはいけません。もちろん、社内の人間だけでなくお客さまに対しても、WOWOWがお届けするコンテンツやサービスが「伝わっているのか=心を動かすことができたのか」を常に問いかけ、一方通行ではない発信を行なうことが求められます。
そして、「やり切っているか」。組織としても、また、一人ひとりひとりの従業員としても自分なりに力を振り絞ろう、やり切ってみようと。そんな覚悟が込められています。
鈴木 まずは四つのうち一つでもいいので、自分が特に大切だと思うものを徹底的に意識し、日々の仕事に落とし込んでいくこと。そうしたひとりひとりの小さな変化が、いつしか大きな変化につながっていくはずです。
私の場合、まずは「やり切っているか」という点を徹底したいと考えています。先ほども触れたように、これまでのWOWOWには決めたことを最後までやり切る、成功するまで諦めず全力でトライし続けるという意志が足りていなかった。まずは全力疾走してみて、やれることをすべてやってみる。そのあと振り返ったときに、必要に応じて方向転換をすればいいと思っています。
また、時には会社や上司、部下を説得しながら、反対を乗り越えてでもやり切る気概を持つことも大事です。そこまでやらないと、会社としても個人としても成長が止まり、突き抜けた存在になることは不可能でしょう。
これからの人生を「一緒に楽しく過ごす友人」のような存在になりたい
── パーパスの策定から約1年、チェンジバリューズを掲げて半年が経過しました。現時点で、現場の従業員にはどこまで浸透しているのでしょうか?
井原 正直、まだまだ浸透しているとはいえませんが、折に触れて繰り返し伝えていくことが大事だと考えています。また、会社としても「パーパスを掲げただけ」で終わらないために、引き続き「WOWな体験とは何か?」「大人は何に夢中になるのか?」を追求していく必要があるでしょう。
また、現場で新規事業や変革に取り組む人たちにとって、やるべきことがより具体化されるようなヒントや新しい視点を得ることを目的とした、新しいプロジェクトの立ち上げを予定しています。
── 最後に伺います。これからのWOWOWを牽引していくに当たっての決意、目指すべき未来像、そして、WOWOWが変革を遂げることで社会にどんな貢献ができるのかなど、今後に向けたメッセージをいただけますか?
鈴木 ここまでWOWOWの置かれた厳しい現状についてお話ししてきましたが、一方で、私たちには普遍的な強みもあると考えています。それは、すべてのエンターテインメントの源ともいえる、コンテンツを生み出す「プロデュース力」や「企画力」です。こうした強みを駆使して、従来のメイン事業である放送だけではなく、さまざまな形のコンテンツやサービスとしてお客さまにお届けしていきたいと思います。
例えば、インターネット配信もその一つに当たるでしょう。パソコンやスマートフォン、タブレットなど、デバイスが変わっても、コンテンツとしては一本の軸が通ったものを提供していく。あるいは、昨年から注力しているコマース事業を通じて、魅力ある商品をお届けしていく。そのように、WOWOWの強みを活かしたエンタメ体験や高品質なサービスをどんどん広げていきたいですね。パーパスにも掲げている通り、ひとりでも多くのお客さまを夢中にさせることが、ひいてはWOWOWの成長にもつながると思いますから。
井原 ハーバード大学が80年以上続けている「幸せ」についての研究によれば、人間の幸福や健康は年収や学歴、職業ではなく「いい人間関係」によって高められる、とされています。信頼できる人に出会い、ともに穏やかでクリエイティブな時間を過ごすことが幸せな人生につながると。
WOWOWはお客さまにとって、そういう存在になりたいと考えています。例えるなら「昔親しかった友人」ではなく、「これからの人生、一緒に楽しい時間を過ごす友人」のようなイメージですね。この人と一緒にいると新しい趣味にチャレンジすることができる。ワクワクする刺激的な時間を過ごせる。あるいは、優しい気持ちになれる。WOWOWのサービスに触れることで、自分の人生が昨日とは違って見える。そんな、人生に精神的な豊かさ、エネルギーをチャージするような存在になりたいです。その結果、元気な大人が増え、世の中全体が活気づくことを信じて、今後も変革を進めていきたいと思います。
【プロフィール】
井原多美(取締役 専務執行役員)
アディダスジャパン株式会社、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社などの企業を経て、2023年、WOWOWの取締役 専務執行役員に就任。現在、取締役 専務執行役員として事業戦略統括を担当。
鈴木聡(執行役員・経営戦略局長)
1996年、WOWOW入社。放送技術部門、インターネット部門、経営戦略部門などを経て、現在は執行役員・経営戦略局長(2025年3月現在)。井原とともに「パーパス」「チェンジバリューズ」の策定に携わった。
取材・文/榎並紀行(やじろべえ) 撮影/You Ishii