2026.04.08

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"夢中な大人"が増える未来を目指し、哲学者・谷川 嘉浩さんを招いて 「夢中のトビラボ」がワークショップを開催

〈トークセッション〉
哲学者、京都市立芸術大学 美術学部デザイン科講師 谷川 嘉浩
株式会社博報堂 生活者発想技術研究所 上席研究員 杉本 奈穂
株式会社WOWOWマーケティング局長、WOWOW 夢中のトビラボ所長 河津 孝宏

2025年、「人生をWOWで満たし、夢中で生きる大人を増やす」というパーパスを掲げて新たに立ち上がった研究所「WOWOW 夢中のトビラボ」(以下、トビラボ)。「『夢中』とは何か」、「多くの人に『夢中』を持ってもらうためにWOWOWができることは何か」といったテーマを設け、約1年かけてアンケート調査や研究・検証を実施。それらの結果を踏まえ、哲学者・谷川嘉浩さんを交えてのトークセッション、そして「夢中」について考える社員参加ワークショップを2026年3月17日にWOWOW本社で開催した。

ウェルビーイング度に2倍の差 果たして『夢中になる』ことの実態とは......?

第一部のトークセッションに登壇したのは哲学者・谷川嘉浩さん、「WOWOW 夢中のトビラボ」の研究を共同で行なっている博報堂 生活者発想技術研究所の杉本奈穂さん、そして「WOWOW 夢中のトビラボ」所長 河津孝宏の3名。

2604_features_tobilabo_sub01_w810.jpg(左)「WOWOW 夢中のトビラボ」所長 河津孝宏、(中央)博報堂 杉本奈穂さん、(右)谷川嘉浩さん

なお、トークの進行は、20〜70代の1.8万人を対象としたアンケート『夢中のチカラ調査』(2025年実施)の一部を杉本さんが解説し、それに対して、谷川さんと河津所長がコメントしていく形で行なわれた。

最初に挙げられたのは、〈夢中になれるものを持っているかどうか〉の調査結果について。ここでは全体の51.2%の人が「持っている」と回答し、その内の17.3%は「自分の価値観を優先し、他人の評価に左右されない"自分軸の夢中になれるもの"を持っている」とのデータが示された。また、興味深い内容として、"自分軸の夢中"を持つ人の人生満足度を調べると、「夢中になれるものを持っていない人」と比べ、ウェルビーイング度が約2倍の高さであることも分かった。

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では、果たして「夢中になる」とはどういうことか――。
谷川さんは自身の著書『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(筑摩書房)の中で、"自分をコントロールできないほどの情熱や衝動"について詳しく記している。このことを踏まえ、杉本さんから「谷川さんの提唱する『衝動』を持つことの大切さと、トビラボが研究テーマとしている『夢中』との類似点、共通点にはどのようなものがあると思われますか?」と質問が投げかけられると、この問いに答える形で、谷川さんはまず「衝動」と「モチベーション」の違いについて解説を行なった。

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「モチベーション」とは自分の内側から湧き起こるようなやる気があるかどうか。それに対して「衝動」は、「"誰が・何に対して行なうか"といったシチュエーションとしっかりかみ合った状態を持ち、なおかつ、自分でも合理的に説明できないような前のめり感などを伴った夢中なものを指します」と谷川さん。「例えば、地面のアリをじっと見続けている子どもって、当然その行為自体に高いモチベーションを持っているわけではない。けど、自分でもなぜ見続けているのか説明がつかないし、場合によっては周囲で遊ぶ友達の誘いに乗らず、アリを見るという自分の欲望を優先してしまう。これが『衝動』なんです」。

こうした定義を踏まえ、谷川さんは「趣味」についても言及。「趣味」とは、曲を作る、絵を描く、植物を育てるなど、外側に向かって何かしらを生み出すこと。「たとえそれが上手くいかなくても、試行錯誤を重ねることで、自分なりの満足や充足を得られるものを『趣味』と呼んでいます」。また、「衝動」と「趣味」に共通していることとして、「決して世間から評価されたり、ビジネスなどにダイレクトにつながることを目的としていない。そうではなく、どちらも純粋に"自分がやりたいから"という行動なんです。これは、"自分軸の夢中"と非常に似ている部分とも言えますね」との説明がなされた。

『夢中』がもたらす、人間関係の広がりや孤独の解消

続いて杉本さんは、〈夢中になるものがある人はなぜウェルビーイング度が高いのか?〉についての研究内容を紹介。トビラボではこの要因について、「"自分軸の夢中"を持つと、孤独が解消されるからではないか」という仮説を立てた。なお、この「孤独の解消」には二つの側面がある。一つは"自分軸の夢中"を持つ50〜70代を対象にした調査において、「好きなものごとを通して人間関係が広がった」と回答した人が全体の49.3%にのぼっていることから、杉本さんは「夢中になれるものが共通していると初対面の相手でも心が開きやすくなり、人間関係に広がりも持てるようになるのでは」と、他人との関わり方が孤独を解消することにつながっていると解説。また、二つ目として、「夢中なものごとにはひとりで取り組むことが多い」と答えた人が65.5%にも及び、このことから、「好きなものに没頭していると自分自身とも向き合え、ソリチュード(独立性の孤独)を獲得できるという解釈が生まれる。それがウェルビーイングの高さにもつながるのではないか」との説明を行なった。

この仮説には谷川さんも大きく賛同。さらには、アメリカの哲学者ハンナ・アーレント氏の言葉を引用しながら、「孤独」の意味についてより深掘りしていく。「アーレントは"the two-in-one"という言葉で、『ひとりの中に2人の人間がいる』と表現しています。つまり、たくさんの考え方や意見が自分の中にあり、そうしたいくつもの思考と一人で向き合い、自分自身と対話をすることが『孤独』であると説いているんです」。ここでいう『孤独』とは、寂しさを意味する"ロンリネス"ではない。「先ほど杉本さんがおっしゃった"ソリチュード"のほうです。『私はこうなんだから』と自分自身を見つめ直すプラスの行動。自分の多面性を育む活動だから、たとえひとりで行なう『夢中』でも、ウェルビーイングの高さにつながっていくんです」と谷川さん。

一方、この説明を受け、河津所長は実体験をもとにしながら、「50歳を超えて自分の中に変化を見つけたり、新しい『夢中』と出会えるのはとても楽しいことですが、その反面、それまで関心がなかったり、『自分はこうだから』と決めて避けていた判断に対して、それをほぐしていく作業は大変だなという印象があります」と意見を述べた。すると谷川さんは、「確かに難しいことかもしれませんね」と同意を示しつつも、「でも、『自分はこうだから』と常に自分を決めつける行為は、自己対話が行なわれていないことを意味するんです」と指摘する。「アーレントの言葉を借りるなら、思考が働かないことや思考の欠如は、人間を絶望的な孤立(ロンリネス)へと突き落とすことにつながっていきます。そうならないためにも自己対話はとても大事。それに、自分の殻を溶かしていくのは簡単ではないかもしれませんが、自分の中に新たな感情が芽生えたり、いままで気付かなかった多様性があったんだと実感できるほうが人として豊かであると言えますよね」と、自己対話を通して得られる孤独(ソリチュード)の重要性を改めて説いていった。

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「好き」の感じ方は主に六つの感覚に集約されている

そして、最後のテーマとして挙げられたのは「感受性」について。杉本さんが提示したデータは、"自分軸の夢中"を持つ50〜70代を対象に、〈『好き』と感じるものへの感覚はどのようなものか
?〉について尋ねた調査結果。すると、複数用意した項目の中から6項目に回答が集中し、全体の82.3%を占めたことが分かった。(※「ささやかな幸せを感じる(17.6%)」「わくわくする(16.3%)」「夢中になっている(14.3%)」「癒される(13.0%)」「生きがいを感じる(11.9%)」「心の支えになっている(9.2%)」)
この答えの傾向について杉本さんは、「日常生活の中で『夢中』の種を見つけるヒントになるかもしれない」と分析。河津所長も「この六つの感覚や視点は、日常的にスルーしてしまっている物事に対して興味を持ったり、新たな感受性を得られるトリガーになるかもしれない」と感想を述べた。

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また、トークセッションの最後に設けられた質疑応答でも、参加者から感受性にまつわる質問が飛び出した。その一つが、「感受性を高めたり、新たに好きなものを見つけていく作業はとても大事だと理解できても、忙しい日々の中でその時間を作ることに難しさを感じている人もいるはず。そこで、もしもっと気軽に『夢中』を見つけられるようなヒントがあればお願いします」というもの。この問いかけに谷川さんは、「まずは、自分とは異なる趣味を持つ友人に1日付き合ってみては?」と提案。「自分にとってまるで興味のないものでも、1日くらいであれば向き合えるはず。それに、きっと友人は張り切ってアテンドしてくれると思います(笑)。好きか嫌いか、面白いか面白くないかは、その世界を体験してみないと分からないこともある。試しに一度触れてみるというのが、実はいちばん手軽なのではないかと思います」とアドバイスを送った。

パーパスと『夢中』について考える、社員参加のワークショップ

続く第2部ではワークショップを実施。ここでは6人ごとの六つのグループに分かれ、「夢中」に関するディスカッションが行なわれた。各グループには「トビラボ」のスタッフがファシリテーターとして1名ずつ参加し、残りの5名はさまざまな部署・年代のWOWOWメンバーが参加した。そこで、最初に自己紹介を兼ねて自分にとって「夢中」なものを発表しつつ、その「夢中」がいま現在、各々の中でどのような広がりを見せているかを語り合った。

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その後は「『夢中で生きる大人』が増えるとどんな未来になりそうか?」、「WOWOWが『夢中で生きる大人』を増やす活動としてどのようなことができそうか?」という二つのお題を個々人で考えていく作業へ。思いつく限りの答えを付箋に記し、それをグループ内で発表。すべての答えが出そろったところで、その中からどの内容が一番面白そうかを話し合う時間も設けられた。それぞれのテーブルの会話に耳を傾けると、「『夢中』のための時間を作ろうとすることで、残業がなくなっていく可能性がある」といった意見が飛び出す一方で、「夢中探しに疲れる人が出てくるかもしれない」「みんなが自分の『夢中』に目を向けると流行が少なくなり、国民的ヒットが生まれにくくなるのでは」との声も挙がり、どのグループでもさまざまな角度からの意見が活発に交わされているようだった。

そして、約50分間に渡るディスカッションが終わると、最後に各グループの意見をまとめた発表会へ。

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こうして、それぞれのグループが意見やアイデアを述べたところで、この日のワークショップは終了。最後に、この様子を見ていた谷川さんから、「とても有意義な時間だったと感じました」との感想もこぼれた。

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「企業において『研究』を行なう時間は非常に重要なんです。というのも、研究は "ゴールや目的なく、一つのことを突き詰める"だとか、"これがビジネスにつながる"だとかを考えずに何かを考えたり学んだりする活動のことです」と谷川さん。「企業の中にいると、どうしてもすぐに結果に結びつく企画や開発ばかりを意識してしまいますよね。企画や開発はきっと普段から皆さんが取り組んでいる内容であり、得意な部分。だからこそ、時々、今日のような研究を軸としたワークショップを体験するのはとても意味のあることだと思います」との言葉を残し、2時間にわたるこの日のイベントを締めくくった。

取材・文/倉田モトキ 撮影/福岡諒祠