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"自分は彼らみたいに人生を楽しんでるだろうか?"と考えてほしかった(後編)

WHO I AM チーフプロデューサー 太田慎也

2016年にIPC(国際パラリンピック委員会)とWOWOWが共同で立ち上げ、東京パラリンピック開催の2020年まで5年間にわたり展開するパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。世界最高峰のパラアスリートたちに密着し、彼らの「いま」に迫る。そこにはトップアスリートとして、徹底的に自分と向き合い、勝負の世界においても人生においても自信に満ち溢れる選手たちの姿があった。「これが自分だ!=This is WHO I AM」と輝きを放つ彼らを、日本だけではなく、世界に伝えたい──チーフプロデューサー・太田慎也に聞く。

ミックスゾーンで知った"障がい"の正体

──ところで太田さんはこれまで、どういった系統の番組を担当することが多かったのでしょう?

ざっくり言うと、スポーツとドキュメンタリーが多かったですね。中継枠を編成したり、現場に行ったりしていました。

──これまでのお仕事と、「WHO I AM」の制作で、全然違うなあと思ったことなどはありますか?

ドキュメンタリーは、その人の人生をちゃんと見られるから面白いですよね。しっかりと関係性を作らないといけない大変さはありますが、真っ白のキャンバスに僕らの物語が描けるから。さらに、「WHO I AM」はなにかを暴いたり、スクープするようなドキュメンタリーとは違うので、選手と一緒に作っていく感じですよね。「どういう"自分"を世界に示したい? どういう風に競技を撮ったらかっこよく映ると思う?」とかって、選手と相談するんです。その「一緒に作っていく」みたいな感じはたまらないですね。

──選手たちとのエピソードで、印象的なものはありますか?

先ほどのドーハでの世界陸上の際、英語が堪能な後輩の女性プロデューサーがいるのですが、彼女に「どんどん選手とコミュニケーションを取ってほしい」って、ミックスゾーンでインタビューを行いました。たくさん取材した選手の中の一人に、リチャード・ブラウンというアメリカ代表の選手がいたんですが......

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全身にタトゥーが入ってて、髪の毛も真っ赤に染めてて、なんだかバスケットボール選手みたいなんですよ。もちろんパフォーマンスも超一流。すると彼は後輩プロデューサーのことを気に入ったんでしょうね(笑)、会うたびに彼女のことを楽しませようと「Hey, baby!」って声をかけて、レース後も彼女はレースのことを質問しているのに、「なにしてんの? 元気?」ってずっと言ってるんです(笑)。

──(笑)。

それを見たときに、彼にとってはユーモアも交えた挨拶程度のことだったのかもしれませんが、「しょうがないヤツだなぁ」って、最初はみんなで笑ってたんですが、後になって、「"障がい者はそんなことしない"って、もしかしたら自分たちは1ミリくらい思ってたんじゃないか?」って、やっぱり「自分」の話になったんです。「そりゃ女好きもいるよね。僕らが持ってる個性と一緒なんだ」って。女好き、酒癖が悪い、運転が上手、おしゃれ、料理が下手、字が汚い、話が長い......それらと同じように、彼らは脚がない、目が見えない、でも速いとか。それらはいずれも等しく「個性でしかない」って話になりましたね。

──そういう意味でも、ミックスゾーンでどんどん話しかけていったことは大きかったですね。

そうですね、ミックスゾーンではいろんな気づきがありました。それまでは車いすの選手と会って喋るときに、「立ったままでいいのかな? しゃがんだほうがいいのかな? ちょっと今はやめておこうかな?」って、わからなくて考えてしまう感じだったんですね。でも、一瞬考えてしまうその"間"こそが、社会における"障がい"だと僕らは思ったんです。障がいのある方との接し方がわからない、これこそが障がいだって。

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──そうやって対応された側も、その"間"ってすごく敏感に気づきますから...。

気づきますね。それで、ものすごい変な空気になるんです。それこそが"障がい"で、それを作り出しているのは相手でも誰でもなく、自分なんですよ。そういったメッセージをまずフィロソフィーに込め、そして映像に込めていきました。

──番組でピックアップする選手について、どのようにセレクトされるのでしょうか?

「いろんな競技、いろんな国、いろんな障がいの種類」を心がけています。2016年はリオオリンピック・パラリンピックがあったので、地元の選手を2名取り上げましたが、強豪国アメリカやオーストラリア、他にもイランやボスニア・ヘルツェゴビナのような国の選手も紹介したいと思ったし......。

──5年にわたるプロジェクトという利点もあると思うのですが。

そうですね、シリーズとして立ち上げている強みがあると思います。1本だけだったら、ブラジルのスーパースターを取り上げて終わりになりますが、1年に8本あるので、いろんな国の選手を紹介できる。まだまだ取り上げたい選手もたくさんいて......5年あるので必ず挑戦したいと思います。

──10月から放送されているシーズン2は、どういう基準でセレクトしましたか?

前回のシーズン1は最初の立ち上げの年だったので、サッカー(ブラインドサッカー)、水泳、陸上、バレーボール(シッティングバレーボール)など、観ている方でもイメージしやすい競技を選びました。今年は2年目ということで、もう少し幅広い競技を......フェンシング(車いすフェンシング)やパワーリフティング、冬のアルペンスキーやスノーボード、ウィルチェアーラグビーなど、陸上・サッカー・水泳に頼らないシーズン2になりました。競技チョイスとしてはちょっと冒険してみた感じですね。

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究極の目標は「WHO I AM」=オリジナルドキュメンタリーの代名詞

──メディアがあまり立ち入ることのできない国での取材もあったそうですが、いかがでしたか?

「国によって、環境や空気や成り立ちが全然違う」って実感したのは、イランとボスニア・ヘルツェゴビナでしたね。イランはイスラムの国なので、基本的に男性と女性は触れ合えないですよね。ザーラ・ネマティというイラン人女性初の金メダリストに何度も会いましたが、いまだに握手もしていないですし。少し距離をとってお話したり、ジェスチャーで伝えたり、みたいな。もちろん当然の文化ではあるのでしょうけれど、報道のない局にいる者としては新鮮だったし、なんだか神経を使いましたね。

──どうやって取材したのでしょう?

制作チームからの提案もあり、密着取材のクルーを全員女性で編成しました。すると、「日本のクルーがそこまで気を遣ってくださるんですね」ってとても喜んでくれて、ご自宅に上げてもらえたり、幼少期の写真の入ったアルバムを見せてもらったりできました。イランのパラリンピック委員会の方も、「WHO I AM」のことをわかってくださっていて......急にお呼びがかかって、「なにかマズいことしたかな?」って心配していたんですけど(笑)、「素晴らしい仕事をしてくれたので、どうしてもお礼が言いたかった。イランにはほかにも偉大なチャンピオンがたくさんいるから、もっとやってほしい!」って(笑)、褒めていただきました。

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──ボスニア・ヘルツェゴビナはいかがでしたか?

20年前まで紛争をやっていた国なので......シッティングバレーボールという競技自体が、傷ついた兵士たちの復活の場所になっているんです。当時、銃弾を受けたり、地雷を踏んでしまったりといった人がすごく多くて、そういう人たちが集まってバレーボールチームが作られたのが始まりなんですよ。そういった背景もあって、国もシッティングバレーに力を入れて支援もしてきたので、ボスニア・ヘルツェゴビナはシッティングバレーボールがすごく強いんです。

──なるほど。

陸上や水泳の世界大会に行っても、ボスニアの選手って見ないんです。シッティングバレーだけ、すごく強い。取材したサフェト・アリバシッチも12歳のときに地雷を踏んで、かかとを失っているんですが......地雷を踏むって、全身に重傷を負うイメージがありますよね? でも実際は、多くの人を治療に巻き込んで国力にダメージを与えるため、一瞬で命を奪うというよりも、足を大怪我させるような量の火薬を計算して入れていると聞きました。逆にその分、たくさんの地雷が埋められていたんです。紛争という意味においてはそっちのほうがダメージが大きいんだと。

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──それは日本にいたら知り得ないことですね。

そうですね。行ってみないとわからないことでした。そういう背景があるなか、シッティングバレーで金メダルや銀メダルを獲って、国が元気になるっていう姿も描けたので。日本ではありえないですよね。世界情勢というか、その国の歴史を描けるというるのも、シリーズとしての考え方にはなりましたね。

──障がいに対しての理解が進んでいるなあと感じる国などはありましたか?

......オーストラリアかなあ。少し乱暴な印象論ですが、義足の人が短パンを履くって、日本だったら多くの人が、二度見してしまうか、逆にあえて見ないふりをすると思うんですよ。でもオーストラリアでは義足の人が普通に歩いていて、どこかかっこいいんですよね。「よー、元気?」とかって挨拶していて、オープンだなあって思いました。片足の選手が、民間のジムで日々トレーニングしていたりもして。日本ではなかなか見ることはないし、それこそ周囲が変な雰囲気を作り出しちゃうんじゃないかと思うんですね。だからこそ、「それこそが日本社会における"障がい"なんですよ」っていうことを表現したいと思いました。

──社会の在り方みたいな、根本のところですよね。

自分が東京にいるというのもあるのかもしれませんが、今の日本って、どこか社会の歪みが激しいんじゃないかと思うんです。なんとなくストレスが蔓延していて、通勤電車が一分遅れただけで周りから舌打ちの音が聞こえてくるみたいな。そうやって、視野が狭くなったり、心に余裕がなくなったりしているなかで、「WHO I AM」に出てくる選手たちを観ていると、「心が豊かな人だな」って思うじゃないですか。もちろん国による文化の違いもあるでしょうけれど、そういった力を持つ番組になっているといいなと思います。

──先ほども少し出てきましたが、「WHO I AM」を大学の授業や企業の研修に使ったりと、いろんな試みをされているのも、そういった狙いがあるのでしょうか?

そういう意味もありますが、「放送してハイ終わり」じゃなく、「放送はゴールではなくスタート」っていつも話しています。いろんな場所に活用して、映像を社会の財産にしていきたい。それって最終的には選手に戻ってくると思うんです。選手にスポンサーがついたり、選手が競技するときの観客動員につながったりするといいなと思います。それから、放送局ではありますが、「映像を基軸に、あらゆる展開に挑戦します」と、なにごとにも挑戦できていることも、かなり貴重で大きな意味を持っているなと。大学の授業とかも、そのひとつですね。

──学生さんの反応はいかがですか?

すごくいいですね。「かっこいいです」とか「明日頑張ろうって思いました」、「バイトを辞めようと思ってたけど、頑張ります」とか言ってくれますね。東京都さんと一緒にやっている授業もあって。WOWOWと東京都で、東京都はTOKYO2020のホストシティとして、バリアフリーやパラスポーツ盛り上げの取り組みについて話をされる。WOWOWは映像を使って世界での取材経験を話す、ということをしています。

──「WHO I AM」で今後やりたいことなどはありますか?

究極の目標は......「WHO I AM」というタイトルにしたので、パラリンピアンに限らず、オリンピアンや、例えば音楽アーティストも描いてみたい......市井の人を取り上げたっていいんですよ。今はパラリンピックのシリーズをやっていますが、もっと広げて、オリジナルドキュメンタリーの代名詞みたいになったらいいなあって思っています。

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制作局制作部 太田 慎也

2001年WOWOW入社。営業、マーケティング部門を経て、2005年に編成部に異動し、テニス、サッカー、ボクシングなど、海外スポーツコンテンツの調達、編成、中継に携わる。2008年、WOWOWオリジナルドキュメンタリー「ノンフィクションW」の立ち上げを担当。自身もドキュメンタリー番組のプロデューサーを務め、2013年、「ノンフィクションW 映画で国境を越える日」で日本放送文化大賞グランプリを受賞。2015年より、IPC&WOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」のチーフプロデューサーを務める。2017年には、「WHO I AM」が日本民間放送連盟賞 特別表彰部門 青少年向け番組の優秀を受賞。

撮影/川野結李歌 取材・文/とみたまい 制作/iD inc.

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