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第1回WOWOWカレッジ開催 「電波少年」伝説の

第1回WOWOWカレッジ開催 「電波少年」伝説の"T部長"が降臨! 土屋敏男プロデューサーが語るクリエイティブの源泉とは?

日本テレビ放送網 日テレラボ シニアクリエイター 土屋敏男

WOWOWでは「WOWOWカレッジ」と銘打って、革新的な活動を行なっている外部のクリエイター、技術者などを招いて、“クリエイティブについて”講演してもらう取り組みをスタート! クリエイティビティの源泉や誰もやらなかった新たなことに挑戦する上での思考などについて語ってもらうほか、社員との質疑応答、クロストークも行ない、外部の人間との対話を通じて得られる刺激による社員の成長、企業としての発展を図っていきます。

先日、9月24日に第1回が開催され、田中晃取締役社長の日本テレビ在籍時代の同期であり、「進め!電波少年」の“T部長”として知られ、「ウッチャンナンチャンのウリナリ!」など革新的なバラエティ番組を世に送り続けてきた伝説のプロデューサー・土屋敏男氏が来場! 新人時代の話から「電波少年」の誕生の秘話、今年7月に最新3Dスキャナを用いての新たな試みとして開催したライブエンタテインメント「NO BORDER」についてまで、熱く語ってくれました。

社内のオープンスペースで行なわれた講演には約60名の社員が出席。土屋氏が明かす、数々の成功の裏にあった驚愕のエピソード、今後の放送業界の展望を語る言葉に耳を傾け、熱い質疑応答が交わされました。

今回の「WOWOWカレッジ」について、企画した田中社長と奥野人事部長に、「WOWOWカレッジ」にかける想いとは何か?また何がきっかけとなって今回の運びとなったのか聞いた。

―「WOWOWカレッジ」設立の背景について教えてください。

田中社長「いくつかきっかけがありました。以前LAでルーカス・フィルムを視察したとき、まさにこのような講演会が定期的に行われていることを知りました。ルーカスと縁のある社外の監督や脚本家ら錚々たるメンバーを社員のために呼んでPeer to Peer(業界人同士)でのセッションを展開していました。また、WOWOW社員から、外の人の話を聞きたいという声もありました。クリエイターの話を社員に聞かせたいというのは、私も以前から考えていました。WOWOWは質の高いエンターテインメントを視聴者に届けることが生業であり、クリエイティブが事業の根幹です。クリエイティブであることに敏感であらねばならないし、私はその追求には終わりがないと思っています。」

奥野人事部長「どこの会社でもそうだと思いますが、忙しくなると目の前のことで精一杯になり、先の視点・広い視野で考えることはついつい後回しにしてしまいます。クリエイティブは制作部門にだけ必要なことではなくて、管理部門も、放送センタースタッフも全社員が常に求めるべきことと思っています。全社員が"一歩先のことを考える" "新しい視点で考えてみる" "前例にとらわれず発想する"、そういった思考をするきっかけになればと思い、企画しています。」

―社員にどういうことを学びとってもらいたですか?また人選はどのようにされていますか?

田中社長「会社の文化の中にクリエイティビティをもっともっと浸透させたいと思っています。"もう一歩掘り下げる""もっとできる"という考え方です。WOWOWをそういう組織にしていきたい。WOWOWにしかできないこと、WOWOWだからこそやる価値があるというものを追求していきたいと思っています。人選については、TV界で、革新的で独創的な人に話をしてもらいたいと考えたときに、土屋(さん)がまず頭に浮かびました。彼を一言で表現するなら、"類まれなるオリジナリティ"です。まずは彼にお願いしたい。これからもジャンルを問わず、みんなのクリエイティブを刺激する方にお願いしたいと思っています。」

奥野人事部長「今後も、社員のクリエイティブが触発されるような人に沢山来て頂きたいと思っています。次回も決まっており、12月に『チコちゃんに叱られる』プロデューサーの小松純也さんにお願いをしています。」

失敗体験は次の行動への武器を手に入れさせてくれる

「電波少年」のオープニングテーマでおなじみの「THE WALL(長城)」(BEYOND)に乗って登場した土屋氏。今回の講演は「~なぜ『今までにないもの』を生み出し続けられるのか~」がタイトルとなっていたが、この楽曲の使用ひとつをとっても、土屋氏は常に「他の人がやらないこと」を常に念頭に置いているということで「普通は日本のミュージシャンの曲を使うけど、あえて香港のバンドの曲とかを使う方が面白いかなと思ったんです」と説明する。

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最初に土屋氏が語ったのは「新しい試み、他人がやらないことを発信し続ける原動力は何か? そのために日々、何を意識し、実践しているか?」ということについて。土屋氏は「失敗体験が一番の血肉になった。失敗は行動への武器を手に入れさせてくれる」と語る。

日テレ入社当時から「アメリカ横断ウルトラクイズ」のようなドキュメント・バラエティを作ることを希望していた土屋氏だが、最初の配属は企画要素のない編成部。そこで編成の仕事とは別に「企画書を必ず毎週1本出すことを決めた」。当時は社内公募の制度などはなかったが、次の異動までの約2年半、毎週企画書を出し続けた。なお、約40年前に書いた企画書は「いつかやる機会があるかもしれない」といまでも全て手元に残しているという。

その後、念願かなってバラエティ制作の現場に配属となり、テリー伊藤さんの演出による「元気が出るテレビ」がスタートするが、そこで自身が作ったVTRでは見る人を笑わせることができないという体験をする。半年ほど試行錯誤を繰り返し、初めてお客さんに笑ってもらうことができ「体がしびれました。一生、お笑いのディレクターをやっていこうと思った」と明かす。

だがその後も「ニッポン快汗マップ ガムシャラ十勇士!!」、ダウンタウンの東京初のレギュラー番組「恋々!!ときめき倶楽部」などを立ち上げるも、数字的には惨敗した。「『ガムシャラ十勇士』は『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』のパクリで、『恋々!!ときめき倶楽部』は『ねるとん紅鯨団』のパクリ。この失敗で、人気番組のパクリではダメなんだと自覚しました」と振り返る。

パクリじゃダメ! 「こんなテレビ見たことない」を念頭に誕生した「電波少年」の規格外の企画

その後、当時の編成スケジュールの都合で、急遽あいた3か月分の枠のために「明日までに企画を持ってこい!」と命令され、誕生したのが「電波少年」だった。第1回放送では「渋谷のチーマーを更生させる」という松村邦洋をチーマーたちの中に"放置"。他にも「イラン人のADを募集する」など常識外れの企画を実現させていく。土屋氏は企画意図について「3か月だけなので、何をやってもいいと言われたけど、パクリだけはやりたくなかった。『こんなテレビ見たことない!』というものをやろうと思いました。そうやって『いまのテレビにないもの』をやったら、意外と中学生の男子に刺さったんですね。当時の制作センター長が中学生の息子に"いま、面白い番組は?"と聞いたら"『電波少年』がぶっちぎり"という答えが返ってきたそうで、結果的に10年半もやることになりました」と説明する。

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さらに「成功体験は次の行動への指針を手に入れさせてくれる」とも。

「電波少年」を全国区の人気に押し上げたのは、何と言ってもお笑いコンビ「猿岩石」によるユーラシア大陸ヒッチハイクだが、この企画も当時は常識外れとも言える要素をいくつも含んでいた。当時は全くの無名コンビだった猿岩石の起用は、半年以上のスケジュールを確保するには人気タレントを使うのは無理だったという事情もあるが「人気タレントを連れてこなくても、知名度ゼロのタレントでも面白いことをやったら見てもらえるんじゃないか? という仮説の下、やってみた」とのこと。

また「当時、大きなカメラで撮るのが当たり前だったけど、カメラマンではなくディレクターが撮っても放送できるんじゃないか? という仮説を立てて、子どもの運動会で使うようなソニーのハンディで撮影した。普通なら(スタッフの人数が多くて)毎回、マイクロバスが必要になるけど、これで猿岩石の2人とディレクターの3人でヒッチハイクができた。技術スタッフには怒られましたけど『どう映ってるかじゃなく、何が映ってるかが大事でしょ!』と言いました」とも。こうした「新たな技術(テクノロジー)の活用が新しいエンタメを生む」という姿勢は、今年、開催されたライブエンタテインメント「NO BORDER」にもつながっていく。

「ほうれんそう」は不要? 体験を自らの血肉にするために必要なこと

続いて土屋氏は「体験を血肉とするにはどうしたらいいか?」というテーマで、自らの行動・思考の哲学を語ったが、そこでは「"ほうれんそう(=報告・連絡・相談)"をしない!」という社会人としてはあるまじき(?)方針を表明!

「電波少年」で松村さんが当時の首相が柔道有段者であるという話を確かめるために、ハリセンで襲いかかるという企画を立てたが、事前に上司に相談したところ、最終的に局長にまで話が伝わり、ストップがかかったというエピソードを告白。「本当にやってはいけないことは自分でわかっていると思っているので、やっちゃった方が面白いことは(相談せずに)やることにしました。だから、企画が実現しないのも、失敗するのも全て『自分のせい』と思うようにしています。他人のせい、会社のせい、上司のせいにしない。突破できなかった自分が悪い。そうやってやっていけば、体験は血肉になります」と説く。

だからこそ「打ち合わせも他人に任せず、できるだけ自分でやる。無理だと言ってた企画が『もしかしたらできるかも...』という可能性もあるけど、そのニュアンスは自分が直接話すからこそ感じられる。間に代理店や営業担当が入ってしまえば『できません』となってしまう」と、己の責任で企画を進めていくことの重要性を語った。

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「大切なのは才能ではなく、考える量!」

クリエイターとして数々の革新的なアイディアを出し続ける土屋氏だが「自分にクリエイターとしての才能があるとしたら、それは"小心"であることだと思います。いろんな細かい部分をものすごくチェックするし、お客さんが入らなければ心を痛めてどうすべきかを考えるし、毎日『どうしたら面白くなるか?』と常に考えています」と語る。これだけ大胆な企画を次々と実現してきた男が「小心」とは意外な気もするが、その真意について、「元気が出るテレビ」を担当していた当時、ディレクターのテリー伊藤さんから言われたという「放送作家たちは、企画会議の1時間くらい前に喫茶店で企画を考えてくる。でも俺は、『元気が出るテレビ』のことを1日20時間くらい考えている」という言葉を紹介。「才能じゃなく、考える"量"が大事。企画のことをずっと考える時間を大事にしています」と語った。

また、クリエイターとアーティストの違いについても触れ、自らはあくまでも「クリエイターである」とも。「アーティストは発注なしで描く人。クリエイターは発注があって作る人。発注に対して、常に答えはひとつで『これ』と自分で思った企画を提出します。ただし、他の企画が面白いと思ったら、自分で言ったことでも平気で朝令暮改します。

演出家が『面白い!』と思ったことをやれないのでは、企画が救われない。なので、そこはためらわずに変えます」と自らのスタンスについて明かした。

異なる2人の師匠のおかげで芽生えた「混合オリジナル」

さらに、話題は「後進の育成、フィロソフィーの伝承」にも及んだが、土屋氏の姿勢は一貫して「教えない」「盗め」というもの。テリー伊藤さん、萩本欽一さんを"師匠"と仰ぐ土屋氏だが、自身も「あの2人からも一切、直接何かを教わったことはない。勉強ではなく修行が必要なんです。いくら教わっても無駄で、自分で感じ、気づいたものが血肉になる」と説く。

また「師匠が2人いることで、『この人のここは使わせてもらう』『あの人のここを使う』という感じで、それぞれのいいところを抜き出して"混合オリジナル"を作ることができたのはよかったと思います。だから僕自身、『電波少年』が終わって編成に戻るとき、自分の班の若手には『俺とは全くタイプの違う五味一男(※『マジカル頭脳パワー!!』、『エンタの神様』などを担当)のところへの配属の希望を出せ』と言いました。違うタイプの人間から学んでオリジナルを出せと。そこで実際に五味の下に配属された古立善之はいま『イッテQ』を担当しています」と自分なりの"オリジナリティ"を伸ばすために、異なるタイプの才能に触れ、それぞれからいい部分を学んでいくことの重要性を訴えた。

質疑応答では、番組に出演するタレントや俳優が所属する事務所との上手な"付き合い方"に関しての質問が出たが、土屋氏は「電波少年」での猿岩石の起用と同様「基本的に人気者と仕事をしたことがないんです。『恋々!!ときめき倶楽部』の頃のダウンタウンはまだ新人で『ありがたい』と言われる状況でしたし。あるタレントのマネージャーに『そういう出し方じゃ出せません』と言われて『じゃあ帰れ』と言ったこともあるし、番組の調子がよくて『ギャラを上げてくれ』と言われたときも『俺が面白いんであって、お前が面白いんじゃない。ギャラを上げるくらいなら降りていい』と言った」とタレントや事務所に忖度することは全くないと語る。田中社長もこれらの発言を受け「多くの制作者は視聴率を生命線と考えて当てようとして、某事務所の役者を使おうとしたり、よその企画のマネをしようとするけど、土屋は絶対に役者に頼ろうとしないし、何より素晴らしいのはオリジナリティがあること」とうなずく。

また「テクノロジーの発達」がテレビやエンターテイメントにもたらすことについて尋ねられると「まずスタートとして何が大事か? 妄想!」と語り、AIを使用して昔の写真を集め、1964年の東京の街並みを再現しようとした試みを紹介。「『もしもタイムマシンがあったら?』と妄想して、『AIとVRを使って、昔の街を歩けないか』と考えました。テクノロジーの反対側にあるのはバカみたいな妄想。その妄想をテクノロジーがカバーしてくれる」と語った。

この最新テクノロジーを駆使したエンターテイメントとして、土屋氏が吉本興業と組んで今年、大阪で開催した「NO BORDER」についても言及。田中社長も実際に体験したというこの「NO BORDER」は、パナソニック製の最新3Dスキャナーを使って、来場客がわずか5分で自身のアバターを作成し、そのアバターがステージでダンスを踊ったりパフォーマンスを披露するというもの。自分のアバターをダウンロードし、SNSでシェアすることもできる。土屋氏は、この企画の発想について「SNSの時代になって、従来のような『発信する側』と『受け取る側』でわかれるのではなく、みんなが発信するようになった。じゃあ、その次は何か? と考えたときに、自己が"拡張"されるようなものがあれば面白いと思った」と説明。「(スキャンで生み出された自分のアバターが)100メートルを9秒で走ったり、ダンクシュートを決めたり、好きな映画のワンシーンに入ることができたり――自らが"コンテンツ"になるということができるんじゃないかと思った」と熱く語り、世界を視野に入れつつ、今後もこの企画をより発展させ、面白いものにしていくと野望を口にした。

抗議の電話1000本! 視聴者の想像を裏切るテレビこそ魅力的!

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講演の第2部の田中社長とのトークセッションでは、今後のテレビの在り方についても言及。「電波少年」のヒッチハイク企画で猿岩石がロンドンでゴールし、日本中が感動に包まれている中、土屋氏は「感動で終わらせてたまるか!」と、その場で「じゃあ、そろそろ南アメリカの端に行ってもらおうか」と鬼のような提案をしたが、そんな視聴者の予想を裏切る展開に当時は「抗議の電話が千本くらい来た(笑)」と明かす。そして「想像を超えることがテレビ。想像の内にあるなら、来週、見なくてもいいんだから。当時はよく『こいつら、目を離すと何をするかわからない』と言われました。想像を超えているからこそ、テレビという箱は魅力的なんです」と語った。

WOWOWの強みと弱みについても「長くやってきて、カスタマーを持っているのは強み」と語る一方で「NETFLIXやAmazonプライムビデオ、Disney+、Apple TV+などが台頭してくる中で、『お金を払ってコンテンツを見る』という同じ地平でいかに勝つのか? これまでとは様相の違う戦いになる」とも。

「まだギリギリ間に合う」ネット配信戦国時代のテレビの在り方

ネットについては「テレビは良くも悪くも『面白いものを作る』ことが評価軸としてあったけど、ネットはビジネスが優先されるので、パクリにも躊躇がないし、再生数を上げて、儲かっている奴が正しいということになってる。それはネットの悲劇だと思います。ただ、そんな中、NETFLIXが出てきた。彼らは"再生数ランキング"は出さないし、(ビジネス先行ばかりではなく)『ROMA』のような、作家性を重視した作品も作るようになっている。そういうプラットフォームが出てきて、これは性根を入れてちゃんと対抗しなきゃ、全部やられてしまう。まだいまなら、ギリギリ間に合うかもしれない」と危機感を口にし、国内の若いクリエイターを積極的に応援し、"黒船"に負けないコンテンツ制作をしていかなくてはならないと呼びかける。

「最近、若い人が海外に行かないと言われています。昔は小田実の『何でも見てやろう』や沢木耕太郎の『深夜特急』を読んだり、『電波少年』のヒッチハイクを見て海外に行く若者が多かったのに、いまは、若者をそそのかすような番組がないなと思うし、そういうのがもっとあるべき! 日本全体が消極的、悲観的になってるけど、何かしら"出口"を若者に与えて、道筋を作らないと。それは大人の責任としてやりたい」と60代を超えてなお、若者たちを動かすようなコンテンツ作りへの意欲をのぞかせていた。

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取材・文/黒豆直樹  撮影/祭貴義道  制作/iD inc.

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