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TBSでの"映画武者修行"がWOWOWにもたらした新たなDNAとは? 連続ドラマW『悪党 ~加害者追跡調査~』武田吉孝プロデューサーインタビュー

制作局ドラマ制作部プロデューサー 武田吉孝

近年、WOWOWと民放各局との間で、盛んに行われている人事交流。その初期にあたる2007年にTBSに出向したのが武田吉孝プロデューサーである。TBS在籍中は映画制作に携わり、WOWOW復帰後はWOWOW FILMSにて『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』、『予告犯』などをプロデュース。現在はドラマ制作に従事し、まもなく放送の連続ドラマW『悪党~加害者追跡調査~』や吉田修一原作×羽住英一郎監督による映画とドラマWの連動企画『太陽は動かない』、先日、制作が発表された『アフロ田中』など多ジャンルにわたる作品を手がけている。外の世界での“武者修行”を経て、武田プロデューサーがWOWOWに見出した新たな可能性とは――?

取締役激怒!? 入社半年で突然、アフロヘアにした真の狙い...?

――まずはWOWOWに入社された経緯についてお聞きしたいと思います。新卒で入社されたのが2000年ですね。

学生の頃は全く働きたくなくて(笑)、周りと同じようには就職活動をしていなかったんです。でもそうも言っていられないし、せめて好きなことを仕事にしようと。学生時代に好きだったことが音楽と映画だったので、好きなもののそばに行こうと思ってエンターテインメント業界を中心に就職活動を始めたんです。takeda2190507.jpg

いわゆる映画の配給会社も受けたんですが、邦画は厳冬の時代だし、洋画を配給している会社はほぼ新卒採用をしていなくて。当時、レンタルビデオ店でアルバイトをしてたので、ビデオのパッケージの裏を見て、そこに書いてあるビデオメーカーや映画関係の会社に「募集していませんか?」と片っ端から電話したり、手紙を書いたりもしました。

でもなかなか募集自体もないし、1年目は思ったようなところに決まらず、結局、就職浪人をして、2年目にようやくWOWOWに入社したんです。当時、WOWOWは映画制作会社も持っていましたし、「映画の近くにいることぐらいはできるだろう」と考えていました。

――入社して最初の配属は人事部だったそうですね?

当時は「新人、特に男子は営業!」の時代だったんですが、その年は内定辞退が少なく、実際に入社した新卒社員が予定していたよりも多かったらしく、「お前は、就活を他人より長くやってるから、いろいろわかるだろう?」という謎の説明とともに人事に配属になりました。(笑)

――しかも当時、アフロヘアだったとか...?

入社して半年間の試用期間が終わった次の週に「もう簡単にはクビにならない!」と思って、アフロにしていきました(笑)。もともと、学生時代はメタルバンドをやっててお尻くらいまで髪を伸ばしてたんですが、就活で短くしたんです。

アフロにしたのは、別に自己主張のためではなく、自分なりの理由があったんです。当時人事部に配属されてまだ二、三ヶ月のタイミングで、上司やOJTの担当者が異動や転職で三人も人事部からいなくなっちゃったんです。そんな状況でいきなり「新卒採用と中途採用を担当して」と言われて、正直やり方もわからず戸惑いだらけの状況でした。

そんななか唯一、新人である自分の武器となるのは、入社希望の学生さんとの距離の近さ、親密さだと思ったんです。僕が2年間、就活をして感じたのは、エンタメ企業なのに人事部はみんな、ネズミ色のスーツを着ててつまらなそうにしてるなぁということ。エンタメ企業の窓口として学生と接するなら、そこは"客寄せパンダ"でいいから親しみやすい印象をつけないといけないなと。

でも、普通のちょっと変わった髪型じゃ、ただの"カッコつけ"になっちゃうから、とりあえず美容院で「なんか面白い髪型あります?」と聞いたら「アフロじゃないですか?」と言われて「なるほど、それだ」と(笑)。

出社したらすぐ担当取締役に呼び出されて叱られましたが、自分は昔から、そうやって枷(かせ)をはめられようとするとムキになっちゃうタイプなんですよ。当時の部長も課長もそういう性質を見抜いてたんでしょうね。「こいつは好きにさせとこう」という感じで比較的鷹揚に接してくださって、その後もピンクやシルバー、ドレッドにもしたり、2~3か月に1回、変えてました。

――人事部の次に異動したのが映画部ですね?

当時、映画部の中に「国内グループ」と「海外グループ」があって、最初に僕が行ったのは海外グループで、海外ドラマの吹替版の制作やプロモーションに携わっていました。『セックス・アンド・ザ・シティ』とか『フレンズ』といった当時のWOWOWの海外ドラマを代表する作品に関わった後、国内グループの方に行くことになり、国内の映画の買い付けをするようになりました。

その頃は、ちょうどWOWOW ドラマWの勃興期で、まだ連ドラではなくプロジェクトチームで2時間ものを作っていた時期で、プロジェクトメンバーだった映画部の先輩が制作するドラマWにAPで参加したりということもありました。takeda3190507.jpg

映画に関しては当時、放送権の買い付けが中心でしたが、邦画に関しては地上波や他の映画専門チャンネルと競合することが多く、コンテンツ確保の為に企画段階から出資参画し製作委員会に入るような作品も少しずつ増えてきた時期です。自分も、製作委員会などにも担当として顔を出して、買い付け以外の仕事も覚えていくようになりました。

映画部には5年ほどいましたが、後半の時期は、海外のマーケットで作品をオールライツ(※放送権だけでなくビデオ化など全ての権利を含めた契約)で買い付けて、それを売るという仕事もしていました。映画部での最後の1年半ほどは、そうしたライセンス関連の仕事や製作委員会に関わる仕事をやりつつ、国内映画の買い付けも行なうという状況でした。

突然のTBSへの出向! いちから学んだ映画作りのノウハウ

――そして、続いての異動先が、出向という形でTBSの映画事業部ですね?

突然、「TBSに行け」と(笑)。ただ、なんとなく兆候は感じてました。和崎(信哉)(現・取締役相談役)が会長としてNHKからWOWOWに来たのが2006年。WOWOWに来たら映画を作れるかと思っていたらしいんですが、全然、作っていないじゃないかと。当時、WOWOWは既に自社で持っていた映画制作会社を清算していたんですよね。

※WOWOWでは1992年から若手映像作家とのコラボレーションを中心に『J・MOVIE・WARS』シリーズを制作。河瀨直美監督『萌の朱雀』などの話題作を世に送り出す。その後、1998年に100%子会社の映画制作会社サンセントシネマワークスを設立し、『EUREKA ユリイカ』などを手がけるが2002年に清算。

だから映画制作のノウハウを持ってる人間が社内にいなかったわけです。それで、和崎は映画制作に力を入れている民放キー局との人材交流の中でWOWOWの若手社員を送り込み武者修行をさせようと考えたようで、その中でも関係性が親密だったTBSがいいんじゃないかということになったみたいです。

――そこでの仕事はまさに映画を企画・製作すること?

プロデューサーとしてクレジットされているのは『砂時計』(佐藤信介監督)、『感染列島』(瀬々敬久監督)、『ボックス!』(李闘士男監督)などで、他にも先輩プロデューサーの作品にアシスタントでつくこともあり、十数本に関わらせていただきました。

いま、WOWOWのドラマ制作の現場にいて思うんですが、TV局においてはドラマを作るのは本業ですが、映画を作るというのは副業に近い感覚なんですよね。だから、契約からプロモーションまで、自分たちで自己完結していかないといけない部分が多いんです。それもあって、最初の半年の仕事はほぼプロモーションで、宣伝のリリースや素材を持って、TBS社内の各番組を回っていました。その後も出向期間中、自分の担当作品に関してはずっとやっていましたし、制作の勉強はもちろん、宣伝の勉強もそこでさせてもらったなと思います。

――TBSでプロデューサーとしての仕事を学ばれて...。

まず映画って、企画がよくても製作費を調達できなければ作れないし、もちろんキャスティング力も問われます。そのうえで権利や契約といったビジネス面のことも理解してないとプロデューサーとは言えないんですよ。そういう意味で、どうやって事業として成立させるかを一から教えてもらいましたね。

最初にプロデューサーになれたこと自体は正直、偶然に恵まれた結果だったなという気がしてます(笑)。最初にプロデューサークレジットを頂いた『砂時計』という作品では、僕は当時、仕事がなくて部長のカバン持ちをしてたんですよ。そこで部長についていって呼ばれた先で、昼ドラとして人気のある『砂時計』を「キャストも制作陣も一新して映画にしたい」という話を聞いて、そのまま部長に振られる形でTBS側のたった一人のプロデューサーとして居残ることになっただけなんです。sunadokei.jpg

映画『砂時計』 (C)2008 芦原妃名子/映画「砂時計」製作委員会

――具体的にプロデューサーの仕事というのはどういったことを?

もう全部ですね。企画を立てて、監督・脚本家を選んでシナリオを作って、キャスティングをして、配給や二次利用の条件や契約交渉もして...、数字的な部分を含めて本当に全てをやっていました。当初は2年でWOWOWに戻るということだったんです。でも、映画は企画から公開まで、早くても2年以上はかかるんですよ。ちょうど自分がイチから企画した『ボックス!』という作品の事業化が決まったこともあり、せめてその興行が一区切りつくまではということで、少しだけ延長してもらって、その後、WOWOWに戻りました。

WOWOWの看板を背負って映画を作る意味 WOWOWだって大作が作れる!

――WOWOWに戻ってからは、WOWOWで映画を製作するWOWOW FILMS(※2007年に設立された劇場用映画製作レーベル)で映画作りを?

正確にはWOWOWに復帰してからも、TBS製作の『今日、恋をはじめます』と『銀の匙 Silver Spoon』という映画に現場のプロデューサーという形で入らせてもらいました。TBS在籍中にWOWOW復帰後の企画を進めるわけにいかないので、復帰後すぐは、撮るものがないんです。とはいえ、会社として売り上げを上げていかないといけないということで、僕が現場のプロデューサーを務める代わりにWOWOWも出資させてもらうという形で"外貨"を稼ぐような感じですね。

僕の中では、WOWOW出身である僕がプロデュースする映画が広まることで、WOWOWがもう一度、映画業界における存在感を取り戻せるんじゃないか? という気持ちが強かったんですね。やはり映画業界の中ではWOWOWは後発で、予算も人数も経験も投入できるカロリーも足りないわけです。副業とはいえ巨大なメディア力がある民放さんとは宣伝力も違います。そんな中でも、それこそ個人で外貨や信用を稼ぐと言いますか「WOWOW出身のプロデューサー、なかなかやるね」という信頼を他流試合を通じて高めたかったんですよね。ginno.jpg

映画『銀の匙 Silver Spoon』(C)2014映画「銀の匙 Silver Spoon」製作委員会(C)荒川弘/小学館

そういう意味で、その後もWOWOW FILMSでいろんな映画を作ってきましたが、僕の中ではそれ以外の映画製作にも同じように力を注いできましたし「WOWOW FILMSだけを...」という意識は当時はあまりなかったんですよね。結局それは約8年越しで実現した『聖の青春』という作品まで続きました。この作品では客観的な実績で見てもこれまで自分が携わった中で一番質的な評価を頂きまして、ホントはWOWOW FILMSでやりたかったんですけどね(苦笑)。hijiri.jpg

映画『聖の青春』

――TBSではすでにある程度の映画作りのノウハウができあがっていたかと思いますが、WOWOWに戻ってきてその違いは感じましたか?

それこそ映画作りに関しては後発の会社なので。戻ってすぐに、著作権の担当とも話をして、契約書などに関しては、全部自分たちで作り直しましたね。正直、WOWOWはまだ"未開拓地"の部分が多かったので、そこにTBSで学んだことを持ち込んだという感じでした。

ただ、TBSの名刺を持っていたころはスムーズだったことが、WOWOWの名刺に戻ったとたん前に進まなくなったりしたことは多々ありました(苦笑)。なかなか電話に出てもらえなかったり...。そういう経験があったから、「WOWOWの武田」という看板で仕事をして、WOWOWにフィードバックされていくようにしないと、いつまで経っても後発組というポジションは変わらないなという意識は強くなりましたね。

――逆にWOWOWだからこその映画作りの強みや独自性はどういった部分にあると思いますか?

あえて言うなら、小さな興行規模の作品にも取り組むことができるいうことでしょうか。自分の作品で言えば『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』や『四十九日のレシピ』のような作品をTBSでやるのはなかなか難しいでしょうし。sumasa190507.jpg

WOWOWFILMS『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』(c)2012 映画『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』製作委員会

繊細でアーティスティックな作品を大事に作ることができるということですが、逆に言うと、大きな興行規模の作品にWOWOWはなかなか携われないということでもあるんです。原作の映像化権を取りに行っても、大手配給会社や地上波と競合するような作品はなかなか難しいですし。だからメジャーが目を向けないようなところで作品が評価されて興行を組み立てていくというところで手腕を見せる必要があったんですよね。

とはいえ中小規模の作品は、興行で流通させるのもすごく大変なんです。特にウチのようなメディア力が決して大きいと言えない会社でそれをやり続けていても、なかなか"逆転"は起こらないなと。そこで自分が取り組んだのが『予告犯』でした。yokoku190507.jpg

映画とドラマWが連動した大型プロジェクト『予告犯』 (c)2015映画『予告犯』製作委員会(c)筒井哲也/集英社

――生田斗真主演×中村義洋監督による、東宝配給のまさにエンタメ大作ですね。

TBSと共同幹事体制だったんですが、自分たちから発意した企画にTBSに乗ってもらうというのは、僕にとってはお世話になった方々への恩返しでもあったし、WOWOWにとっても、WOWOW FILMSは「小さい作品を丹念に」と言ってるけど、それはある種の自己暗示で、自分たちにもエンタメ作品を作ってメジャー配給してもらうことだってできるってことを証明するチャンスだなと。

――WOWOWでのドラマ放送と連動する形で映画が公開となりました。

いま、ドラマ部にいる植田春菜(ドラマ制作部への異動で実感した"自分に足りないもの"。限界を超えるためにTBSへと出向したプロデューサーが得たものとは?)というプロデューサーと一緒に原作をとりにいったんですが、当初から「ドラマと連動させる」というのは大前提でした。すごく大変でしたけど「WOWOWでもちゃんと大きな作品、大きな座組、できるでしょ?」と証明できたのではないかと思います。知識や経験、人脈、そして熱意があれば、看板に関わらず飛翔することができるんだということを示せたのではないかと思っています。

――その後、ドラマ制作部のほうに移られて『宮澤賢治の食卓』『バイバイ、ブラックバード』『ダブル・ファンタジー』『黒書院の六兵衛』などを手がけられています。映画づくりとドラマ作りでの違いはいかがですか?

正直、撮影現場では映画とドラマに決定的な違いはないですね。一番違うのはガワの構え方ですかね。映画の場合、企画のマーケッタビリティに合わせて、予算やキャスティングやクリエイションの趣向を変えることができるんですね。「対象のマーケットは小さいけど、やる価値ある企画だよね? 興行収入とソフトを合わせてだいたい、これくらいか? じゃあ○千万円でトンガッて作ろう」「デカく拡げられるかもね、じゃあ予算は✕億円まで覚悟で、オールスターキャストで!」みたいなことができるんです。

テレビドラマの場合、決められた放送枠があって、習慣的に視聴してくださるお客さんがいて、枠に対して一定の予算があって、マーケットがある程度、固定されているんですね。僕みたいにノンポリで(笑)、いろんなジャンルでやって来た人間にとっては、マーケットが固定されると逆に何をやるべきか考え過ぎてしまう部分はありますね。doramaw190507.png

時代劇、文芸、恋愛など幅広いジャンルの連続ドラマW作品をプロデュース
(左上:『宮澤賢治の食卓』右上:『バイバイ、ブラックバード』左下:『ダブル・ファンタジー』右下:『黒書院の六兵衛』)

映画だと興行収入が大きければ儲かるわけじゃなく、30億円稼いでも赤字の映画もあれば、1億円の興収で大儲けの映画もあるわけです。成功の尺度が利潤をきちんとみんなで分け合えたか? という部分でもあるんですが、ドラマの場合、視聴者の絶対数を獲得することがイコール番組評価の主軸ではあったりするので、特定のジャンルやマーケットに拘りがない自分にとって当初は逆に、困惑する感覚はありましたね(苦笑)。とはいえここまでの「ドラマWっぽくない」作品も楽しみながら取り組んで、自分なりのベストは尽くしたし、そう思えることが常に次へのモチベーションに繋がってます。
その上で、だいぶドラマの色々に慣れてきたこともありますし、やはりWOWOWのプロデューサーとして給料を頂いている以上は、今後はもっと数字や本業としてのマーケット感にも真摯に向き合っていかないといけないなと思いつつ、そうは言っても「自分ならでは」の在り方を模索している最中だと思います。

加害者の視点で描いた映画『友罪』と被害者側から描いた『悪党』

――現在、ドラマと映画を連動させた、吉田修一原作藤原竜也主演『太陽は動かない』(羽住英一郎監督)が制作中だと伺っています。

『予告犯』の後に『MOZU』の劇場版に携わったんですが、そこで羽住監督と出会って、いろいろ気にかけていただけるようになりまして。羽住さんも僕も洋画のブロックバスター大作が好きで、自分としてもいつかは大規模なスケールのアクションものを作りたいって思いはあったんですよね。mozu190507.jpg

『劇場版「MOZU」』 (c)2015劇場版「MOZU」製作委員会

監督からは「次も、一緒にやろうぜ」と言っていただいて、いろんな企画の話をしている中で、吉田修一さんが「これ(=『太陽は動かない』、羽住さんに実写化してもらいたい」と要望されている原作があるというお話が出まして。自分も既読だったものの、あまりのスケールのデカさにそれまで現実的に考えられてなかったんですが、「ああ、これ、今、羽住組となら、やれるかも」と思えてしまい。

最初は原作の1部(主人公の青年時代)、2部(主人公の少年時代)に合わせて映画も2部作でということだったんですが、Wキャストで1部と2部で座長が違うというのは、資金集め的にも興行的にも難しいので、そこはまず1本にしてしまおうと。taiyouhaugokanai190508.jpeg

しかも羽住監督からは「今回は地上波キー局は(出資社として)入れないで、"WOWOW"として作品を背負ってほしい」と言われまして。過去の自分を思うと嬉しくて涙が出てくるようなお申し出だったのですが(苦笑)、とはいえ、会社史上最大のスケールの作品の幹事元を単独で背負うことになり、仮に製作費を絞り込まれるような局面になると、企画そのものが成立しないスケールだったのでどうしたものかと。そこで経験値上0.5秒後ぐらいに考えたのが(笑)、映画とWOWOWの連続ドラマWを同時に撮影し、もっと多くを巻き込んだプロジェクトとしてさらにコトをデカくしてしまうことでした。デカいものって、あるところまで来たらもう潰せないっていうか、やるしかなくなっちゃうところってあるじゃないですか?(笑)
それと事業部のプロデューサー大瀧(「いま、この時代にやるべき作品」を追求したい―WOWOW FILMS『泣き虫しょったんの奇跡』プロデューサーインタビュー)に声を掛け初期段階から参加してもらいました。自分自身、ドラマ制作部に異動するかもという妙な気配(?)を感じ始めた時期でもあり、こういうプロジェクトにはもう一本若い柱のようなものが絶対必要で、経験や能力も大瀧なら間違いないと思ったからです。
ちょうど今(4月上旬)、ハリウッド映画の下請けなどで実績を作ってきたブルガリアで映画、ドラマを同時に撮影していますが、羽住監督のカリスマ的なリーダーシップのもと、スタッフ、キャスト一丸となって邦画という枠にまったくおさまらないスケールの大きいアクションシーンに日々トライしています。自分も撮影に立ち会ってきましたが、映画、そしてドラマWとしても今までにみたこともない作品をお届けできるのでは、と確信しています。

――そして5月12日からは連続ドラマWで原作・薬丸岳×瀬々敬久監督という映画『友罪』のコンビによる『悪党~加害者追跡調査~』が放送となります。akutou190507.jpg

5月12日(日)放送開始 連続ドラマW『悪党~加害者追跡調査~』

瀬々さんとはTBS時代に『感染列島』でご一緒し、その後、『友罪』があった上での今回の『悪党』となります。『友罪』は、加害者側の視点とか環境に寄り添う話で、中途半端に被害者側の感情を描くことでバランスをとって言い訳するような群像劇にしたくないという思いがあったんです。だから、加害者とその友達(生田斗真&瑛太)の傍に立って描くことを徹底しました。

とはいえ、やはり薬丸さんが描かれる犯罪の"表と裏""陰と陽"という点で、片方をやったけど、もう片方をまだやっていないという思いもあって、WOWOWFILMSとして公開した『友罪』がいずれWOWOWで放送されるタイミングで、同じ原作者、監督、制作プロダクションで反対側の被害者側の視点を描くことができればというのが最初の発想でした。yuzai190507.jpg

WOWOWFILMS『友罪』 (c)「友罪」製作委員会

――結果的になのかもしれませんが、『悪党』という作品自体、WOWOWらしい、ドラマWの本流と言えるサスペンスになっていると思います。

そう感じていただけるとそれはまたすごくうれしいですね。作り方に関しては映画とドラマのフォーマットの違いもあるので、大きく変えようとは思っていました。自分自身、ドラマWを何本か手がけた中で「これはいける」という手応えをつかんだ部分もあれば、苦い経験を味わった部分もありました。

そうした経験を活かしつつ、今回、映画界の巨匠・瀬々敬久監督を連れてきておきながら(笑)、映画っぽさでもなく、テレビドラマっぽさでもなく「WOWOWっぽさ」を追求できればと思ってました。やはりWOWOWのような会員向けの有料放送が提供するドラマは、映画とも民放の連続ドラマとも違うものではなければいけないと思うので、そのWOWOWらしさをしっかりと描ければと思っていました。


現場で「WOWOWなら映画っぽいことができる」という言葉をキャストやスタッフから聞くことはこれまでもたびたびあったんですが、自分が映画畑出身のくせに実はそれを聞いてビミョーなところはあって、「映画として見せるわけじゃないんだよ。連続ドラマなんだよ」という気持ちはあったんですよね。だからこそ映画畑中心のスタッフィングであったとしても、あくまで「This is WOWOW」と言われる作品を作っていきたいんですよね。

――――最後にWOWOWのM-25の旗印である「偏愛」にちなんで、プロデューサーとして仕事をする上で、大切にされていること、"偏愛"と言える部分を教えてください。

あんまり、自分の哲学や美学に照らし合わせて「これに合うからこうする」という順番で企画を考えたことはないんですが、陰と陽で言うと陰、中心と周辺で言うと周辺、そこにあたる人間がたまに放つ普遍的な光、もしくはそこに光を当てること、それにどうしても惹かれてしまうんだな、というのは自分のフィルモグラフィーを見て結果的に思うことはあります。takeda4190507.jpg

あとは、テレビも映画も視聴率や興収といった瞬間的な消費価値がなくてはならないけど、それとは別に長く愛される作品を作りたいという思いがあるんですよね。ドラマもいまは配信サービスもあって、放送されたら終わりじゃなく、ストックされていくことになるし、その中で「長く愛されるためにはどうしたらいいか?」ということを考えるとき、そのジャンル感の中での純度や濃度を高めて腐らないようにしておくこと(食べ物のように)、時間を経てもガタつかないよう建て付けを丹精に仕上げること(家具のように)、そんなことには心を砕いてます。

多ジャンルにわたるフィルモグラフィは誇り! 人生の"陰"から普遍を描き続けたい

――「ジャンルがバラバラ」という点に関しては、先日、賀来賢人主演での『アフロ田中』の制作が発表されましたね。

僕自身、一緒に育ってきたような感覚を持っている大好きな原作ですし、僕らの世代にとっての寅さん(『男はつらいよ』)みたいな作品だと思います。抱腹絶倒の世界にみなさんを誘いつつ、令和の時代に車寅次郎を見ているような気分にさせる作品にしたいと思っています。笑って泣ける作品として、できれば連載が続く限り、シリーズにしていけたらと思っています。afro190507.jpg

賀来賢人主演でドラマ化が発表された『アフロ田中』7月放送

――今後、やってみたい企画、実現してみたいことはありますか?

今後、どうなるか? 何をしたいかは自分でもわからないですね(笑)。ジャンルという点での自分のノンポリ具合に関しては、もはやあきらめつつむしろ誇りにしとこうかと。ある制作者の方に「あなたがキャリアを閉じるとき、必ず『ジャンルはバラバラだけど、なんか武田っぽいね』と言われるようになりつつあるから、そのまま頑張ればいいよ』と言っていただけて、それでいいのかなって(笑)。なんか共通する要素はあるんだろうけど、それを言語化して自己暗示にかかるようでは、自分の人生はオモロくならんような気もしてまして...。takeda1190507.jpg

最後に、ひとつ若い社員に伝えたいことがあります。僕が就職した当初は、この会社でエンタメ大作を作って自分が制作者の中心にいることなんて、夢みることすらなかったんですよ。20年前に戻って自分に「大丈夫! できるよ。You can do it!」と言ってあげたいくらい(笑)。

だから結果論としてのみ言うのですけど、自分の足元や能力とか、組織の現状やニーズとか、運とか不運とか、あんまりシビアに考え過ぎず、とにかく無責任に楽しそうだなって方に向かって挑戦してほしい! 20年くらいやり続ければ、今、想像も出来ない何かはできる。何かは分からんけど(笑)、楽しいって感じる方角でさえあれば、振り返って思いがけずヤバいとこ来ちゃったな!って思えるのは最高でしょ!そういうことが積み重なったら、WOWOW、もっとグレイトな会社になるんじゃないかと。

取材・文/黒豆直樹  撮影/祭貴義道  制作/iD inc.

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