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ミュージカル界のトップスター井上芳雄が語る「今、ミュージカル界にできること」

ミュージカル界のトップスター井上芳雄が語る「今、ミュージカル界にできること」

「僕らのミュージカル・ソング2020」ホスト、ミュージカル俳優:井上芳雄

新型コロナウイルスが猛威を振るう中、第74回トニー賞授賞式の開催が延期された。日本のミュージカル界を牽引する井上芳雄はWOWOWで放送されるトニー賞授賞式に6年連続で出演し、本年も案内役として日本のお客様に授賞式の様子をお届けするはずだった。トニー賞が延期され、日本においてもミュージカル公演の延期・中止が続く未曽有の状況の中、井上は「今だからこそ聴きたいミュージカル・ソング」をテーマとする「僕らのミュージカル・ソング2020」のホストを務めることに。

ミュージカル公演の再開を待ちわびる、日本のミュージカル・ファンに井上が届けたい思いとは。

トニー賞授賞式の案内役に至るまでの道のり

――井上さんのミュージカルとの出会いを教えてください。

小学校4年生のときに家族で見に行った、劇団四季の『キャッツ』です。僕は福岡に住んでいたのですが、ちょうどその年に、劇団四季が初めて九州(福岡)にテント劇場を建てて、ロングラン公演をした年でした。歌も踊りも舞台装置もすべて、初めて体験することばかりでしたし、特に最後の『メモリー』に感動してしまったんです。

――そこから、音楽の道を目指されたのですか?

もともと歌が好きでしたし、その頃から将来は自分も劇団四季に入りたいな、『キャッツ』に出てみたいな、と思うようになりました。どうしたらミュージカル俳優になれるのか調べて、中学生になってからは歌や踊りを先生に就いて習い始めました。

――東京藝術大学音楽学部声楽科に進まれ、大学在学中にミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役で鮮烈なデビューを果たしてから、今年で20年。ここ数年はミュージカルに限らず、ラジオやテレビ、ストリートプレイなど多方面で活躍されています。

予想以上に夢が叶っちゃったと言いますか...(笑)。本当にありがたい話です。

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――WOWOWではトニー賞授賞式の放送が始まった2014年から、井上さんがスペシャル・サポーターやスペシャル・ナビゲーターとしてご出演されていますね。

最初にお話をいただいたときは、トニー賞に関われるなんて夢のようだなと思いましたね。アカデミー賞やグラミー賞に比べると知名度も低いですし、演劇というもの自体にまだまだマイナー感が漂っている状況の中で、少しでも応援できればと思いながらやらせていただいていました。昨年は番組の進行もさせていただき、僕にとっても成長できる大切な場になっています。

――井上さんにとって、トニー賞はどのような存在ですか?

トニー賞は、ミュージカルに興味を持ち始めた10代の頃から見ています。当時NHKでやっていた中継番組をビデオに撮って繰り返し見て、CDも買って、曲を覚えて。ブロードウェイの最新のミュージカルはこんなにすごいんだとか、今までのトニー賞受賞作品にはこんな作品があるんだとか...ミュージカルの最新情報が得られる場であり、学ぶ場という感じですね。

――トニー賞の魅力は、どんなところにあるとお考えですか?

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          「第73回トニー賞授賞式」       Getty Images

まず、毎年新しいミュージカル作品が生まれ続けていること自体がすごいです。大ヒット作品が生まれたり、新たな流れができたりと、新陳代謝がありながらも毎年変化がある。これがブロードウェイの醍醐味だと思います。

それから、ノミネートされた作品にかける出演者たちの意気込みが大きいと思います。授賞式でパフォーマンスが全世界に放送されて、そこからまたチケットがバンバン売れるようになったりするし、もちろんその逆の場合もあるので。みなさんの意気込みとエネルギーには毎回感動しますね。

その年の司会者がどんな人かによって、オープニングのナンバーが違ったりするのも魅力ですね。ヒュー・ジャックマンが司会を務めた回はすごく華やかでしたし、毎年必ず感動するパフォーマンスがあるのも楽しみの一つです。

トニー賞授賞式の延期やミュージカルの公演中止を受けて立ち上がった「僕らのミュージカル・ソング2020」

――そんなトニー賞が今回の新型コロナウイルスの影響で延期となり、ブロードウェイのショーもクローズになったニュースを聞いて、どういう思いでしたか?

日本でステージが少しずつ延期・中止になる中、しばらくブロードウェイは公演が続いていたので、向こうは大丈夫なんだな、と思っていたところ、この事態になったので、当初は今の状況は想像もしていなかったですね。ブロードウェイは休むことが決まってからは皆さん一斉に休演となるのが早かった気がします。ブロードウェイ関係者の皆さんは、どうしているのかな、と気にはなっていました。

今年あけた新作もたくさんありましたし、みなさんトニー賞を目指してやってきたでしょうから、今年の評価はどうなるのか、アワードの結果は当初の予定より遅れて発表されるのか、それとも今年は賞の発表がないのか今も分からない状況ですが、想像を超えた事態になっていますね。休んでいる間にクローズが決まった作品もあり、みなさんそれを最後のパフォーマンスだと思わずにやっていたでしょうから、日本もそうですけれどもそれは悲しいですね。そういった意味では全世界で演劇界に悲しいことが起こっていると思いますね。

――日本のミュージカルも2月末から公演が軒並み延期・中止となり、井上さんがご出演予定だった「桜の園」「エリザベート」も公演中止となりました。どういう思いでこの数か月を過ごしましたか?

このような状況は初めてのことですし、ステージが少しずつ中止になっていく中でも、人間は希望をつないでいく生き物なので、来月になれば大丈夫かな、2ケ月先は大丈夫かな、と願っていたのですが、僕の場合は4月の頭の時点で7月いっぱいまで公演中止が決まってしまったので、受け止めきれず、起きるたびに「夢か、あぁ夢じゃない」という状況でしたね。

怪我や病気で、自分だけがそういう事態になることはあると思うのですが、世の中全体が一斉にそうなることは、戦争を経験していない世代ですし、震災の時もここまでではなかったので、受け止めきれず、しばらくは唖然としていました。ここからどうなっていくのかという不安はありましたが、家族もいるので、家族といられたことは救いにもなりましたし、ありがたかったと思います。

――在宅期間中はどのような過ごされ方をしていましたか?

最初の数週間はもしかしたら違う形でやることがあるかもしれないと、「桜の園」のセリフを暗唱したりしていましたが、それも1ケ月くらいですかね。

長男がバレエを習っていて、レッスンに行けない中、家でオンライン・レッスンを始めていたので、普段はバレエとかしないんですが、これを機に家族みんなでやろうと、家の中でバレエをやっていましたね。また、ラジオ番組は家から収録する形で続けていたので、ラジオでこの歌を歌うと決めて1週間その練習をしたりしていました。何もしないとそれはそれで不安がたまったり、ストレスになったりしますから、常に何かしら、するようにはしていましたね。

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――そんな中で「僕らのミュージカル・ソング2020」の放送が決まりました。番組が立ち上がった経緯を教えてください。

トニー賞の中継を毎年やらせていただいていて、今年も当初はその予定だったのですが、結構早い段階でトニー賞授賞式の開催は今年は難しいかもしれないと言われており、できなかった時は代わりの番組をやりたいという話は聞いていましたし。日本における公演が中止となった作品を中心としたショーのような番組というコンセプトも最初からありました。

ただ、このコロナの状況を経て、確かなことなんて何もないことを学んでしまったので、やれたらいいけどそんなことが実現できるのか、ゲストが来てくれるのか、またその時点では自粛がどこまで続くかも分からなかったですし、リモートになるかもしれない、と想像していました。ギリギリの段階で(緊急事態宣言が)解除となり、蓋をあけてみたら、WOWOWのみなさんがしっかり番組の準備をしてくれていたので、内容も多岐にわたる構成になっていました。

出演者のみなさんからも2ケ月間ずっとそれぞれで我慢して耐えて、やっとこのような場に出られる!という気持ちがビシビシ感じられましたし、結果、すごくよかったな、と思います。

――今だからこそできるラインナップの番組になっていますね。

盛りだくさんで、自粛生活明けで仕事の体力が落ちている中(笑)、いきなりすごく内容の濃い仕事をやらせてもらったなという気はしますね。もともと好きなジャンルだから一生懸命やってきたんですが、より思い入れが強くなりましたし、いらっしゃった皆さんも、この2か月の話をしたいというエネルギーに溢れていました。

急にフル回転で始まったな、という感じで、すごく自分も楽しかったです。トニー賞の番組では司会をやらせてもらいましたが、僕はただのミュージカル俳優なので、普段は皆さんの話を聞いたりすることはあまりない中、それぞれのゲストから1時間近くお話を聞いて...『徹子の部屋』で言うと何本分撮ったんだろうって(笑)。演出家の小池修一郎先生おひとりでも2本分は撮った感じですね。すごく楽しかったです。自分が知っているジャンルということはもちろんありますが、こういうことが好きなんだな、と改めて思いました。とても充実した時間だったな、と思います。

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――ブロードウェイ・スターのケリー・オハラさんとのデュエットもあるんですよね?どういう形で行われたんですか?

こちらからピアノの音源を送って、ケリーさんはアメリカのご自宅でそれに合わせて歌っていただき、僕がケリーさんの音声と映像を見ながらスタジオで合わせるという形を取りました。

素晴らしい歌声ですね。以前にトニー賞コンサートで一緒に歌わせていただいたんですが、その時の『All I Ask Of You』を歌ったのですが、さすがだなと思いましたね。ケリーさんが歌っている時点では僕の映像もないですし、彼女は僕の声も聞いていないんですが、相手を感じた表情、表現になっていて、それにただただ引っ張られる感じでした。もちろん一緒に歌えたら嬉しいんですが、リモートで寂しいとか物足りないということは全然なかったです。こちらも同じだけの集中力でやれる形にしてくださったのがケリーさんのすばらしいところだと思います。

――ケリー・オハラさん以外にも、ジョシュ・グローバン、マシュー・モリソン、イディナ・メンゼルといった名だたるミュージカル歌手のみなさんとの共演経験もある井上さんですが、彼らから受けた影響などはありますか?

とにかくみなさん、当たり前ですけれど、ものすごく上手いんですよ。さらに驚いたのは、本当に全然気取らないんです。スター然としていないし、ただ自分の人生をエンジョイしているだけに見える。息をするように歌うし、周りの人にも普通に接しているんです。

日本の文化とそこが違いますね。僕らはわりとキチキチと仕事をするけれど、「何でこれほど大らかでゆったりした人たちが、あんなにすごい作品を作れるんだろう」って、びっくりしますよ(笑)。でももしかしたら、大らかだからこそすごいものが作れているのかもしれないですね。みなさん、生きていることをエンジョイしようという気持ちが強いんじゃないかな。本当に素敵だなと思っています。

――今回の新型コロナウイルスの状況を受けて、ミュージカル界は変わると思いますか?

すぐにこれが変わったなー、というのは分からないですね。こういうことは何年かして、振り返った時に「あそこから変わったんだな」ということになるんだと思いますが、多かれ、少なかれ何かしらは変わると思いますね。

変わることは悪いことではないと思うんですよ。ミュージカル界に限らず、世の中全般に関して言えることですが、今まで変えたほうがいいなと思いながらも変わらなかったことがたくさんある中で、今回を機に変わっていくこともあるでしょうし、同時に戻ろうとする力も働くと思います。このコロナの期間自体は失われてしまいましたが、全てが失われたというわけではなく、選択肢が広がったんじゃないかな、と思います。劇場中継をオンラインで見てもらってもいいですし、劇場に来てもらってもいいですし、ミュージカル俳優だって自分でオンラインで何かやってもいいですし、映像で歌ってもいいんです。選択肢が広がるのはいいことですし、毎年ニューヨークに行って思うことでもあるのですが、多様性、ダイバーシティは増す一方、広がる一方なので、演劇にとってもそれは全然悪いことではないと思います。しばらくは苦難の道が僕たちの業界では続く気がしますが、それを乗り越えられるエネルギーをみんな持っていると思います。苦しい状況の人はたくさんいますし、楽観はだれもできないと思いますが、お互い支えあい、世の中全体とつながっていかないと、自分たちだけで頑張るということではなくなっていくと思いますね。

今後のミュージカル界を盛り上げていくために

――ミュージカル映画のヒットやテレビの歌番組などを通じて、昨今ミュージカル・ファンが増えてきています。井上さんご自身が、ミュージカル界を盛り上げるために、心がけていることはありますか。

まず、ミュージカルというジャンルの限界として、どんなに人気の公演でも、劇場のキャパシティ以上のお客さんには見てもらえない、評価や話題がなかなか広がって行かないというジレンマがあるんです。だから、もっとたくさんの人に知ってもらう方法については、毎回考えていますね。追加公演ができるならばするし、今はライブビューイングやオンラインという新しい流れもあるので、そうやって少しずつ広げていけたらいいなと。

今、ミュージカルに興味を持つ方が増えているというありがたい状況だからこそ、見てくださる方に「わぁすごい、ミュージカルってさすがね」って思ってもらえるものをお届けしなくてはなりません。「あ、ミュージカルってこんな感じなのか。次は見なくていいな」と一度でも感じたら、その人のなかでのミュージカルはもう終わりになってしまうので。自分が関わる作品については、しっかりと背筋を正して、レベルや質を落とさないようにやらなきゃなと思っています。

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――このコロナ禍の時代だからこそ出来ることがあるとお思いですか?

考え方によっては生きていくことは大変なことばかりですし、今回のようにつらいことも起こります。今でも明るいニュースがなかなかないと思うんですよ。でもそんな中でも、毎日あきらめずに生きていくためのエネルギーを僕たちが音楽や物語を通じて少しでもお届けするというのが、僕たちのやってることだと思うので、それを続けていくことしかできないと思います。もっといえば自分たちも世の中の一部なんだということを、周りの皆さんや社会からも認めてもらわないと、このような緊急事態になったときにお前ら黙っていろよ、それどころじゃないんだよ、と言われてしまいがちな足元の弱い立場なんだなということも今回痛感したので、それを自分たちでも自覚しつつ、幅広い視点を持って、視野を広くしてやっていかなければいけないなぁ、と思います。

――2020年は、井上さんのデビュー20 周年となる節目の年です。今後、ミュージカル界でチャレンジしていきたいことを教えてください。

今年に入って「シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)まで飛んだ」という日本のミュージカルの傑作をやらせていただきました。この作品は音楽座が30年間大事にされてきた作品で、僕も素晴らしいものだということは知っていたのですが、実際にやってみたら、びっくりするほどいい作品で。日本にも、まだまだ知られていない鉱脈があるんだなと、改めて思ったんです。

日本のミュージカル作品を世界に送り出すということは、これまでもこれからもミュージカル界みんなの夢だと思うんですけど、そのためには過去の先輩達が作り上げてきたものを改めて知ることも大切なんじゃないかなと。「世界はどうなっているのか」をブロードウェイやトニー賞から学ぶとともに、「日本がどうだったのか」を、これまでの先輩たちや作品から学び、その上で新しいものを作っていけたらいいですね。過去のみなさんの情熱の先に、今の僕たちがあるので。

これからは日本の作品だからといって日本人だけでやらなくてもいいし、スタッフや出演者に外国のかたがいてももちろんいい。今はそういう時代だと思います。これまでにない尺度で新しいミュージカルを作る一員でありたいですね。

――最後に、「僕らのミュージカル・ソング2020」を楽しみにしている日本のミュージカル・ファンの皆様に向けてひとことお願いします。

今のミュージカル界は大変な状況にあるのですが、そういう意味でも、これからという意味でも、現在のミュージカル界の様子を知っていただける番組になっていると思います。もちろん公演が中止になって残念だという話もゲストの方からたくさん聞きましたが、みんなそれで終わっておらず、またやれる可能性もありますし、これからに希望をもってスタートしだしているので前向きなエネルギーを感じていただけると思います。

沢山の素晴らしい曲も披露されます!ミュージカル自体が前に進むというエネルギーをもともと持っていると思うんですよね。どんな時でも、嬉しくても悲しくても、歌おう、踊ろうというジャンルなので、今の状況には合っている表現形態だなと思いますし、きっと見たら元気になってもらえると思います。

また来られるようになったら、劇場にもぜひぜひ、みなさま、おいでいただければと思います。

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撮影/祭貴義道

僕らのミュージカル・ソング2020

第一夜 2020年6月20日(土)よる8:00 [WOWOWプライム]
第二夜 2020年7月25日(土)よる9:00 [WOWOWプライム]

番組ページはこちら

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